アマ小説家の作品

◆パペット◆第21回 by日向 霄 page 1/3
「テロの真相だって? はっ! 教えてほしいのはこっちだ」
 テレビに向かってジュリアンは悪態をついた。
 ジュリアンのいる部屋は、ムトーの部屋とほとんど同じつくりだった。設備の整った広いVIPルーム。こんな部屋が大統領官邸にいくつもあることを知ったら、市民達は税金を納めるのが馬鹿馬鹿しくなるに違いない。
 もちろん、ジュリアンはムトーが同じようにニュースを見ていることなど知らない。自身への特赦の報に続いて『ムトー大尉に勲三等授与』という言葉が読み上げられるのを聞いて、ジュリアンは思った。
 ムトーはもう息をしていないかもしれない。
 適当な褒賞を与えて世間への体裁を整えておいて、実際には抹殺する。権力者たちがよく使う手だ。そのように栄誉を受けた者が、栄誉を授けた側によって消されるなどとは誰も思わない。しかるべき後に心不全でも起こさせるか、あるいは反政府テロの犠牲にでもさせるか――。
 俺はなぜこんなことを知っているんだろう? 俺の記憶は穴だらけで、自分の家族も、住んでいた家も思い出せないのに、なんだってそんなことを知ってるんだ?
 かつてそんな理由で殺しを請け負ったことがあるのだろうか。“狼”と呼ばれる凄腕のテロリストなら、もちろん何人もの人間に“死”という報酬を与えたに違いない。
 そして俺はその“狼”だってことになってる。
『ジュリアン=バレル』
 誰かが彼の名を呼んだ。しかし彼は気づかなかった。あるいはそれは、彼の真の名ではないのかもしれない。
『ジュリアン=バレル!』
 今度はジュリアンの耳に届いた。しかしその呼び声がテレビから発されていることに気づくのに、少し時間がかかった。
「ああ、あんたか」
 テレビに映し出された顔には見覚えがある。広場で演説をぶっていた男、チェンバレンだ。
『手短に話そう。我々は君の身の安全を保証する。代わりに洗いざらい話してもらいたい。君が誰の命で動いていたのか。最終目的は何なのか』
 やはり、こいつは俺の正体について何も知らない。
 ジュリアンはムトーほどの失望を覚えなかった。あらかじめ予想できたことだ。もしチェンバレンか、その属する組織が自分という存在を作り出した張本人であれば、軟禁などというまわりくどい手を使うはずがない。用済みならとっとと殺しているはずだし、そうでないなら次の指令を出すはずだ。
 まだ、ゴールじゃないのか。
 その想いはもちろんジュリアンに徒労感を与えると同時に、いくらかホッとさせもした。ジュリアンを待ち受けるゴールは、おそらくは彼の望まぬ形であろうから。
「ムトーは無事か?」
 ジュリアンは言った。
 自分の質問を無視されて、チェンバレンは少しムッとしたように見えた。
『無事でなければ、何か困ることがあるのかね』
「大いに困る。奴の命も保証してもらわなきゃ、協力なんかできないね」
『彼は最初から君の仲間だったのか?』
 ひょっとするとそうかもしれない。少なくとも今、ムトーはジュリアンのただ一人の仲間であり、そしてジュリアンに過去はないのだ。
「奴が無事だとわかるまで、何も話す気はない」
『安心しろ。彼は今元気にワインを飲んでいるところだ』
「そんな言葉がどうして信用できる? 政治家なんて、嘘をつくのが商売だろ」
『たいした偏見だ』


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