天はこの俺に味方した!
が自宮・天蠍宮を選んだ時、ミロはそう思った。
そして、このチャンスを決して逃してなるものか、とも。
「これからよろしくね、ミロ!」
「なんの、こっちこそ!が俺の所を選んでくれて嬉しいよ!」
「本当〜!?」
ストレートに歓迎の意を表すミロに、は照れくさそうな笑顔を浮かべた。
「本当だとも!俺を好きだと思ってくれているから選んだんだろう?」
「あははは、まぁね〜!」
サラリと訊いた理由を、は笑いながらも肯定した。
尤も、『友人として』という意味である確率は高いが。
しかしミロにとっては取るに足りない事であった。
「ま、遠慮せずに好きに過ごしてくれよ!でも俺料理は下手だから、飯はが作った方が断然美味い物が食えると思うけどな!」
「どうだろ〜!?私がとんでもない大失敗したらどうする?」
「それはその時。けど俺はの腕を信用してるぜ。」
「ふふ、ありがとう〜。部屋貸して貰うお礼に出来る事は何でもするから、言ってね。」
「いやいや、礼など要らんさ。そっちこそ気なんか遣うなよ?俺も何でもするからさ。料理以外は。」
「あはは、OK〜!」
「洗濯でも掃除でも。」
「うん。」
「背中流しでもマッサージでも添い寝でも。」
「うん・・・・、って、ミ〜ロ〜?」
「はははは、冗談だよ冗談!」
どういう意味の『好き』かなど、問題ではない。
この同居期間中に、必ずの心を掴み取ってみせるから。
少々強引だろうが、多少ストレートすぎようが、を必ず落としてみせる。
ミロはと連れ立って、天蠍宮までの階段を上がっていった。
その階段に赤い絨毯でも敷き詰められているような錯覚を覚える位、浮かれながら。
「ふーッ、食った食った!美味かった!!」
「私もお腹一杯!!ミロに釣られてちょっと食べ過ぎたかな?」
胃の辺りを擦りながら、は満ち足りた表情で笑った。
「食器片付けるの後にしようかな?今は動きたくな〜〜い!!」
「ああ、そんなものいつでも良いさ!後で俺も手伝うから、今はゆっくりしよう!来いよ。」
「うん。」
ミロはを伴って、ダイニングテーブルからソファへと寛ぐ場所を移した。
歓談するのも良いが、今日は良いアイテムがある。
いつか機会があればと二人で観ようと用意しておいたのだが、まさかこんなに早く日の目を見る事になろうとは。
ミロはをソファに座らせて、ビデオラックから一本のビデオを取り出した。
「この間良い物を手に入れてな。是非と観たいと思ってたんだ。」
「それ何のビデオ?」
「日本の映画だ。何でも日本中が涙に暮れたという、噂の超感動映画らしいぞ。」
「へぇ〜、そんなのよく手に入ったね!こっちじゃ中々日本の映画なんて観られないのに。」
「まぁな。」
嬉しそうな顔をするに、ミロは大いに満足だった。
日本人のには、やはり日本映画が一番観やすいだろうという心遣いが見事報われたからである。
はるばる日本まで出向いた甲斐があるというものだ。
「再生するぞ。」
「うん!」
ミロはの隣に腰掛けて、リモコンのスイッチを押した。
そう、これは作戦だった。
日頃の明るいサバサバとした雰囲気では、どんな押しの一手を繰り出したところで冗談だと受け取られる恐れがある。
そこで切ないラブストーリーを観せ、甘い感傷的なムードを作るのだ。
そうすれば必ず決まる。
が感動の涙を流すその時を、ミロはじっと待った。
「うぐっ、うっ、うっ・・・・、うぉぉぉぉ!!!!」
ところがどっこい、伏線は思わぬところにあった。
確かにこの映画、噂に違わぬ、いやそれ以上に、切なく感動的な映画であった。
女性だけでなく、男性でも十分泣ける程に。
「ミ、ミロ・・・・?大丈夫?なんか号泣してるけど・・・・」
「ううっ、だ、大丈夫だ・・・・、だけど、このアキという娘が余りにも健気で・・・、ふぐぅぅッ・・・・!!」
ここまで泣いてくれたら、原作者も映画監督も本望だろうと思われる程咽び泣くミロ。
その余りの豪快な泣きっぷりに、は思いきり泣くに泣けず、黙ってミロにティッシュの箱を差し出した。
「ああ、済まんな・・・・」
想う女性を前にして甚だ不本意ではあるが、ミロは差し出されたティッシュで涙を拭ったり鼻をかんだりしつつ、それでも映画に観入った。
『策士策に溺れる』とはこの事であろう。
ややあって、映画はフィナーレを迎えた。
「済まん、・・・・、みっともないところを見せてしまって・・・・」
「ううん、全然!私もちょっと泣いちゃったし。凄く良い映画だったね!」
「ああ、これ程とは思わなかった・・・・。迂闊だった・・・・」
「何が?」
「いや、何でもない。独り言だ。」
― 俺がボロ泣きしてどうすんだよ!!
とっておきの作戦を見事己の手でぶち壊した事を、ミロは大いに後悔していた。
これではムードもへったくれもない。
当初の予定では、
泣いたをそっと抱きしめる→純愛系の話にもっていった後それとなく想いを告げる→なんだかんだ→ベッドに引き込む
という展開になる筈だったのが、これではもうその路線は無理である。
― おのれ、こうなっては少々卑怯かもしれんが、奥の手しかあるまい・・・!
