第5章 HbA1cとグリコアルブミンの精度と誤差

5.2) 透析患者における血糖コントロール指標

作成日:2019/1/1,最終更新日:2022/1/5

 近年,糖尿病を合併した透析患者が著しく増加しています.糖尿病透析患者の血糖管理には透析患者特有の問題が多数存在するため,一般の糖尿病患者とは異なる配慮が必要になります.中でも血糖コントロール指標としては,HbA1cではなくグリコアルブミンを用いることが推奨されています.透析患者の血糖管理にはいろいろな問題がありますが,ここでは血糖コントロール指標に的を絞って説明をしたいと思います.

1.透析患者における血糖コントロール指標 1-5)

1.1 HbA1c

 HbA1cは血糖コントロール状態を示す代表的な指標ですが,血糖のみで決定されるわけではなく,赤血球寿命や幼弱赤血球の割合の変化などによって大きな影響を受けます.透析患者のHbA1cには,@赤血球寿命の短縮による低値,A赤血球造血刺激因子製剤(erythropoiesis stimulating agent:ESA)による影響という2つの問題があります.
 第一の赤血球寿命の短縮ですが,透析患者は,血中尿毒素の上昇,動脈硬化,透析療法による失血など多数の要因により,赤血球寿命がかなり短縮しています.このためHbA1cが30%近くも低値を示しています.第二の問題はESAの影響です.大多数の透析患者は,腎性貧血の治療のためESAの投与が必要です.ESAは一定量を投与すれば良いわけではなく,血中ヘモグロビン濃度の推移に応じて毎月細かく投与量を調整することが必要です 6).この時,ESAを増量すると幼弱赤血球が増大し,HbA1cが低値になります.逆に,ESAを減量すると幼弱赤血球が減少し,HbA1cが高値になります.このように,透析患者のHbA1cは,血糖コントロールが変化していなくても,ESA投与により変動することが知られています.

1.2 グリコアルブミン

 グリコアルブミンは過去2〜4週の加重平均血糖を示す指標です.グリコアルブミンはアルブミン代謝の影響を受けますが,血中ヘモグロビン濃度の変化によって影響を受けることはありません.透析患者の場合もグリコアルブミンは血糖に比例し,その比例係数は一般の糖尿病患者と同じであることが確認されています.
 図1にHbA1cおよびグリコアルブミンと平均血糖の関係を腎機能別に調べた結果を示します 1).透析患者,腎不全患者のHbA1cは,腎機能正常者に比し有意に低値になっていますが,グリコアルブミンでは3者間に有意差はありませんでした.このようなデータの結果,腎不全を有する糖尿病患者の血糖コントロール指標としてはグリコアルブミンの方が優れていることが分かりました.日本透析医学会の「血液透析患者の糖尿病治療ガイド2012」では,これらの成果を受け,透析患者の血糖コントロール指標としてグリコアルブミンを推奨しています 7)

図1.透析患者のHbA1c,グリコアルブミンと血糖の関係

2.透析患者のHbA1cについての数理生理学的解析

 透析患者の血糖コントロール指標としてはグリコアルブミンの方が優れていますが,では透析患者のHbA1cはどのような振る舞いをするのでしょうか? ここで,透析患者のHbA1cについて,数学的な取扱い法を検討したいと思います.

2.1.透析患者のHbA1cと造血能の関係

 糖尿病患者におけるHbA1cの動態について以前(第1章 1.2)に詳しく説明しましたが,ここで改めて数式の確認をしましょう.前ページでは,いきなり血液全体のHbA1cを考えるのではなく,まず,年齢 \(m\) の赤血球について計算しました.年齢 \(m\) の赤血球内のヘモグロビン量を \(Hbx(m)\),これらの赤血球内のグリコヘモグロビン量を \(GHx(m)\),時刻 \(t\) における血糖値を \(G(t)\) とすると,\(GHx(m,t)\) は \begin{align} GHx(m,t) = kHbx(m)\int_{t-m}^{t} G(z)dz \end{align} となります.血液全体のグリコヘモグロビン量 \(GH(t)\) は,赤血球寿命を \(T\) とすると, \begin{align} GH(t) &= \int_{0}^{T} GHx(m,t)dm = k\int_{0}^{T} Hbx(m) \int_{t-m}^{t} G(z)dzdm \end{align} となります.一方,全ヘモグロビン量 \(Hb(t)\) は \begin{align} Hb(t) = \int_{0}^{T} Hbx(m)dm \end{align} となります.HbA1cは両者の比ですから, \begin{align} HbA1c(t) = GH(t)/Hb(t) \end{align} となるわけです.

