しゃらくせえ 前編




ある休日の昼下がり。
デスマスクはのんびりと自宮で寛いでいた。
薫り高いエスプレッソに愛用の煙草、そしてツッコミ所が満載の古いB級アクション映画。
これだけあればそれなりに快適な休日を過ごせるというものだ。


「あ゛〜・・・・・・・」
「あん?」

ソファに寝そべり機嫌良くTVの画面を眺めていたその時、背後から低く小さな唸り声が聞こえて、デスマスクは怪訝そうに振り返った。


「おう、何だか。」
「お邪魔します・・・・・・・。ちょっと聞いて・・・・・・。」
「・・・・・・またか。」

ガックリと項垂れるように頷いたを隣に座らせて、デスマスクは一応話を聞く姿勢を取った。
もういい加減耳にタコが出来そうな位、これまでにも聞いてやってはいるのだが、拒否するのも何となく気の毒で出来ないのである。


「で?今日はどうだったんだ?」
「・・・・全っ然ダメ。今日も撃沈。2時間粘ってみたんだけど、全くそんなムードにならなかったわ。」
「2時間、ずっと二人きりだったのか?」
「勿論。」
「それで、何も無し?」
「なーんにも。会話はいつも通り弾んだけど。」

の話を聞いて、デスマスクは心底呆れたように深々と溜息を吐いた。
好きな女と二人きりで部屋にいて、押し倒すどころかキスさえしないなんて、デスマスクには信じられない事だった。


「どうしてなんだろう・・・・・・。」
「さ〜・・・・・、どうしてなんだろな。俺はアルデバランじゃねぇから、奴の考えてる事は分からねぇ。」

本当に、何故アルデバランはに指一本触れようとしないのだろうか。
いっそアルデバランにホモ疑惑でもあればもっと簡単に納得出来るのだが、生憎と彼は純然たる『男』である。
だからいつもへのフォローに困るのだ。


「アルデバランも、私の事好きだって言ってくれたのに・・・・・」
「だよなぁ・・・・・」

しかもアルデバランは、以前が告白した時に、『俺もお前が好きだ』とその場で返事をしている。
そればかりではない。


「デートだって、『何か美味い物を食べに行こう』ってちょくちょく誘ってくれるのに・・・・」
「だよなぁ・・・・・」


二人は何度か外でデートもしているし、


「この間は、私一人で金牛宮にお泊りだってしたのに・・・・・・」
「だよなぁ・・・・・」

更には既に一夜を共にしている。


「あの時は『今度こそ絶対』って思ったのになぁ・・・・・・」
「だよなぁ・・・・・」

が、只『した』だけだ。
普通ならその裏に秘められていそうな男女の睦み合いは、この二人の間に限っては一切無い。


「ちょっとデス!さっきから『だよなぁ』しか言ってない!もうちょっと真剣に聞いてよ!」
「聞いてるだろうが!全部同感だから相槌打ってんだよ!お前があいつの所に泊った時は、俺だって『今日こそキメる筈だ』って思ったよ!俺なら絶対ヤるからな!つーか、普通男なら皆そうだ!」
「じゃあ、どうしてアルデバランは?」

考えても分からない事は深く追究しない事にしているデスマスクには、全く理解出来なかった。
考えても分からない事をとことんまで考え込んで、一人で落ち込むも。
そして、据え膳を食おうとしないアルデバランも。
身も蓋もない言い方をするなとに怒られそうだが、突き詰めれば要はセックスする、ただそれだけの事に、これ程モタモタするカップルが何故地球上に存在するのか。
もう何もかもが分からない。


「・・・・っだーーーっ!!!しゃらくせぇ!!!」

デスマスクは突然苛々と大声を張り上げると、の目の前に人差し指を突き出した。


「もう良い!力ずくで押し倒せ!!お前から!!!」
「は・・・はあっ!?!?」
「今まで自分から強引に迫ってみた事はなかっただろう!?」
「あ、ある訳ないでしょう!」
「じゃあヤれ!やってみろ!あの野郎だって男だ、そこまでされりゃいい加減重い腰も振るってもんだ!」
「なっ・・・!それを言うなら『重い腰を上げる』でしょう!?」
「どーでも良いんだよそんな事ぁ!とにかくやれ!今すぐ行って来い!でないとずっとこのままだぞ!」
「うっ・・・・・」
「それじゃ物足りねぇ位、奴が好きなんだろが!ああ!?」
「・・・・・・・・・」
「惚れた弱みだ、お前から勇気出していけ!分かったな!?」

デスマスクは有無を言わさぬ強引さでに言い聞かせると、がまた悩み始めない内に巨蟹宮から摘み出した。






















「おお。どうした?」
「うん。あの、えっと・・・・・」

アルデバランは、にこやかながらも不思議そうな顔をしてを出迎えた。
本日2回目の訪問なのだから当然だ。


「あ、あの、お、お菓子をね、この間沢山買いすぎちゃって。お裾分けしようと思ってたんだけど、さっき来る時に忘れちゃってて・・・・・」
「それで届けに来てくれたのか?」
「う、うん・・・・・」

