聖域回想録 第12章

〜 まさかのラストイベント 〜




とまあ、そんなこんなで何とか夜が明けたのだ。
普通、キャンプはこれで終わりだと思うだろう?
ところが、だ。
幹事二人のあの熱意、まあ有り難いっちゃ有り難いのだがな・・・・・。




○月☆日 AM8:00


「皆、この1日ご苦労だった。お陰で無事、キャンプを全うする事が出来た。実に良い思い出を作る事が出来たと、私も満足に思っている。」

サガは俺達全員を集めて、キャンプ終了の挨拶をし始めていた。
サガは顔色も良く元気そうだったが、生憎と俺は空腹と眠気のせいで、半分死んでいる状態だった。
朝の6時前からアフロディーテの絶叫で叩き起された上に、朝飯はまたもやクラッカーしか食わせて貰えず、その状態でキャンプの後片付けをさせられたからな。正直、参っていた。
だがそれは、俺だけではなかった。似たような状態の奴が結構居たと思う。
俺と一晩中上掛けの取り合いをしていたアイオリアや、起き抜けに絶叫したアフロディーテ、
それから、シュラやカミュ、ミロも疲れた顔をしていた。
何しろ狭くて暑苦しい寝床で、とてもじゃないが寝た気がしなかったからな。
更に、カノンとデスマスクに至っては、朝っぱらから虫の息だ。
他の奴等以上に死相が出ていたと記憶している。


「この思い出を心の糧として、今後も聖闘士としての務めに共に励もう。それでは、解散!」

とにかくこんな状態だった訳だから、俺としてはもう一刻も早く金牛宮に帰って、
朝飯を食い直して、シャワーを浴びてさっぱりして、二度寝したくて堪らなかった訳だ。
サガとには申し訳ない話だが、正直なところ、この時はもうそれしか考えていなかった。
だから、サガの『解散!』という号令が掛かった途端、俺は喜び勇んで駆け出そうとした。

ところが、だ。


「・・・・・というのも少々味気ない。そこで、解散の前にもう一つ、イベントを用意した。」
『・・・・・は?

ここにきて、まさかの延長戦だ。
目が点になった俺達全員に向かって、サガはこう続けた。


「この思い出をそれぞれ形にして、土産として持ち帰って貰いたい。きっと良い記念になるだろう。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。形にするとはどういう事だ?具体的に何をしろと?」

アイオリアの質問に、サガとは微笑んでこう答えた。


「勿論、己の手で記念品を作るのだ。実用品でも装飾品でも良い、この森にあるものを材料に、各々何か一つ作って貰う。」
「さっと出来る小物で良いからね♪という事で、早速材料を探しに、レッツ・ゴー!」















いや、『レッツ・ゴー!』と言われてもな。
俺達には、少なくとも俺には、あの時そんな気力はとても残っていなかったのだが、
結論から言うと、俺達は大人しく材料を探しに行った。
文句が全く出なかった訳ではないのだが、いの一番に盛大に文句を垂れたデスマスクが
見せしめにギャラクシアン・エクスプロージョンで吹き飛ばされると、皆静かになった。
工作より、サガとやり合う方が遥かに面倒臭いのは、考えるまでもない事だからな。
何より、幹事二人も良かれと思ってやってくれた事なのだからと、俺は残りの力を振り絞って森の中を彷徨い歩き、材料になりそうな物を探し始めた。

ところが、だ。
何を作れば良いのか、皆目見当がつかない。
見当がつかないから、材料も何を探せば良いのか分からない。
そうなのだ。
チマチマした小物作りなど、俺は不得手なんだ。
装飾品とか小物とか、そういう小洒落たもののデザインセンスは残念ながら皆無だし、
といって、実用品と言われても、思いつくのはテーブルや何かの大物しかなく、俺は困り果てていた。
誰かにアイデアを貰おうにも、それは『考える気なし=やる気なし=このキャンプの思い出に対する冒涜と見なす』という事で禁止されていたし、
じゃあ何でも良いからとにかく何かを適当に作る、というのもやはり同じ理由で禁止されていたので、本当にどうしようもなかった。
サガ曰く、『手軽に出来る物を気楽に、かつ真摯な気持ちで取り組むように』との事だったが、
『手軽に気楽に』というのがまず無理難題だったのだ、俺にとってはな。










