「あれから3日かぁ・・・・・・」
時は少し遡る。
「まずはシュラの話を聞いてやって欲しい。」
事の発端は、先日開かれた緊急ミーティング。
出席者はデスマスクを除く黄金聖闘士全員及びで、議題はそのデスマスクについてだった。
サガの一声で始まったそれが、今のこの状況を生み出したのだ。
「昨日まで、俺と奴は警護の任務で女神について、パリ・ロンドン・ローマと回っていた。」
「うん、知ってるわよ。それがどうかした?」
「どうもこうも、各国行く先々で、奴と関係を持っていたらしい女達と出くわしたんだ。それも、1人や2人じゃない。全部で30人は居たか。」
「えっ!?そんなに!?」
「奴に問い質したら、全員その場限りの遊び相手だったと白状した。商売女も結構居たようだ。いずれにせよ、正体を明かす程深い付き合いをしていた女が居なかったのは幸いだったが、それにしても度が過ぎていると思わんか?少しは自重しろと叱っても、まるで反省の色もなかったしな。」
「そう。問題はそこなのだ。」
サガは拳を机に打ち付けると、厳しい表情で言った。
「出歩く先々で、軽々しく誰とでも行きずりの関係を結んだり、商売女を買いまくるなど、女神の聖闘士にあるまじきふしだらな行いだ。そうは思わんか?」
「ヨーロッパ内3ヶ国で情婦が30人ですか。今回分かった分だけでこの状態なら、他にもまだまだ居そうで恐ろしいですね。」
「うむ。確かに少々調子に乗りすぎだな。あいつはもう少し節操という言葉を知る必要があるな。一切遊ぶなとまでは言わんが・・・・」
「仮に言ったところで、奴が聞き入れるとは思えないけどもな・・・・・。」
サガに同意を求められ、ムウやミロやアイオリアが、溜息と共に小さく呟いた。
なるほど、確かに皆の言う通りだった。
恋人でも何でもないのだから、デスマスクの女関係についてとやかく言う筋合いはないのだが、それにしても遊びすぎだと、確かにこの時、も眉を顰めたのである。
「とにかく、奴の素行には今まで随分目を瞑って来てやったが、もうそろそろ限界だ。ここらで一つ、きつい仕置を与えたいと思っているのだが、今日わざわざ皆に集まって貰ったのは、他でもない。具体的にどんな仕置が効果的か、どうすれば奴が更生するか、皆にも考えて貰いたいと思ってな。」
問題は、サガがこうして本題を切り出してからだった。
「女癖を治す、か・・・・・・。彼の場合、生半可な方法では無理だろう。説得などではまず無理だ。何か余程痛い目に遭って、自分で頭を打たなければ。」
「痛い目、か。なるほど、確かにカミュの言う通りだな。して、具体的には?」
「具体的!?・・・・・と言われてもな・・・・・・。ううむ・・・・・、例えば、本気だった相手に遊ばれて捨てられる、とか・・・・・」
カミュの出した例は、手痛い失恋の王道と言えるものであったが、
「その逆ばかりやらかして、こうして問題を起こしている奴がか?」
「・・・・だな。」
アルデバランのこの一言で、カミュは自ら出した案を引っ込めた。
それが駄目なら、他に何か痛い目に遭わせる方法はないだろうか。
知恵を絞って考えていると、やがての頭に一つの案が浮かんだ。
「じゃあさ、遊びのつもりだったのに相手が凄く執念深くて、色々困らされたり・・・・とかは?」
「彼の性格上、そういう状況に立たされた場合、面倒だと言って相手を闇に葬りかねませんね。」
「う゛、そうかも・・・・・・。デスの場合、困るって状況に陥らなさそうよね・・・・・。」
しかしその案も、ムウの見解によって却下せざるを得なくなったのだが。
「・・・・・いや、待て。そうとも限らんぞ。」
そこに口を挟んで来たのが、カノンだった。
「、女のお前なら分かるだろう?ろくでもない男に弄ばれた女という立場に立ったつもりで答えてくれ。そんな男を困らせる女の常套句を。」
「そんな、漠然と訊かれても・・・・・!」
そう、カノンが悪いのだ。
『はい却下』と聞き流してくれれば良かったのに。
「う〜ん・・・・・、『私との事をばらすわよ!』とか、『責任取ってよ!』・・・・・とか?」
「それだ!!!!」
「へっ!?」
いや、分かっている。
本当は、自分で自分を追い込んでしまったのだ。
