聖域回想録 序章

〜 忍び寄る波乱の予感 〜




あの夏の日の出来事を、記念に皆で日記に残そうという事になりました。
一人一人、リレーのように順繰りに、それぞれの主観に基づいた副題もつけて書いていく。
読んだ人は、コメントをつける。
なかなか楽しそうな企画です。頑張って完成させましょうね。

さて、その記念すべき最初の書き手に私が選ばれた事、とても光栄に思っています。
何を書こうか随分迷いましたけど、折角書き出しを任されたのですから、ここは時間を遡って、あの日以前の出来事を書いてみようと思います。





△月○日


この日、私はサガから極秘に呼び出されました。
内々の相談がある、と。
それが後々の大騒動の序章となる事など、この時の私にはまだ知る由もありませんでした。



「こんにちは〜。」
「おお、来たか。」

私は指定された時間に、指定場所の双児宮に出向きました。
私を迎えてくれたサガは、チラチラと辺りの様子を伺ってから、私を宮内に招き入れました。


「誰にも言っていないだろうな?」
「うん。勿論。」
「気付かれもしなかったか?」
「うん。多分。」

私は、訊かれた事に正直に答えました。
するとサガは安心したように笑って、私を自室に通し、冷たいコーヒーを運んで来てくれました。
私はそれを受け取りながらも、一抹の疑念を抱かずにはいられませんでした。
そう、この日はサガの私室に通されたのです。
いつもは大抵リビングに通されるのに。


「ねぇ、一つ訊いても良い?」
「何だ?」

私はストローに口をつけながら、率直に尋ねました。


「どうしてリビングじゃなくてここなの?極秘の相談なら、どうせカノンも追い払ってるんでしょ?」
「うむ。奴はさっき夕飯の遣いに出した。無理難題を吹っかけておいたから、暫く戻っては来れんだろう。しかし、万一という事もあるからな。念には念を入れて私の部屋で、という訳だ。」
「ふぅん・・・・・・」

それは良いけど、無理難題って具体的に何なの?
私は何となく気になって、そう尋ねてみました。
するとサガは、しれっとした顔で答えました。


「パリの三ツ星レストラン『mon amour』の特製オードブルをテイクアウトして来いと言ったのだ。」
「へ〜・・・・・。でも、どうせテレポーテーションとか使って行くんでしょ?だったら無理難題って事は・・・」
「ある訳ないのだ、そんなレストランは。適当に言っただけだからな。
「そ、そうなんだ;」

今頃、ありもしない店を捜して彷徨い歩いているだろうカノンを気の毒に思いつつも、私は早速本題に入ろうと、話題を変える事にしました。



「でさ、そうまでしなきゃいけない程の極秘の相談って何?」
「うむ。その事なのだがな。短い夏休みに適したレジャーというものに、何か心当たりはないか?」
「は?」

てっきりもっと大真面目で、深刻な相談事を持ちかけられるものだとばかり思っていた私は、つい面食らってしまいました。


「相談って、それ?」
「ああ。」

だけど、少なくともサガは大真面目だったようです。
呆気に取られている私の前で、彼は至って真剣な顔をしていましたから。


「何せレジャー計画など立てた事がなくて、どうすれば良いか分からなくてな。その点、なら色々と知っているかと思ったのだ。それに、日本人は休暇が短いから、短い休みに適したレジャー計画を練るのはお手のものだろう?」
「まぁ、確かに・・・・・・・。」

確かに、日本人の休暇は短いです。
だから、短い休みに適したレジャーの企画は、日本人の国民的スキルと言っても良いかも知れません。
が、まずそれ以前に。


「そもそもさ、そのレジャーって誰の為の?」

私にはそこがまず分かりませんでした。


「うむ。我々はいつも、夏の休暇は各自個人行動でフラフラしているだろう?」
「うん。」
「しかし今回は、短くても構わないから、全員で何かをしたいと考えてな。」
「うん・・・・・、うん、良いかも。楽しそうね!」

休暇中、ずっと団体行動などという事になれば、あちこちからブーイングが飛んできそうだけど、その内の数日程度なら、きっと大丈夫だろう。
私は漠然と全員で過ごすその数日間の休暇を想像して、早くも楽しみ始めていました。


「まぁ、は言うまでもないが、連中もそれなりに頑張ってくれている事であるし、慰労、というか、そういう形で何か企画してやりたいと思っているのだが。」
「本当!?有難うサガ〜!嬉しい〜!」