森の中をあてもなく彷徨い歩く事暫し。
依然、アイデアは浮かばないままだった。
だが、ふと見ると、早くも材料を収集している連中がちらほら居た。
連中は見るからに明確な目的を持ってそれを集めている感じだった。
アイデアを貰うのは禁止されていて、禁を破れば容赦なくやり直しを命じられるのだが、
何を作るのか参考程度に聞く位なら構わないだろう、構わない筈だ、構わないと困るんだ。
俺はそんな必死な気持ちで、そこらの木から蔓を採っていたムウに声を掛けた。


「おいムウ、もう作る物が決まったのか?」
「ええ。この蔓で小ぶりの籠でも編もうかと。」
カゴ!?

ショッパナからとても参考にはならない答えが返ってきて、俺は打ちのめされた。
籠編みなど未知のジャンルだ。手先の器用なムウには出来ても、俺には到底無理だ。
頭を抱えていると、向こうからアフロディーテが歩いて来た。
アフロディーテは、手に野の花やつる草なんかの束を持っていた。


「アフロディーテ。お前は何を作るんだ?」
「私か?私はこれでリースを作る。どうせなら私の薔薇で作った方が遥かに見栄えがするのだがな。」
「リース・・・・」

まあこれも無理な話だった。
花輪といえば、普通は少女がシロツメ草か何かで作るものだろう?
アフロディーテの奴はいつも花に囲まれているから、男と言えども違和感はないが、
俺は手を出してはいけないジャンルだ。
似合わないにも程がある、と自分で思い、俺はそっとその場を離れた。
そしてまたブラブラと歩いていると、今度はに会った。
はしゃがみ込んで、何やら木の実らしきものを採集していた。


「木の実か?はそれで何を作るんだ?」
「私はね、これでミニオブジェを作ろうと思って♪」
み、みにおぶじぇ・・・・・

こいつは聞くからに小洒落ていて、完全に俺の管轄外だと思った。
流石に女は小さい時分から洒落た小物なんかが好きなだけあって、こういうのもパッとアイデアが閃くのだろうが、俺にはとても無理だ。
何かもうちょっと参考にしやすそうなアイデアを持つ者は居ないのかと思っていたら、
小枝を熱心に拾っているサガを見掛けたので、またまた声を掛けて見る事にした。


「サガ、お前はその枝で何を作るんだ?」
「私か?私はこれで写真立てを作る。キャンプの写真を入れて飾っておけば、とても良い記念になりそうだろう?」
「あ、ああ・・・・・」

それは悔しい位に良いアイデアだった。
ちょっと考えればすぐ思い付きそうな物だし、それなら何とか俺にも作れそうだったのに、
どうしてさっさと思い付かなかったんだと、俺は自分自身を責めずにはいられなかった。
と同時に、幸せそうにチマチマと小枝を拾うサガの姿に少々引いた、という事もつけ加えて書いておくとしよう。












森の中を何周しても、何を見ても、何を作れば良いのか全く思い付かないまま、時間だけが無駄に過ぎていった。
気付けば、材料探しをしている者の数も随分減ってきていて、それが益々俺を焦らせた。
だが、気持ちばかり焦っても、やはり何も思いつかない。
俺は一旦材料探しを諦めて、作業場所に戻ってみる事にした。
作業場所ははじめに集合をかけられたあの場所で、戻ってみると、そこにはいつの間にやら、
ハサミだの接着剤だのの道具が、最低限ではあるが用意されていた。
そしてそこで、過半数の連中が既に作業を始めていたのだ。


「おいシャカ、そのノミちょっと貸してくれ。」
「無理だな。今使っている。」
「チッ、何だよ。じゃあいつ空く?」
「これが仕上がるまでだ。それまでこれは私専用と思っておくが良い。」
ふっざけんなよテメェ!それ1個っきゃねーだろ!独り占めすんなよ!」

