お家がない!?

― 磨羯宮編 ―




なんだかんだで事が片付けば、空はもうすっかり闇色に染まっていた。
暗くなった十二宮の階段を上っていくのは、シュラと
この二人である。



「ホントごめんね、シュラ。押しかけちゃって。」
「いや、構わん。どちらかと言うと詫びねばならんのはこっちの方だからな。」
「そんなのいいよ〜、仕方ないじゃない。事故なんだし。」
「そう言ってくれると助かる。家は・・・、そうだな、まあ二週間もあれば直るだろう。少しの間不自由だろうが、俺の宮で我慢してくれ。」
「とんでもない!こっちこそ宜しくね!」

謙虚な会話を繰り広げながら、それでもシュラとは楽しげに階段を上がっていった。
どちらかというと寡黙な部類に入るシュラだが、今日はやけに饒舌である。
またも、例の事態を災難と割り切り、シュラとの同居生活を楽しむ心積もりでいた。

そんなこんなで二人はシュラの宮・磨羯宮に到着したのだが。



「おお、そうだ。ちょっと待っててくれ。」
「どうしたの?」

宮に着いたは良いが、シュラは中に入らず裏手へ回ろうとした。
宮の裏などあまり行った事はないが、何かあるのだろうか?
何が何だか分からないが、もひとまず後を追う事にした。

「何かあるの?」
「ん?ああ、いやな、最近どうも隣の宮から寄せてくる寒波が強くてな、湯の出が悪いんだ。」
「隣の宮?ああ、カミュのとこ!あはは、寒波って!!」

シュラの物言いにウケて笑ったは、同じく笑っているシュラの手元を何気なく見守っていた。
壁にくっついているこの四角い機械が、多分室外型の給湯器なのだろう。
シュラはその給湯器から伸びている管についている栓を、懸命に捻ろうとしている。

「その栓、毎日開け閉めしてるの?」
「いや、元は開け放してあるんだが、最近は一応閉めるようにして・・・・くそっ、やはり今日もか!」
「今日もって、どうなってるの?」
「凍ってる。そろそろ苦情でも言いに行かねばならんな・・・・

という事は、毎日栓が凍っているのだろうか。
勿論カミュとて悪気はないだろうが、毎日これでは流石に大変そうだし気の毒だ。
かといって手伝える事など何もなさそうで、は忌々しそうに歯を食い縛りながら力任せに栓を捻るシュラを応援する事に徹していた。

「頑張って、シュラ!」
「くっ・・・・、今日のは頑固だな・・・・!」

流石黄金聖闘士の凍気で凍りついた栓は頑丈である。
あのシュラがこれ程必死になっている様を、は初めて見た。
だがシュラとて同じ黄金聖闘士。
やってやれない事はない。

「くそっ・・・・・!これで・・・・どうだぁぁ!!!

頬を紅潮させたシュラの怒号が轟いたその刹那。


ブシッ、ブシューーッ!!!!


という、実に涼しげな水飛沫音が響き渡り、迸る水柱は一直線にへと向かっていた。





キュッ。

シャワーの栓を捻り、はふう、と息をついた。

「今日は厄日かしら・・・・」

そう思うのも無理はない。
先程のシュラの渾身の一撃が給湯器のパイプを引っこ抜き、噴出した水を豪快に頭から浴びる羽目になったのだ。
そのパイプは綺麗に抜けていたのもあり、何とかシュラが修理をして事無きを得たのだが。
とにかく湯が無事出ただけでも不幸中の幸いだ。
でなければ、確実に風邪を引いていたであろう。

「あ〜〜、でもどうしよう・・・・・」

浴び終わったにも関わらず、はまだ浴室で所在無げに立っていた。
その訳は、ある意味風邪を引くよりタチの悪い事であった。

濡れたのは身体だけではない。
その時着ていた服や下着は勿論、鞄の中までぐっしょりだった。
つまり、鞄の中に入れていた着替えも軒並みアウト、という事である。

着替えはシュラが貸すと言ってくれたが、一体下着はどうするつもりなのか?
そこが一番の問題なのに。

だがいつまでも浴室で佇んでいる訳にもいかず、は観念して浴室を出た。





ともかく着替えを済ませたは、シュラの待つリビングへ赴いた。

「シュラ・・・・」
。上がったのか。」
「うん。あ、これ、有難うね。」

は着ている服、黒い薄手のトレーナーとグレーのコットンパンツを指差して礼を言った。
袖や裾は折り返さねばならない程長く、肩も多少ずり落ちているが、部屋で過ごすには一応不自由はない。
そう、あくまで『一応』であり、気になる点はあるのだが。