 一般の糖尿病患者の場合は \(Hbx(m)\) は一定であるとみなせたので計算は簡単でした.しかし,ESAの影響によるHbA1cの変化を調べるためには \(Hbx(m)\) を一定とみなすことができません.更に,ESA投与量が変化しますから,\(Hbx(m)\) を単なる \(m\) の関数でなく,\(Hbx(m,t)\) という \(m\) と \(t\) の関数にしなければなりません.また,ESAを投与すると1〜2週間に渡り造血が亢進します.従って,HbA1cに影響するのは単純にESA投与量そのものではなく,作用時持続時間を考えることが必要になります.
 このように考えると非常に複雑になりますので,ここでは,ESAそのものではなく造血能で計算を行うことにします.このようにすると計算がかなり簡潔になります.ただし,注意すべきことは,造血能は外因性のESAによるものだけでなく,内因性エリスロポエチンによる造血能も含んでいることです.

 時刻 \(t\) における造血能を \(E(t)\) とし,\(E(t)\) によるHbA1cへの影響を計算します.図2に \(E(t)\),\(G(t)\) の関係を模式的に示します.図から

図2.透析患者のHbA1c,グリコアルブミンと血糖の関係

\begin{align} &Hbx(m,t) = p E(t-m)\\ \end{align} となることが分かります.\(p\) は造血率を表す比例係数です.従って, \begin{align} &GH(t) = kp \int_{0}^{T} E(t-m) \int_{t-m}^{t} G(z)dzdm\\ &Hb(t) = p \int_{0}^{T} E(t-m)dm \end{align} となります.もちろん,HbA1c(t)は \begin{align} &HbA1c(t) = GH(t)/Hb(t) \end{align} となります.これが基礎方程式になります.


2.2.血糖が一定で造血能が階段状に変化した場合のHbA1cの変化

 前項で造血能が変化した場合のHbA1cの変化についての基礎方程式を導きましたが,このままではHbA1cにどのような影響がでるかよく分かりません.そこで,最も簡単な場合として,血糖が一定で,造血能 \(E(t)\) が \(t=0\) に \(E_1\) から \(E_2\) に階段状に変化した場合を考えましょう.式で書くと, \begin{align} &G(t) = G_0\\ &E(t) = \begin{cases} E_1   & t < 0 \text{ の時}\\ E_2   & t ≥ 0 \text{ の時} \end{cases} \end{align} ということになります.積分範囲に注意しながら計算すると, \begin{align} GH(t) = \begin{cases} \frac{1}{2} kp E_1 G_0 T^2   & t < 0 \text{ の時}\\ \frac{1}{2} kp E_1 G_0 T^2 + \frac{1}{2} kp (E_2 - E_1) G_0 t^2   & 0 ≤ t ≤ T \text{ の時}\\ \frac{1}{2} kp E_2 G_0 T^2   & t < T \text{ の時} \end{cases} \end{align} \begin{align} Hb(t)   = \begin{cases} p E_1 T   & t < 0 \text{ の時}\\ p E_1 T + p(E_2 - E_1)t   & 0 ≤ t ≤ T \text{ の時}\\ p E_2 T   & t < T \text{ の時} \end{cases} \end{align} となります.従って, \begin{align} &x = t / T\\ &α = (E_2 - E_1)/ E_1\\ &HbA1c_0 = (1/2) kp G_0 T\\ &y = HbA1c(t)/HbA1c_0 \end{align} とすると,HbA1cの変化は \begin{align} y(x) = \begin{cases} 1   & x < 0 \text{ の時}\\ (1 + α x^2)/(1 + α x)   & 0 ≤ x ≤ 1 \text{ の時}\\ 1   & x < 1 \text{ の時} \end{cases} \end{align} と非常に簡潔な式で表すことができます.

図3.ESAを時刻Tに\(α\)だけ増量し,時刻3Tに元に戻した時のHbA1cのシミュレーション結果

図4.上記の期間におけるESA,GH,Hb,HBA1cの変化

 図3に造血能が時刻 \(T\) に \(α\) だけ上昇し,時刻 \(3T\) に元に戻った時のHbA1cの変化を示します.ESAを増量すると造血が更新し,幼弱赤血球が増えるためHbA1cが低下します.逆に,ESAを減量すると造血が抑制され,幼弱赤血球が減少しHbA1cが上昇します.注目すべきことはいずれの場合も変化は一過性で,T日後には元の値に戻ることです.図4にこの期間における \(E(t)\),\(GH(t)\),\(Hb(t)\),\(HbA1c(t)\) の変化を示します.各パラメーターが造血能の変化によりどのように変化したかがよく分かります.

 これまでの研究により,透析患者では,@HbA1c値と血中ヘモグロビン濃度の間に有意な正の相関があること,AHbA1c値とESA投与量の間に有意な負の相関があることの2つが指摘されています 4).これらの結果から,「ESA投与により幼弱赤血球が増加し,その結果としてHbA1cが低値になる」と説明されています(図5).しかし,本ページで解析したように,幼弱赤血球の増加によるHbA1cの低下は一過性であること,ESA減量時には逆に幼弱赤血球の減少によりHbA1cが高値になることを考えると,この機構には少し疑問があります.