お菓子は口実、恐らく不審に思われるであろう2回目の訪問を自然な感じに演出する為の小道具にすぎなかった。
デスマスクについ気圧されて金牛宮まで来てみたが、いきなり尋ねて突然押し倒す事など幾ら何でもまさか出来る筈もなく、取り敢えず一度素通りし、自宅に戻って持って来たのだ。


「そうか、わざわざ済まんな。有り難く頂こう。折角来たのだから、良かったらもう1杯コーヒーでも飲んで行くか?」
「う、うん・・・・・・!」

その甲斐あってか、アルデバランは何の疑いもなくまたを自室に誘った。
これで第一関門は突破、後は速やかに事を進めるのみ。


なのだが。



「忙しくなかった?」
「ん?いや全く。暇なもんで、ボーっと雑誌を読んでいただけだ。」
「そ、そう・・・・・」
「しかしまた沢山買い込んだものだな、ははは。折角だし、早速食うとするか。」
「う、うん。」

内心ガチガチに緊張しているには出来なかった。


「ん。やはりポテトチップは塩味に限る。」
「そうよね〜。」
「塩味の後のクッキーの甘さが、また絶妙だ。」
「ふふっ。辛いの、甘いの、辛いの、甘いのって、つい交互に食べちゃうよね。」

よせば良いのにどうでも良い話をし、只の口実として持ってきたお菓子をボリボリと貪り食い。



― ・・・・・・・・って、・・・・・・・ハッ!?



気が付けばすっかりいつものほのぼのムード。
しかも、二人の間は憎らしい程適度な距離が保たれている。
これではとても迫れない。
まずは緊張を解そうとしたのが、却って裏目に出てしまった。
早く本題に移らなければ。
その事にようやく気付いたは、手についたお菓子の粉をティッシュで拭い取ると、咳払いを一つした。





「あの・・・さ・・・・・」
「ん?」
「唐突なんだけど、アルデバランは・・・・・・・」
「何だ?」
「アルデバランは・・・・・、力で人を捩じ伏せる事って・・・・・どう思う?」
「は?」

アルデバランはきょとんと目を見開いた。


「どう思う・・・・と言われても、質問の意図が良く分からんのだが。」
「あっ、深い事は考えないで、パッと答えて!」
「ううむ・・・・・、そう言われてもな・・・・・・」

アルデバランは難しい顔で唸り、それから決まりが悪そうに答えた。


「・・・・というか、俺も一応聖闘士の端くれだから、誰かを力で捩じ伏せる事は日常茶飯事だ。だから、改めて『どう思う』と言われると耳が痛い。」
「あっ、ち、違うの!そんな深い意味じゃないの本当に!」

は慌てて否定すると、猛烈な勢いでもっと伝わり易い言い方を考え始めた。
伝わり易いかろうが伝わり難かろうがどうでも良いからさっさと押し倒せ、とデスマスクにどやされそうだが、にとってはどうしても訊いておきたい事だったのである。
二人の仲が順調に進展しないのは確かに不満だが、肝心のアルデバランに嫌われてしまっては元も子もないのだから。


「聖闘士の話じゃなくって、えと、あの・・・・男女の間の話。」
「男女の間?」
「うん。例えばその・・・・・、その気のない相手を無理矢理押し倒して・・・・、とか・・・・・。あっ、勿論、好きだからこそなのよ!?」
「押し・・・・・!な、何だ突然、何故そんな事を・・・・」
「良いから答えて。」
「うぅ〜ん・・・・・、益々質問の意図が良く分からんが・・・・・・」

アルデバランは更に難しい顔をしつつも、生真面目に答えた。


「幾ら好きでも、俺は関心せんな。それは愛とは呼ばないんじゃないのか?単なる独りよがりだろう。たとえ両想いだとしても。」
「だ、だよね〜・・・・・・・」
「大体、力の弱い女を腕力に任せてものにする男など、男の風上にもおけん。」

そう。アルデバランの答えは、あくまでも男性上位という前提での話だった。
まあ、普通はそう考えるであろう。
しかし、訊きたいのはその逆の場合についてだ。
実直な人柄のアルデバランは、逆のケースなど考えてもいないようだが。


「じゃあ、あの・・・・・・逆、なら?」
「逆?」
「女の方から、力ずくでコトに及ぼうとした・・・・ら・・・・・?」

そう訊いた瞬間、アルデバランの頭上に沢山の『?』マークが飛んだ。


「・・・・・・それは〜・・・・・・、そもそも成立するのか??」
「・・・・成立した、って仮定で答えて。アルデバランは、そういう女ってどう思う?軽蔑する?」
「うぅぅ〜ん、何とも・・・・・・・・。やはりどう考えても、そもそもそのケースは成立しないだろう?普通は女の方が非力なのだからな。どうしてそんな事を訊くんだ?」
「・・・・・・軽蔑しないで欲しいから。」

は、俯いてそう呟いた。


「下品な女だって、嫌わないで欲しいから。」
・・・・・?」

ここまで言ってしまった以上、今更後戻りは出来ない。
はどうにか羞恥心を押し込めると、怪訝そうな表情のアルデバランに思い切って抱きついた。




しかし。




「お、おい・・・・・??」

必死に押し倒そうとしてみるが、アルデバランの身体はびくともしない。
今の状況を傍から見れば、相撲のぶつかり稽古にしか見えないだろう。
これでは確かにアルデバランの言った通り、行為として全く成立していない。