シャカはビールジョッキ位のサイズの石を、独り占めしたノミで一心不乱に削っていたし、
デスマスクは大きな平たい石を材料に、何かを作ろうとしていた。
道具を貸して貰えない為、この時は何を作ろうとしていたのか分からなかったが。


「・・・・・むんっ!・・・・・・あ、しまった、少し削り過ぎた・・・・!」
「おいシュラ。ちょっと俺のもエクスカリバーで削ってくれ。」
うるさい!話し掛けるな!!気が散る!!!自分の分は自分でやれ!!
「ケチ臭い奴だな。何をそんなに殺気立っている?」
「俺は自分の分で精一杯なんだ!人の面倒看ている余裕などない!!」
「チッ、お前に荒削りして貰うと楽だったのに・・・・・」

シュラは血眼で細長い板きれをエクスカリバーで削っていたし、
カノンもやはり細長い、しかしシュラのよりはもう少し小ぶりの板きれを手に、何かしら削る道具を探していた。
ちなみに、お互い協力し合って和気あいあいと作業するのは認められていたのだが、
あまり和気あいあいと協力し合っている奴等はいなかったな。
ムウとサガは終始一人で淡々と作業をしていたし、はアフロディーテに時折木の実の配置のバランスなんかを確認して貰っている位だったし。
ああ、確か、老師とカミュが比較的和やかにやっていたような気がする。


「カミュ。こことここをちぃと凍らせてくっつけてくれんかのう?」
「ここですか?」
「そうじゃそうじゃ。・・・・・おお、ついたついた!すまんの。」
「いえ。お安い御用です。」
「いやはや、お主の凍気は、そこらの接着剤より余程強力じゃのう。大したもんじゃ。」
光栄なような釈然としないような微妙な気分ですが、有り難うございます。」

老師の手元にはチマチマと彫り込んだ小石が幾つかあって、それをカミュの凍気であっちこっちとくっつけて貰っていた。
よく見てみると、何やら動物のように見えたが、まだ制作途中の為、やはり何が出来上がるかは分からなかった。
そしてカミュはといえば、こちらは取り立てて何も作っているように見えなかった。
俺と同じで、まだ何も思いつかないのだろうか。
それともまさか、もう仕上げたか!?
俺は気になって気になって、カミュに声を掛けてみた。


「おいカミュ。お前は作らないのか?まさかもう出来上がったのか!?」
「いや、まだだ。」
「そ、そうか・・・・・」

カミュの返事にひとまず安心したものの、今度はカミュの余裕ぶりが気になってきた。


「だが、それならこんな人の手伝いをする余裕などあるのか!?早く何を作るか決めて取り掛からないと・・・・!」
「ああ、それなら大丈夫だ。何を作るかは決めている。尤も、思い付いたのはさっきだがな。」
「何っ!?どういう事だ!?」
「森をうろついていても、何も思い付かんものは思い付かんし、それなら誰かの作業でも見学してみるかと思って、早めに戻って来たのだ。
そうしたら、老師やシャカが石を削っていてな。その削った破片を見ていたら、ふと閃いた。」
「で!?何を作るんだ!?」
「この破片を利用して、壁飾りを作る。土台に貼り付けるだけだから、老師の手伝いが終わったら取り掛かるつもりだ。」
「ぬうう・・・・・・!」

迂闊にも忘れていたわ。
極北の僻地に長年引き籠ってはいたが、こいつはフランス出身、洗練されたパリっ子の血が流れているのだ。
生まれながらにハイ・センスを備えているのだ。
他人の作業の過程で生じた廃材を材料にし、貼り付けるだけという簡単な作業で要領良く小洒落たものを作る、何という高等技術だ。
俺と同じように何も思い付いていないのかと、一瞬でも思った自分が心底間抜けに思えてならなかった。


「くそぅ、何も思いつかないのは俺だけなのか・・・・・・・!」

焦りと悔しさに拳を握りながら、俺は思わずそう洩らした。
だが、俺には仲間が居た。


違うぞ、アルデバラン。お前だけじゃない・・・・・。
そうだ。俺達もだ・・・・・・・!

