HbA1cは最も代表的な血糖コントロール指標で平均血糖を反映する指標ですが,具体的なHbA1c値と血糖値の対応関係は厳密には決定されていません.HbA1cは過去4ヵ月という長期の血糖を反映しますので,この対応関係を明らかにするためには,長期に渡って日々の血糖を詳細に調べることが必要です.これまでのSMBG機器ではこのような調査は困難でしたが,最近になりCGM(Continuous Glucose Monitoring)機器が発達し,比較的安価に長期の血糖を調べることが可能になってきました.従って,今後はこれらの指標と血糖の関係が詳細に検討されると考えられます.ここでは,これまでになされた報告を中心にHbA1cと血糖の関係について検討します.
図1.HbA1cと平均血糖の相関(Nathanら)
HbA1cと平均血糖 \(AG\) の関係についてはNathanらが詳しく報告しています 1).彼らの結果を図1に示します.彼らの報告では,対象者における \(AG\) とHbA1cの関係は \begin{align} AG = HbA1c×28.7−46.7 \end{align} となっています.この回帰式は \begin{align} AG = ( HbA1c - 1.63 ) × 28.7 \end{align} と書き変えることもできますので,\(AG=0\) に相当するHbA1cは1.63%になります.彼らのデータはNGSP値ですが,NGSP値では \(AG=0\) に相当するHbA1cは2.15%ですので,これと比較するとやや小さい値になっています.両者のずれは小さいので,この回帰式はHbA1cと平均血糖の関係をかなり正確に表していると考えられます.彼らはHbA1cを \(x\) 軸,平均血糖を \(y\) 軸にとっていますが,前ページ(第5章 5.1)で述べたように誤差の小さい方を \(x\) 軸に取るとより正確な解析ができます.平均血糖はSMBGで得た結果から計算した推定値ですので誤差が大きく,HbA1cの方が誤差が小さいと考えられます.誤差の小さいHbA1cを \(x\) 軸に採用したため,非常にいい結果が得られたものと推測されます.
NathanらのデータをMEM法で解析すると,もっと良い回帰式を得る可能性があるように思われます.MEM法を用いると基本的に従来法よりも回帰式の勾配が大きくなりますので,\(x\) 軸との交点がもう少し大きくなり,2.15%に近づくのではないかと推測されます.そこで,彼らのデータを用いてMEM法で再解析を行ってみましょう.彼らの報告では,回帰分析の結果は \(a=28.7\),\(R^2=0.84\) でした.従って,
\begin{align}
&a = U = 28.7\\
&R^2 = U^2 / V =0.84
\end{align}
とすると,\(U\),\(V\) は
\begin{align}
&U = 28.7\\
&V = 980.6
\end{align}
となります.
\(μ\) は具体的に与えられていないので推定値を計算しましょう.まず,論文に平均血糖値の残渣誤差は15.7mg/dLになったと記載されています.これを \(ε_y\) の値として採用することができます.
\begin{align}
ε_y = 15.7mg/dL
\end{align}
次に,\(ε_x\) を推計します.HbA1cの正常者における基準値は概ね 4.6〜6.2%です.通常,正常値の幅は \(mean ± 2SD\) で決められますので,この幅が \(mean ± 2 ε_x\) であると仮定します.その結果,
\begin{align}
&mean = 5.4 \\
&ε_x = 0.4
\end{align}
となります.しかし,この \(ε_x\) をそのまま用いことは適切ではありません.なぜなら,血糖上昇に伴いHbA1cが上昇すると,この幅も比例して増加すると考えられるからです.Nathanらの論文では対象者の平均HbA1cは6.8%でしたので \(ε_x\) はもっと大きい値になると考えられます.NGSP値における原点のずれ2.15%を差し引いて計算すると,HbA1cの誤差幅は
図2.HbA1cと平均血糖の相関:NathanらのデータをMEM法で再解析
HbA1cとグリコアルブミンの場合と同じように,今後の理論的な展開を考え,原点を通るHbA1cと平均血糖の関係式を求めておきましょう.平均血糖(\(AG\))が 0 の時,HbA1c(NGSP)は 2.15%になりますので, \begin{align} HbA1c(NGSP) = AG × β + 2.15 \end{align} となります.Nathanらのデータでは対象患者の平均HbA1cは6.8%でした.これをNathanらの式に入れると,平均の \(AG\) は148.5mg/dLになります.上式にこのデータを入れると \begin{align} β = (6.8 - 2.15)/ 148.5 = 0.03131 \end{align} となります.従って,HbA1cと平均血糖の関係は \begin{align} HbA1c(NGSP) = AG × 0.0313 + 2.15 \end{align} となります.
ここで,グリコアルブミンと血糖値の関係を再確認しましょう.両者の関係は \begin{align} GA = AG × a \end{align} となります.HbA1cとグリコアルブミンの関係は前章(第5章 5.2)で \begin{align} HbA1c(NGSP) = GA × 0.244 + 2.15 \end{align} でしたので,本章の結果と合わせると,グリコアルブミンと血糖の比例係数 \(a\) は \begin{align} a = 0.0313 / 0.244 = 0.1283 \end{align} となります.従って,グリコアルブミンと血糖の関係は \begin{align} GS = AG × 0.1283 \end{align} となります.
表1.HbA1cと平均血糖の関係
以上で,HbA1cと平均血糖の正確な関係式が得られましたが,実際の臨床では,小数点以下の細かな数値はあまり重要ではない上に,計算が煩雑になります.そこで,大雑把に考えて,
\begin{align}
AG = (HbA1c-2.0) × 30
\end{align}
とすると,暗算で簡単に計算でき,非常に便利です.Nathanらのオリジナルの式と比べてどの程度この簡易式で一致するか気になるところです.表1にNathanらの結果,MEM法の結果,簡易式の結果を示しますが,臨床的なレベルで考えると,簡易式でも十分な精度で平均血糖を推定できす.
従って,研究ではNathanらの式あるいはMEM法の式を用いる必要がありますが,臨床では簡単に計算できる簡易式を用いるのが便利ではないでしょうか?