愛の為ならば、男だって鬼にも蛇にもなる。
ミロはそんな意気込みで、次の作戦に取り掛かった。
ビデオを片付け、食器を片付け、濃いめのコーヒーを淹れ、ミロは次の行動に出ていた。
ただソファで執務や聖域の事についての他愛もない話をしているだけなのだが、そこに二重三重の罠が張ってある事を、は全く気付いていない。
そろそろ頃合だと踏んだミロは、さりげなく話題をすり替えた。
「そうだ。聖域といえば、知ってるか?」
「何を?」
「この聖域は今でこそ多少穏やかになったが、少し前までは違ってたんだぞ。」
「あぁ・・・・、色々闘いがあったらしいもんね。」
「うむ。まあ闘いもさる事ながら、雑兵や訓練生が起こす事件や事故も多くてな。」
「ってどういう事?」
ミロの話に興味を示し、コーヒーを飲みながら続きを促す。
乗ってきたを見て、ミロは内心拳を固く握った。
「聖闘士の特訓は文字通り命がけだから、志半ばで無念の死を遂げる連中が多く居たんだ。」
「うん・・・・・」
「事件もそうだ。元はつまらんイザコザでも、なまじっか半端な力がある故に、死に至る結果に終わる事がよくあった。」
「そ、それで・・・・・?」
の表情が、鬼気迫ったように強張る。
ミロはわざとゆっくり勿体つけて喋った。
「聖闘士を志す者は皆、何が何でも聖闘士になるという意志が強い。だから・・・・」
「だから・・・・?」
「自分がもう死んでいる事を認めず、まだ聖闘士になる事への未練を引き摺って・・・・・」
の喉がゴクリと鳴る。
最早言葉も出ぬ程恐怖しているようだ。
これでとどめだと言わんばかりに、ミロは殊更低い声で呟いた。
「・・・・・今でも時々・・・・、彷徨い出るんだ!!!」
「きゃーーーーッッ!!!!」
突然のミロの大声に、は悲痛な叫びを上げた。
「あははははは!!!」
「もーーっ、ミロ〜〜!!??酷い!!!」
「はははは、悪かった、悪かったよ!!そんなに怒んなくても良いだろ?」
「吃驚したじゃないの!!」
「済まん済まん、作り話だ!!ちょっとしたネタだよ、ネタ!」
「洒落になんないのよ!!本当っぽそうだもん・・・・」
怒鳴り散らして真っ赤な顔をしていたは、まだ背筋に残る悪寒を誤魔化そうとでもいうかのように、熱いコーヒーをカブガブと飲んでいた。
言った通りこんな話は作り話なのだが、この反応だと成功と呼べるだろう。
多少罪悪感は感じるが。
「まさか!本当に作り話だって!」
「本当〜〜??それも嘘とか言わないよね?」
「ああ!それに、もし万が一出たとしても、俺が追い払ってやるから安心しろ!」
「まっ、またそんな怖い事言う!!一人で眠れなくなっちゃうでしょーー!!??」
それが目的なのだから当然だ。
ミロは内心ほくそ笑みながら、話を終わらせた。
それから間もなくして互いに風呂などを済ませ、今日は休もうという事になったのだが。
「っかしいな・・・・。こんな筈じゃ・・・・」
ミロはリビングのソファで横になりながら、一人ぼやいていた。
結局事は思惑通りに運ばず、は一人でミロの寝室に引き上げてしまったのだ。
は多少多少ぎくしゃくしていたが、眠れなさそうな感じではなかった。
怪談の恐怖とカフェインの力は、思った程大したものではなかったのだろうか?
予想では、が眠れないと騒ぎ、ベッドに付き合う事になるだろうと踏んでいたのだが。
「くっそ・・・・、今日は失敗か・・・・・」
一つ所で共に眠るという目的が達成出来ず、ミロは少々がっかりしながらも眠ろうと瞳を閉じた。
今日のところは失敗でも、また明日もあれば明後日もある。
そんな風に自分をフォローしながら。
だが。
「ミロ・・・・・?」
足音を忍ばせてリビングに入って来たを見て、ミロの心に再び希望の火が灯った。
ミロは身体を起こし、嬉しげな声にならぬよう極力感情を抑えて返事をした。
「・・・・?どうした?」
「どうしたもこうしたもないわよ!やっぱり眠れないじゃないの!!」
「す、済まん!だがあれは作り話だから、安心して・・・」
「作り話でも何でも怖いものは怖いの!!ちゃんと責任取ってよね!!」
「責任?って、どういう風に?」
「・・・・・・・一緒に寝て。」
たかが作り話の怪談如きで情けないとでも思っているのか、は恥ずかしそうにそっぽを向いているが、ミロは思わず満面の笑顔で頷いた。
「分かった!じゃあ責任取って、が怖くなくなるまで一緒に寝てやる。」
「・・・・・絶対よ?」
「ああ、絶対だ!よし、早速寝るとするか!さあ行こう!」
「・・・・・なんかやけに嬉しそうね?」
「とんでもない、そりゃ気のせいだ!俺の心は申し訳なさで一杯だよ!!それ行こう!」
「本当かな〜〜・・・・」
多少訝しそうな表情を浮かべるの肩を抱き、ミロは軽やかな足取りで寝室へと向かった。
次なるステップを考えながら。