正しいクリスマスの過ごし方 後編




「チョコレート・・・・・!?」
「自分達だけ何を食べているのかね?卑しい真似は止したまえ。」

達の丁度前に座っていたアイオリアとシャカが、それはそれは凄まじい速さで後ろを振り返ったのである。


「おや、見つかってしまいましたか。」
「はは・・・・、良い匂いがしたんでな。つい・・・・。」
「コソコソ摘み食いとは全くもって行儀の悪い・・・・・、このシャカにも寄越したまえ。
「あなたもですか?ふう・・・・、仕方ありませんね。」
「す、済まんムウ、俺も一つ貰って良いか・・・・?」
「ええ。どうぞ、アイオリア。」
「私ももう一つ貰うぞ、ムウ。」
「はいはいどうぞ。」
「わ、私ももう一個良い・・・・?」
「ええ。」

シャカ・アイオリア・アフロディーテ・は、こぞってムウの手から菓子を受け取っては口に放り込んだ。
一つ、二つ、三つ四つ五つと、菓子はみるみる内に消えていき、ムウは多少呆れたように呟いた。


「・・・・・・まるでハゲタカの群れに群がられている気分ですね。
「ご、ごめんねムウ・・・・!あんまりお腹空いてたもんだから・・・・・」
「いえ、貴女は結構なんですけどもね。何しろろくに食べもせずに仕事と長時間のフライトをこなして来られたのですから。その他三人とは違って。」
「ムウよ。このシャカをハゲタカ呼ばわりとは失敬だな。」
「困っている者を助けるのは君の使命だろう、ムウ。とやかく言わずにもう一つくれ。」
「お、俺ももう一つ・・・・・・」
いつそんな使命を背負わされたんですか私は。迷惑甚だしいですよ、全く。・・・・もうお好きになさい。」

ムウは菓子の袋を大胆に大きく破り、『何処からでも好きなだけ持ってけドロボー!!』とばかりに飢えた者達へ差し出した。
そこへアイオリア・シャカ・アフロディーテの手が順繰りに伸びては、菓子を攫っていく。
しかし、最後に伸ばしたの手だけは、菓子を掴んだ途端、誰かに手首を掴まれて拘束されてしまった。



「・・・・・・何をしている?」
サ、サガ・・・・・・!?

口をモグモグさせている四人組+膝の上に菓子を広げているムウを、サガは冷ややかな視線で見咎めた。



「おかしいな。今は私の話を聞く時間の筈だが、何故お前達は口を動かしているのだ?」
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい!!!」

口の中の物を飲み込んでから、は青ざめた顔で詫び倒した。

「おっ、お腹が、お腹が空いて力が出なくてつい・・・・・!」
「・・・・・・まるでアン○ン○ンのような台詞だな。そんなに腹が減っていたのか?」
「うう・・・・・、ごめんなさい・・・・・・」
「いや、それは違うぞ、サガよ。」
「・・・・・・・何だと、シャカ?どういう事だ?」
アンパ○マ○は顔が濡れると力が出なくなるのだ。腹具合は彼奴の力には何の影響も及ぼさぬ。」
そんな事か!!!!真面目な顔して言うから、何かと思って真剣に聞いた私が馬鹿みたいではないか!!」

サガは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
しかし、サガの事である。ただ怒鳴って終わりになる筈は勿論ない。
神聖なミサの最中に摘み食いをしていた下手人の内の男連中は、洩れなくサガの鉄拳制裁を受け、には最後まで名残惜しげに掴んでいた菓子を没収という罰が下された。

そしてその後はお決まりの、アリーナ席へのご招待が待っていた。


「何故私もなんですか?私は食べていませんよ。」
「やかましい。餌を与えていたお前も同罪だ、ムウ。鉄拳制裁を喰らわなかっただけ有り難いと思え。」
「よう、お前もとうとうこっちに来たか!」
「き、来ちゃった、えへへ・・・・・・」
「そこ、ミロと。何を能天気な会話をしている。静かにしなさい。」

少しざわついた場を鎮めてから、サガはその場の全員に聞こえるような声で言った。


「良いか、皆今度こそ真面目に静かに聞くのだぞ!今日は神聖なクリスマスなのだからな!全員敬虔な気持ちでミサに臨むように!邪魔立てする者は容赦せんからな!!


