は壁の陰から庭の様子を伺った。
そこには確かにいかにも怪しげな人間が数人ゴソゴソしている。
彼らの手にある白い袋が、暗い庭にぼんやりと浮かび上がっている。
「あれが・・・・」
まるでTVドラマそのものだと一瞬感心したが、すぐにまたハラハラと様子を伺い始める。
彼らはミロ達の存在に全く気付いていないようだ。
ミロ達は彼らのすぐ真後ろまで近付くと、何事か声を掛けた。
連中が驚いて振り返っている。
「うわッ、始まっちゃった・・・!」
これから起こる惨劇を予測して、は思わず両手で顔を覆った。
しかしやっぱり気になって、指の隙間からこっそり様子を伺う。
「あっ、危ないアイオリア!」
連中の一人がアイオリアに拳銃を向けた。
しかしそれは発砲される前にアイオリアの手によって奪われ、銃身を曲げられる。
「何で素手であんな事出来るんだろ・・・。」
連中が驚いている隙に、ミロがスカーレットニードルを喰らわせたようだ。
突然全員が腕や脚を押さえて地面に転げ回り始めた。
「絶対反則よね。本当に何であんな事出来るんだろ??」
きっと口も利けない程の痛みなのだろう。
すっかり抵抗しなくなった連中を2〜3人腕に抱えて、デスマスクが人差し指を高く掲げた。
このフォームは日本で見覚えがある。
「うわぁ来た・・・!あれ怖いのよ・・・!!」
予想通り、気味の悪い空気が流れ始める。
鳥肌の立った腕を摩りながら、は怖いもの見たさでその様子を見続けた。
デスマスクの横でアイオリアが白い袋を連中の物らしいアタッシュケースに詰め、彼に手渡した。
それをも持って、デスマスクはその空気の中へと消えて行った。
「あーあ、逝っちゃった・・・」
しかしまだ何人かはその場に残っている。
彼らはどうするのだろうと見ていると、カノンがその連中の額に一撃を加えて何かを言い聞かせた。
その後、彼らはふらふらと立ち上がってこちらに近付いて来る。
「やだっ、こっちに来る!!」
あたふたと身を隠そうとしたが、生憎隠れられそうな場所はない。
絶体絶命のピンチに顔面蒼白になっただったが、近付いてきた彼らはまるでなど目に入らないかのように横を素通りして行った。
目の焦点も合っていない。
「え・・・?あれ??」
摩訶不思議な出来事に驚いて何度も瞬きをする。
とその時、後ろから突然声が聞こえた。
「待たせたな、。」
「ぃやあぁっ!・・・な、なんだデスーー!!もー、吃驚したじゃない!」
「クククッ、お前これ日本でもビビってただろ?いい加減慣れろよ。」
「無理!デスが無用に脅かさなきゃいいでしょ!」
「分かった分かった。それより行くぞ。向こうも片付いたみたいだ。」
そう言って、デスマスクはを連れてミロ達の元へ向かった。
「デスマスク。そっちは片付いたか?」
「ああ。綺麗さっぱり黄泉比良坂の中よ。そっちはどうだ?」
「成功した。死んでも差し障りはなかったのだがな。まあベストの状態に越した事はない。」
「これで一安心だな。」
「そうだな。これでこの村も静かになるだろう。」
黄金聖闘士達は清々しそうに話している。
しかしその内容を未だ知らない者が約1名。
「ねえ、何したの?」
「ん?奴らの事か?簡単な事だ。聞きたいか?」
「聞きたい。」
「まず俺が適当に何人かとヤクをゴミ処理場黄泉比良坂に捨てるだろ?それでそいつらは終わり。二度とこの世でお目に掛かる事はねえ。」
「うわっっ・・・・」
サラリと恐ろしい事を言ってのけるデスマスクに怯える。
次はカノンが自分の行動を明かす。
「残った数人は俺が幻朧魔皇拳をかけて操った。今頃アジトに戻っている途中だろう。」
「操って帰らせたの?」
「ただ帰らせた訳じゃない。仲間が裏切ってブツを持って逃げたと報告させ、仲間割れさせるのだ。」
更にミロとアイオリアが補足を加える。
「いもしない元仲間とありもしないドラッグを巡って、奴らは内輪で殺り合って全滅という寸法だ。」
「ここに物がないとなるともう来ないだろう。村は安泰という訳だ。」
「うわぁ狡猾。」
「抜け目ないと言ってくれ。」
そう言って、カノンはニヤリと口の端を吊り上げた。
「さあ、戻って寝直すぞ。俺はまだ眠い。」
「そうだな。」
「でもサガに言わなくていいの?」
「明日で構わねえよ。ん?」
視界の端に何かを捕らえたデスマスクは、再び庭の方へ足を向けた。
「あいつらこんなとこにヤクを隠してやがったのか。」
「何?うわっ、ひどーい!」
