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ひとつの感覚が損なわれると、他の感覚がそれを補うかのように鋭くなる――と聞いた事があるけど、今の状態がまさしくその通りだ。 ――どうして、こんな事になってしまったんだ? |
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――大学のレポート提出の期限が迫っていた。 連日の徹夜で睡眠不足の状態が続いたけど、レポートを無事提出させた。そして、学校から戻るとすぐにベッドへ直行して、そのまま眠ってしまったのがいけなかった。 翌朝、雀の囀(さえず)りで眠りから覚め、目を開こうと――、開かない。いや、瞼(まぶた)を上げようとしても、痛くて上がらなかった。どうにかしないと、とタオルで冷やしたりもしたけど、ダメだった。 こんな時、独り暮らしは不便だ、とつくづく思い知らされた。でも、面白い事に頼れる身内がいなかったらいないで、変に冷静さを保っていられる。どこかの感覚が麻痺してしまうのかな? 冷めた思考を張り巡らしながら、もう一方では、この状態でどう対処したらいいのか頭を悩ませた。だからといって、救急車を呼ぶにはどうにも気恥ずかしく、憚(はば)かられる。また別の方法も思い浮かんだのだけど、これも絶対に避けたかった。 ああでもない、こうでもない、と考えた末、運良く同じ学校に通う顔見知りが、同じワンルームマンションに住んでいたから、何とか頼んで病院へ連れて行ってもらった。 そして、診察を受けると、コンタクトを装着したまま何日も過ごし、睡眠を取ったのが原因だった。こんな事はたまにあるらしく、医者の慣れた手付きでコンタクトを外され、 「今日一日は、閉じたまま安静にいるように」と、目を包帯でぐるぐる巻きにされてしまった。 とにかく病院に行けば、万事解決だと思ってたのに、包帯を巻かれるとは……。病院に連れ立ってくれた顔見知りは、既に学校へ行ってしまって、ここにはいない。これじゃあ、どうやってマンションに帰ればいいんだ? 今度こそ、どうにもならない状況に陥ってしまった、その時。 さっき浮かんだ別の方法。なるべくなら避けたかった――、でも仕方ない。 覚束(おぼつか)ない手で、ジーンズのポケットにしまっていた携帯電話を取り出し、ある人物を呼び出す。 それは、唯一、大切で恋しい存在。 本音としては、こんな事態になってしまって、情けなくて恥かしくて、正直呼びたくなかった。でも、視界を閉ざされて心許(こころもと)ない時は、その恋しい存在がそばにいて欲しい、というのも本当で……。複雑な思いを交差させながら、電話に出るのを待った――。 だけど、呼び出したのが、そもそもの間違いだった。それに気付いた時は、何もかもが手遅れで……。 事態を話した途端、講義の途中にも拘(かか)わらず――とはいえ、既に昼を過ぎていて、昼飯の最中だったらしいが――、すぐに駆けつけてくれたのには一種の感動モノだった。そして、マンションまで送ってくれたのも良かった。――だが、その後だ。 別にそういう雰囲気でもなかったのに、何がどうなって、そういう雰囲気になだれ込んだのか――、しかも、目が見えないのをいい事に、手を縛って自由を奪い、いいように弄(もてあそ)ばれて――。 何が「昔、観た映画のような事をしたい」ってんだ。目隠しプレイするような映画なんか知らない。さしずめ十八禁モノに決まってるってんだ。 なのに、強引で、しかも倒錯的(とうさくてき)な行為に腹が立つというのに、逐一反応してしまう己の身体が恨めしいよ、まったく――。 |
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