神聖なクリスマスに、一番敬虔な気持ちを持っていなければいけない司祭がそんな殺伐とした台詞を吐いて良いのか。


心ではそう思えど、サガの剣幕と制裁が恐ろしく、口には出せない一同であった。













サガの話はまだ続く。まだまだ続く。延々と続く。
火の気のあるものといえば燭台のキャンドルだけ、そんなささやかな炎ではこのただっ広い礼拝堂全体を温める事は到底出来る筈もない。
ただ一人、カミュだけは大して苦痛そうでもなかったが、残る面々は襲い来る冷え込みと闘いながら、歯を食い縛って耐え続けていた。



「さ、流石に寒いな・・・・・・・・」
「全くだ・・・・・・・・、早く磨羯宮に帰って熱いコーヒーが飲みたい・・・・・・・」
「コーヒーも良いけどよ、美味い酒を一杯引っ掛けてぇな・・・・・・・」

今のところ幸運にもサガから少し離れた席に座れているアルデバラン・シュラ・デスマスクは、サガに聞こえない程度の声でささやき合った。
この寒さの中、動く事も喋る事もしないまま只ボーっとしていては、余計に寒さばかりが気になってしまうからであろう。


「いつか日本へ行った時に食った熱い鍋と日本酒・・・・・、ありゃ美味かった・・・・・」
「言うなデスマスク、腹が減る・・・・・!
「食い物と酒の話は止せ。ではないが、腹が鳴りそうだ・・・・・・」

アルデバランとシュラに止められ、デスマスクは仕方無しに口を閉じた。
確かに、言えば言う程腹が減る。いや、考えれば考える程、か。
どちらにしてももう遅い。
走り出した妄想は、もう既に腹の虫が鳴ってしまいそうな程限界に来ているデスマスクの腹に、今正にとどめを刺そうとしていたのである。



「その時神はこう言った。我が同胞よ・・・・・」



ブ・・・・・・、ブオッッ!!!!




静かな礼拝堂に、突如として失礼な炸裂音が大音量で響き渡った。
一同は驚いて振り返り、サガは剣呑な表情を浮かべて聖書を置いた。


「・・・・・・・・・・誰だ。お前か、アルデバラン?」
ちっ、違っ・・・!!違っ・・・・!!!
「・・・・・・・・・・ならばお前か、シュラ?」
俺じゃない、俺じゃないぞ!!!

全員の視線を一身に集めたアルデバランとシュラは、真っ赤になって否定した。

「しかし、今確かにお前達の方からナニかが聞こえたぞ。」
あ、悪い。俺。
お前かデスマスク!!!

全員のツッコミを浴びながら、デスマスクは飄々と笑った。


「いやー、悪い悪い。みたく腹の虫が鳴っちまいそうになったから、どうにか堪えようとしたんだけどよ。我慢してたら下の方に下りてっちまったみてぇだ。がははは!」
『がははは』ではないわ!!!貴様、神聖なミサの最中に放屁するとは何事だ!!!!」

例に倣ってデスマスクに鉄拳制裁を与えようとしたサガを、意外な人物が止めた。


「やめろ、サガ!」
「カノン!!貴様、邪魔立てする気か!?」
「ああそうだとも!今まではじっと我慢して付き合ってやったが、もう限界だ!!つまらん話ばかり長々と何時間すれば気が済む!?」
「つまらん話だと!?おのれ、神をも恐れぬその言動、今すぐ取り消せ!!」
「貴様以外の全員の状況が分からんのか!?皆寒さに震えて飢えに苦しんでいるのだぞ!!その上、寝るな食うな屁をこくなとは余りに傍若無人な物言い!!俺達が哀れだとは思わんのか!!」
どんな理屈だそれは!!!日頃でたらめばかりしている貴様らには、この位で丁度良い加減だろう!!それに、たかだか二時間を少し過ぎた程度で『長々』とは辛抱が足りなさ過ぎるぞ!!ガタガタ騒がずともあと少しで終わる!!それまで大人しく待てんのか!?」

そう叫んだサガは、少し切なげに顔を曇らせた。


「・・・・・ミサが終わるまで内密にしておこうと思っていたが・・・・・・、仕方あるまい。本当なら餌で釣るような真似はしたくなかったのだが・・・・・・」
「何だ、はっきり言え!」
「実はこの後、我が双児宮にてささやかな宴を開こうと準備してある。気まぐれで我侭なお前達には今年も目一杯手を焼かされたが、それなりに皆この一年も、聖域の為に働いてくれたからな。そのささやかな礼として、まずはミサで一年の心の穢れを払い、その後心尽くしのささやかなパーティーを、と思ったのだが・・・・・」

