コラム

社員の化学日記 −第11話 「慣れることの怖さ」−

先月,通勤用の靴を買い換えた。今までは底の分厚いウォーキングシューズをはいていたが,5年間ほど毎日履き続けて履きつぶしてしまった。
   元々足のサイズは大きい方(図体が縦にデカイので仕方がない)であるが,それに加えてつま先部分が少し動くような大きめが好きなので,結局購入する靴のサイズはいつも30cm。こんなサイズは当然通常の靴屋には売っているわけもなく,現在は自宅近郊にある靴屋でどんなサイズでも取り寄せてくれるところで購入している。しかし,当然取り寄せなので大きいのは靴のサイズだけでなく財布に与える影響も大きい。

ところが,先月はその靴屋が店舗改装のための”在庫一掃半額セール”を実施していた。まさに”渡りに船”とばかりに買いに走ったが,在庫品のみのセールであまり種類はなかった。そんなこともあって今回はビジネスシューズに近いデザインの黒い革靴を購入した。
   しかし,試し履きのときはやわらかいマットの上で履いたので気がつかなかったが,購入後にその靴を履いていざ外へ出てみると分厚い靴に慣れてしまったせいか,アスファルト,コンクリートから伝わる振動が気になるのである。元々この振動が嫌いであるが,その振動を避けるため靴底の分厚いものを選んでいたのにまさに”後の祭り”。家内から「安物買いの銭失い」と文句を言われないように,我慢して履くことにした。

そして履き始めて約1ヶ月がたとうとしているが,「慣れ」とは恐ろしいもので,最近では地面から伝わる振動があまり気にならなくなってきた。しかし,歩くことを最優先に考えたウォーキングシューズとは異なり,長時間歩いたりすると結局足が疲れやすくなっているような気がする。

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この「慣れる」という言葉は物事に「愛着がわくこと」や作業に「習熟すること」などプラスの意味として用いられることが多い。しかし慣れてしまう反面,外からの刺激に対しての反応が鈍ってしまうこともある。結果として各種の失敗や事故につながってしまうことも多い。

映画にもなったタイタニック号沈没事故(1912年)やチャレンジャー号爆発事故(1986年),国内では信楽高原鉄道衝突事故(1991年),JCO臨界事故(1999年)なども直接的な原因は異なるが,すべて「慣れること」がマイナスの影響を及ぼした結果である。

例えば,タイタニック号やチャンレンジャー号の事故では直接原因となった氷山の発生(タイタニック号)や技術者からの指摘(チャレンジャー号のロケットブースターの気密性の低下)の連絡を「大丈夫だろう」と安易な判断で無視したために発生したらしい。
   また信楽高原鉄道の事故は信号システムを切り替える際の安全確保のための連絡を怠ったことも原因のひとつとされており,これらはいずれも「慣れ」てしまったがために,連絡の無視や不備を引き起こしてしまった例である。
   一方,JCOの臨界事故では「慣れ」が作業の安全面を軽視した安易な手順変更に至り,その結果地元住民の一部も被爆してしまうなどの多大な被害が出てしまった。

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日本経済新聞のWebアンケートの結果によると,「新入社員の気になる行動」として最も多かったのは「報告・連絡・相談がない」であった。日本の会社組織では上司への「報告・連絡・相談」(報連相)は大原則で,中小の企業であれば「月報」なり何なりで一定期間の業務内容を組織のトップへ直接報告,相談することも常識である(三津和化学でも月末に社長への月報の提出が義務付けられている)。

しかし,慣れてきて自信がある人ほど報告や連絡をしない傾向にあり,したとしても適切な表現を用いず,伝えるべき情報の一部しか連絡しない。どのような方法でどのような言葉(表現)で連絡すれば相手に正確に情報が伝わるかを優先に考えず,勝手な判断や思い込みで伝えるべき内容を変更したり,制限してしまう。
   当然本人はそれが正しい方法であると思い込んでいるので,それによってどのようなマイナスの影響が及ぼされるか全く気づいていない。そのうち,思わぬ失敗につながってしまい,自分の報告,連絡が不十分だったことにはじめて気がついたという経験をお持ちの方もいらっしゃることだろう。

単なる事務処理であれば取引先からのクレームぐらいで済むかもしれない。(「ぐらい」というのは言い過ぎで,これはこれで未然に防止すべきことであるが,化学に関する内容となるとどうしても安全面に関することが主となってしまうので,こんな表現になってしまった。)
   化学物質を扱う工場やラボでは作業手順変更の連絡,作業引継ぎ時の連絡などが不十分なために爆発,曝露事故などに発展するケースも少なくない。作業者の習熟度にかからわず,「これくらいわかるだろう」,「この内容は伝達する必要はない」と勝手に判断することは非常に危険である。

また化学物質を扱う場合,防塵・防毒マスク,保護眼鏡,作業衣,手袋,作業用靴(工場などでは安全靴,実験室などでも少なくとも踵のある皮膚露出の少ない靴)などの着用は常識である。しかし,実験室などで少量の薬品を扱う場合は慣れてくるとつい簡略化してしまいがちになり,腐食性の薬品が手に付着したり,強アルカリ溶液が目に入ったり,踵のないサンダル履きで作業中に転倒して薬品をかぶってしまったり,などの曝露事故につながってしまう。(ちなみに三津和化学では服装,靴などについては全社員が普段から心がけている。)

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日本経済新聞のアンケート結果でその他にあがっていた項目としては,「ゴミ捨てなど自分の担当業務以外の仕事をしない」,「仕事中に携帯で私用電話,私用メールや携帯ゲーム」,「上司からの作業指示に対する拒否反応」,「上司,先輩社員への言葉遣い」などがあった。逆にこれらが自分に思い当たるかどうかを聞かれると,自分にも当てはまるとの回答が結構多かったのには驚いた。それでは新入社員に対してエラそうにいえない。

「慣れ」に甘えず,自分を律することがまず失敗を防ぐことの第一条件のようである。私は携帯を持たない主義(仕事上も必要性がないし,どこにいても追跡されるようで気に入らない。)なので,仕事中に携帯で私用メールをすることはないが,自分自身も肝に銘じる次第である。

通勤用の靴も早く買い替えよう・・・。できるだけ・・・。(^_^;)

※参考

  • ・平成21年3月28日付 日本経済新聞−日経PLUS1−
                      掲載記事「新人のその言動,気になりますか?」.

【道修町博士(ペンネーム)】

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