「それで、明日のスケジュールだが・・・」
「あ、聞いてる聞いてる。午後から慰問に出るんでしょ?」
「うむ。済まんが私の留守の間に、全員分の報告書を揃えておいてくれ。明後日の朝迄に目を通して女神にお送りせねばならんのだ。」
「了解。」
まるで打ち合わせのようだが、ここは執務室でも会議室でもない。
ついでに言えば、終業時間はとっくに過ぎている。
「もしグズグズしている奴がいたら、遠慮なく尻を叩いてやってくれ。何なら私の名を出して脅しても構わん。」
「あはは、それは効きそうねー!」
「頼んだぞ。それと・・・」
「いい加減にしろ、サガ。」
憩いの一時には余り相応しくない会話を延々と繰り広げるサガを、カノンがうんざりした顔で止めた。
何を隠そうここは双児宮のリビングで、今は就寝前のささやかな酒盛りの最中なのである。
「今日の執務は終了だ。プライベートタイムぐらい、もう少し気の利いた話題を提供しろ。」
「済まん、折角が居るからと思うとつい・・・」
「その『折角』の方向が間違ってるのだ。この朴念仁が。」
呆れた表情のカノンと、面目なさそうなサガ。
その二人を前にして、はさも愉快そうに笑った。
「、気をつけろよ。この分じゃサガに四六時中執務をさせられる羽目になるぞ。」
「あはは!それはちょっと勘弁して欲しいところだけどね!」
「いや、そのような事はしない!私とて生活のメリハリぐらいはつけているつもりだ。それよりカノンにこそ気をつけろ。くれぐれも隙を見せるんじゃないぞ。」
「はいはーい、了解!」
それぞれに言いたい事を言う二人に挟まれ、は楽しげにグラスを傾けた。
その中身が飲み干されたのを見計らって代わりを注いでやりながら、カノンは先刻から感じていた小さな疑問を口にした。
「しかし、何故この双児宮を選んだんだ?」
「何で?」
「別に理由はないが、少し訊いてみたくてな。」
「う〜〜ん、単純なんだけどね・・・・」
は何気なくグラスの中身を揺らしながら、問いかけてきた二人に答えた。
「二人と居ると楽しいから、かな。」
「フッ、また随分単純だな。」
「だから言ったじゃない。それにね、二人を見てたら飽きないの。観察しがいがあるっていうか。」
「「そうか?」」
自分達の何がそんなにの興味を惹くのか分からないサガとカノン。
揃って首を傾げる二人に、は大きく頷いてみせた。
「そうよ!何気ない事でもね、じっと見てると良く似てるの!そういうのを発見するのが楽しくてさ〜!」
「そんなに似ているか?私はそうは思わんのだが・・・・。姿形の事なら否定出来んがな。」
「俺もそう思う。少なくとも、俺とこいつの性格は全く似てないぞ。」
「そうかなぁ?」
にんまりと笑いながら、は目の前の皿を指差した。
「見て。」
「「何だ?」」
「性格は違うかも知れないけど、少なくとも味の好みは同じみたいよ?」
皿の上にはチーズやクラッカーなど、様々なツマミが載っているのだが。
その内の特定の何種類かが、早くも既になくなりかけている。
それを認識したサガとカノンが、今初めて気付いたように揃ってぽかんと口を開けた。
「「あ・・・・」」
「ね?」
自分の説が立証された学者か、はたまた分析が見事命中したプロファイラーか。
多少(かなり)大袈裟だが、はそんな気持ちで満足げに微笑んだ。
「いや、参ったな。全く気に留めた事などなかった。」
「ああ、言われて初めて気付いた。」
「あなた達二人、やっぱり何だかんだ言っても良く似てるわよ!」
屈託なく笑うの前で、二人は口をへの字に曲げた。
特別不愉快という訳でもないが、別段嬉しくもない。
そんな微妙な気持ちになったからである。
それぞれのグラスも空いたところで、酒盛りはお開きになった。
元々寝酒程度のつもりだったので、三人ともそれ程飲んでいない。
まだ十分に理性を残したまま、三人は各々の寝室に引き上げた。
夕食の席で散々モメながら取り決められたその部屋割りは、以下のようなものだった。
サガの部屋に。
カノンの部屋にサガ。
リビングにカノン。
これが三人の同居生活第一日目の部屋割りで、二日目以降は、サガとカノンが『カノンの部屋/リビング』を一日ずつ交互に使用するという方向で決定した、のであるが。
