◆パペット◆第20回 by日向 霄 page 1/3
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「公安は嘘をついた。“狼”が捕まったという嘘を。だが今日ここに“狼”ことジュリアン=バレルはこうして姿を現している。公安はなぜそんな嘘をついたのか? 公安が秘密結社と通じていたからではないのか? 少なくとも、公安のトップの誰かが」
テレビは繰り返しレイマン広場での騒ぎを流している。とりわけこの衝撃的なチェンバレンの言葉と、ジュリアンの顔とを。
ムトーはその映像を、大統領官邸の一室で見ていた。つまり、イデオポリスでも最も高いビルの一つの、最も高い位置にある部屋の一つで、だ。ポリスでは、地上からの高さがそのままそこに住む人間の地位の高さをも表している。ばかばかしいほど明快な序列だが、しかし多少の実利はある。外敵の侵入が困難であることだ。高層ビルに住む金持ちや政府高官というものは、常に自分の地位や財産、もしくは命そのものを奪われることを怖れている。高層階に住んでいれば、少なくともこそ泥の被害は免れるし、エレベータを停めてしまえばあとは空からの敵に用心するだけだ。
そして、ということはつまり、容易に「陸の孤島」たりえるわけで、ムトーのような危険人物を軟禁するにはもってこいの場所と言えた。
部屋の中にいる限り、ムトーは何にも束縛されない。手錠も猿ぐつわも、枷になるようなものは何もないし、備え付けのバーで最高級のシャンパンをあおるもよし、大理石のバスタブでくつろぐもよし、好きなだけVIP待遇を満喫することができる。だが一歩外へ出ようとすれば、銃口が待っている。もちろん窓から飛び降りるわけにもいかない。
しかし何故“軟禁”なのか? 俺を生かしておくことにどんな意味があるんだ?
チェンバレンは―――新政府は公安を敵に回した。なるほど、公安は大きくなりすぎた。政府と対等か、時に脅かしかねないほどの権力を持っている。政権を握っただけではポリスを牛耳ることはできない。自分達の息のかかった者を公安の中枢に据えなければ、いつまた寝首をかかれるか。
だがそれと俺との間にどんな関わりがある? ジュリアンだけで十分じゃないか。いや、ジュリアンだって必要ないぐらいだ。公安の中にも派閥争いはある。ちょっと突っつけば政府側に寝返る人間なんかいくらでもいるだろう。ジュリアンの生還など、市民向けのデモンストレーションに過ぎないはずだ。
すべてチェンバレンが仕組んだのだろうか。“狼”のテロも、ジュリアンの記憶喪失も……。
『ただいま新しい情報が入ってまいりました』
テレビが言った。
『カーン大統領は“狼”ことジュリアン=バレルが一連のテロの真相を話すことと引き替えに、彼に特赦を与えることを正式に表明しました。また、ジャン=ジャック=ムトー大尉には今回の働きにより勲三等が授与されるということです』
今回の働き? 俺の今回の働きって何だよ、一体。
『ムトー大尉』
再びテレビが言った。しかしさっきまでの女性アナウンサーの声ではない。男の声だ。画面には、チェンバレンの顔が映っていた。
『どうかね、気分は? 勲三等は悪くないと思うが』
それがテレビの中継映像でなく、電話の映像だということを呑み込むのに少し時間がかかった。ちょっとレベル6にいただけで、こういう文明の利器の存在を忘れてしまっている。
「目的は何だ? 俺をどうしようと言うんだ? ジュリアンは?」
広場を出る際、ジュリアンとは別の車に乗せられた。何としてでもくっついて行くべきだったのかもしれないが、あの場はどうしようもなかった。ジュリアンを乗せた車もこの同じビルに着いたはずだが、今ジュリアンがどこにいるのかはわからない。無事でいるのかどうかも。
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