『この数日以内に、必ずお前をモノにしてやる。』
が巨蟹宮にやって来た早々、デスマスクはこう宣言した。
そして。
「まだメシにするにも早ぇしな。」
「うん。」
「軽く一発ヤるか?」
「・・・・・・」
「この皿はそっちにしまっといてくれ。」
「おっけー。」
「今風呂も沸かしてるからよ。沸いたら入れや。」
「先に良いの?」
「まあな。何なら一緒に入ってもいいぜ?」
「・・・・・・」
「ふ〜、良いお湯だった。」
「おい。」
「うわっ!な、何よ!?」
「そんな睨まなくても良いだろが。俺も早く入りてぇんだよ。」
「もうちょっとだけ待ってよ!まだ私こんな格好・・・・!」
「ほ〜、なかなか良いじゃねぇか、そのブルー。ん、合格。・・・・何だよ?そんなに俺様のパーフェクトボディーが見たいか?」
「・・・・・・」
その宣言に違わぬ不埒な言動を取り続けた。
その結果。
「大体ね〜、アンタは何でいっつもそんなイヤラシイの!?」
テーブルにずらりと並べた1クォートパックのままのアイスを、デスマスクと二人でつつきながら、は小言の嵐を炸裂させた。
その声と表情の割には、平和な光景である。
「別に何もしてねぇだろがよ。いきなり襲い掛かった訳じゃあるまいし。」
「当たり前でしょ!そんなの論外よ、論外!」
「まーまーそうカリカリすんなよ。ほら、こっちのチョコ食うか?」
「食べる♪」
デスマスクに差し出されたスプーンを嬉しそうに口に入れてから、はまた険しい表情を浮かべた。
「んんっ、ゴホン!とにかくね、洒落になんない真似したら即出て行くからね!」
「へっ、何言ってやがんだ。そもそもテメェが俺んとこを選んだくせに。」
「それはアンタがすっごい目付きで脅してきたからでしょーが!!」
「そうだったか〜?ほらほら、フローズンヨーグルトもあるぜ?」
「食べる♪」
がデスマスクのセクハラに免疫があるように、デスマスクものあしらい方を熟知している。
苦い小言を発する口に、騙し騙し甘いアイスを詰め込み、瞬く間に懐柔してしまった。
― チョロいもんだぜ。
幸せそうにスプーンを口に運ぶを横目で見ながら、デスマスクは勝利の笑みを浮かべた。
だが、これまでの事はほんの茶番。
勝負はこれからであった。
「ところでよ、テメェの寝床なんだが・・・」
「別に何処でも良いよ。」
まずは予想通りの答えが返ってきた。
「ほ〜う?だったら俺と一緒で良いな?」
「だ〜か〜ら〜!デスは何でそう変な方向にばっかり・・・!」
「何処でも良いって言ったじゃねえか。」
「や、でもそれは・・・!」
「グダグダ言うんじゃねえよ。家主様は誰だと思ってるんだ?」
「くっ・・・!何その卑怯な言い方!」
「卑怯?よーし、だったら勝負で決めようじゃねえか。」
「勝負!?」
思いっきり疑わしそうな顔をするにニヤリと笑いかけて、デスマスクはズボンのポケットを探った。
そして取り出したのは。
「こいつで勝負だ。これなら公平だろ?」
「コイン?」
「いくぜ。」
まだ了解の返事もしていないの目の前で、デスマスクはそれをピンと真上に弾き上げた。
放り上げられたコインはくるくると空中で回転し、落ちてきたところをデスマスクの左手の甲で受け止められた。
「表か裏か?」
「うう・・・・、裏!」
「裏で良いんだな?」
「うぁ・・・、待って、やっぱり表!」
「表か。それで良いんだな?」
「あぁぁ・・・・、やっぱり裏!」
「よし。じゃあ俺は表だ。もう変更はなしだぜ?」
「うぅ・・・・」
含みのある目線でフェイントをかけ、焦らせに焦らせた挙句、デスマスクは左手の甲を押さえていた右手をそっと退かせた。
「いつまでむくれてんだよ。公平な勝負の結果だろうが。」
「だって・・・・」
勝ち誇った笑みを浮かべるデスマスクと、憮然としたが、一つのベッドに寝ている。
勝敗はこの状況だけで一目瞭然であろう。
「ま、いい加減諦めろや。」
「冗談言わないでよ!いい、変な事したらコレだからね!?」
はニヤニヤと笑うデスマスクの目の前に、目覚まし時計を突きつけた。
どうやらそれで武装したつもりのようである。
仮にそれで力一杯殴られても、デスマスクとしては全く問題ないのだが、その必死さが可笑しくて、デスマスクはわざと茶化して怖がってみせた。
「おお怖ぇ怖ぇ。そんなモン振り回すんじゃねえよ。」
「じゃあそうならないように気をつけなさいよね。」
いつでも手が届くところに目覚まし時計を鎮座させて、はデスマスクに背を向けた。
「オイ、もう寝るのか?」
「寝るわよ。デスも早く寝なさいよ。」
「バーカ、俺は宵っ張りなんだよ。こんな時間に寝られるかよ。」
時刻は夜の11時半を回っている。
特別遅くもないが、かと言って早すぎるという時間でもない。
それを宵の口の如く言ってのけるデスマスクに少々呆れつつも、は適当な思いつきを口に出した。