― しまった・・・・
サガは早くも後悔していた。
「ううむ・・・、やはり私がリビングで寝るべきだったか・・・・・」
やたらと何度も寝返りを打ち、一人苦悩するサガ。
部屋の主に申し訳ないとか、そんな理由ではない。
双児宮の部屋のドアは、分厚い板で出来ているのだ。
それを閉めてしまえば、外部の様子は分からない。
「カノン・・・、よもや私の目が届かぬのを良い事に、に夜這いでも仕掛けているのでは・・・・!」
不吉な予感が頭をよぎる。
そんな状態で寝付ける筈もなく、サガは上掛けを跳ね除けて、勢い良く立ち上がった。
その頃、ほぼ時を同じくして。
― しまった・・・・
カノンもまた、早々に後悔していた。
「ううむ・・・、やはり部屋を明け渡したのは失敗か・・・・・」
寝たまま紫煙を吹き出し、一人苛々するカノン。
リビングのソファが寝心地悪いとか、そんな理由ではない。
リビングは、自分達の私室とは若干離れているのだ。
角度によっては、壁や棚が邪魔をしてその方向が見えない。
「サガ・・・、まさか俺を遠ざけておいて、の寝込みを襲っているんじゃ・・・・!」
良からぬ想像が膨らむのを抑えきれない。
そんな状態で寝付ける筈もなく、カノンはまだ長い煙草を灰皿に押し付けて、ソファから跳ね起きた。
廊下は暗く、誰も居ない。
「サガめ・・・・、まさかもう・・・・」
既にの部屋(※本来は彼の部屋)に押しかけた後かもしれない。
何の物音も聞こえないのが、妙に緊張感を高める。
いっそ何か聞こえてくれば、即座に突入出来るのだが。
カノンは、の部屋の前でじっと聞き耳を立てた。
とその時、いきなり強大な小宇宙を感じた。
ドアに張り付いて外の様子に気を集中させてみるが、何も感じられない。
とその時、微かな音と共に誰かの気配を感じた。
「おのれカノン・・・・!」
やはり不安は的中した。
サガは殺気をみなぎらせて、蹴破りそうな勢いでドアを開けた。
「カノン!!」
「サガ!!」
繰り出された拳と、それを受ける掌。
そのどちらにも、等しくダメージが加えられた。
「「くっ・・・・・!」」
ひとまず身を引いて、相対する二人。
「カノン・・・・、こんな所で何をしている?」
「お前こそ、こんな夜中に何処へ行く気だ?」
パジャマ姿で睨み合う兄と弟。
その中間で火花でも散りそうな勢いだ。
だがそれだけで留め置いたのは、両者の頭の中に、もう寝ているかもしれないへの気遣いがあったからである。
「この私が居る限り、に妙な真似はさせんぞ。」
「ほざけ。その善人ぶった面はやめろ。お前の考えている事などお見通しだ。」
二人はもはや、互いに相手を獣扱いしている。
が事の次第を知れば、見事なまでに同一思考だとまた笑うであろう。
だが生憎と、いや幸いに、と言った方が良いであろうか。
は起きてはこなかった。
「カノン、貴様の寝床はリビングだろう。さっさと戻れ。」
「ふざけるな。お前こそ部屋へ戻れ。折角貸してやったんだからな。」
「貴様がリビングへ戻れば、私も部屋に戻る。」
「お前が戻るのを見届けてからだ。そうすれば、俺もリビングに戻る。」
両者、頑として譲らない。
そんな一触即発ムードのまま、無駄に時間だけが過ぎていった。
そして翌朝。
昨夜の件の渦中にあった人物は、何も知らずに爽やかな朝を迎えた、のだが。
「あれ!?」
鍵など掛けていないのに、何故かドアが開かない。
何かにつっかえているようだ。
「何なの!?う〜〜〜っん・・・・!!」
は、渾身の力を込めてドアを押し開けた。
すると、そこには。
「サガ!?カノンも!何なの・・・・?」
仲良く寄り添って座り込み、ドアにもたれて眠る二人の姿があった。
「こんなとこで寝ちゃって・・・・。何してんの?」
昨夜の事を何も知らないには、このいきさつを察する事は不可能であった。
それにしてもこの二人、寝姿も寝顔もまさしく瓜二つである。
「ぷくくっ、ホントそっくり!にしても、何だかんだ言って仲の良い兄弟よね〜。」
本人達が聞いたらがっくりと肩を落としそうな程のどかなオチをつけて、は二人を起こしにかかった。
ちなみにそんな朝は、が双児宮に居候をしている間、毎日のように続いた、らしい。