アマ小説家の作品

◆パペット◆第12回 by日向 霄 page 2/3
 ジュリアンは笑った。嘲りの笑み。
 ムトーの高揚感はたちまち地に墜ち、代わりに怒りがこみ上げてきた。相手が思い通りにならないという子供っぽい怒り。なぜかムトーは、ジュリアンもまた自分に逢いたがっているはずだと思いこんでいたらしい。当然自分の味方であってしかるべきだと。地位を捨て、首に賞金を懸けられてまで追ってきたのは、嘲笑われるためではない。
 『何がおかしい』というばかげたセリフを吐かずにすんだのは、後ろからユウリが声をかけてくれたからだ。
「家に入ってもらったらどうかって。もう暗いし」
 ユウリの言うとおり、あたりは急速に光を失いつつあった。大地を染めていたオレンジが褪せて、深い藍にとってかわられている。地上以上に地上らしい、夜の訪れ。
 ジュリアンは大人しく誘いに乗った。断っても仕方がなかった。どうせ自分の意志などないに等しいのだ。奇妙な案内人に従った時から。いや、おそらくは、そもそもの初めから。
 ジュリアンが従う以上、マリエラもついていかざるをえない。目覚めた時は楽園にたどり着いたと思ったのに、この茶色い髪の男は私を不安にさせる。一体この人はジュリアンをどうしようというのだろう。
「出逢う運命だったというわけだな」
 粗末な家に入ると、老人が出迎えてくれた。まるでおとぎ話の中の老人そのものだ。すべてがおとぎ話めいている。麦の穂の揺れる大地も、茜に染まる空も、本物の木でできた家も。それでも、ここも血腥い現実と地続きなのだ。この、ムトーと名乗る男がいる限りは。
 老人の言葉に、ムトーは眉をひそめた。
「知っていたんでしょう? 彼が落ちてくることを」
「さぁな。わしが知っているのは、ここに落ちる者はみな、落ちるべくして落ちてくるということだけさ」
「それは、あなたが仕組んでいるという意味に聞こえます」
「そうかね。わしには『天の配剤』と聞こえるが」
 責めるようなムトーの凝視をものともせず、老人は穏やかに笑い、新しくやってきた一組の男女に声をかける。
「好きなだけいるといい。歓迎するよ」
 そうして、お茶を運んできたユウリとともに奥へ消えた。
「何者だ、あの老人は?」
 ジュリアンが口を開いた。
「わからん。名前も何も」
「ここは何なんだ?」
「わからん」
 いらだたしげに音を立てて、ムトーは椅子に腰を下ろした。すっかりお馴染みになってしまったユウリ特製の甘いお茶をあおる。
「わからん、わからん、わからん! じいさんの正体もここがどこなのかも、何もかも謎だらけだ。地下のはずなのに。レベル6のはずなのに」
「レベル6? ここが?」
 思わずマリエラは声に出した。
「信じられない、そんなことありえるの?」
「俺だって未だに夢かと思うさ。夢でないなら、シンジケートの資金力と科学力に脱帽ってところだ」
「あのじいさん」


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