「いや、構わん。それより済まなかったな、。俺の不注意で・・・」
「ううん、シュラが悪いんじゃないから気にしないで。私があんな所にボーッと立ってたのが悪いんだし。それより、やっぱりシュラの服大きいね。」
「はは、そのようだな。一番小さめの物を選んだんだが、随分裾が余っている。」
「でしょ?」

呑気な会話を交わしているが、笑顔は互いにぎこちない。
理由は、その『気になる点』であった。

「あの・・・・それでね、シュラ?」
「・・・・・なんだ?」
「あの、この服・・・・、直接着て構わなかったの・・・・?」

は心持ち頬を染めながら、言い難そうに尋ねた。

は、シュラの服を素肌の上から直接着ている。
ブラは勿論、ショーツすら着けていない状態で。
置かれていた着替えを見た時に下着がなく、動揺したのは言うまでもなかったが、まさか素っ裸で出る訳にもいかない。

という事で、仕方なしに服だけを着て出てきたのだが、果たしてそれで良かったのか、一応訊いておこうと思ったのだ。



「あ・・・いや、その・・・・済まん・・・・」

一方、訊かれた方のシュラは、これまた赤い顔で言い訳を始めた。

「その、決して妙な意味ではないんだ!下着など貸すのは却って失礼かと思って・・・、ここには俺のしかないし、せめて新品でもあれば良かったのだが、それも生憎・・・・」
「そ、そっか、ごめんね、なんか変に気を遣わせちゃって!」
「いや、良いんだ!俺の方こそ気が利かずに・・・・悪かった!」

互いに赤い顔で謝り倒している内に、どちらからともなく笑いが零れた。
そのままひとしきり笑い、涙すら滲んだ顔をようやく何とか元通りに戻すのにはゆうに5分程要した。


「あはは、あ〜あ・・・・、ホント今日は何なんだろ!」
「ははは、ついてないな、!」
「シュラもね。」
「全くだ。じゃあついてない者同士、最初の晩餐といくか!」
「賛成〜〜!」

ひとまずそこで話は一旦終わり、二人は出だしからトラブル続きの同居生活のスタートを祝して、夕食の準備を始めた。





そんなこんなで無事夕食も済み、腹も膨れてみれば。
また二人の頭を過ぎるのは、先程の事であった。

「どうしよう・・・・・」
「うむ・・・・・」

軽く食後の酒などを飲みながら、二人は苦悩していた。

「洗濯は明日の朝一番にするとしても・・・・・、それでも乾くのは明日の夕方だな。」
「つまり、明日私の着る服がないって事よね・・・・」
「明日は休みじゃないのか?」
「違う。思いっきりフルタイム。」
「そうか、困ったな・・・・」
「どうしよう・・・・・」
「うむ・・・・・」

またしても会話が振り出しに戻る。
どうしようと言い始めてかれこれ10分程経つが、未だ二人には妙案が浮かばなかった。

「服ぐらいはいくらでも貸すが・・・・、多少不恰好になるのさえ我慢してくれればな。」
「いや、それは良いのよ。」

袖と裾を折り返して、ベルトで締めれば何とか身体に合わせる事は出来る。
確かに不恰好には見えるだろうが、それはこの際言っていられない。
ただ。

「でも下着がね・・・・」
「だな・・・・・」

目下のところ、これが一番のポイントである。

「濃い色だと目立たないんじゃないか?今貸している服ぐらいの色なら大丈夫だろう?」
「色はね。でも・・・・」
「でも?何だ?」
「その・・・・・、浮かないかな?」

恥ずかしそうに呟くの言葉をようやく理解したシュラは、何となくから目を逸らした。
恐らく、今が着ているような黒いトップスなら目立たないだろう。
だが何かの拍子に胸の先端が浮き出てきて、人の目に付く事があるかもしれない。

日頃はナンセンスに感じていた乾燥機だが、今日程買えば良かったと思った事はない。
どう考えても過剰な贅沢である気がして、決して買わないと心に決めていたが、今直面している問題が解決するのならその誓いを破っても構わない。
尤も、今破ったところで町の電気屋はとうに閉店している時間である為、結局何の意味もないのだが。


「な、ならばどうするんだ・・・・?」
「どうしよう・・・・、シュラ、ブラなんか持ってないよね?」
ブッ・・・・!も、持ってる訳ないだろう!!??