声がした方を振り返ってみれば、アイオリアとミロが居た。


「おお・・・・・!アイオリア、ミロ!お前達もか!」
「そうだ!自慢じゃないが、さっぱり思い付かん!
仲間が増えて心強いぞ!!

俺達は手に手を取り合って、互いの存在を神に感謝した。
今になって考えてみれば、少々大袈裟過ぎる上に気持ち悪い気がするが、この時は本当にそう思ったのだ。














それから俺達3人は、再び材料探しに森へと走った。


「しかしなぁ、材料と言っても、相変わらず何も思いつかんのだが・・・・・!」
「俺もだ!どうすれば良い!?何をどれだけ取れば良いんだ!?」

当てもなく走りながら、俺とアイオリアは相変わらず堂々巡りの苦悩に陥っていた。
だがミロは、ここにきて発想の転換に至ったようだった。


「もはや考えるだけ無駄だ!やめておけ!こうなったら、直感と閃きに頼るしかない!」
「直感と!?」
「閃き!?」

立ち止まった俺とアイオリアに、ミロは必死の形相で頷いた。


「そうだ。とりあえず、パッと見てふと目に止まった物を拾ってみる!そして、それで作れそうな物を作るのだ!
こうして森の中全体を見ていると、色々ありすぎて何で何を作れば良いか分からないままだが、
これと決めた材料だけを見ていたら、おのずと何か閃きそうだろう!?」
「「なるほど!!」」

ミロにしては名案だった。
俺達は早速その案に乗っかり、自分達の周囲を見回した。
これ以上グズグズしている時間はないし、直感と閃きに頼ると決めたのだ。
これ以上森を彷徨うのは、無駄以外の何物でもなかった。
パッと見て、ふと目に止まった物。
俺達はその言葉をブツブツと呟きながら、辺りを見回し続け、そして。


「・・・・・よし、これだ!」

ミロはデコボコながらも一応ドーム型になっている小石を一つ、拾い上げた。


「俺はこれでいく!」

アイオリアは、途中で枝分かれしている、ちょっと太めの枝を手に取った。


「俺はこれだ!」


そして俺は、木の根元に落ちていた太い枝を拾った。
どっしりと太いこの枝が、何となく目についたのだ。
大は小を兼ねるというし、何なりと作れそうな気がするじゃないか。
かくして俺達は、ダッシュで作業場所へと戻った。












戻ってみると、早くも作品を完成させている奴等が出始めていた。


「どうだ?まずまずの出来映えだろう。」

アフロディーテは、あの野花やつる草でリースを作り上げていた。
花屋の店先に飾ってあってもおかしくないような、見事な出来だった。


「出来た出来た〜♪どう?可愛いでしょ?」

はあの木の実や野花で、掌にチョコンと載るサイズの置き物を完成させた。
小さいが、チマチマと可愛らしく、かつ丁寧に作り込んであった。


「私も出来ましたよ。」

ムウは蔦で直径15センチ程の籠を編み上げた。
確かに小ぶりだが、出来映えは見事だった。何なりと使えそうな、立派な実用品だった。


「私も完成だ。」

サガは小枝をフレーム状に組み合わせた写真立てを作っていた。
バランス良く仕上がっている上に、据え置きでも壁掛けでも使えるよう、ご丁寧にスタンドと壁掛け用のループまでついていた。
何なのだこいつ等は。何でこんなに早くて上手いのだ。凄すぎる。


「遅れを取るな!俺達もやるぞ!」
「お、おう!」
「ああ!」

俺とミロは出来上がった作品に思わず気を取られてしまっていたが、アイオリアに急かされて我に返り、ひとまずその場に腰を下ろした。
が、やはり俺達には相変わらず、何のビジョンも見えて来なかった。
材料を拾った時には何なりと作れそうな気がしていたのに、いざ具体的にとなると、これがまた難しかったのだ。