「じゃあTVでも観てきたら?」
「つれねぇ事言うなよ。」
喉の奥で笑って、デスマスクはの肩に手をかけた。
だがそれと同時に、の手も目覚まし時計にかかる。
「おっと!物騒だな〜!」
「さっき言ったばかりでしょ!」
「ちっ、そんなに警戒すんなよ。」
「気を緩めたらヤられるでしょ。オヤスミ。」
目覚まし時計を握ったまま、は上掛けに潜り込んでしまった。
― 上等じゃねえか・・・・
デスマスクは、隣の上掛けの膨らみに不敵な笑みを投げ掛けた。
長期戦。
それから以降の事態は、正にその言葉が相応しかった。
何分かおきにそっと手を出しては、目覚まし時計の応酬を喰らう。
だが懲りずにまた挑戦する。
何処まで本気か分からないが、少なくとも面白がっている事だけは確かだ。
当然だが、その度には不機嫌になった。
それでも最初のうちは何とか寝付こうと頑張っていたのだが、それにもとうとう限界がきてしまった。
「も〜〜・・・、今何時よ・・・・、ほらぁ!もう1時半じゃないの!」
「お、もうそんな時間か。」
「『そんな時間か』じゃないでしょ!・・・・、分かった。そんなに眠れないんなら・・・」
「何だよ?」
「話をしましょ。」
そう言って、はデスマスクの方へ身体を向けた。
「あとねぇ・・・、そうそう。こないだ書けって言われてた報告書、あれ出来上がってんの?」
「いや・・・、まだだ。」
「まだってねぇ・・・、あれは来週・・・、え〜と、そうだ・・・星矢に渡さなきゃいけないのよ?」
「っていうかよ、話は良いけど、何で執務の話なんだよ?」
「執務の話だったら、デスの頭が冷えるでしょ?『ダリィ』とか言ってすぐ寝ちゃうじゃない、いつも・・・。」
「お前の方がまずヤバいだろ。青銅の小僧に報告書を提出してどうすんだよ・・・。」
デスマスクは、呆れたようにを見やった。
そう、その固い話題は、まず真っ先にの頭をノックアウトしていた。
もう既に夢の中に片足を突っ込んでいるのが、はっきりと見てとれる。
「当たり前でしょ・・・・?青銅の小僧の話なんかしてるんじゃないのよ。とにかく明日中には仕上げてくれないと・・・・なんだっけ・・・、あ、そうだ、ロドリオ村の人だって待ってるんだし・・・・」
「分かった分かった、明日には仕上げるからよ。もういいから黙れ。とっとと寝ろ;」
「ん・・・・」
話せば話す程、訳の分からない言葉が次々と飛び出してくる。
もう末期状態だと踏んだデスマスクは、ぞんざいな返事でもって会話を強制終了させた。
適当極まりない口約束だったが、それでも意識が半分以上飛びかけているには通用したらしい。
納得したように口籠って、それから間もなく安らかな寝息が聞こえてきた。
「ったく、テメェが先に潰れてどうすんだよ・・・」
すっかり己の策に溺れてしまったの寝顔を見ながら、デスマスクは溜息をついた。
「まだこんなモン持ってやがるし・・・」
ふと見れば、その手にはまだ目覚まし時計が握られている。
デスマスクはそれをそっと取り上げて、サイドテーブルの上に置いた。
手の内にあるものを取られても、全く気付いていない。
規則正しく上下する胸と、ぴったりと閉じられた瞼は、その眠りの深さを物語っている。
これは正にチャンスだった。
「ったく、あれだけギャーギャー騒いでた割には、全然警戒してねぇなコイツ。」
デスマスクは、仰向けで眠るの上にそっと覆い被さった。
あの『宣言』を遂行させる為に。
だが。
「ん・・・・・」
まだ何かを握ったままのような、半開きの手にそっと触れた時。
既に力を失っている筈のその手が、デスマスクの指を握り締めた。
一瞬起きたのかと思ったが、そうではない。
握った瞬間の力は、瞬く間に抜けてしまったのだから。
「・・・・・」
引き抜こうと思えば、そう出来る。
無防備に眠るこの身体を抱こうと思えば、そう出来る。
だが、デスマスクは小さく笑って、その隣に身を横たえただけだった。
「・・・まあ、今夜のところは勘弁しておいてやるよ。時間はまだたっぷりあるしな。」
言い訳がましい言葉を眠るに投げ掛けて、デスマスクは瞳を閉じた。
柔らかい手の中に、己の右人差し指を預けたままで。
星の数程の女を抱き慣れている彼でも、こんな擽ったい気持ちには慣れていなかった。
― 随分ヤキが回ったもんだな。こんな事で参っちまうなんてよ・・・。
思いとは裏腹に、満更でもなさそうな笑みを浮かべると、デスマスクは繋がれた手の温もりに吸い込まれていった。
そして翌朝。
「キャーーーッ!!」
「いってーー!!何すんだテメェ!」
「それはこっちの台詞よ!なんで人のパジャマの中に手ェ突っ込んでんのよー!」
「知らねぇよ!わざとじゃね・・・、いってェ!!」
同居生活二日目の朝にして、早速両頬に紅葉を咲かせたデスマスクが、見事宣言どおりをモノに出来たかどうか、それは定かではない・・・・・。