アイデアに困窮するあまり、とんでもない事を口走ったに、シュラは飲みかけていた酒を思いっきり吹き出した。
言った当人はシュラにティッシュを差し出しつつも、憂いを帯びた表情で溜息をついている。

「だよね・・・・、はぁ・・・・・」
「ゴホッ、ゲホッ!はぁ・・・、全く、何を言い出すかと思えば戯けた事を・・・・
「ごめん・・・・」
「しかし・・・・・そうだ!」
「え、何!?何か良い事思いついた!?」
「要はソコを隠せば良いんだろう!?ブラジャーはないが絆創膏ならある!それを貼れ!それしかない!」
「あ、その手があった!シュラあったま良い!!」
「だろう!胸はそれで大丈夫だな!!」

嬉しそうな表情で言うには、というか真剣に話し合うには余りにも恥ずかしすぎる内容である事ぐらい、百も承知している。
だがシュラは、思わず満足げな笑顔を浮かべてしまった。
何しろ今回の事は自分の不注意だと思っている故、責任を取ろうと懸命になっているのだ。





「とにかく、これで一段落だ。」
「そうだね。」
「下の方はまず気付かれまい。上さえ固めておけば万事大丈夫だ!」
「うん!有難うシュラ!服は全部ちゃんと洗って、あ、新品で返した方が良いね。」
「いや、別にそこまで気を遣わなくても良い。俺は気にせんからお前も気にするな。」

明日の執務に当たっての服装の事で悩みすぎた余りすっかり忘れていたが、貸した服は全ての肌に直接触れる事になる。
今更ながらそれを思い出したシュラは、小さく息を呑んでを見つめた。


ずり落ちた肩から覗く、白い首筋。
いつもなら平坦になるトレーナーの胸も、今は二つの小山を作っている。
自分とて男なのだ。正直心惹かれる。
の事は、密かに憎からず想っているから。

よくよく考えれば、今回の件は関係を発展させる為の又とない機会かもしれない。
いきなりのアクシデントで大騒動して、がこの磨羯宮を選んだ理由を訊きそびれたが、12人(うち1人は兄とセットだったが)の中からわざわざ自分を選んだのだ。
普通に考えれば、の方も悪くは思っていないだろう。



「どうしたの、シュラ?」

じっと黙ったままの自分に気付いて、は首を傾げている。
肩を軽く叩くこの手を捉えて、いっそ今ここで告げてしまおうか。
この想いを。

「シュ〜ラ?シュラってば!」

この手を掴んで口付けたなら。
そうすれば、もうきっと止まらない。
今でも十分理性が決壊しそうなのだから。

・・・・・」
「シュラ?」

手首を掴まれたが、不思議そうな顔をしている。
もう止まらない、止められ・・・・






あーーーっ!!!
「な、何だ!?」
「どうしようシュラ、もう一つ問題があるの!!」
「まだ何かあるのか!?」
「明日デスも一緒なの!シュラの服着て行ったら絶対尋問される!!
何ぃ!?それを早く言え!!また振り出しに戻ったじゃないか!!」
「どうしよう、シュラ!?」
「チッ、奴に目を付けられたら厄介だな、下着がない事までバレかねん・・・・。仮病で休むか、いや、それだと余計妙な勘違いをしてここに乗り込んで来そうだな。」
「来そうよね・・・・」
「俺も休みを返上して明日執務に出るか。そうすれば、もし奴が妙な真似をしたら即座に斬り殺せる・・・いや、それならいっそ今夜のうちに仕留めてしまうか・・・・
それは過激すぎ!!



・・・・・止めるしかない。
折角のムードがぶち壊されたのだから。

― 今日は厄日だ・・・・


と共に再び悩みながら、シュラは内心で肩を落としたのであった。




back   選択top



後書き

今更の告白ですが、実はこのシリーズ、いずれも割と製作難でした。
そんな中で最もスラスラ書けたのが今作。
今作は最もスムーズに書け、最も下らないネタであった一品です(笑)。
つまりアレですかね?
ネタが下らない程頑張れるって事??(←もっとちゃんと頑張れよ)