「・・・・思い付いたか、ミロ?」
「・・・・いや、まだだ。」

俺達はそれぞれ石や枝を手に、完全に途方に暮れていた。
そういえば俺達にはもう一人仲間が居た筈だと思って、ふとアイオリアを見てみると、
何とアイオリアは一心不乱に作業を始めていた。
どのタイミングだったのかは知らないが、奴にはビジョンが見えたようだった。


「くそぅ、抜けがけか、アイオリアめ・・・・。おいどうする、仲間が一人減ったぞ?」
「ぬぅぅ・・・・・、とにかく俺達も何か考えるんだ・・・・・!」

悔しそうに呟いたミロに、俺はそう答えた。
何か考えるんだと言っても、何も思い浮かばないのだからどうしようもなかったのだが。
そうして、俺達がどうしようもなくなっている間にも、他の連中は続々と作品を仕上げていった。


「オラ、灰皿いっちょ上がり!どうだ、立派なもんだろ!」

デスマスクは石を削って、大きな灰皿を作り上げた。
至ってシンプルな形だったが、それが却って使い勝手が良さそうに見えた。
何よりデカい。
ヘビースモーカーの奴にとっては、この上ない実用品だった。


「儂も出来たぞ。ほれ。」

老師の作品は、小石で出来たフクロウの置き物だった。
福々しい表情のフクロウの親子が、仲睦まじそうに並んでいて、素朴で温かい雰囲気がした。


「・・・・私も出来た。」

カミュは、小さな壁飾りを作り上げた。
石の破片をモザイクタイル風に並べて、土台の板に貼り付け、というか凍りつかせただけと、
作り方こそ単純そうだが、デザイン作業にはかなり時間が掛かりそうなものなのに、
奴はまさかの速さでそれをやってのけた。恐るべしだ。



「よし、俺も完成だ。」

カノンは、サラダサーバーと思しき木のスプーンとフォークを作り上げた。
面倒臭そうにやっていた割に、綺麗な仕上がりだった。


「俺も出来たぞ。一応靴べらのつもりなのだが、分かるか?」

シュラの靴べらは、少々いびつながらもちゃんとそれらしく見える一品だった。
何なのだ本当にこいつ等はどいつもこいつも。
何でこんな物を1〜2時間程度で作れるのだ。
そりゃあ、全部が全部、売り物になりそうだとまでは言わん。
だが、どれも原型は出来ているというか、大まかながらポイントは押さえてあるというか、
だからつまりちゃんと出来上がっているのだ。


「ぬぅぅ〜・・・・・・!」

それに比べて俺は、作る物のビジョンすら依然見えてこない始末で、焦りはMAXに達していた。
とにかく何か、早急に決めて作らねばならん。
俺は必死の思いで、自分の選んだ材料を睨み続けた。
それから暫くして。


「・・・・・完成だ。」

というシャカの声が聞こえた。
見ればシャカは、ビールの小ジョッキ位のサイズの仏像を彫っていた。
作業時間の割に結構緻密に彫り込まれた、立派な仏像だった。
それを見た瞬間、俺の頭に『彫刻』という言葉が閃いた。

彫刻なら削るだけだ。
よし、この枝で彫刻をしよう。
木彫りと言えば熊だな。
よし、木彫りの熊でいこう。
大丈夫、シャカのは石仏、俺のは木彫りの熊。アウトにはならん筈。
いや、ここまで切羽詰まっているのだ、絶対にアウトにはさせん。
これが駄目ならもう本当に何も思い浮かばん。

こんな思いが俺の脳裏を一気に駆け巡り、俺は迷う事なく小刀を手に取った。
今思えば、この閃きが完全にアウトだったのだがな。












俺はひたすら、一心不乱に彫り続けた。
頭の中で直立不動の熊の姿を想像しながら、思い付くままやみくもに彫った。
ちなみに、何故直立不動だったかというと、それが一番簡単そうに思えたポーズだったからだ。


むおおおぉ〜!!

