◆パペット◆第20回 by日向 霄 page 2/3
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『彼には色々としゃべってもらわなければならないことがある。君にもだ』
「勲章の見返りに、嘘をでっち上げるのか? きっと明日の新聞にはでかでかと俺のコメントが載ってるんだろうな」
『それもある。だがそれは何も君本人がしゃべる要のないことだ。私が聞きたいのは決してメディアには流れないこと。つまり、君のバックに関してだがね』
チェンバレンの口調は軽いジョークのようだった。しかし目は笑っていない。もっともこの映像と声が本当に今現在のチェンバレンのものかどうかわかったもんじゃないが。
「俺のバック?」
『とぼけちゃいかんよ。レベル6に潜入して“狼”本人と生還する。いくら特捜の人間と言ったって、個人で動ける範囲を超えている』
……では、こいつも知らないのか。誰が筋書きを書いたのか。俺達を操る糸が、誰の手に握られているのか。
『一時間だけ時間をやろう。君の態度如何では、残念だが勲三等は追贈することになる』
一方的に電話が切れて、再びテレビ映像に戻った。ニュースが一段落して天気予報になっていた。
俺はがっかりしていた。自分の命が風前のともし火だということがわかったからじゃない。そんなことはとっくの昔に覚悟している。俺は期待していたのだ。チェンバレンがすべての黒幕であってくれることを。そうして、ご親切にも種明かしをしてくれることを。
何もわからない。何も変わらない。
見つけられるはずのないジュリアンと出逢い、奴をマリエラと引き離してまで地上に出てきたというのに。あの楽園を捨ててまで。
まさか誰も企んだやつはいないとでも言うのだろうか。一つ一つのことには裏があるとしても、すべてを仕切っている人間などいないと。すべては偶然の産物で、ジュリアンを迎えに来たという謎の男は神の御使いだとでも?
もしそうなら、俺とジュリアンが出逢ったことは奇跡じゃないか。
ムトーはバーへ行き、ワインを注いだ。一息にあおる。かっと胃の腑が熱くなる。アルコールを口にするのは久しぶりだ。酒に逃げたいと思ったことは一度もない。けれど今は、酔いつぶれたい気分だった。面倒なことは忘れて、いつの間にか眠りに落ち、そのままもう二度と目を覚まさなくてもいい……。
『結局、大尉の負けなのよ』
アンの声がした。ムトーの言葉をほんの少し信じただけで、死の報いを与えられたアン=ワトリー。まだたった一杯しか飲んでいないというのに、ムトーの目には彼女の姿が見えた。かつてムトーが知っていた魅力的なアンではなく、ひどく疲れて生気のないその表情。哀しいあきらめをたたえた瞳が、じっとムトーを見つめている。
『何もかも嘘っぱち。何もかも』
「アン―――。すまない」
俺のしたことは何だったろう? 少なくとも一人、俺のせいで命を喪った。
『ずいぶん弱気になるじゃないか』
ジュリアンだ。あのよく通る、耳に心地よい声。
『命やるって言ってんだ。簡単にあきらめるなよ』
いつの間にか、アンの姿がジュリアンのそれに変わっている。口元に浮かぶ皮肉っぽい微笑。
思わずムトーも笑い返した。苦笑いだ。
「ああ、そうだな。忘れるところだった。俺にはまだ大事な役目があるんだ。おまえを彼女のもとへ返すっていう」
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