何故考えなしにこんな言葉を軽はずみに口走ってしまったのか、今となっては後悔してもしきれない。
「、奴の子を孕め。」
とにかく、カノンの口からとんでもない台詞が飛び出した。
「はぁっ!?!?何バカな事言ってんの!?何で私がそんな事・・・・!」
「分かっている。何も本当にそうしてくれとは言っていない。ただ、身篭ったと奴に嘘を吐いてくれれば良いのだ。」
「えぇっ・・・・!?」
「うむ・・・・・・、どうせならこの位刺激の強い作戦の方が、あの馬鹿には丁度良い加減かも知れんな。」
「そんな、サガまで・・・・・!」
サガも、
「確かにそれは効きそうだな。名案だ。」
「赤ん坊か、その気のない男にとってみれば、これ程困らせられる事もないのう、ホッホ。」
「ホッホじゃないわよ!大体、私とデスはそんな関係じゃないのよ!?そんな嘘をどうやって・・・」
アルデバランや童虎も、
「それなら心配ないよ、。デスマスクは、いつ誰と何処で遊んだかなんて細かい事まで覚えていないから。」
「で、でも・・・・!」
アフロディーテも、
「奴はちょくちょくの家に転がり込んでいるだろう?泥酔して帰って来た時とか。そういう時に酔った勢いで・・・・という設定にしておけば良いんじゃないか?」
「良い設定だ。が強気で言い張れば、あいつならきっとそれで騙されるだろう。」
「そんな簡単に言うけど・・・・!」
アイオリアとミロも、
「奴を更生させられるのは、、最早お前しか居ない。」
「この役が出来るのは、女性である貴女しか居ないのです。」
「ちょっ、ちょっと・・・・・」
シュラとムウも、
「これも聖域の為、仕事だと割り切って、蟹の子を身篭ってくれたまえ。」
「君の働きに期待しているぞ。」
「そ・・・・・・・・、」
シャカとカミュも。
「そんなあぁぁーーー!!!!」
誰もが皆、乗り気だった。
そんな中、一人がどれだけ反論したところで通じる筈もなく、結局一人で最前線に送られてしまったのである。
そしてその結果、作戦は見事成功した。
偽りの妊娠を告げると、デスマスクは呆然と沈黙していた。
精神的な安定を図ろうとしていたのか、やたらと煙草を吹かし、それから。
『・・・・・で、どうするつもりなんだよ?』
と、低く呟いた。
こちらに罪の意識を感じさせる位、真剣な目で。
自分から仕掛けた嘘なのに、思わず本当に傷付いてしまいそうな程、苦々しく重い表情で。
「何でかなぁ・・・・・・・・」
デスマスクの素行を正す為の謀だと頭ではちゃんと分かっているのに、時間が経てば経つ程、心に刺さった小さな棘の存在が大きくなっているような気がする。
こんな事、作戦が成功したと喜んでいる黄金聖闘士達には、とても言えなかった。
そんな真相を知る由もないデスマスクが、黄金聖闘士全員とを教皇の間に呼びつけたのは、その日の夕方の事だった。
「・・・・・おう。皆、良く集まってくれたな。」
既に教皇の間で待機していたデスマスクは、いつになく真摯な様子で一同を出迎えた。
顔付きもさる事ながら、まるで女神との謁見か任務の時のように、きちんと蟹座の黄金聖衣を纏っていたのだ。
「それで?改まって我々全員に話したい事とは一体何だ?それに、その蟹聖衣はどうしたんだ?」
サガが理由を尋ねたが、デスマスクはそれに答えず、代わりに教皇の玉座を指差した。
「その前に、アンタはそこに座ってくれ。」
「玉座に?何故?」
「何つーか、そうして貰わなきゃいけねぇ気がしてよ。頼むわ。」
この空気、只事ではない。
一同はそう感じ、サガは言われた通りに玉座に着き、残る黄金聖闘士とは、デスマスクの動向を黙って見守り始めた。
すると。
「サガ・・・・、いや教皇!蟹座のデスマスク、今生の頼みをどうかお聞き届け下さい!!」
デスマスクが突然、サガの足元に跪いて深々と頭を下げたではないか。
一体何のギャグだろうと思わずには居られない光景だが、ギャグでない事はデスマスクの顔を見れば一目瞭然だった。
「ど、どうしたんだデスマスク!?」
「サガに土下座と敬語とは奇怪な。脳が水疱瘡にでも冒されたのかね?」
多少心配になったアイオリアとシャカが声を掛けたが、サガが無言でそれを制すると、その場は再び痛い程の沈黙に包まれた。
「・・・・・今生の頼み、か。どういった事だ?」