デスマスクの後を追ったが目にしたのは、古い石碑であった。
夜の見回りの時にアイオリアが見たというものだろう。
しかし今は無造作に投げ出され、根元の土が掘り返されて地面に穴が開いている。
さっき聞いた音はどうやらこれだったらしい。
「ここに埋めて隠してたのね。」
「だろうな。こんな人気のない場所の石碑の下とは、連中もよく思いついたもんだぜ。」
「でもさ、これって何なんだろうね?」
「暗くてよく分からんが、慰霊碑かなんかじゃねえか。」
「い、慰霊碑!!??」
「まあそうビビんなって。」
また怖がったを宥めて、デスマスクは傍らに出来ていた土の山を足で崩して穴を埋めた。
そして仕上げに石碑をドスンと立てると、パンパンと手を払った。
「ん、こんなもんだろ。上等上等。」
「そんなあんた足で。ったく罰当たりなんだから。でもデスにしては珍しいね。別に自分がやった訳でもないのにちゃんと元通りにしてあげるなんて。」
「微妙に嬉しくない褒め方だな。」
「おーいお前達、済んだなら早く来い!戻るぞー!」
「おう、今行く。」
「あ、待って待って!」
一仕事終えた一同は、館に戻って今度こそ朝まで眠りに就いた。
翌朝、報告を聞いたサガは良くやったと昨夜のメンバーを褒めた。
ただ、無用に怖がらせるのも気の毒な為、村の者達には真相を伏せておくらしい。
そして臨時会議の結果、様子見がてらあと2泊滞在して、明後日には聖域に帰ろうという事になった。
しかし結局その後は誰も現れず、一同は心置きなくその2泊を楽しんだ。
そして早くも出立の日。
「本当に皆様には何とお礼を申し上げれば良いのか・・・」
一同は再び村の者達の『ありがたや聖闘士様』攻撃に閉口していた。
「聖闘士様が追い払って下さったお陰で、村が静かになりました!」
「これでようやく穏やかになります!本当に有難うございました!」
「礼を言われる程ではない。頭を上げなさい。」
サガは穏やかな笑みを浮かべて、村人達を制した。
「こちらこそ、こんな大人数で何泊も世話になった。感謝するぞ。」
「とんでもございません!大したおもてなしも出来ませんで。ささ、また本土までお送り致しましょう。」
「うむ、よろしく頼む。」
村長に促されて村を離れようとしたその時、先日の少女が目がけて駆け寄ってきた。
は腰を屈めて少女に目線を合わせる。
「バイバイ。元気でね。」
「うん。あのねお姉ちゃん、これ上げる。」
「なあに?うわぁ綺麗な貝殻ね!ありがとう!」
貝殻を受け取ったはにっこりと笑うと、少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
少女は嬉しそうに目を細めていたが、の手が離れるとはにかんで礼を言った。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
「どういたしまして。お礼なら私よりこっちのお兄ちゃん達に言ってあげて。」
に促された少女は、少し腰が引けながらも黄金聖闘士達の方に向き直って礼を言った。
「ありがとうおじちゃん。」
「お、おじ・・・」
「ハハハハ!またまた言われたな、アルデバラン!」
「ううむ・・・、俺はそんなに老けているか?」
「お姉ちゃんもありがとう。」
「娘、礼を言うのは結構だが、私は女ではないぞ。」
「おうチビ、俺様にはねえのかよ?」
「だ、だって・・・、おじちゃん怖いもん・・・」
「おじちゃんだとぉ?『カッコ良くて優しいお兄さん』と言え!」
デスマスクに絡まれた少女は、半べそをかきながらの後ろに逃げ込んだ。
「デスひっどーい。こんな小さい子泣かしちゃって〜。」
「泣かせてねえよ。冗談だよ冗談。だが『おじちゃん』は本気で訂正してくれ。」
「いいじゃないそんな小さい事。この子から見たらデスは『おじちゃん』なんでしょ。」
「お前とはそのうちいっぺん話をつけなきゃならねえようだな。」
「2人とも。ふざけるのはその辺にしておけ。」
サガは呆れたような笑顔と共に諭し、『帰るぞ』と促した。
そして皆口々に村の者に別れを告げ、島を後にした。
帰りの船の中で、言葉少ななに気付いたカミュが声を掛けた。
「大丈夫か?疲れたか?」
「ううん、違うの。これ見てただけ。」
「何だそれは?貝殻か?」
「さっきのあの女の子に貰ったの。綺麗でしょう?」
そう言ってが差し出した貝殻は、綺麗な白い色をしている。
