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「――無茶、……しやがって、」 やっと、タオルの束縛から解放されたのはいいけど、長い時間不自然な姿勢でいたせいで、腕が痺れて動かす事もままならない。 とにかく身も心も疲れ果てた。息も絶え絶えに相手を非難する。 「ごめん、……えっと、大丈夫?」 「大丈夫じゃねぇよ」 「ごめん」 「謝るなっ」 「ごめ……あ、」 その気弱さに、怒る気もすっかり消えてしまった。逆にこっちが悪かったって気持ちになる。 ――ずるい。 何がずるいって、何もかもだ。そっちが仕掛けてきて、無理矢理煽って、その熱ですっぽりと覆ってくる。熱くて、優しい鎖でがんじがらめにしてくるのに本人は至って無自覚だ。どんな形であれ、同じ気持ちで求め合っているのに、この不器用で鈍感な恋人はその事に気付かない。だから、こうして謝ってくる。謝ってなんか欲しくないのに。 ただ、ほんの気遣いだけで充分なのに。 でも、それがこの恋人たる所以(ゆえん)であって、そんな所が気に入っている自分も相当なものなんだけど。――全く厄介な奴と出逢ってしまったのが、運の尽き……? だから、ずるいと思っても、結局は許してしまうし、恋しい。 「……蜂蜜」 「え?」 「ちゃんと買って返せよっ」 「あ、はい」 素直に返事が返ってくる。すっかり、いつものお人好しモードに戻っている。 「んで、水」 「み、みみ、水っ?」 いきなりの剣幕に驚いたのか、その声が裏返って、なんともマヌケに聞こえた。心内で笑いを堪え、 「喉、カラカラなんだよっ」 そう言うと、相手は慌ただしく冷蔵庫の方へ向かった。その慌てぶりがばっちり目に浮かんで、笑いを誘う。ようやく腕の痺れも弱まってきて、腕に絡みついたままのシャツを羽織った。 そして、500ccのペットボトルを手渡され、それ――ミネラルウォーターだった――を一気に飲み下すと、気だるい身体に心地好く、ほっ、とひと息ついた。 そして、恋人がいるだろう方向へ手を伸ばすと、すかさず受け止めてくる。そのまま体重を傾けると、 「なっ……何? どっか痛い?」 おろおろとした声が耳に響く。欲情に濡れた低い声も好きだけど、普段の声も好き。特に驚いたりした時のトーンが高くなるのも笑えて、いい。でも、そんな甘い想いをおくびにも出さず、 「――風呂、」 「え?」 「風呂だよっ。誰かさんのせいで、身体中ベタベタして気持ち悪いし、あちこち痛くて動けないんだよっ」と言うのは、やや大げさだけど、身体が気持ち悪いのは本当だ。きっと身体中蜂蜜があちこちに蔓延(はびこ)っているに違いない。そして、足の間からは恋人の――、 「わ、悪い」 相手も、その状態に気付いたらしく、多分この手を拘束していたタオルで拭ってきた。 「だから、謝るなって言ってるだろっ。謝るくらいなら、さっさと風呂場へ連れて行けっ」 「は、はいっ」 そして、そのまま抱き上げられ、すぐ背後にある風呂場――正確にはユニットバス――へと続くドアの開く音がした。だが、これまた抱き上げられてるというより、担ぎ上げられてるのだから、情事後の淡い色気もない。まぁ、少女趣味なんて持ち合わせてなどないから別にいいけど、でも、やっぱりなぁ、その辺の甲斐性は欲しいかも……。 そっ、と腕を恋人の首に回す。やっと、こうして自分から手を回す事が出来た。それが何よりも嬉しい。 こつん、と頭をその肩に乗せると、腰の硬い髪の毛が頬をくすぐる。 「……今度さ、お前が目隠ししろよな」 ぼそり、と耳元で囁いてやると、 「ええっ?」 案の定、声を上げる。それを無視して、 「厭、とは言わせねぇぞ?」 目が見えない事がどんなに恐ろしいか、思い知らせてやる。そして、ふとその光景が思い浮かんでしまい、三度(みたび)、欲望の炎が点りそうになるが、自粛しなければ。 「……はい、」 その素直な返事の褒美に、ちゅ、と小さく音をたてて、小鳥が餌を啄ばむような、触れるだけのキスをした。 |
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