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研究報告
天野恵:騎士道と火器(7)[4/4]
さて、カール5世が登場したところで、われわれも彼と一緒に16世紀のスペインへと飛ぶことにしよう。16世紀のスペイン軍と言えば、ヨーロッパの大部分を征服したばかりか、新大陸までを擁して日の沈むことのない大帝国を作りあげた、まさに世界最強の軍隊であった。小生も子供の頃に学校で習った「無敵艦隊アルマダ」という言葉を今だに覚えている。あの頃は「アルマダ」というのが固有名詞だとばかり思っていたけれど、実際にはこれは「艦隊」という意味の普通名詞で、「無敵」というのは勝利をより大きく見せたい英国側が後から勝手につけた形容詞だったらしい。
ところで、このスペインの無敵艦隊が英国海軍に敗れたのもやはり大砲のせいであった。この連載では今まで陸上で使う大砲ばかりを話題にしてきたけれど、16世紀以後になると、軍艦と大砲というのも実に因縁浅からぬ関係を持つことになる。この両者は実に相性が良かった。だからこれはこれで非常に面白いのだけれど、なにせ拙文のタイトルは「騎士道と火器」であって「軍艦と火器」ではないし、それにわれらがアリオストもまた船とはあんまり縁のない人生を送った人であるからして、この際、海軍は放っておいて話題を陸軍に限らせていただく。
というわけで、スペインはスペインでも無敵艦隊ではなく、陸軍の方である。このスペインの陸軍というのもまた、中世以来ずっと続けてきたレコンキスタを完成させ、その後は新大陸を含めた世界制覇にも活躍したわけで、実際、スペインの軍事的優位は無敵艦隊などではなくむしろ陸軍の強さに負っていた。だいたいスペインと言うとえらく戦闘的・暴力的なイメージが強い。少なくとも小生の頭の中ではそうである。なんだか誇り高くて、だから自分が侮辱されたと思い込みやすく、しかもそう思い込んだらすぐに決闘なんかおっぱじめそうだし、例えば闘牛士なんていうのにもそういう雰囲気がみなぎっている。騎士道に関しても、「ラ・マンチャの男」ことドン・キホーテやら、エル・シドやら、ホンモノであれパロディーであれ、とにかくいろんな有名騎士が勢ぞろいしていて、だからあるいは騎士道の本場みたいに思われるむきがあるかもしれない。
ところがスペインの騎士というのは実はあんまり強くなかった。少なくともフランス騎士の前ではまったく敵ではなかった。それはまずもって装備がチャチだったからである。少し前の章で扱ったような15世紀前半に頂点を極めることになる典型的な騎士の戦法というのは、フル・プレート・アーマーと太い重量級の槍を必要とするのだけれど、スペインの騎士はこれらに関してヨーロッパの水準からするとずいぶん見劣りがした。15世紀前半どころか、グラナダを落としてレコンキスタを完了した後の16世紀に入ってからもスペイン騎士の劣勢はいかんともしがたく、イタリア半島を舞台にフランスと戦火を交えるようになるとそのことは誰の目にも明らかになる。
と、まァこのあたりで今回の連載は打ち切らせていただこう。頭の良いイタロマニアの読者諸兄には、われわれがなぜいきなりスペインへ飛んだのか、もう見当がつきはじめていることであろう。
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