◆パペット◆第13回 by日向 霄 page 2/3
-
TVの中の人間達も、疑問など浮かべない。”狼”が捕まったという公安の発表をみんな鵜呑みにしている。アナウンサーも、コメントを発表する新政府も、街頭でインタビューされる市民も。
誰も、捕まる瞬間を目撃したわけでもないのに。
捕まったことを前提として、TVはテロから新政府の樹立に至る一連の動きをもう回顧している。全ては既成の事実だ。”狼”の背後にはある秘密結社がいたことになっている。レベルの再構築を目論む新政府は世論をあおって秘密結社の温床である地下世界を切り捨てようとしている。
それが本当かどうかなんて、問題じゃないんだ。
ムトー大尉が知ったらどう思うだろう。彼は果たしてまだ生きているのだろうか。捕まったという話は聞いていない。でももし彼が無実の罪を着せられたのなら、賞金をかけられた時点で既に殺されていたって不思議じゃない。すべてはただの辻褄合わせに過ぎないのかもしれないのだ。
黒い髪と黒い瞳の、絵空事のように美しい顔がTVの画面一杯に広がっている。ジュリアン=バレルの手配書だ。
捕まった瞬間の写真でも、拘置されている写真でもない、遺体の写真ですらない、相変わらず正面を見据えたままの手配書の写真。
「僕はここにいるよ」
そう言って、生身のジュリアンが画面に現れたら、どんなにスカッとするだろう。ジュリアンとムトーが二人して、『何もかも嘘っぱちなんだ』と叫んでくれたら。覆される虚構の現実。
それでどうなるの? 足下の大地が崩れたら、確かに踏みしめてると思ってた地面がなくなったら。混乱するだけ。誰もそんなこと望んでない。私だって、どうやって生きていったらいいかわからない。そんな不安定な世界で。
アンはTVを消した。
「やっぱり、大尉の負けなのよ」
つぶやき終わると同時に、何者かの来訪を告げるチャイムが鳴った。
客?
誰とも約束などしていない。そもそも直接部屋に呼ぶことなどしない主義だ。
ためらっていると、もう一度チャイムが鳴った。
「はい」
仕方なしに、応答スイッチを入れる。消えていたTVの画面がパッと明るくなり、来訪者の姿を映しだした。
「ご在宅でしたか、ワトリー少尉」
マクレガーだった。後ろに数名の屈強な男達を従えている。戦闘専門の実働部隊、“正義の盾”だ。
アンの体が硬直した。“正義の盾”を伴っている以上、用件は明らかだった。アンの立場を明確にするためだけに、あの暴力自慢の男達はわざわざ引き連れられてきたのだ。女一人拘束するのに彼らの力を借りる必要などあるわけがないのに。
「部屋まで上げていただけませんか、少尉。私としても、力づくなどという格好の悪い真似はしたくありませんから」
マクレガーの顔も声も、奇妙な優越感に歪んでいる。彼が自分のことを初めて少尉と呼んでいることに、アンは気づかなかった。激しく頭が鳴っている。心臓というのは胸ではなく頭にあるのかと思うほどどくどくと。内なる世界があまりに激しくざわめいているので、外の世界は遠く、現実味を欠いていた。
続き
戻る
トップページに戻る