◆パペット◆第18回 by日向 霄 page 2/3
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確かに地上では、賞金稼ぎにいきなり襲われることはまずない。公安の人間だってすべての手配犯の顔を覚えているわけではないから、ほとぼりが冷めるのを待って地上へ戻ってくることは、一見簡単なように思える。しかし素性を隠さなければならない以上まともな職にはありつけないし、病気やけがで病院に運ばれれば一巻の終わりだ。すべての病院には患者のDNAパターンを公安へ報告する義務があり、コンピューターは瞬時に犯罪者リストとの照合を終える。いったん手配されたら、地上でも地下でも安全なんてありえないのだ。
それは、”隠れ家”に着いた時はっきりした。
「お帰りなさい、大尉」
ムトーが扉を開けると、若い男が立ち上がった。
「マクレガー」
ムトーは息を飲んだ。マクレガーが好意で出迎えに来たのでないことは、”正義の盾”が背後に控えていることで明らかだ。
「公安に電話したでしょう? ジュリアン=バレルを捕まえたって。今頃そんなことを言ってくるような人は大尉しかいないって思ったんですよ。自宅とこことどっちに現れるかと思ったけど、こっちへ来てよかった」
マクレガーの口調にも表情にも、優越感があふれている。かつての先輩をまんまと出し抜いたことがよほど嬉しいのだろう。
「ご苦労だな。”正義の盾”まで引き連れて。ちょっと留守にしてる間に俺は大層な大物になったようだ」
言いながら、ムトーは自然にジュリアンをかばい、マクレガーや”正義の盾”との間合いを測っていた。丸腰では万に一つも勝ち目はないが、なんとかジュリアンだけでも逃がしたい。
「そいつが偽のジュリアン=バレル? 確かにそっくりだな」
ジュリアンの顔を見て、マクレガーは眉をひそめた。
「偽物だとは思わなかった。こいつを連れ帰れば、俺も特赦にありつけると思ったんだがな。とんだ徒労だった」
振り向きざま、ムトーはいきなりジュリアンの顔を殴った。とっさにジュリアンは身をひねったが、拳が空振りするほどの余裕はなかった。体勢を崩し、部屋の外へよろけ出る。
「もうおまえなんぞに用はない! どこへでも好きなとこへ行っちまえ、この偽物野郎!」
怒鳴りつけたムトーの背後で、一斉に銃身を上げる音。
「勝手は許さない! 二人とも部屋の中へ戻れ!」
マクレガーの怒声とともに、向かいの部屋からも銃を構えた一団が現れた。はさみ撃ちの格好だ。
平静を装って、ムトーはゆっくり振り向いた。
「いいじゃないか、どうせ偽物なんだろ? それともまさか、逮捕済みってのはデマで、手柄を横取りするつもりか?」
「まさか。僕はあなたを捕まえれば十分だ。でもそっちの彼にも色々事情聴取する必要がある。とにかく、勝手な真似はしないで下さい。僕だって何も先輩相手に手荒なことはしたくない」
本音だろうか? マクレガーはどこまで知っているのだろう。ただ誰かに命令されているだけなのか?
「おまえ、本物を見たのか? 本物のジュリアン=バレルは今どうしてるんだ? とっとと刑に処されちまったのか?」
「そんなこと先輩が知る必要はありませんよ」
マクレガーが目で合図すると、”正義の盾”の包囲が狭まり、一人が手錠を持って進み出た。ムトーの右腕とジュリアンの左腕を固定し、もう一本伸びたフックを自分のベルトに装着する。
その間、ジュリアンはムトーの顔色をうかがっていた。包囲網を突破する自信はあった。もちろん無傷でとは言わないが、この場を逃げ出すことはできるだろう。
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