 ではどのような機構が考えられるのでしょうか? @に関しては,「赤血球寿命の長い患者は貧血が軽度であり,寿命に比例してHbA1cが高値になっている」という解釈も可能です.Aに関しては,「赤血球寿命が短い患者ほど貧血が高度になり,結果として多量のESAを必要とする」という解釈も可能です.これらの解釈が正しければ,ESA投与がHbA1c低下を引き起こしているのではなく,赤血球寿命の低下がHbA1cの低値とESA多量投与の原因になっていることになります(図6).

 図5.透析患者におけるESA投与量、Hb濃度、  図6.透析患者におけるESA投与量、Hb濃度、
      HbA1cの関係                 HbA1cと赤血球寿命の関係        
     (緑:正の相関、赤:負の相関)        (緑:正の相関、赤:負の相関)     

 このように数学的にきちんと取り扱うと定量的な解析が可能になり,従来の定説が正しいかどうかを定量的に検証することができます.また,上記のように,定説と異なった視点の仮説を立て,その妥当性を検討することにより科学的な検証が可能になります.医学系の学会では臨床仮説を多数例で統計学的に検証することを科学的と称することが多いようですが,科学的とは,主たる命題に対する対立仮説をできる限り多く立案し,総合的に検証することではないでしょうか?

3.ヘモグロビン-サイクリングに伴うHbA1cのサイクリング 8)

図7.研究当時の当院の透析患者の内訳

図8.ヘモグロビン-サイクリングを起こした症例における各種パラメータのシミュレーション結果:〇計算値,●実測値

 ここでは,少し話が変わって,「ヘモグロビン-サイクリングに伴うHbA1cのサイクリング」という現象について述べます.透析患者の血糖コントロール指標についての研究をしている頃,並行して透析患者に対するESA投与法についての研究もしていました.透析患者は腎性貧血を有していますので,その治療にESAや鉄剤を投与することが必要です.透析患者の場合は透析前の血中ヘモグロビン濃度が10〜12g/dLになるようESA投与量を調節します.大多数の症例ではESA投与量は安定しており,少しだけ調節すれば血中ヘモグロビン濃度を目標域内に調節することができます.しかし,一部にこの目標範囲を越えて上昇下降を繰り返す症例があります.この現象はヘモグロビン-サイクリングと呼ばれ,大きな問題になっていました.ヘモグロビン-サイクリングに関する研究結果は透析医学会で発表しましたが,この研究の経過中に,ヘモグロビン-サイクリングを起こしている症例ではHbA1cもサイクリングを起こしている可能性があることに気付きました.

 当時,私達の病院の透析患者数は120名で,その内訳は図7のようになっており,3名の糖尿病患者でヘモグロビン-サイクリングを起こしていました.そこで,この3名について詳しい解析を行いました.症例の一人を図8に示しますが,これらの症例でヘモグロビン-サイクリングに関する解析を行うと共に,HbA1cのシミュレーションを行い,実測値と比較しました.シミュレーションの計算法は前節で述べた通りで,一部のパラメーターは実測値に合わせて調整されています.その結果を図8に示しますが,両者は非常によく一致しています.シミュレーション結果と臨床検査の結果がこれほどきれいに一致するのは驚くべきことですが,この成果は私達の数学的モデルがHbA1cの振る舞いを如何に正確に反映しているかを示していると思います.


参考文献

  1. Chujo K, Shima K, Tada H, et al: Indicators for blood glucose control in diabetics with end-stage chronic renal disease: GHb vs. glycated albumin (GA). J Med Invest 53:223-228, 2006.
  2. Nakao T, Matsumoto H, Okada T, et al: Influence of erythropoietin treatment on hemoglobin A1c levels in patients with chronic renal failure on hemodialysis. Intern Med 37:826-830, 1998.
  3. Inaba M, Okuno S, Kumeda Y, et al: Glycated albumin is a better glycemic indicator than glycated hemoglobin values in hemodialysis patients with diabetes: Effect of anemia and erythropoietin injection. J Am Nephrol 18:896-903, 2007.
  4. Peacock TP, Shihabi ZK, Bleyer AJ, et al: Comparison of glycated albumin and hemoglobin A1c levels in diabetic subjects on hemodialysis. Kidney Int 73:1062-1068, 2008.
  5. Abe M, Matsumoto K: Glycated hemoglobin or glycated albumin for assessment of glycemic control in dialysis patients with diabetes? Nat Clin Pract Nephrol 4:482-483, 2008.
  6. 日本透析医学会:慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン.透析会誌 49:89-158, 2016.
  7. 日本透析医学会:血液透析患者の糖尿病治療ガイド2012.透析会誌 46:311-357, 2013.
  8. Tahara Y, Kido H, Nagamatsu A, et al: Cycling of hemoglobin A1c associated with hemoglobin cycling and its simulation. Diabetol Int 6:219-225, 2015.