「との結婚を許して頂きとうございます!」
「ええっ・・・・・!?」
思わず驚きの声を上げてから、慌てて口を掌で押さえたをチラリと見て、デスマスクは再びサガに向き直った。
「は今、俺の・・・いや、私の子を宿しています。結婚して、と共にその子をこの世に迎えたいと考えております。女神に永遠の忠誠を誓った身で、こんな勝手が許されない事は重々承知の上ですが、決して状況に流されて仕方なくこんな結論を出したのではなく、本心からと添い遂げたいと思った上でのお願いです。どうかお許し下さい・・・・・!」
「ちょ、ちょっとデス・・・・!」
は知らず知らずの内に顔を赤らめながら、サガに平伏しているデスマスクに駆け寄り、殆ど床に貼り付いている彼の顔を上げさせた。
するとデスマスクは、ふと目を細めてに微笑みかけた。
「・・・・・、悪かったな。こんな形で突然プロポーズなんかしてよ。だが俺としては、まずこいつらに筋を通さなきゃいけねぇからさ。」
「デス・・・・・・・」
「この3日間、ずっと色々考えてたんだ。お前に何て言って諦めて貰おうか、もしお前がどうしても生みたいって言い張ったらどうしようか、ってな。実は酷ぇ事も色々考えてた。」
「・・・・・・・」
「けどよ、考えれば考える程悩んだっていうか、なかった事に出来なくなっていったっていうかよ・・・・・」
心に刺さっている小さな棘が、ズキズキと疼いている。
「俺はこういう商売だし、こういう性格だし、結婚とか子供とか、そういう面倒臭ぇ事は一生ごめんだって思ってたけど、ぶっちゃけ今でもガキなんて面倒臭そうだって思ってるけど・・・・・、だけどよ、『どうするか迷ってる』って言った時のお前の傷付いた顔を思い出したら、腹の子を闇から闇に消しちまう事が本当に最良の方法なのか、分かんなくなってきちまって・・・・・」
「私・・・・・、そんなに傷付いてるように見えた・・・・・?」
「・・・・・誤解するなよ。俺は何も罪悪感からこんな結論を出した訳じゃねぇんだからな。」
息を潜めて次の言葉を待っていると、デスマスクは静かな、それでいて驚く程良く通る声で、はっきりと言った。
「お前が好きだよ。それが良く分かったんだ。」
「デ・・・・・ス・・・・・・・」
「こんだけ派手に遊び散らかしてる男に言われても信用出来ねぇだろうけどさ、お前は別格みたいなんだ。だから、俺とお前との間に出来た子を見てみたい、面倒臭ぇのも承知の上で一緒に育ててみたい、そう思ったんだ。」
柄じゃねぇけどさ、と呟くデスマスクの微笑を見た瞬間、の心に刺さっている棘の痛みはMAXに達した。
「だから、俺と結婚してくれ。そんで、俺の子を生んでくれ。」
「デス・・・・・・・・・・・」
「お前達にも許して貰いたい!頼む!俺の最初で最後の我侭だ!どうか頼む・・・・・!」
に再度プロポーズしてから、デスマスクは二人を取り巻くように見守っている黄金聖闘士達にも深々と平伏して頭を下げ始めた。
ここまでされては、棘どころの騒ぎではない。
「・・・・・・・・嘘よ・・・・・・・・」
心臓に杭を打ち込まれているような強烈な痛みを伴う罪の意識がを苛み、はとうとうそれに耐え切れなくなった。
「ウ・ソ!!!妊娠なんて真っ赤な嘘!!これはぜーんぶ自腹よ!!!」
スパーン!!と豪快な音を立てて腹を打ち鳴らせてみせると、一同の、特にデスマスクの目が点になった。
「は・・・・・はぁっ!?!?嘘だとーーっ!?!?!?」
「そうです!!どうも済みませんでしたっ!!!」
「テメェ、どういう事だぁっ!?」
「デスの女癖の悪さをどうにかする為の作戦だったの!妊娠したなんて言われたら、流石にビビって少しは大人しくなるんじゃないかって・・・・・!」
「そういう事だ!これに懲りたら、今後はもっと節度ある行動を取れ!分かったか!」
顔を真っ赤にしてに詰め寄るデスマスクを、サガが引き剥がした。
それと同時に、それまで沈黙を守っていた黄金聖闘士が、次々と口を開き始めた。
「今回は嘘でしたが、貴方の場合、いつ本当にこんな状況に陥っても不思議ではないのですよ。良く反省して、本当にこんな事が起きないように十分注意して下さい。」
「そうだぞ、大体お前は遊びすぎなんだ。もう少し節操を持て。」
