それはクリスマスも間近に迫った、ある日の事であった。
「あ〜あ、もうじきクリスマスか・・・・・・。」
「どうしたんだ、デスマスク?珍しくつまらなそうじゃないか。何か予定はないのか?」
「まあな。ぶっちゃけ何もねぇ。そういうお前はどうなんだよ、アルデバラン?」
「ま、俺も同じくというところだ。特にする事もないが・・・・・、偶にはブラジルにでも帰ってみるかな。」
「何だ、お前帰るのか?そんなつまらん事を言うなよ!」
執務の合間を利用して無駄話に花を咲かせているアルデバランとデスマスクにミロまで参戦して、執務室はたちまち井戸端のようになってしまった。
「お前まで居なくなったら寂しいじゃないか!帰るなよ!」
「はははは、ミロ!気持ちは嬉しいが少し気色悪いぞ!何だ、そんなにが居ないのが寂しいのか?」
「まあな・・・・・。全く、折角のクリスマスだってのに日本で仕事とは、女神も酷な事をなさる。」
「そりゃにとってじゃなくて、オメェにとってだろうが。」
「とにかく!が居なくて、只でさえ今年のクリスマスは寂しいんだ!こうなったらむさ苦しいお前達でも我慢してやる、全員俺と朝まで付き合え!!」
「しゃーねーな、ま、それも偶にゃ良いか。」
「ふむ・・・・、まあ良いだろう。」
そんな三人の話を微笑んで聞くだけに徹していたサガは、ふと思いついたように席を立って彼らの側に近付いた。
「お前達、そんなにクリスマスは暇なのか?」
「だったら何だ、嫌味か?」
「違う。そう卑屈な捉え方をするな、ミロ。どうだろう、特に何も予定がないのなら、私の案に乗ってみないか?」
「お前のか?何だ、パーティーでもするつもりか?」
「うむ。まあそのようなものだ。クリスマスに相応しい、実に素晴らしい催しだぞ。どうせだから皆を呼んで盛大に行おう。間に合うかどうかは分からんが、にも私から声を掛けてみる。どうだ、ミロ?」
「あ、ああ、別に構わんぞ。」
「お前はどうだ、デスマスク?」
「ああ、良いぜ。」
「珍しいな、サガ。お前がパーティーの幹事を買って出るなど。」
「偶にはな。どうだ、アルデバラン?お前も異存はないか?」
「ああ。」
「よし。では決定だ。」
この時のサガの提案に思わず乗ってしまった事を、この三人は後に。
激しく後悔する事になった。
冷たく空気の透き通った、静かで神聖なクリスマスの夜。
荘厳なイエス・キリストの姿を模られた大きなステンドグラスが、キャンドルの炎に照らされて柔らかく光る。
その御光を背中に浴びながら法衣姿で祭壇に立つサガは、イエスの生まれ変わりと言っても過言ではない程神々しい微笑を湛えていたのだが。
「・・・・・・よりによって仏教徒の私を、異教の祭りに強制参加させるとは。」
いの一番に不満を洩らしたシャカは勿論、サガ以外の全員は退屈極まりなさそうな仏頂面を浮かべていた。
「サガ・・・・、これは何事だ?俺の記憶が確かなら、今夜は確かパーティーだった筈だが?」
「その通りだ、カノン。ミサはクリスマスには欠かせない儀式。いわばパーティーも同然だ。」
「どこをどう解釈したらそうなる!?下らん、俺は帰るぞ!!」
「待て、カノン。私が微笑んでいる内に席に着く事を勧めるぞ。クリスマスの夜に、主の御前に送られたくなければな。」
「クソッ・・・・・・!目がマジだ・・・・・・・・!」
穏やかに微笑んだサガの目が笑っていない事を読み取ったカノンは、渋々席に着き直した。
「・・・・前々から気になっていたのですが、こんな凶悪な人を一体誰が司祭にしたのでしょうね。」
「何だ、ムウ。何か言ったか?」
「いえ、何も。」
「良いか、お前達。クリスマスというのは、本来イエス・キリストの生誕を祝って祈りを捧げる、敬虔な儀式の日だ。やれパーティーだの合コンだの王様ゲームだのと騒ぐのは、全くもって愚の骨頂。丁度良い機会だ、お前達に真のクリスマスの過ごし方というのを、今日は学んでいって貰おうと思う。」
益々苦虫を噛み潰したような顔をする全員に向かって、サガはにっこりと微笑んだ。
「今夜はこの聖堂を、お前達の為だけに貸し切った。こんな機会は又とないぞ。では早速始めよう。」
早速聖書を開くサガは、余りといえば余りにいきいきとしすぎていた。
「少し遅れちゃった・・・・・!もう始まってるのかしら・・・・!?」
サガが指定してきた場所に、空港からまっすぐに向かっていたは、寒さと空腹を堪えて一直線に『会場』を目指していた。
