アマ小説家の作品

◆パペット◆第19回 by日向 霄 page 3/3
「頭引っ込めて!」
 女が叫んだ。
 同時に車ががくんと大きく揺れ、ムトーは危うく車外に放り出されそうになった。
 急ブレーキと急旋回。車は車道をはずれ、路地とも呼べないビルとビルとの間をすり抜けていく。
 無駄だ、とムトーは思った。確かに戦闘車はついてこれない。しかしついてくる必要などないのだ。こちらの居場所などいくらでも探知できるのだから、適当なところで待ち伏せしていればいい。
「逃げてもしかたない。逃げても埒はあかない」
「逃げてるんじゃないわ」
 視界が開けた。
 どよめきが起こった。
 人の波。
 長く地下に身を潜めていた身にはそれ自体が脅威と思われるほどの数だった。
 一体何の集会だ?
 ムトーがその場所を把握するより早く、車は群衆の中へ突っ込んでいく。急ブレーキも間に合わず、何人かははじき飛ばされた。
 パニックが起こる。右往左往するはずの人波が不思議に左右に分かれ、誘うように道を作った。道の先には舞台がある。演台があり、一人の男がこちらを見つめている。
 レイマン広場だ。ポリスの初代大統領アーノルド=レイマンが建国の演説をして以来、何人もの政治家が所信を表明した場所。年に一度、形骸化した労働争議が行われ、時に興奮した若者と公安が衝突する場所。
 車は速度を落とし、舞台の前で停まった。運転席にいた女が車を降りると、一斉にフラッシュが焚かれた。観衆側の最前列に陣取っているのはマスコミだ。そして警備員だかこの集会のスタッフだかが女の前に立ちはだかる。
「道を開けろ! 彼らの邪魔をするな!」
 スピーカーからきっぱりした声が流れた。人に命令することに慣れた口調だ。演台に立つ、細身の中年男。とがった顎と鋭い目つきが神経質な印象を与えるが、若い頃はさぞ女にもてたろうと思わせる端正な顔立ち。ムトーはようやくその顔を思い出した。チェンバレン上院議員。革新派の参謀と呼ばれる切れ者の政治家。そうだ、新政権がなった今はただの上院議員ではない。副大統領だか国務長官だか、政府の要職についているのでは。
 となると今日のこの人だかりは公開演説会か? そんなものに市民がこれほど興味を持っているとは思わなかったが。
 再びスピーカーが吠えた。
「出てきたまえ、ジュリアン=バレル! ジャン=ジャック=ムトー!」
 俺達が何者か知っている!?
 ムトーとジュリアンは顔を見合わした。
「どういうことだ? “上”の方針が変わったのか?」
 “狼”のテロのおかげで前政権が倒れ、革新派が政権を握った。しかしもちろん革新派はテロの黒幕であることを否定し、“狼”の背後には保守でも革新でもない反政府主義の秘密結社が潜んでいたと主張している。我々もまたいつテロに倒されるかわからない、しかし奴らと手を結ぶことはない。我々は暴力には屈しない―――何かそんなようなことを言っていたはずだ。ムトーが覚えているのはまだ、彼らが政権を取る以前の話だけれども。
 ジュリアンが言った。
「最初から、予定通りだったのかもしれないさ」


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