「どうしたんだ?タックルの練習か?」
「タックルじゃない!」
「じゃ、じゃあ何なんだ!?」

アルデバランは、よりにもよって人並み外れた巨体の持ち主。
力ずくで行為として成立させられる可能性は、ゼロと言い切っても良いだろう。
だからは、腕力だけでなく口も使う事にした。


「・・・・・・・座って。」
「え?」
「良いからここに座って!!」

鋭くそう言い放つと、アルデバランは困惑しながらもひとまず言う通りにし、リビングの床に腰を下ろした。
アルデバランの顔が、これでようやくにも届く位置にまで下りてきた。
は胡坐を掻いて座っているアルデバランの太腿に片手をつくと、もう片方の腕を彼の首に回して引き寄せ、その唇を奪った。


「わっ・・・・ぷ・・・・・、な、何っ・・・・・・!んぅっ・・・・・」

口内に舌を割り込ませると、アルデバランは只でさえ硬いその身体をより硬くした。


「んんっ・・・・・・」
「んっ・・・・・・、ぅ・・・・・ん・・・・・・」

舌を絡め合わせると、アルデバランの唇からもの唇からも、くぐもった声が小さく洩れる。
は唇を離さないまま、アルデバランのTシャツを撒くり上げ、上半身を露出させた。


「っ・・・・はぁッ・・・・・!なっ、何をするんだ・・・・!?」
「黙って!」
「なっ・・・・・、ぅっ・・・・・!」

うろたえるアルデバランを黙らせてから、はその逞しい上半身にキスを落とし始めた。


・・・・・・、っ・・・・・・・」

胸毛に覆われ厚く盛り上がった雄々しい胸板や、くっきりと腹筋の割れた腹に、唇で触れて擽り、舌を這わせる度に、アルデバランの吐息が荒くなっていく。
身体は硬直したまま動かない。
はもどかしそうにカーディガンを脱ぎ捨て、キスを落とす位置を少しずつ下げていくと、アルデバランの履いているラフな綿のズボンに手を掛けた。


「わっ、待て待て待て!!ちょ、ちょっとタイム!なっ!?」
「駄目。」
「ちょちょちょちょちょっと待ってくれ、なっ!?なっ!?」
「嫌。」
「嫌って・・・・・・うわっ・・・・!」

慌ててズボンを押さえようとするアルデバランと、ズボンを引き下げようとするの攻防戦が暫し繰り広げられたが、やがて軍配はに上がり、アルデバランは己の雄をの目の前に曝け出す破目になった。


「あぁぁ・・・・・・・・!」

顔を赤らめて固く目を瞑っているアルデバランの分身は、羞恥している理性とは裏腹に、既に雄としての本能に滾っていた。
天を向いて反り返っているそれをがそっと触れた瞬間、アルデバランはビクンと身体を震わせた。


「お、おいっ!何て事を・・・」
「お願い、嫌がらないで・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・、ぅっ・・・・!」

アルデバランに叱られ、拒絶される前に、は彼の分身に口付けた。


っ・・・・・!」
「ぅ・・・・・・ぐ・・・・・・・」

大きくそそり立ったそれを可能な限り深く咥え込み、口を窄めてゆっくりと上下させると、アルデバランは断続的に身体を震わせ始めた。
肩を掴む大きな手も、わなわなと震えている。
こんな状況でも、力を込めてしまわないように気を遣ってくれているのだろう、掴まれている肩に痛みはない。


「アルデバラン・・・・・・好きよ・・・・・・・・・」
「ぅ・・・くっ・・・・・!も・・・・・、やめてくれ・・・・・・」

手で扱き、先端のくびれを刺激するように舐めていると、アルデバランが悲痛と言っても良いような声で言い、の肩を押し退けようとした。
しかし、裏腹に腰は微かに揺れており、楔は更に膨張し、硬度を増している。


「も・・・・・、本当に・・・・・・、駄目だ・・・・っ・・・・・!」
「んっ・・・・はぁッ・・・・・・!嫌、やめない・・・・・・、んっ・・・・・」
「本当に・・・・ぅっ・・・・、頼・・・・・むから・・・・・・っ・・・・!」

アルデバランの抵抗をかわし、敢えて構わずに再び楔を深く咥え込んで攻め続けていると、やがて舌の先に苦味を感じた。
そしてその直後。


「ああ・・・もっ・・・・・・!ううっ・・・・・・・!!」
「んんっ・・・・・・!」

突然口内でアルデバランが弾け、熱く濃厚な液体がの喉の奥を目掛けて大量に飛散した。




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後書き

最近ずっと本編2部ばかり書いていましたので、気分転換に書いてみました。
何故アルデバランかというと、『この話はアルデバランだーーっ!!』と思ったからです(笑)。
そして、おまけでちょこっと蟹も登場させてみました。
ちょこっとの割には、文頭から出張ってますが(笑)。