俺はガツガツと彫り進めた。
横でミロが焦りMAXの表情を浮かべていたが、同情したり一緒に打開策を考えてやる余裕は、最早俺にはなかった。


「・・・・よし、出来たぞ!」

そうこうしている間に、アイオリアが早くも壁掛けを作り上げた。
分かれた枝がフックになっていて、壁に取り付けるとタオルだの何だのを引っ掛けられそうな、立派な実用品だ。
俺と同じ出遅れ組だった筈なのに、あっという間に巻き返して仕上げてしまったのだ。
こいつも恐るべしだった。


うぉぉ〜!!!

だが最早、俺には一刻の猶予もなかった。
一番簡単そうな形にしたつもりなのに、彫っても彫っても一向に熊には見えて来ず、
ついでに完成しそうな気配もなかったのだ。
このままでは、禁止されている『適当に作ったワケの分からない物』と見なされて、やり直しを命じられてしまう。
だが、それだけは避けたかった。
本当にもう、何も思いつかなかったのだ。
だから俺は、どんどんワケの分からない物体になっていくソレを、少しでも熊の姿に近付けるよう、彫り続けるしかなかった。
と、その時。


「・・・・・ええい、スカーレットニードル!スカーレットニードル!!スカーレットニードル!!!

ミロが突如、自分の材料に向かって必殺技を連射し始めた。
遂にブチ切れて癇癪を起こしたのだろうかと一瞬吃驚したが、そうではなかった。
石は砕ける事なく、てっぺんに丸い穴が開いただけに止まっていたのだ。


「出来たぞ!」
「何が出来たのだ?石ころに穴が開いただけのようにしか見えんが?」

サガが怪訝な顔でそれを取り上げしげしげと見つめると、ミロは胸を張ってこう答えた。


「ペンスタンドだ!この穴にペンを刺す!メモ帳の横に置く!立派なペンスタンドだ!だろう!?
「うぅむ・・・・、まあ・・・・・」

強気のプッシュが効いたのか、サガは微妙な顔をしながらも一応納得した。
まあ確かに、ペンスタンドと言われたらそう見えない事はないけれども、
言われなければそれと気付くのはちょっと難しい代物だった。
だがこの時の俺は、してやられたという思いでいっぱいになった。
何しろ、自分の必殺技数発で穴を開けただけ、それで完成なのだからな。
そうして、ビリだった筈の奴が一気に形勢逆転して、俺の先を越したのだからな。
俺がこの時、ミロのこの発想をどれ程羨ましく、そして妬ましく思った事か。

だが、妬んでいる暇すら最早なかったのだ。
残るは俺一人、俺一人になってしまったのだから。
全員に見守られながら、俺はひたすら彫り続けた。
俺の熊は、彫れば彫る程熊から遠ざかっていく感じがしたが、それすら顧みる余裕はなかった。
だが、もうどうしようもなかった。
たとえ間違っていようとも、もう後戻りは出来なかったのだ。
その内、時折ちらほらと周囲から『まだかまだか』と急かされるようになった。
俺も必死の極限状態だったが、急かす連中の声も、それを窘めて俺を庇ってくれるサガとの声もまた同じだった。
そう、皆疲れているのは同じで、一刻も早く帰って休みたいと切実に願っているのも同じだったのだ。
分かってはいた、分かってはいたが、どうにもならなかった。

後悔なら、勿論何度もした。
ここに至るまでに、何度も何度もしたさ。
ちょっと冷静になって考えてみたら、彫刻なんて一番手間暇が掛かりそうなものなのに、
何でよりによってこんなものを選んでしまったのだろう、とな。
だが、もう全てが遅かったのだ。
俺は黙々と、ひたすら彫り続けた。
挫けそうになれば胸の内で己を叱責し、弱音を吐きそうになれば思いきり奥歯を噛み締めながら。









しかし、物事にはいつか必ず終わりが来る。
黙々と彫り進めている内に、ようやく、何となく、形になったのだ。


「・・・・・で、出来た・・・・・・・」

俺がそう呟くと、サガとがハッと目を見開いた。


で、出来たのか!?
本当!?

二人とも下瞼にクマが出ていて、すすけた表情をしていた。
そんなになっても俺が作品を完成させるのを必死で見守っていてくれたのだと思うと、非常に申し訳なかった。


「ハッ・・・・!?な、何っ!?出来た!?
やっと出来たのか!?
よっしゃ、これでやっと帰れる〜〜〜!!

