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「靖国」問題・私の見方



「靖国参拝違憲訴訟(大阪)」A

 2005年2月14日に大阪高裁で行われた第一回「靖国参拝違憲確認等請求控訴事件」における原告:菅原龍憲さんの意見陳述(全文)です。参考にしてください。

 (注)太字・赤文字は管理人が付け加えました。

 05.2.18(tomo)



  控訴審意見陳述

 原告 菅原龍憲

 韓国の遺族である李熙子さんに続いて陳述する私は日本人遺族であります。日本の国家によって韓国の遺族に強いられている耐え難い苦痛と侮辱は、じつは私たち日本人遺族にも加えられていることを今改めて思い知らされております。

 小泉首相は靖国神社参拝の中で「戦没者に対して敬意と感謝を表する」、「戦後の平和と繁栄は尊い命の犠牲の上にある」という言葉を執拗に繰り返してきました。このような言葉が、そのもっともらしさにもかかわらず、どれほど人間の内面に無自覚で欺瞞に満ちたものであるかを私たち遺族は痛恨な思いで受けとめてきました。

 私はこの訴訟において、このように国家が戦没者を顕揚し、感謝することは戦没者を限りなく貶めることであり、私たち遺族の心を深く蹂躙するものであることを訴え続けてきました。

 天皇や国家の名において動員され、他国民を殺し、自らも殺されていった戦没者の悲惨に対して、国家はなぜ「敬意と感謝」なのでしょうか。国家の責任も慚愧の思いもそこには微塵も感じることはできません。私たちがこのような修辞に取り込まれるとき、どんなに国家によって生命や精神を収奪されようとも、それはいつでも「感謝」へと昇華かれていくことになります。

 戦没者は国家の引き起こした戦争の悲惨な被害者であり、国家はあくまで加害者としてその戦争責任を負荷すべきものであることを見据えておきたいと思います。

 「国のために尊い命を失われたことに対し、感謝の念を表すのは、日本人として当然の感情」だという、国家が祀ることの意識がしばしば表現されますが、国のための死は「尊い死」であり、至高の価値として顕彰する、じつはこのような意識こそが靖国の信仰構造であり、真に問うべき本質であります。個々人の死はひとしく尊ばれなければなりません。死者を選別し、また選別された死者をひとくくりにする思想は人権を侵害するものであります。

 私は20年来、靖国神社に赴き、数度にわたって戦没者である父の名前を靖国神社の霊璽簿より削除されるよう要請してきました。しかし神社側はこの間、私の要請を一切拒否し続けてきました。靖国神社では「公務死」ということが合祀基準といわれています。合祀対象者はあくまで軍人軍属、及び国家総動員法に基づく徴用などの公務死であって、同じ戦死者であっても原爆、空襲などによる一般民間人75万人以上の被害者は祀られていません。「国のための死」というきわめて恣意的な基準を立てて、それを満たせば祀り、満たさなければ排除する。これこそ「選別・排除」の理論そのものではないでしょうか。遺族の意思にかかわりなく、勝手に祭神として祀り、遺族の霊璽簿からの削除の要請を一切認めようとしない。公務における戦死者は自動的に祀られ、例外は許さない。この外を許さない構造こそ「強制」そのものであります。

 天皇制国家体制を正当化し、賛美する靖国思想の中でどれだけ多くの人々が傷つき倒れていったことでしょうか。

 今なお、そのような国家神道が生き続けている靖国神社に、一国の首相が参拝し、戦没者を顕彰することが、どのような意義を持つものか、もはや言うを俟たないことであります。「二度と戦争を引き起こさないために参拝する」という詭弁、弄言。言葉を生きる人間が、このように言葉を裏切り続ける行為は、ほかならぬ自らの人格を卑しめることになることを思い知らねばなりません。

 さて、大阪地裁における「アジア訴訟」の判決は、小泉首相の靖国参拝は職務行為として、宗教活動にあたるとしながらも、私たちの訴える精神的な被侵害に対しては「全面棄却」するという無残なものでした。裁判官は「本件参拝によって不快感や憤りを抱いたとしても、被告小泉が原告らに対し、原告らの信教、思想又は良心を理由とする不利益な取り扱いをしたことはない」と述べています。小泉首相の靖国参拝に対して、押さえがたい屈辱と抑圧をおぼえるとともに、そのことが宗教的信念に基づいて生きようとする私の意思に対する著しい侵害であるにもかかわらず、それをもって、単なる「不快感や憤り」と断ずることは、この上もなく不遜であり、不毛な意識といわねばなりません。そしてまた「原告らに対して一定の信教、思想又は良心を有することを強制又は制止したと認めるに足りる証拠はない」とは、どのような認識による謂なのでしょうか。戦没者の死に対して、つねに意味付与を行い、国のための死を「尊い死」とすることによって、国家が私たち一人ひとりの思想とか信仰とかの内面に踏み込んで、それぞれの生き方とか死に方の意味づけまでを管理、統制するという、そのことは国家というものの価値のもとに従属したありようを強要していくことになりはしないでしょうか。信教の自由に対する侵害を表面的な現象をもって「強制」と限るならば、憲法20条1項の「信教の自由は何人に対してもこれを保障する」と、無条件に保障したこの規定は、ほとんどその機能を果たさないといわねばなりません。

 しかも憲法は信教の自由を絶対不可侵の自由として確実なものにすることを目的として、20条3項に政教分離規定を設けたのではなかったでしょうか。このように憲法の完璧な保障規定にもかかわらず、「(政教分離原則は)国民個人に対する具体的権利として保障したものではない」とは、裁判官自らが、その憲法の精神を担うに足る主体の確立をあまりにも怠ってきたと思わざるをえないのであります。

 内面の自由を求めるたたかいを持続するということは、この国の精神土壌からいってもとても至難なわざであります。しかし、そうであるがゆえに靖国的風土からの解放を求めて生きる営為もまた果てしなく深い意味を持っていると思います。私はこの訴訟を決して目的化してはならない、あくまでこの訴訟を通して、この国に信教の自由をはじめとする、あらゆる精神の自由を確立する、その基盤を据えるたたかいであることを自らに決意して陳述を終わりす。

 2005年2月14日
 原告 菅原龍憲



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