◆パペット◆第11回 by日向 霄 page 2/3
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ラングというのはここの最年少の住人の名だ。まだ3つか4つぐらいの、やんちゃな男の子。
ユウリは10歳にはなっていないようだった。もちろん彼女は自分の年齢など知らない。ここにはカレンダーはないのだ。しかし少なくともこの世界は4〜5年前から存在していたことになる。
「そりゃ最初はびっくりしたさ。あんたじゃないけど、俺はもうこの世の人間じゃなくなって、天国に来ちゃったんだと思ったよ」
老人を除けば最年長だと思われる少年に、ムトーは尋ねた。答えながらも、少年は麦を刈る手を止めない。
「今でもここは天国だと思うけどね。食べ物には不自由しないし、仲間もいるし。いつもひもじくて、暗い路地を這うように生きてた頃があったなんて、信じられないぐらいだ」
「それで、疑問に思ったりしないのか? こんな場所が何のためにあるのか、老人が何者で、自分は何に利用されてるのか―――」
少年は不思議そうにムトーを見返した。
「利用? 自分で作った物を自分で食べてるだけだぜ。あんたも自分の食べる分はちゃんと働いてくれよな。ま、怪我が治ってからでいいけどさ」
「ああ、いや、今手伝うよ」
犯罪者を追いかけたり、逆に追いかけられたりする以外に汗をかくのは気持ちのいいことだった。胃の痛くなるような緊張感や猜疑心に乱されることなく、のどかに、しかし着実に成果が上がっていく。空振りに終わることの多い捜査とは、達成感は比ぶべくもない。
しかし、たとえそうであっても。
ムトーはこの楽園で一生を終えたいとは思わなかった。少なくとも、この楽園の正体を知らずに過ごすことはできそうもなかった。
「おまえさんは随分とひねくれた人間だな。ここを知って、まだ地上へ出たいと思う愚か者がいると思うのかね?」
ムトーが子供達にここへ来た経緯やここの評価などを聞いて回っていることを知った老人は、ムトーをお茶に誘った。
「少なくとも一人はいますよ。私のことですが」
「地上はそんなに素晴らしいところなのかね?」
「いいえ。別にレベル2へ戻りたいと思ってるわけじゃありません。ただ、自分で掴んだものじゃない幸福は、何となく気持ちが悪いってだけで」
そう。もしもあんなふうに落っこちて来たのでなければ、流されて来たのでなければ、また違った感想を持っていたのだろう。
老人は呆れたように首を振る。
「それはたぶん、おまえさんの求める幸福がここにはないからさ。おまえさんは退屈な平和より過激な闘争の方が性に合ってるんだろうよ」
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