◆パペット◆第21回 by日向 霄 page 3/3
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かつてジュリアンを苦しめた亡霊達はもう追ってこない。穴だらけの記憶ももはや彼の心を切り裂くことはないように思える。『私がいなければ壊れてしまう』とマリエラに言わしめた危うさは、すっかり影をひそめて。
ジュリアンは夢を見る。誰に植えつけられたのでもない、自分自身の望む夢を。
そのあたたかい浮遊感を破ったのは、音。“楽園”には無縁の、危険をはらんだ機械音。だんだんと、近づいてくる。
見れば、窓の外に浮かぶ何機もの戦闘ヘリ。砲身がこちらを向いている。
とっさにジュリアンは身を伏せた。つぶてが窓を叩くような、硬質の音。分厚い防弾硝子は機銃の砲弾を受けとめ、持ちこたえる。警報が鳴り響き、扉の外で待機していた男達が部屋になだれ込んでくる。
ジュリアンの動きは素早かった。銃を奪い、男達に向けて連射する。廊下に出ると、警報はますます大きく鳴り響き、緊急避難を呼びかけてくる。しかし廊下に避難すべき人間は見当たらなかった。兵士達はジュリアンを捕獲しようとやっきであり、その数は既に多くはなかった。
「ジュリアン!」
角からムトーが飛び出してきた。ムトーとジュリアン、互いの銃が火を噴く。二人の背後でくずおれる兵士達。
「どうなってるんだ?」
「知るか。またお得意の『お迎え』って奴じゃないのか?」
ジュリアンの問いに、ムトーが皮肉な口調で答える。
苦笑を返そうとしたジュリアンの顔がこわばった。
「突っ込んでくる!」
旋回し、遠ざかると見えたヘリが、再び急速に近づいていた。機首を下げ、まるで墜ちていくように――。
衝撃。
「戦争でもおっ始める気か?」
床に這いつくばりながら、吐き出すようにムトーが言う。次々と近づく機影。窓一杯に広がった、巨大な戦闘ヘリの鼻面。
再び衝撃が来た。爆風が叩きつける。降り注ぐ破片。
機体の半分をフロアに突っ込んで、ヘリは止まっていた。フロントガラスは砕け、操縦桿を握った兵士の顔は血塗れだ。
ムトーは反射的に立ち上がり、ヘリに駆け寄った。迷わずジュリアンも後を追う。案の定兵士は既に絶命している。だが計器はまだ生きていた。死体を引きずり下ろし、ヘリに乗り込む二人。
ムトーが操縦桿を動かすと、ヘリはがくんと揺れて後退した。そのまま空中へと躍り出る。
閃光が走った。
ビルに刺さった何本もの棘のようなヘリ。そのうちの一機が爆発したのだ。はるか下方、ビルの一階から路上へと蟻の行列が見える。もちろんそれは蟻ではない。逃げ出してきた人々だ。
再び爆発が起きた。ビルの上三分の一がわずかに傾き、そのまま下の階へとめり込んでいく。大統領官邸が政府高官の住まいを破壊し、またその高官達の住居が役所と、そこに働く官僚の家を破壊し、次々とレベルの低い者達の上へ覆いかぶさっていく。ゆっくりと、崩落していくビル。崩壊する、イデオポリスの秩序。
「なんてこった……」
うめくように呟くムトーの隣で、ジュリアンは考えていた。これは果たして自分達を救うためになされたことなのか、それとも――。
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