散々仕事をしてきた上に長時間のフライトの後で疲れてはいるのだが、皆が待っているのならのんびりと休憩している暇はない。
それに。
「素敵な催しだって、サガが言ってたもんね。あ〜、早くお腹一杯食べたーい!」
どうせならうんとお腹を空かせておいて、美味しいものを皆で楽しく食べた方がより満足出来るではないか。
何しろ今日は、素敵な素敵なクリスマスパーティーなのだから。
「あっ、着いた!ここね!」
温かい部屋と美味しい飲物・食べ物の事しか頭になかったは、その建物をよく見もせずに、勢い良く扉を開け放った。
「皆、お待たせ!遅れちゃってごめーー・・・・・ん・・・・・・・」
が口を噤むのも無理はない。
何故ならそこは荘厳な雰囲気の礼拝堂で、そこにいた面子は全員、途方に暮れたような顔をしていたのだから。
「な、何なの・・・・・・??」
思わず呟いたに、サガが経典を読み続けながら微笑んで手招きをする。
ひとまずそれに従って席に着いたは、隣に居たアフロディーテに小さく声を掛けた。
「ねえ、何してるのこれ?」
「クリスマス・ミサだそうだ。」
「ミ、ミサ・・・・?パーティーじゃなかったの?」
「ああ・・・・・・、すっかり嵌められたよ。」
遠い目のアフロディーテの横から、ムウが小さく声を掛けて来た。
「それはそうと、お疲れ様でしたね、お勤めご苦労様です。日本はどうでした?」
「うん、向こうは大丈夫よ。仕事もちゃんと片付いたし。」
「それは何より。」
嫌々とは言っても、ムウもアフロディーテも、それなりにサガの話を聞く体勢になっている。
もそれに倣い、背筋を伸ばして真面目にサガの声に耳を傾けた。
ところが。
「主よ、我らを・・・・・・・・・」
グ、グゥゥゥ〜〜〜、キュルルゥゥ〜〜〜・・・・・・・
『・・・・・・・・・・・・・・・』
「きゃっ・・・・・、ご、ごめんなさい・・・・・・!」
それはそう長く続かず、突如盛大になったの腹の虫は、サガの言葉を止め、皆の注目を集めてしまった。
しかしサガは、赤面しながらペコペコと頭を下げるを一瞥して咳払いをすると、また何事もなかったかのように聖書を読み上げ始めた。
「では、主に捧げる賛美歌を。聖歌第2番、もろびとこぞりて。」
退屈な話を延々聞き続けた上に賛美歌まで歌えと言われて一同は大いに焦ったが、用意の良い事に各々の席の前には葉書大のしおりが置かれていて、それを開いてみればちゃんと歌詞・譜面が載ってあるではないか。
これはもはや、嫌とは言えない状況だ。
一同は渋々立ち上がり、サガの合図に合わせて歌い始めた。
だが。
『も〜ろ人〜こぞりて〜 迎え〜まつ〜れ〜!』
『うおおいッッ!!!!』
力強い声なのは良いが、出だしから早速見事に音を外しているアイオリアと童虎に、皆の激しいツッコミが浴びせられた。
「ひっでぇ音だなオイ!?どう歌ったらそうなるんだ!?」
「す、済まんデスマスク!精一杯歌ったつもりなんだが・・・・!」
「ホッホ。儂も切支丹の歌なんぞ歌うのは、これが初めてじゃからのう。あい済まぬ。」
「どうだ、サガ。これで良ければ続けてやるが、まだ俺達の歌を聴きたいか?」
「ちなみに私は、異教の歌など歌うつもりはないぞ。どうしても歌えと言うなら、私は仏教賛歌を歌う。最近仕入れた真言宗の歌があるのだ。それで構わぬな?」
冷めた目のカノンに加えて、シャカまでもが強気な態度でサガを威圧する。
それまでどうにか抑えていた怒りが、これによって少し爆発してしまったのか、サガは思わず素に立ち返って二人に怒鳴り散らした。
「構うに決まっているだろうが!ここを何屋だと思ってる!?教会だぞ!それに、賛美歌と真言宗の歌をどうやって同時進行させる気だ貴様!?」
「ちょっとサガ、落ち着いて!」
「あ、いやその・・・・・・・、済まん・・・・・・・。司祭の私が声を荒げるなど、あってはならない事だった。済まんな、。皆も、悪かった。席に着いてくれ。賛美歌はこの際無しにしよう。どうせ歌って貰ったところで聴くに耐えない・・・・、いやいや・・・・・」
などと口籠りながら、サガはまた気を取り直して聖書を開いた。
ミサの開始からはや一時間弱、サガの低く穏やかな声は相変わらず聖堂に優しく木霊していた。
そう、まるで子守歌のように。
「ぐぅ・・・・・・・・」
「・・・・・・ミロ。」
「スゥ・・・・・・・」
「ミロ・・・・・・」
右に左に頭を揺らしているミロを、カミュは親友のよしみでどうにかサガに気付かれる前に起こしてやろうと奮闘していた。