私が大喜びすると、サガは優しく目を細めて『そうか』と言いました。


「慰労かぁ・・・・・、う〜ん・・・・・・、会社の慰安旅行とか、そんなニュアンス?」
「そう、それだ。」

皆で旅行、考えただけで楽しそう。
顔が自然とにやけてきました。


「旅行かぁ・・・・・、じゃあ、何処に何日ぐらいで行く?何か希望は?」

という私の問いかけに、サガは迷いなくこう答えたのです。


「1泊で、ごく近場だ。」
「1泊で、ごく近場?」

即答したところから察するに、恐らくその点は、最初から決定事項としてサガの中にあったのでしょう。
けれど、文句を言うつもりは私にはありませんでした。
安・近・短の旅行、それこそ日本人のレジャー理念、日本のレジャーの真髄なのですから。


「となると、絞り易くなるわね。ちなみに予算は?」

私は何気なくそう尋ねました。
するとサガは、途端に顔を険しくして、机の引き出しから一冊の帳簿を出してきたのです。


「え、ど、どしたの・・・・・?何、それ?」

その表紙には、見覚えがありました。
確か、聖域の公金の帳簿です。


「見てくれ。」
「う、うん・・・・・」

サガに言われるまま、私は彼が開いたページを覗き込みました。
そして、絶句しました。


「えっ・・・・・・・・・」
「・・・・・・という事だ。」
「これだけ?」

元々、聖域の公的資金はそう多くはありません。
むしろ意外と少な・・・・・、いえいえ、とんでもありません。
私がとやかく言える立場じゃないのは分かっています。
幾ら沙織ちゃんが大財閥の総帥と言っても、全ての資産をいつでも自由に出来る訳ではありませんから。
いわゆる『オトナの都合』というやつです。
私もこれでも社会人の端くれですから、それぐらい承知しています。
財団のお偉方やら内部監査やらマルサやら、その辺から見咎められない程度の額を、せっせと裏工作して回してくれている沙織ちゃんの苦労は、いかばかりのものでしょうか。

ともかく、そのなけなしの財源から必要な経費を諸々さっ引き、更に今後に必要な経費を残しておくとなると、夏休みのレジャーに使えるお金は、ごくごく限られていました。


「うむ。それこそ無理難題を吹っかけているのは重々承知だが、これで何とかなる範囲で、企画して欲しいのだ。」
「うぅ〜ん・・・・・・!」

私は大いに悩みました。
この切ない程に少ない予算で、一体どうやって総勢13人を旅行に連れて行けば良いのでしょうか。
私は悩みに悩んだ末、一つの答えを導き出しました。


「・・・・・ごめん、無理。

その至ってシンプルな回答を聞いたサガは、やはりそうか、と呟いて、ガックリと肩を落としました。
サガのそんな姿を見るのは、彼の優しさが分かるだけに、私にとって大変に辛い事でした。
私は、何とか彼の思いを形にしたい、彼の希望を叶えてあげたいと、そう思いました。


「ねえ・・・・・、私、辞退するわ。いつも任務に出向いて最前線で頑張ってるのは皆なんだし、皆で行って来て!ね!?」

一人分でも費用が浮けば、何とかなるかも知れない。
そう思ったのですが、サガはとんでもないと叫んで、私のその案を激しく却下しました。


「最前線で頑張っているのが我等なら、後方を守り固めてくれているのは、お前だ。だから、そんな寂しい事を言わないでくれ。」
「サガ・・・・・・」

認めて貰えるというのは、本当に嬉しく、有り難い事です。
思わず感激していると、サガは苦笑いしながら付け加えました。


「それに、お前一人を置いていくとなると、他の連中からどやされる事が目に見えているし、それなら行っても面白くないと言って、来ない連中も沢山居るだろうしな。」

サガは不意に、ふと閃いたように指を鳴らしました。


「そうだ。かくなる上は、各自費用の一部を自己負担という事にするか?」
「そうねぇ・・・・・・」

サガの出した案は、私としては異論のない案でしたが、残念ながらそれも無理がありました。


「でもさ、それこそ『自腹ならパス』とか言い出す人が居るんじゃない?チラホラと。」
「ううむ・・・・・、確かに・・・・・・!『どうせ自腹なら、と二人で行く』などと言い出す輩が居そうだ・・・・・。それ以前に、『自腹で何が慰労だ、慰労ならお前が全額出せ』だのと因縁をつけてきそうな気も・・・・・」

私はデスマスクやシャカなど、数人を思い浮かべましたが、恐らくサガは、カノンの事だけを想定しているんじゃないかと、何となくチラリと思いました。
とにかく、一部自己負担も無理となると、いよいよ難しくなってきます。
私は再び悩みに悩んだ末、ある打診をしてみました。


「ねぇ、どうしても泊りじゃなきゃ駄目?何処か近くに日帰りで遊びに行くってのはどう?」
「うむ・・・・・、まあ最悪、それで手を打っても良いのだが、たとえ1泊でも、泊りの方がゆっくりと腰を据えて楽しめるかと思ってな・・・・・。日頃はなかなか出来ない語らいなども出来て、我等の関係もより良くなるやも知れんし・・・・・。」
「う〜ん・・・・・、それもそうね・・・・・・」

確かに、旅先で過ごす夜というのは、たとえ一晩でも特別なものです。
日帰りの遊びでは得難い何かが得られる、それが旅行というものかも知れません。
となると、状況は益々厳しくなってきました。

ごく近場で、
この悲劇的な予算内で、
13人が一晩過ごせる場所。


「そんな都合の良い所が・・・・・・・・」

ある訳ない、と言いかけて、私はハッと気付きました。


あった!1ヶ所だけ!!
「何っ!?何処だ!?」

私は、顔を輝かせたサガにニッコリと微笑んで、こう答えました。


「ここよ、ここ!」
「・・・・・ここ?」
「そう。こ〜こ!聖域!

