◆パペット◆第13回 by日向 霄 page 3/3
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「罪状は―――?」
喉がひりついて、老婆のような声だった。声だけでなく、体中がいっぺんに年をとってしまったように感じた。まるで時間の砂が自分だけに降りつもってきたみたいに。
「ジャン=ジャック=ムトー大尉の共犯です」
もちろん、アンにはわかっていた。それ以外に罪を犯した覚えなどない。特捜が絡むような罪なら、なおさら。
「でも、それだって、罪になんか」
ただ彼の言うことを信じただけだ。ただ、他の大勢の人の言うことが間違っているかもしれないと、その可能性を考えただけ。そして結局は、彼の負けを認めたのに。
「ロックを外して下さい、少尉」
マクレガーに、アンの言い分を聞く気はない。アンの有罪はもう決まったことなのだ。ムトーの有罪が決まったことであるのと同じに。
もう、どうしようもないんだ。
改めて、アンは身震いした。
マクレガー達はまだ下のエントランスにいる。エントランスのロックを外すぐらい、“正義の盾”には造作もないだろう。それからエレベーターで16階まで上がるのにほんの数十秒。部屋のロックは少々複雑とはいえ、いざとなれば扉ごと破ってしまえばいいことだ。彼らは数分後にはここにいて、私の身柄を拘束しているだろう。
逃げられない。
窓から飛び降りる勇気はない。非常階段? 運良く彼らと鉢合わせせずに外へ出られたとしても、それからどうするというのか。一生逃げ回らなければならない。罪は重くなるばかりだ。
数年の懲役ですむのなら、その方がよほどましだろう。元の暮らしには戻れないとしても。
「私の罪はどれくらいのものなの?」
わずかな希望を抱いてアンがそう尋ねた時、既に画面に男達の姿はなかった。
「アン=ワトリー少尉! すみやかにここを開けたまえ! そちらに開ける意志がない場合、残念だが我々は………」
声はスピーカーからでなく、扉のすぐ外から直接聞こえていた。
「待って、開けるわ、今―――」
うろたえながら、アンは扉に近づいた。足がもつれてひどく扉が遠い。
閃光が走った。
レーザーが扉のロック部を破壊したのだと、アンには知るよしもなかった。閃光はアンの体を貫き、背後の壁をも灼いていた。
死を意識する暇は与えられなかった。ただ、その瞬間無性に哀しくて、涙があふれた。それが、体のどこよりも熱かった。灼かれた腹よりも。
「運のない女だ」
死体を一瞥して、マクレガーが言った。
犯罪者が一人、逮捕の過程で死んだことなど、ニュースにもならなかった。だから、誰も何も疑いようがなかった。
アン=ワトリーのために『何もかも嘘っぱちだ』と叫んでくれる者は、地上にはいなかった。
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