軽く脇腹を肘で小突いたり、小さく呼びかけてみたり、足を踏んでみたり。
しかしミロは、実に気持ちの良さそうな顔をして舟を漕ぎ続けていた。
そしてとうとう。
「ん・・・・・・・、グ・・・・・・、グオオオッッ・・・・・!!」
『!!!!』
それはもう清々しい程遠慮の無いイビキまでをも掻き始め、焦ったカミュは、もう無駄だというのに、咄嗟にミロのイビキを止めようと尽力してしまった。
「馬鹿、ミロ!イビキが大きい・・・・!」
カミュは慌てる余り、咄嗟にミロの鼻を凍らせ、空気の通り道を塞いでしまったのである。
「ん・・・・・、ふがっ・・・・・・?ぐがああぁぁッ、何だ何だーーーッ!?!?」
「バッ・・・、声が大きい!騒ぐな・・・・・・!・・・・・って・・・・・・」
「・・・・・・・・楽しそうだな。お前達。」
「はッ、サガ・・・・・・!?!?」
「冷たッッ!!!何だコレ!?カミュ、お前俺の鼻に何をした!?!?」
いつの間にか祭壇を降りて目の前に来ていたサガに、カミュは恐怖で凍りつき、ミロはそれすら気付く事なく、凍った鼻をどうにかしようとただひたすらもがき続けていた。
「何をやってるんだ、貴様らは!!!」
その二人のどちらもに、サガの鉄拳が等しく繰り出されたのは・・・・・、言うまでもなかった。
サガの声はまだ途切れる事なく続いている。
しかし、ミサ開始から二時間を過ぎた今、サガの前は少しだけ賑やかになっていた。
「くそっ、超アリーナじゃないか・・・・・・・」
「静かにしろ、ミロ。サガに殺されるぞ。」
真っ赤な鼻でぼやくトナカイならぬミロ、そしてカミュは、騒いだ罰と監視の目的で、サガのど真ん前に座らされていた。
厳かな声で聖書を読み上げるサガの端整な顔を、しかも正面から、この二人だけがかぶりつきで見る事が出来ているのだ。
しかし生憎とこの二人は、そんなものにはペンペン草程の価値も見出していなかったらしい。
この拷問は一体いつまで続くのかと、嫌そうな顔で渋々座っている状態だ。
そして勿論、他の面々も同じ事を思っていた。
― お腹空いた〜〜〜・・・・・・
― 暇ですね・・・・・・・
― まだ続くのか!?いつ終わるんだ!?
― いい加減にくどいぞ、サガ!
― やっぱあん時サガの誘いに乗らなきゃ良かったぜ・・・・
― いかん、腹が減ってきた・・・・!
― 腹が減った、飯はまだか?
― やれやれ、こんな事なら五老峰におれば良かったわい。
― くっそー、眠いのに眠れやしない!これは拷問だ、ミサという名の拷問だ・・・・!
― 幾ら何でも長すぎやしないか、なぁサガ?・・・・・って、訊いても無駄だろうが・・・・
― 全く、何故私までこの超特等アリーナ席で監視されねばならんのだ・・・・!
― どうでも良いが寒い。せめてストーブぐらい焚いてくれ。
このように、熱心に祈りを捧げているのはサガだけで、残る全員はそれぞれに違う事を考え、各々の我慢の限界に挑んでいた。
しかしとうとう、一人、また一人と、その限界へと到達してしまった者達が出始めたのである。
「・・・・・もう駄目、お腹空いた・・・・・・・・」
「大丈夫ですか、?」
「ううん、駄目かも知れない・・・・・・・」
心配してくれたムウに青い顔で首を振り、は腹を抑えて背を丸めた。
「だって、殆ど丸一日何も食べてないんだもん・・・・・」
「それはいけませんね・・・・・・・。仕方ありません、貴鬼へのクリスマスプレゼントにと思って先程街で買ったものですが、これで良ければどうぞ。」
そう言ってムウが差し出したのは、綺麗な袋に入ったチョコレート菓子であった。
「美味しそ〜う♪でも・・・・・、良いの・・・・・・!?」
「ええ。どうせ貴鬼は、星の子学園のクリスマス会に参加すると言って日本に遊びに行っていますし。プレゼントはまた別のものを見繕いますよ。」
「そっか・・・・・・。じゃ、済みません、少しだけ・・・・・・」
「どうぞ。サガに見つからないように、早く食べておしまいなさい。」
「私も貰って良いか、ムウ?甘い物を摂って身体を温めたい。」
「どうぞ、アフロディーテ。」
ムウから受け取った菓子を、音を立てないように包みを開けて口に放り込み、アフロディーテとは、少しだけ救われたとばかりに微笑みを交し合った。
ほんのりと甘いチョコレートの香りが、一瞬だけフワリと辺りに漂う。
しかし、ほんの一瞬だけ香って消えた微かなそれを、目ざとく、いや、この場合は『鼻ざとく』とでも言おうか、嗅ぎ洩らさなかった者達が居た。