そう。
出掛けなければ良いのです。
この聖域も、広大とは言えませんが、決して猫の額という訳でもありません。
現に、私はまだ足を踏み入れた事のない場所もあるのです。
灯台もと暗しとは、正にこの事でした。


「それは、誰かの宮かお前の家に泊るという事か?」
「ううん。それはちょくちょくやってる事だし、それじゃあレジャー感がもうひとつ出ないでしょう?だから、テントを張ってキャンプするの!」
「キャンプ・・・・・・」
「そう!それで、バーベキューとか花火とかしたりして!それなら、この予算内でもいけそうでしょ!?」
「ふむ・・・・・・、名案だな。」

幸い、サガも乗り気になってくれました。


「キャンプなど、今までした事がなかったしな。うむ、悪くない企画だ。よし、それでいこう!」
「じゃあ、決まりね♪」
「ああ。もののついでと言っては悪いが、私と一緒に幹事をやってくれるか?」
「勿論!」
「助かる。恩に着るぞ。」
「良いのよ、そんな!」
「あとは当日まで、他の連中には内緒にしておいて、私達が二人で水面下で準備を進める、という事で良いか?」
「オッケー!じゃあ、まずは日取りを決めて、それから当日のスケジュールを組んで・・・・」
「必要な物をリストアップして、買い出しにも行かなければな。」
「うん!楽しみね〜!」
「フッ、そうだな。がそんなに喜んでくれたのなら、それだけでも企画した甲斐があったというものだ。」

と、無事まとまったところでサガの部屋のドアがノック、というかぶち破らんばかりの勢いで激しく連打されたので、そこで一旦、この件についての話は終わりました。
散々パリ市街を彷徨い歩いた後らしいカノンが、不機嫌な顔で帰って来たのです。
だから、この時の私は、『mon amourなんて店はなかったぞ!』と憤慨するカノンをサガと共に宥めるのに忙しくて、全く考えが及んでいませんでした。
はしゃぎ過ぎていた私は、サガも含めた黄金聖闘士達全員、普段でもおのおの強烈な個性を光らせているという事に、そして、そんな彼等が集結し、初めてのキャンプをするとなればどうなるかという事に、全く気付いていませんでした。


この日、私達が企画したキャンプが、
後に想定していたよりも遥かに激烈な、いつにも増して大変な騒動になるとは、

全く、全く、

思ってもみなかったのです。



記述者: 


〜読後コメント〜


・いや全く、あれは大変な騒動でしたね。何はともあれ、、お疲れ様でした。(ムウ)
・言ってくれれば協力したのに!
 しかしまあ、ああいうサプライズもなかなか楽しかったぞ。(アルデバラン)
・あの時は協力有難う。の協力なくしては、実現しなかった計画だった。(サガ)
・サガ!貴様!!あれはやっぱり嘘だったのか!?いつか殺す!!!(カノン)
・確かに、自腹で休暇潰してまで団体旅行は無ぇな。
 タダキャンプならまたやっても良いぜ。(デスマスク)
・↑そうか?自腹でも俺は構わんぞ。
 キャンプも楽しかったが、慰安旅行も是非実現させたい企画だな。(アイオリア)
↑笑止。自腹の慰安旅行なぞ、聞いた事もない。(シャカ)
・お陰で楽しい1日じゃった。礼を言うぞ、、サガ。(童虎)
・俺も楽しかった。まあ、色々大変だったけどな(笑)(ミロ)
・確かに大騒動だったが、まあ、過ぎてみれば良い思い出と言えるな。(シュラ)
・思い出か。思い出したいような思い出したくないような。・・・・でも悪くはなかったが。(カミュ)
またやりたいような、二度とやりたくないような。
 でも結構楽しめたよ。のお陰だね。(アフロディーテ)




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後書き

また新たなアホ連載の始まりです。
もう10月も目の前なのに、今更夏の話を始めてしまった点も含めてアホですな(笑)。
えー、今回は少し目先を変えて、日記形式でやっていこうと思います。
順番は十二宮順、ではなくランダムで。
これから秋→冬と寒くなっていく中、季節感無視でまったりとやっていきたいと思います(笑)。
どうぞ宜しくお付き合い下さいませ!