「というか、遊ぶならもっとうまくやれ。人にバレるような、いや、サガにバレるようなヘマをやらかすなど、明らかにお前の手落ちだぞ。」
ムウも、アルデバランも、カノンも。
「いや、バレるバレないの問題じゃないだろう!アルデバランの言う通り、デスマスクはもっと節操を持つべきだ!同じ女神の聖闘士として、俺は恥ずかしいぞ!」
「いや、この蟹が同じ黄金聖闘士であるという事実だけで、私は十分恥ずかしいのだがな。」
「ホッホ、シャカは手厳しいのう。何もそこまで言うてやらんでも。」
アイオリアもシャカも童虎も。
「しかし、俺は少しお前を見直したぞ。なかなか男気のあるプロポーズだったじゃないか!」
「うむ。どうしようもなくだらしない只のスケベかと思っていたが、ちゃんと責任を取る気になっていたんだな。そこだけは褒めてやる。」
「確かに意外だった。万が一にも事実を揉み消す為にの命を狙うやも知れんと思って、さり気なくを警護していたのだが、フッ、要らぬ世話だったようだな。」
「フフッ、初めて見たよ。君が女を相手に誠意を尽くそうとしている姿。なかなかどうして、様になっていたじゃないか。」
ミロもシュラもカミュもアフロディーテも。
「てんめぇらぁぁぁぁ・・・・・・・・」
皆、人の気も知らずに好き勝手な事ばかり。
「ざっけんじゃねーぞオラァァァ!!!!!」
デスマスクの主観からすれば、そうとしか受け取れなかった。
「最初から全部知ってやがったんだなテメェらーーッ!!くっだらねぇ作戦立てやがって!!!何のドッキリだよ!?!?うっかり引っ掛かってサガの野郎に敬語とか使っちまったり、一人称『私』とか言っちまったじゃねーかこのヤロー!!」
「野郎とは何だ野郎とは!!そもそも、本来なら教皇に対しては敬語を使うのが当たり前なのだぞ!!」
「そうですよ。というより、誰に対しても言葉遣いには気を付けて当然です。」
「というか、元はと言えばお前の素行が余りにも悪いのが原因なんだろうが!!」
サガやムウやアルデバランが窘めたものの、最早デスマスクに彼等の言葉を聞き入れる冷静さは残っていなかった。
「うっせーーー!!!俺がどんだけ悩んだか知ってんのか!?3日間、メシも喉を通らなかったんだぞ!?!?」
「そうなるように仕組んだ事だ。大いに悩んでくれたようで何より。」
「シャカてめぇ・・・・・!つーかてめぇら全員、今日という今日はタダじゃおかねーッ!!覚悟しやがれ!!!」
「ぬう、逆ギレとはちょこざいな!」
「良かろう、受けて立ってやるわ!」
シャカ・カノン・ミロは臨戦態勢を取りながらも、何処か顔がニヤついている。
そして、それに釣られるようにして黄金聖闘士全員が、今にも大笑いしそうな顔で構えているではないか。
多分、いや、明らかに面白がっているに違いない。
「おっ・・・・どりゃあーーーー!!!
死にてぇ奴から前に出ろやあぁぁ!!!」
それがまた余計にデスマスクの怒りを煽り、彼はたった一人、敵陣の中へと突っ込んで行った・・・・。
その結果は、と言えば。
「デス・・・・・・、大丈夫?」
「・・・・ったりめーだろ、これしき・・・・・、がふッ・・・・・!」
散々な目に遭った、としか言い様がない。
勿論デスマスクが、である。
確かに一騎当千の鬼神の如きオーラを放っていた彼であったが、生憎と相手が同格の黄金聖闘士、しかも11人が相手では、どう頑張っても勝ち目はない。
は素早くそう予測して早々に救急箱を取りに行って来たのだが、その読みはものの見事に当たり、戻って来た時にはもうデスマスクは虫の息で倒れていた。
「無理しないで。半殺しにされてるんだから。傷の手当てしてあげるから、じっとしてなさいよ。」
デスマスクを畳み終わって帰って行った黄金聖闘士達と入れ替わるようにして、は救急箱を手に、デスマスクの側に座り込んだ。
「・・・・・・フン、手当てなんざ要らねぇよ、こんな掠り傷・・・・・痛っ・・・!」
デスマスクは大の字に倒れたままふて腐れてそっぽを向いていたが、問答無用に消毒薬を滲み込ませた脱脂綿で頬の切り傷を拭うと、ビクンと肩を跳ねさせてを睨み付けた。
「何よ、ちょっと消毒薬つけた位で大袈裟ね。」
「お前が不意打ちするからだろうが・・・・!」