こんな事を言われては、流石に皆も黙らざるを得なかった。
最初は何の嫌がらせかと思ったが、サガはサガなりに、色々と考えてくれていたのだから。



「・・・・・・ごめんね、サガ。真面目に参加しなくて。サガの気も知らずに、私ったらつい自分の事ばっかり・・・・・。ちゃんとお話聞くから、最後まで続けて?ね?」
・・・・・・・・」
「そうだ、どうせなら全員で特等席に移って聞こうではないか。」
「アイオリア・・・・・・・、お前達・・・・・・・」

やアイオリアの優しいフォロー、そして各々頷いて自主的に前の席へと移っていく一同に、サガは少しだけ潤みかけた瞳を悟られぬよう、慌てて瞬いて誤魔化した。












ここへきてようやく全員の心が一つになったところで、サガは晴れ晴れとした顔でミサを再開させた。
祈りを妨げるような不快な物音など、もう誰一人として立てない。
全員が静かな気持ちで己の心と向き合い、大いなる神の御心に触れて安らぎを感じている。
そう思うと、聖書を読み上げる声に益々心が篭り、サガは大切な仲間一人一人に祝福を与えるかのように、厳かに経典を読み続けていた。






のであるが。









「・・・・・・・・・・・・・

ふと一同の様子を伺った瞬間、サガはこめかみに青筋を浮かべた。

眠気と必死に戦いながらも、根性で瞼を開けておこうとしているはまだ許せる。
たとえ半分居眠りしている状態とはいえ、努力の跡が垣間見えるからだ。
それには、つい先頃まで日本で仕事をし、およそ十時間にも及ぶフライトを経て急ぎ戻って来たところだ。疲れているであろう事も容易に想像がつく。

つまり問題は、黄金聖闘士達の方だった。
クリスマスから新年にかけた休暇を早速取り、全員が今日一日執務もせずに各々の宮でゴロゴロウダウダしていた筈なのに、連中ときたら遠慮無しに眠り込んでいる。


サガは込み上げてくる怒りをどうにか抑えると、低い声で静かに皆を起こしにかかった。




「・・・・・・・・・起きろ、お前達。」
「ぐぅ・・・・・・・・・」
「まだ話は終わっていないぞ。あと少しの間ちゃんと聞いてくれ。」
「う・・・・・・ん・・・・・・・・・」

優しく言って聞かせても、誰一人として起きようとはしない。
ついさっき、あれ程言ったばかりだというのに。
いっそ問答無用に以外の全員を砕いてしまおうかと拳を握ったところで、しかしサガはふと考えを改め、咳払いを一つすると厳しい顔で口を開いた。




「・・・・・カトリーヌの美しい肢体に、ピエールは思わず目を奪われた。豊満な二つの膨らみが、ピエールを甘く誘惑する。ピエールは吸い寄せられるようにしてその谷間に顔を埋め・・・・・・」
「・・・・・・・・・え・・・・・・・?」

話の内容が変わった事にいち早く気付いたが、幾分寝ぼけた顔を驚いたように上げる。
しかしサガはそれに構わず、話を続けた。



「くびれた腰をくねらせて、カトリーヌが喘ぐ。指先に絡みつく熱い蜜を感じたピエールは、おもむろに逞しいシンボルをカトリーヌの濡れた花弁の中へと・・・・・・・




その時、それまで閉じられていた全員の目がパチリと開いた。





「ちょっとサガ・・・・・・、今のナニ!?
「・・・・・・・・何ですか、今の話は?」
「・・・・・聖書・・・・・の話、か?」
「・・・・・・このカノンの耳にはポルノ小説の朗読のように聞こえたが。」
「・・・・・俺の耳にもそう聞こえたぜ。ピエールの逞しいなんとかかんとかって・・・・」
「ま、まさかな・・・・・、ははは・・・・・、空耳だろう・・・・・」
「・・・・・場所も弁えず破廉恥な。これだから伴天連は。やはり仏教に勝る宗教は無い。」
「ホッホ。サガの奴も偶に不可解な事をするわい。」
「済まん、サガ。もう一度言ってくれ。俺の耳がどうかしてたかもしれん。」
「ならばやはり俺の耳もどうかしてたのか?」
「いや、今のは明らかに・・・・・・・」
「サガ、一体どういう事だ。説明してくれ。」

