アマ小説家の作品

◆パペット◆第12回 by日向 霄 page 1/3
 男が、自分を凝視していた。茶色い髪の長身の男。のんびりした風景にそぐわない険しい顔つきと、陽を受けて金色に見える獣のごとき瞳。
 男の凝視を受けながら、ジュリアンは思う。きっと、あの男の眼に自分も同じように映っているのだろう。この風景にはそぐわない人間と。
「ジュリアン=バレル―――」
 男がうめいた。
 さわさわと風が渡る音しか聞こえない静寂の中で、その言葉はまるで呪いのようにジュリアンの耳朶を打った。
 ジュリアンは立ち止まる。
 では、この男は知っているのだ。俺が何者なのかを。あの奇妙な案内人が俺のことを知っていたように。なら、この男が次の案内人なのか。それともここが、ゴールなのか……。
 ムトーはごくっと唾を飲んだ。今すぐ駆け寄って取り押さえるべきだった。夕焼けに溶けてしまわないうちに、しっかり捕まえておくべきだった。なのに体はまるで石像と化したように動かない。呼吸すらままならないのだ。まるで少しでも動けばあの男が砂と崩れ去ってしまうかのように。ちょっとでも近づけば、ただの白昼夢だと思い知らされるのだろう。そうでなければ、あまりにも都合が良すぎる。追い求めていた男が、自分から姿を現してくれるなんて。
 爪が食い込むほど強く拳を握りしめて、ムトーは呪縛を破った。
 立ち止まって自分を見つめているジュリアン=バレルに向かって、足を踏み出す。ぎこちなく、一歩、一歩。
 近づくにつれて、ジュリアンの姿は大きく確かな物になっていく。蜃気楼のように遠ざかりはしないとわかると、ムトーの足は速くなった。
 おそらく自分は恐ろしい形相をしているのだろう。奴の後ろで女が目を見開いている。女の口が悲鳴を上げる。俺の腕が、飛びかからんばかりの勢いで奴の肩を掴んだ時。
「ジュリアン=バレル、なんだな」
 奴は俺の腕をふりほどかなかった。いや、そもそも俺の盲目的な突進など、かわすのはたやすかったはずだが、奴はみじろぎもせず突っ立ったままだった。まるで捕まえられるのを待ってでもいるかのように。まばたきすらしなかった。その闇よりも深い瞳で、まっすぐ俺を見据えたまま。
「あんたは、誰だ」
 感情のない声で、ジュリアンが問うた。
「ジャン=ジャック=ムトー。おまえを捜していた」
 勢い込んで、ムトーは答える。子供のようにドキドキして。ずっと陰で姿を追っていた憧れの人に初めて声をかけてもらった少年のように、ジュリアンの問いかけが嬉しかった。
「何のために?」
 聞き返すジュリアンの声は冷ややかといってもいいほどで、ムトーは思わず彼の肩を揺すった。自分の高揚感を、自分の喜びを相手にも分かち合ってほしくて。
「逢って、話をするためにさ。全てをはっきりさせるために。真実を見つけるためにだ!」
 初めて、ジュリアンの表情が動いた。だがそれはムトーの期待していたのとは違っていた。その漆黒の瞳によぎったのは、軽い失望。
 ゆっくりと、ジュリアンが体を動かす。ほんのわずか体をひねったように見える、軽い動きだけで、しっかり捕まえていたはずのムトーの手をはずす。
「真実か」


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