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研究報告
天野恵:騎士道と火器(6)[3/4]
さて、ハナシを元に戻すと、スピンの付いた球体が空気中を飛翔する際には、軌跡がその回転方向へとカーブすることが知られている。実際、野球のピッチャーにせよ、テニスやバレーの選手にせよ、みんなボールに様々なスピンを付けることによってその挙動をコントロールしている。この現象は発見者の名をとってマグヌス効果と呼ばれているけれど、例えば翼形断面に上向きの力が働いて浮力が発生して飛行機が飛ぶのと同様、基本的にはベルヌーイの定理がベースとなって起きる。ベルヌーイの定理とは、相対的な流速の早い部分で圧力が減少する、というアレである。今、例えばZ軸回りに上から見て右向きに回転するボールがX軸方向に飛んでいるとしよう。ボールの左側部分は進行方向に向かって動き、一方、右側部分は逆向きに動いていることになる。
この場合、ちょっと考えると、まわりの空気との相対速度は左側の方が高そうに思える。しかし、実際には空気には粘性があるために、右向きに回転するボールによってボールの左側面近くの空気が右側の方へと送られるという現象が生じる。この結果、右側の方が気流がスムースになり、相対速度も上がって圧力が減少し、ボールはY軸方向に右の方へと引っ張られて軌跡がカーブしていく、とまァこんな理屈である。
で、滑腔銃から発射された丸い弾丸にも同じような力が働くものと考えられるわけである。これについては、かなり古くから実験によっても確かめられている。その実験とは、銃身を故意に曲げた銃で発射実験をするという方法である。つまり、銃身を左の方に曲げた銃から発射された弾丸は、一見、軌跡が左の方へずれていくように思われるのであるが、実際には距離が増すに従って着弾点は右の方へとずれていくのである。これは銃腔内で加速される祭、銃弾が銃身の右側に沿って運動するために右回りのスピンがついた状態で銃口を離れるからだと考えられる。
ともあれ、弾丸につくスピンがコントロールできないということは、つまり、本当は狙ったとおりまっすぐに飛んで行って欲しい銃弾が、制御不能なスピンによって四方八方へとカーブしていくということを意味している。
こうしてみると、「種子島」競技に凝っている人が言っていた、「当たりにくいから面白い」というのは、「銃の操作が難しいために熟練しないと当たらない。だからウデの差がよく見えて面白い」という意味ではなく、逆にいくらウデの良い射手が慎重に狙いを定めて撃ったところで着弾点はかなり広い範囲に散らばってしまい、だから実際に発射してみないことには当たり外れがまるで予測できない、という意味であったことが分かる。
まァ、ゲームとしてはそれなりの面白さがあるのかもしれないけれど、兵器となるとこれは大問題である。まずもって弾がまっすぐに飛ばないというのが根本的な欠陥である上に、これに加えて弾丸の速度がいくらも飛ばないうちに落ちてしまうというのは、要するに命中精度が低く、しかも射程が短いということを意味している。
であるからして、こういう銃でゴルゴ13よろしく遠距離から標的を狙撃をする、などということはおよそ想像もつかない。もちろん、こういう欠点を持つ銃であっても、仮に発射速度が高くて連射が可能ならば、「下手なテッポも数撃ちゃ当たる」的な使い方で、比較的近距離から撃ちまくるという手がなくもないであろう。が、当時の火縄銃の発射速度など、話題にするのも愚かである。
となると、である。一体こういう種類の銃でもって、例えば疾駆する馬上の騎士を狙い撃ちしようなどと考える人間がはたしていたであろうか?
まだ、ある。15世紀後半の騎士は、普通、プレート・アーマーで全身を覆われていた。この鎧はもちろん鉄製である。しかも、胸当てなどは冷間加工によって非常に高い強度を有していたことが知られている。そもそも鎧というのは、銃もさることながら、それ以前からあった様々な攻撃用兵器を念頭において作られていたものと思われるが、例えば弓矢の鏃は鋼鉄製であった。それに対して銃弾は鉛である。つまり、騎士の鎧にぶち当たる銃弾というのは、自分よりもずっと硬い材質と渡り合うことを余儀なくされていたことになる。もし相手が布製の衣服を着けただけの人間だったならば、着弾の衝撃で変形したり砕けたりした銃弾が標的の肉体により大きな損傷を与えるという可能性もあるが、鎧が相手ではこうはいかない。
つまるところ、当時の滑腔銃で騎士を撃ったところで、そもそも命中が覚束ないうえに、仮にまぐれで当たったとしても銃弾が鎧を貫通するのはよほどの近距離射撃でない限り至難のワザだったのである。