サガの拳が震えている事にも気付かず、・ムウ・アルデバラン・カノン・デスマスク・アイオリア・シャカ・童虎・ミロ・シュラ・カミュ・アフロディーテが矢継ぎ早に言った。
その途端。




やかましい!こんな話ばかり耳を傾けおって!!おのれ貴様ら、神聖なミサをとことん愚弄しおったな!!!!」


サガの超特大の雷が、静かな礼拝堂に落ちたのであった。














「全く、今日という今日は呆れ果てた!見下げ果てた!!どいつもこいつも、それでも女神の聖闘士か!?」
「ちょっとサガ、飲みすぎよ!?訳分かんなくなってるじゃない!」
「良いのだ、!!これが飲まずにやってられるか!全く、馬鹿にされた気分だ!!」
「これこれ、落ち着かぬかサガ。」
「老師・・・・・・・・、私は情けのうございます・・・・・・。このサガの話など、連中にとっては三文ポルノ小説以下だったとは・・・・・・・・」
「そんな事ないってば、ねえ童虎!?」
「そうじゃのう。ただ少ぅしばかり・・・・・・、くどかっただけかのう。


完全に自棄酒モードに入っているサガと、彼の相手を押し付けられたと童虎、そして残った一同は、それぞれ好き勝手な場所に点々と座り、もう間もなく終わりを告げるクリスマスを共に過ごしていた。




「やっべー、完全に拗ねてるぜ・・・・・・。」
お前が屁をこいたから悪いのだ、デスマスク。」
「何だとミロ!?テメェだって鼻が凍ったって大騒ぎしてたじゃねえか!
「あれはカミュがだな・・・・!」
私のせいにするな!

デスマスク、ミロ、カミュが責任をなすり付け合っているかと思えば。



「しまった、失敗した・・・・・・。済まん、俺が全員で特等席に行こうなどと言ったから・・・・」
「気にするな、アイオリア。お前のせいではない。」
「そうだとも。あと少しで終わると言っておいて、そこからまだ更に一時間もクドクドと話し続けたサガが悪い。あれで正気を保ち続けろという方が無理だ。」
「確かに。『あと少し』どころの話ではありませんでしたからね。

サガを決定的に怒らせたのは自分のせいだったと落ち込むアイオリアを、シュラとカノンとムウが宥めており。



「やはりブラジルに帰っておけば良かった・・・・・・」
「ところで、ケーキはどうしたのかね?クリスマスといえばケーキであろう?
自分の宗教以外となると、君も大概いい加減だな。ケーキならそこにあるだろう。好きなだけ食べたまえ。」

ぼやくアルデバランとひたすら食べ続けるシャカ、そしてそれを呆れた目で見つめるアフロディーテが、何の目的も共通の会話もなく、ただ一つ所に集っており。





要するに、早い話が。







「・・・・・いっその事、表の仕事も裏の仕事も辞職して、何処か片田舎で農業でもして暮そうか・・・・・・・
ちょっとサガ!?それぶっ飛びすぎだから!!童虎、お水お水!!サガ飲みすぎよ!」
「ホッホ、良いではないか。サガの如き堅物には、偶に潰れるまで飲むのも良い薬じゃろうて。」
「ちょっと童虎!?これ以上焚き付けないでよ!!」
「良いのだ、!!お前も今夜はとことん付き合ってくれ、さあ、飲もう!!
「あっ、ちょっ・・・・!そんななみなみと・・・・・!


ひっちゃかめっちゃかのルール無用な、無礼講も甚だしい只の飲み会になってしまっていたのである。
最早こうなっては神聖さなど欠片も残ってはおらず、残ったのは山程の酒瓶と空っぽの皿。




そして。




翌朝全員に等しく配られた、『二日酔い』というクリスマスプレゼントだけであった。




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後書き

特にデスマスクファンの方には、土下座せねばならないようですね。申し訳ありません!!
でも、どうしてもデッスーにはここでぶちかまして貰いたくて(笑)。
それから、もしこれをご覧になっていた方の中に敬虔なクリスチャンがおられましたら、
正味失礼致しました!アホな作り話ですので、サラっと読み流して下さい(汗)。
それでは皆様、メリークリスマース!!!(そして逃亡)