第5章 HbA1cとグリコアルブミンの精度と誤差

5.1) HbA1cとグリコアルブミンの精度,誤差,バイアス

作成日:2018/9/1,最終更新日:2019/1/16

 現在のHbA1cおよびグリコアルブミンの測定機は精度がよく,誤差は非常に小さくなっています.しかし,臨床的には測定誤差以外に合併疾患,個人差,不規則な血糖変動などにより大きな誤差やバイアスが発生します.基本的にはHbA1cとグリコアルブミンは平均血糖に比例する指標ですが,このような要因による影響はかなり大きく,個々の患者の測定値は単純に平均血糖には比例しません.本ページでは,このようなHbA1cとグリコアルブミンに関する精度,誤差,バイアスについて解説し,臨床における見方を検討します.

1.誤差とバイアス

図1.誤差とバイアスの考え方

 測定値の誤差を考える基本的な考え方を図1に示します.\(x\) 軸に真の値,\(y\) 軸に測定値を示しています.理想的な測定器では,測定点は \(y=x\) 上に分布しますが,通常は誤差やバイアスにより測定値は \(y=x\) 上には分布しません.このような場合, \begin{align} y = a + bx + error \end{align} という関係が存在すると仮定して回帰分析を行います.その結果,原点のずれ(\(a\)),勾配の変化(\(b\)),ランダムな誤差(\(error\))という3つの誤差が発生します.臨床データの場合,測定系の誤差とは別に,個人差によるバラツキが問題となります.個人差によるバラツキは,個々の患者にとってはバイアスですが,多数の患者データをまとめて処理する場合は,ランダムな誤差と同じになります.

2.測定法と測定誤差

表1.HbA1cの測定法

 現在のHbA1cの主な測定法にはHPLC法,免疫法,酵素法の3つがあります(表1).最もよく用いられている方法はHPLC法で,測定精度が高く,施設間較差も少ないという特徴がありあます.HPLC法によるHbA1cの測定誤差はCVで1〜3%,絶対値(SD)で0.1〜0.2%となっています.このため,患者のHbA1cが0.2〜0.3%変化するだけで,血糖コントロールが変化したことを検出することができます.これらの測定誤差は臨床的要因による「ずれ」に比べて非常に小さいので実際上は問題になることはほとんどありません.ただし,測定法が異なると必ずしも数値が一致しないことが指摘されています.
 グリコアルブミンの測定法にはHPLC法と酵素法がありますが,現在,臨床で用いられている方法は酵素法のみです.グリコアルブミンも測定誤差は小さく,CVで1%以下となっています.このように,HbA1cとグリコアルブミンは,いずれも測定誤差が非常に小さく,測定値に何らかの問題がある場合は,ほとんど全て合併疾患や個人差による問題が発生していると考えられます.

3.原点のずれ

図2.NGSP値における原点のずれ

 現在,わが国では,HbA1c値としてNGSP値が用いられていますが,NGSP値には大きな原点の「ずれ」が存在します.NGSP値は米国でDCCT研究を開始した当初に標準化された検査値ですが,当時(1970年代)の測定器はHbA1cの分離能が悪く,厳密にHbA1c成分のみを測定することができませんでした.このため,HbA1c以外の成分を測り込み,正しいHbA1c値より高値となっています.HbA1cを最も正確に測定する方法はIFCC法ですが,NGSP値をIFCC値と比較すると, \begin{align} NGSP\text{値} = 2.15 + IFCC\text{値}×0.915 \end{align} となっています 1).図3にNGSP値とIFCC値の関係を示しますが,NGSP値は血糖値に無関係な原点のずれ2.15%を含むと共に,勾配が1からややずれています.現在の臨床検査で用いられている測定機は非常に性能がよく,IFCC値に近い値を測定していますが,過去のデータとの整合性を維持するため,わざわざNGSP値に変換して報告されているのが現状です.従って,NGSP値をグリコアルブミン値や血糖値と比較する場合は,この原点の「ずれ」を除去することが必要になります.海外ではIFCC値の利用が進んでいますので,日本でもいずれIFCC値に切り替える時期が来ると考えられますが,IFCC値を用いればこの原点のずれの問題は解消されます.

4.勾配の変化

 勾配の変化によるHbA1cやグリコアルブミンの変化は系統的なバイアスを引き起こします.HbA1cおよびグリコアルブミンにバイアスを引き起こす原因を表2と表3に示します.

 HbA1cに影響する要因の中で最も多いものは赤血球寿命の短縮によるものです.赤血球寿命を短縮させる要因は非常に多く,HbA1c低値の最大の原因となっています.中でも注意すべきは,血糖コントロールの不良な症例では赤血球寿命が短縮し,HbA1cが相対的に低値になることです 2).貧血は原因によりHbA1cへの影響が異なります.溶結性貧血では赤血球寿命が短縮し,HbA1cが低値になりますが,鉄欠乏性貧血では赤血球寿命が延長し,HbA1cが高値になります.貧血に対し鉄剤やエリスロポエチン製剤の投与を行うと幼弱赤血球が増加するためHbA1cが一過性に低下します.貧血の治療薬を中止した場合は,HbA1cが上昇する場合と影響が出ない場合があり,病態によって異なります.ヘモグロビン異常症の場合は,HPLC法で測定するとしばしば異常値を示しますが,免疫法ではあまり異常値は出ません.
 グリコアルブミンの場合もアルブミン代謝が変化すると,測定値が影響されます.基本的にアルブミン代謝が亢進するとグリコアルブミンが低下し,アルブミン代謝が遅延するとグリコアルブミンが上昇します.

表2.HbA1cが異常値を示す場合       表3.グリコアルブミンが異常値を示す場合

5.血糖コントロールの変化に対する時間遅れ

 血糖変化に対し,HbA1cは約1ヶ月の半減期,グリコアルブミンは約14日の半減期で追随します.このため,血糖コントロールが急速に変化すると,いずれの指標も追随が遅れますが,HbA1cの方が遅れが大きいため,両指標間にずれが発生します.この追随の遅れに関しては別ページ(第3章)で詳しく解説しましたが,急に血糖コントロールが変化した場合は,データの判定に注意が必要です.

参考文献

  1. Hoelzel W, Weycamp C, Jeppson J-O, et al.: IFCC reference system for measurement of hemoglobin A1c in human blood and the national standardization schemes in the United States, Japan, and Sweden: a method comparison study. Clin Chem 50:166-174, 2004.
  2. Virtue MA, Furne JK, Nutall FQ, et al: Relatioship between GHb concentration and erythrocyte survival determined from breath carbon monoxide concentration. Diabetes Care 27:931-935, 2004.