◆パペット◆第18回 by日向 霄 page 3/3
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ジュリアンの視線の意味するところはわかったが、ムトーには踏んぎりがつかなかった。いくらジュリアンが類まれな戦闘能力の持ち主だったとしても、この状況では逃げおおせる確率は低い。もっとも確率を言うなら公安に連行されても同じなのだが。
上の連中がジュリアンを黙殺してくれることを祈るしかない。そして、黒幕自らがムトーの息の根を止めに現れてくれるのを祈るしか。
ムトーがされるがままになっているのを見て、マクレガーの優越感はさらに強くなったらしい。言わでもがなのことを言った。
「ワトリーさんも大尉ぐらいおとなしく従ってくれたら、何も死なずにすんだのに」
「死んだ? ワトリーって、アン=ワトリー少尉のことか?」
「ああ、そう言えばあの人、少尉でしたっけ。大尉と親しかったでしょ? それで事情聴取の必要があるってことになって、あの人、素直に受け入れなかったから」
嬉しそうに話すマクレガーの顔を見て、ムトーは気分が悪くなった。彼女にできる抵抗なんてたかがしれている。はなっから殺すつもりだったんだろう。おそらく、そう、おそらくは楽しみのために。
何がこいつを変えたんだろう。こいつも俺と親しかったがために拷問でも受けたのだろうか。精神的な拷問を。
「すまない。軽率だった」
公安へと護送される車の中、ムトーは言った。ジュリアンと繋ぎ合わされた手錠に向かって。
「あんたのやることで軽率でなかったことなんてあるのか? 俺を追い始めたのがそもそも軽率だったんだ」
咎めるふうでもなくジュリアンが答えると、前部座席にいるマクレガーが笑い声を上げた。
「違いない。わかってないのは大尉、あなただけですよ」
「おまえにだって、わかってないことはあるさ」
ムトーに答えたのとはうって変わった酷薄な口調で、ジュリアンが言った。
「何だって?」
振り返ったマクレガーの狂気じみた視線をものともせず、ジュリアンは続ける。
「俺が何者なのか、おまえは知らない。おまえもまた、操り人形なのさ。肝心なことは何も知らされず、ただ利用されるだけだ」
「口のきき方に気をつけろ、偽物」
マクレガーは銃を上げ、ピタリとジュリアンに狙いを定めた。
「おまえこそ口のきき方に気をつけろ。俺やムトーはこの事件の主役だ。おまえはその他大勢でしかない」
「ほざくな」
「おまえが死んでもおまえの上司は慌てない。代わりなんて掃いて捨てるほどいるだろ? だが俺やムトーが死ねば慌てるぜ。首を切られるか、それともめでたく出世できるか、とにかく変化が起こるはずだからな」
くっくっと喉の奥でジュリアンは笑った。マクレガーの自尊心を傷つけることに残忍な喜びを感じているらしい。ジュリアンが何者であれ、嫌な奴であることは間違いない、とムトーは胸の内でほくそ笑んだ。
しかしもちろん、マクレガーは怒りに震えている。
「偽物が死んだところで、誰も何とも思いやしないさ」
トリガーにかけた指に力がこもる。
ムトーはとっさにジュリアンの前に出ようとし、ジュリアンもまたムトーを傷つけないように動こうとした。
衝撃が来た。
マクレガーのレーザーガンではない。車そのものに衝撃が加わったのだ。スピンする車体に振り回されながら、ジュリアンが呟く。
「迎えが来た」
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