カミュは目元を緩めてフッと笑った。
「ああ。良い土産を貰ったな。」
「うん。楽しいバカンスだったね。」
「ああ。」
本当に楽しかった。
あのスリリングだった夜も刺激的なスパイスだと思える程。
夢のように美しいビーチも楽しかった休暇も、これでお別れかと思うと寂しい。
またいつもの日常が始まるのを楽しみにしながらも、少し感傷に浸るであった。
それから数日後。
「あーーっ!!」
すっかり日常に戻っていた聖域に、の大声が響いた。
と言っても自宅に一人で居るだけなので、誰のリアクションもなかったのだが。
「しまったーー、私ったらドジなんだからーー!!」
それにも関わらず、はまた盛大な独り言を言った。
テーブルの上にはさっき取りに行ってきたばかりの写真。
先日のバカンスの記念写真である。
「あーあどうしよう・・・、あの子の住所訊くの忘れた・・・」
うっかりしていた。
あの少女に写真を送ると言ったのに、肝心の送り先を尋ねておくのを忘れていたのだ。
「はぁ・・・、仕方ないや。後で考えよう。」
自分の間抜けさを嘆きつつ、ともかく先に写真をチェックしようと、は袋から写真を取り出した。
「あ、良く写ってるじゃない。」
写真にはあの時の空気がしっかりと写し出されている。
黄金聖闘士達や自分の楽しそうな笑顔ばかりで、はすぐにバカンスの余韻に浸り始めた。
「ふふふ、これサガと撮ったやつだ。写真写り良いなあ、サガ。あ、ムウの寝顔だ。そうだそうだ、こんなのも撮ったっけ。」
沢山の写真を一枚一枚見ながら、誰に言うでもない感想を呟く。
「あ、これデスに海に投げられた時のやつだ。鼻痛かったなぁ。ったくデスの奴め・・・」
時々恨み言なんかも混じったりする。
「嘘ッ!?何で私の寝顔なんか写ってんの!?ちょっと誰が撮ったの!?」
自分の覚えの無い写真まで混じっていて、驚かされたりもする。
しかし、どれも全て楽しい思い出だ。
「今度皆の分焼き増ししてあげようっと。」
そう言いながら写真を繰ろうとした時、の手が不意に止まった。
「え・・・・?何これ・・・・」
呆然とするの手から零れ落ちた写真は、確かに村の風景の筈なのに似ても似つかぬものに摩り替わっている。
白壁だった筈の家屋は荒れて朽ち果て、綺麗な花を写した筈のものには雑草が生い茂っているだけ。
人の良さそうな笑顔で世間話をしていた筈の村人は、どこにも写っていない。
「なんで・・・、何なのこれ・・・」
そして更に、言い知れぬ恐怖に追い討ちをかける写真が出てきた。
「やっっ・・・!」
思わず投げ捨てた写真には、笑顔のがしゃがんで不自然に片腕を浮かせている姿があった。
そう、まるで隣に誰かが居るかのように。
「なんで・・・、これ確かあの子と・・・、何で写ってないの・・・?」
あの村で出会った者達は、一体何者だったのか。
そんな恐ろしい疑問を抱いた瞬間、の脳裏に村長の言葉がふとよぎった。
『昔はそれなりに活気のある島でしたが、今はすっかりゴーストタウンになっておりますので。』
あれは誇張表現などではなく、事実そのままだったのだ。
あの村は誰もいない無人の村。そして文字通り、この世の者ではない者達が住む場所。
信じられないが、そうでなければこの写真をどう説明付ければ良いのか。
よく考えてみれば、色々納得いかない事があった。
シーズン真っ只中にも関わらず、何故あんなに人気がなかったのか。
風呂を覗いた連中が、何故あんな質問をしたのか。
そして村人達は何故自分達で何の行動も起こさなかったのか。
それもこれも、自分の仮説が正しいとすれば何故か納得がいくのだ。
荒れ果てた無人島ならば、リゾートで滞在する客など居なくて当然だ。
肝試しに来た4人組もそうと知っていたからこそ、あの館で風呂に入っていた自分を不可思議に思ったのではないか。
そして村人達は行動を起こさなかったんじゃない。
起こせなかったのだ。
仮に何かしたとしても、その姿も声も、誰にも届かないのだから。
自分に見る事が出来たのは、超人的な感覚が研ぎ澄まされた黄金聖闘士達と共に居た為か、或いはごく稀な確率で起こる偶然によるもので・・・
背筋を冷たい汗が伝う。
ふと机の上を見ると、白い貝殻が視界に入った。
それは確かに別れ際あの少女から貰ったもので、今もこうしてここにある。
「いっ・・・、いやぁぁぁ!!」
白亜の豪邸の片隅には、石碑が一つひっそりと立っている。
深い深い眠りに就いたように、ひっそりと。