◆パペット◆第25回 by日向 霄 page 1/3
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意外にも、『女神の天秤』は二人の話に何ら編集を加えなかった。タカムラや結社の連中がそれをどのように聞いたのか知らない。ハーヴェイが『素晴らしい内容です』と言った時、ムトーはてっきり、自分の声が自由と正義についてとんでもない礼賛を述べるのを聞く羽目になるのだろうと思った。これで俺も立派な結社の手先というわけだ。せめて誰か一人でも、『ムトーはそんな人間じゃない』と言ってくれる奴がいてほしいものだが。
テレビから――VIP待遇を受けているらしい二人の部屋には、小さなテレビが備えつけられていた。画像はともかく、音声を聞くのには十分な代物だ――突如自分の声が流れてきた時、ムトーは食べかけのパンを喉に詰まらせるほど驚いた。おそらくポリス中の人間で、一番驚いたのが本人だったろう。
いや、声に驚いたのではない。雑音まじりのその声は、他人のそれのようだった。他人の声が、自分と同じ考えを喋っている。そう思って、ようやく気づいた。自分が録音した内容が、そのまま流れているのだと。
『すべては茶番だ。ジョアン=ガラバーニという人物は存在しなかった。実在しない人間を殺せるわけがない。テロリストたる“狼”もまた、何者かによって仕組まれた存在なのだ』
こんなことを言われて、『はい、そうですか』と信じる人間が何人いると言うのだろう。
『何者かが、我々を弄んでいる。公安か、政府か、それとも秘密結社か? わからない。三者すべてに関わりがあるかもしれず、まったく別の存在かもしれない。だが三者ともがこの機に乗じてポリスの主導権を握ろうとしているのは確かだ。我々市民の意志はどこにあるのか。ただなすすべもなくゲームの駒に甘んじるのか――』
耳障りな機械音とともにムトーの声は途切れ、元の映画の音声が戻ってきた。何事もなかったように、ヒロインが友人と男友達の品定めをしている。
「素晴らしい演説だ、同志ジャン」
ジュリアンが言った。くっくっとおかしそうに喉の奥で笑っている。
思わずムトーはジュリアンを睨みつけた。しかし実際ああして流れてくるのを聞くと、思いがけず立派な煽動になっている。動機の違いこそあれ、市民に決起を促す言いぐさは結社のそれと変わりがない。なんてこった。そんなつもりはなかったのに。
ムトーには、市民に何かをしてほしいというような気持ちはない。そもそもムトーが真相を知りたがっているのは、社会を良くしようというような正義感からではない。ただ、自分が踊らされているのが嫌なだけだ。自分が踊らされているかもしれないという可能性を知って、それでも見て見ぬふりをしようとする者達にいら立ちを感じこそすれ、なじる権利などないと思う。まして命を賭して行動を起こせなどとは。
そんな責任を負いたくはないし、目を醒まさせてやりたいと思うほど、ムトーは他人に興味を持てない。
どのみち編集されるのだろうと思って、自分の妄想が垂れ流された時の影響など、考えもしなかった。
「どういうつもりなのかな、タカムラって奴は」
ジュリアンの声音には、相変わらず面白がっている雰囲気がある。まったく嫌な奴だ。この性格ばかりは洗脳のせいじゃあるまい。きっと生まれつきだ。
「市民が信じるわけはない。だが公安や政府の連中は疑心暗鬼に駆られるかもしれない。混乱させて、漁夫の利を得ようってところだろうな」
「でも漁夫の利ってのは、対する二者の力が拮抗しててこそだろ? 政府なんかもうないも同然じゃないか。身内の造反なら、公安は力でねじ伏せられる」
「おまえさんの洞察力にはおそれいるよ。とても記憶喪失とは思えない」
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