サガとの声に反応して、ミロとカノンとデスマスクがガバッと顔を上げた。
こいつ等はどうも寝ていたようだった。


「シャカ、シャカ。起きなさい。完成ですよ。」
「・・・・・・・・・うむ」
「寝るならこんな所で熟睡しないで、処女宮に帰ってからゆっくり寝なさい。」
「寝てはいない、瞑想しているだけだ・・・・・」

シャカに至っては、ムウにガクガク肩を揺さぶられても、座禅を組んだままビクともしない始末だった。


「やれやれ、やっと完成か。また随分と大作だったな。」
「見せてくれ!どんなものが出来たんだ?」

シュラは苦笑混じりに、アイオリアは安堵の笑顔で、それぞれ俺の作品を見に来た。
他の連中もそれに倣ってワラワラと俺の周りに集まって来たのだが。


「・・・・・何だこれは・・・・・?」

カミュは怪訝そうに首を捻り、俺の作品をしげしげと見つめた。


「ちょっとよく分からないなこれは・・・・・。何だろう・・・・、豚?

そして、それを横から一瞥したアフロディーテの奴が、こう言い放った。


ぶ、豚じゃない!熊だ!よく見てみろ、熊に見えないか!?ほら!!」

俺は必死で言い返した。
豚に間違われたのが嫌だったのではなく、やり直しを命じられたくない一心でな。


く、熊なんだこれは!立ち上がったグリズリーだ!そう思って見たら分かる筈なんだ!!

認めよう。
確かに俺の熊は、熊ではなかった。
熊だと説明されたところでどう見てもそうは見えない、そして勿論豚でもない、
全くもって意味不明の物体だった。
やり直しを命じられても全くおかしくはない代物だった。
だが俺は、我ながら無茶だと思いつつも、必死で『熊だ』と言い張った。
すると、老師が厳かな声でこう仰った。


「・・・・うむ。熊じゃ。それは紛れもなく熊じゃ。」

その一言で、俺は勿論、他の連中もホッとした表情になった。
サガとまでもが、心なしかそんな風に見えた。


「ようやり遂げた、アルデバラン!皆の者、アルデバランに拍手を!!」

老師の一声で、周囲から割れんばかりの拍手が湧き起った。
だがこの時の俺にはもう、それに対して照れる気力も残っていなかった。


という事で解散じゃ!!皆の者、ご苦労であった!!」

老師の一声で、キャンプは突如解散となった。
この怒涛のキャンプが終わったのだ。
今度こそ、本当に。
早々と帰っていく連中を呆然と眺めながら、俺はそれを実感していた。



その後、金牛宮に帰り着いてみれば、もう夕方になっていた。
朝解散の筈が、俺のせいで夕方になってしまった事に申し訳なく思ったが、
謝るのはまた今度という事にしておいた。
本当にもう、心底疲れ果てていたのだ。
飯も食わずに即ベッドに倒れ込んで、そのまま翌朝まで寝こけてしまった位にな。
体力なら人の何倍もある筈なのだが、如何に黄金聖闘士と言えども、慣れない事をするとどうも疲れるようだ。

そういえば、結局ちゃんと謝っていなかったな。
この場を借りて謝っておく。あの時は済まなかった。
朝から晩まで騒動の連続だった上に、とどめがあのヘヴィーなラストイベントで、
クタクタになった1泊2日のキャンプだったが、後からこうして思い返してみると、
何のかんの言っても楽しかったな。
幹事二人にも感謝している。
サガ、、楽しい一時を有り難う。
また何かやりたいものだな。
出来ればもう少し楽で、ゆったり寛げる催しをな。(笑)