「はいはい。済みませんでした。でも、元はと言えば節操無しのデスが悪いのよ。少しは反省しなさいよね。」
「・・・・・・うっせ。」
チクリと釘を刺すと、デスマスクは気まずそうな顔をしてまたふて腐れてしまった。
しかし、気まずいのはお互い様である。
確かに、事の発端はデスマスクの素行の悪さにあったが、こうなってしまっては、果たしてどちらが悪かったのか。
「・・・・・だけど、私も反省してる。ごめん、少しやりすぎたかも。多分、皆も内心そう思ってると思う。」
「『かも』じゃねぇだろ、明らかにやりすぎだ。あいつらは論外だよ。下らねぇドッキリやらかした上にタコ殴りたぁ、どういう了見だ。」
「だよね。・・・・・ごめんなさい。」
デスマスクは切れた唇を痛そうに歪めながらブツブツと文句を垂れていたが、が素直に謝ると、また気まずそうに黙り込んだ。
「でも吃驚しちゃった。まさかデスが何の疑いもなく信じ込んで、しかもそんなに悩むなんて。それに・・・・・」
「・・・・・それに?」
「・・・・・・・・あんな風にプロポーズしてくれるなんて。ちょっと本気でドキッとしちゃった、フフッ。」
作戦が終わって気が楽になったからだろうか、は今頃になって擽ったい気分に襲われていた。
いつもふざけてばかりのデスマスクが、そもそもは恋人ですらなかったデスマスクが、突然あんなにも真剣な眼差しで永遠の愛を誓ったなんて、今でも信じられない。
信じられないし、今となっては無効のプロポーズなのも承知しているが、それでもあの赤面ものの台詞の数々を思い返すと、不思議と悪い気はしなかった。
そう、悪い気はしない。
そんな風にわざと斜に構えていなければ、不覚にも浮かれてしまいそうで。
自分を戒めていないと、単純にも舞い上がってしまいそうで。
恥ずかしくて顔から火が出る思いなのに、その顔が今にもにやけてしまいそうで。
そんな自分も信じられないし、あの大胆なプロポーズと同じ位に恥ずかしい。
「ごめんね。・・・・・・・それから、有難う。ちょっとだけ嬉しかった。」
「・・・・・・ヘッ、ちょっとかよ。」
がはにかむと、デスマスクも照れ笑いを噛み殺したような表情をして、の膝に頭を預けて来た。
「でもま、おかしいとは思ってたんだよ。俺、お前と寝た事ねぇんだからさ。」
「・・・・・・・・嘘、気付いてたの!?」
「ったりめーだバーカ。確かに俺ぁ、酔っ払ってお前ん家に転がり込んだりとか良くやるけどよ、本当にお前を抱いてたら、どんなに泥酔してても絶対覚えてるからな。」
『その根拠のない自信は何処から来るんだ』と茶化そうとしたが、はそうしなかった。
いや、出来なかったのだ。
今までなら、何も考えずに笑い飛ばせていたのに。
「・・・・・・・じゃあ、どうして騙されたの?」
「さあ・・・・、何でだろな。自分でも良く分かんねぇけど・・・・・、多分、ずっとお前を抱きたいって思ってたからじゃねぇかな?」
「そんな事考えてたの?・・・・・・スケベ。」
「ヘッ。」
「大体、自信満々みたいだけど、本当にそうなったらちゃんと覚えてるの?な〜んか信じらんないな〜。」
「バーカ、言っただろ?」
少しは冷静になれるかと思い、努めて難しい顔を作り、疑わしげな目でデスマスクを睨み下ろしてみたが、逆効果だった。
「・・・・・お前は別格なんだよ。だから絶対覚えてる。」
またあの真剣な眼差しで見上げられて、また不覚にも心臓が跳ねた。
「・・・・・・・・バーカ。」
「痛っ!」
はデスマスクの頬の切り傷に、大きな絆創膏を叩き付けるようにして貼り付けた。
これが精一杯のリアクション、下手に言葉を返そうとすれば、きっと落ちかけている事を悟られてしまうだろう。
彼の女癖を矯正する為に打った芝居で本当に恋に落ちてしまっては、目も当てられない。
他の黄金聖闘士達にも何と言われるか。
「・・・・・・ヘヘッ。んだよ、照れてんのか?」
「バーカバーカ、デスのバーカ。」
「痛っ、痛ってぇなこの・・・・・・!」
しかし、もしこの次にまた不覚にもときめいてしまうような事があれば。
その時は、正直・・・・・・・・・・、自信がない。
胸の奥で燻る甘い疼きがまだ消えていない事を悟られまいと、はデスマスクの傷を突付いてふざけてみせるのであった。