記述者:牡牛座アルデバラン


〜読後コメント〜


・こちらこそ有り難う!最後のイベントはやっぱりちょっとヘビーだったか・・・・。
 次の企画の参考にするね!でもアルデバランのあの熊、味があって私好きだな〜(笑)
 心配しなくても、やり直しなんてさせなかったわよ!あんなに一生懸命やってたんだから!(
・そうですよ。もし仮にやり直しを命じられていたとしたら、私が全力で阻止しましたよ。
 貴方の努力は伝わっていましたし、何より私も大概限界でしたしね。
 老師も同じお気持ちだったのでしょう。本当に、慣れない事をすると疲れますね。(ムウ)
・やり直しというのは、明らかにやる気のない態度で人の模倣品や
 あからさまに適当なものを作った場合のペナルティであって、
 あれだけ一生懸命作ったものをやり直しさせる気など、私にもなかった。
 そう言えば、あのイベントについて一つ、後日談があってな。
 あの後、カノンが自分の作品を私にくれたのだ。
 うちのサラダサーバーが傷んできていたのを知っていて、作ってくれたようだった。
 いつもこうして可愛げのある態度だと良いのだがな。(サガ)
↑思い付いたから作っただけで、要らなかったからくれてやっただけだ!
 気色の悪い事を言うな!(カノン)
・↑ヘヘッ、何だぁ?ツンデレってやつか?ちなみに、俺の作った灰皿はイマイチ活躍してねぇぜ。
 使い勝手が悪い訳じゃねーんだが、前から使ってるやつがあるから、出番がねぇんだ。
 誰か欲しい奴がいたらやるよ。灰皿としては勿論、人殴り殺す時にも使えるスグレものだぜ。(デスマスク)
・↑折角のキャンプの記念品をそんな2時間サスペンスの凶器みたいに扱うな!
 ところで、ツンデレって何だ??(アイオリア)
・全く、たかが木彫りの熊もどき如きにあれ程時間が掛かるとはな・・・・。
 そもそもあの野宿自体、暑苦しいわむさ苦しいわ疲れるわで散々だった。もしまた性懲りもなく
 何かやるのなら、次はもっと静かで快適な環境で過ごさせて欲しいものだ。(シャカ)
・↑ホッホ、お主は本当にへそ曲がりじゃのう。文句ばかりの割には、次も期待しとる感じではないか。
 確かにあの野営は少々過酷じゃったがの。ならば次は五老峰に修行に来るか?
 静かで快適じゃぞ、ホッホ。(童虎)
・↑いや、修行の時点で全く『快適』ではないと思うのですが。
 いいかアイオリア、ツンデレというのはな、満更でもない癖にひねくれた態度を取る
 シャカのような奴の事を言うのだ。(ミロ)
・↑シャカはツンデレというより、『天上天下唯我独尊』という感じだろう。
 まあそんな事はどうでも良いが、確かにあのキャンプは疲れた!
 疲れた、が、何だかんだで楽しんだな。
 年に1度位は、ああいう機会を持つのも良いかも知れんな。(シュラ)
・↑習慣にする気か?まあ、絶対に嫌だとは言わんが・・・・。
 それなら今度はシベリアでどうだ?(カミュ)
・↑シベリア!?有り得ない!だから私は南仏が良いと何度も言っているだろう!?
 次は南仏だ、絶対南仏だ!!(アフロディーテ)




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後書き

何とか完結しましたー!
2年越しのバカンス終了です(笑)。
このハードなキャンプのラストにとどめの一撃をと考えたところ(笑)、
ハンドメイドネタが閃いたのですが、いまいちパッと盛り上がらなくて済みません!
黄金聖闘士は一部を除いて概ね、不器用じゃないけど無骨だと良いなという妄想で書いてみました。
何かこう、聖闘士の世界って、基本飾り気のない殺伐としたイメージ(酷)があるんですよね。
何といっても幼少の頃から過酷な人生を歩んで来ていますから、
お洒落センスを磨くような甘っちょろい時間は、彼等の人生の中には1秒たりともなかっただろうなぁ、と(笑)。
だから、修理とか必要な実用品を作る事は出来るけど、オシャレな小物とかを作るのは苦手、みたいな感じにしてみました。
そしてアルデバランは、特にそれが顕著だと良いな、と(笑)。
ま、私の妄想話はこの辺にするとしまして、長々とお付き合い下さって有り難うございました!
少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。