「あっ、お姉ちゃん!」
「貴鬼〜!お邪魔するわね!」
「貴鬼、しばらくがうちに住む事になりましたから、宜しく頼みますよ。」
「はい、ムウ様!!やったー!!」
しばらくが寝食を共にすると知って、貴鬼ははしゃぎ転げた。
彼はが大好きだからである。
「お姉ちゃん、荷物貸しなよ!オイラが片付けてきてあげる!」
「本当?有難う〜!じゃあお願いしても良い?」
「うん!」
言うが早いか、貴鬼はの手からバッグを取り上げて駆けて行ってしまった。
大方寝室にでも運んだのだろう。
無邪気にはしゃぐ彼の様子を、ムウとは微笑んで見送った。
それからしばらくして、はせめてもの礼にと夕食を拵えた。
三人で囲むテーブルは温かく、居心地が良い。
普段ならば適当に切り上げて作業に戻るのだが、今日は師弟共になかなか動こうとしなかった。
「ねえねえお姉ちゃん!何かして遊ぼうよ!」
「良いけど、何する?」
「遊具と言えば、うちにはカードぐらいしかありませんよ。」
「トランプ?えーー!そんなの駄目よーー!」
「どうしてぇ?」
「だって二人とも超能力者じゃない!そんなの絶対私が負け続けるもの!」
ふざけて拗ねてみせるに、ムウは苦笑した。
そんなイカサマなどするつもりはなかったのだが、なるほど、そう思われても仕方がない。
「ならば何が良いですか?」
「そうねぇ・・・・」
「あっ、そうだ!オイラ良い事思いついちゃった!」
「何?」
「占いしてあげるよ!ねっ、ムウ様!良いでしょう!」
「そうですね・・・・」
最近、ムウは貴鬼の能力を磨く一環として、タロットカードを授けていた。
先々に起こる事を予測出来る能力を磨けば、貴鬼がいずれ聖闘士となった時に役立つだろうと踏んだからだ。
ただ、貴鬼は元々強い能力を持っている。
故に、悪戯な気持ちで自分や他人の生死に関わるような内容を占ってはいけないと、常日頃言い聞かせていたのだが。
「・・・・良いでしょう。但し・・・」
「はぁい、分かってます!」
軽い遊び程度の内容ならばと、ムウは許可を出した。
貴鬼も良く弁えているのか、その辺は問題ないようであった。
「・・・・出たよ。お姉ちゃんがこの間買った宝くじはね・・・」
「うん・・・・」
「多分当たるよ。」
「嘘っ!?本当!?」
「うん。でもそんなに大きな金額じゃないみたいだけどね。へヘヘッ。」
「・・・・なぁ〜んだ!」
無邪気に笑い合うと貴鬼。
ムウは横からそれを微笑ましく見守っていた。
「残念でしたね、。でも占いは100%確実なものではありませんから。」
「そうよね!もしかしたらバーンと1等!って事もあるかも知れないもんね!」
「ええ。その逆に、末等の可能性も否めませんけどね。」
「うっ・・・・、それは言わないで・・・・。切なくなるから・・・・。」
泣き真似をしてみせる。
それを見た小さな占い師は、きゃらきゃらと声を上げて笑った。
「じゃあ、次は何を占う?」
「そうねぇ、何が良いかな・・・・。そうだ、ムウは?何か占って貰ったら?」
「いえ、私は結構。」
「あっ、そうだ!オイラ良い事思いついちゃった!」
またしても同じ台詞を口にした貴鬼に、大人二人の視線が向けられた。
「何?」
「何ですか?」
「ムウ様とお姉ちゃんの相性を占ってあげるよ!占いと言えばやっぱり恋占いだもんね!」
「ブッ!」
無邪気な申し出を聞いたは、飲みかけていたお茶でむせ返ってしまった。
「大丈夫ですか、?・・・・貴鬼。」
「えぇ〜、駄目なんですか?」
「私の事は結構と言ったでしょう。全く、何処でそんな事を覚えてきたんだか・・・・。」
「ちぇー。」
ふて腐れる貴鬼に、ムウは溜息をついた。
貴鬼の占いはなまじ当たる確率が高いだけに、最悪の結果が出た時の事を考えると恐ろしいのだ。
仮に自分達の相性が悪かったところで、確かに命には関わりないのだが、ある意味何よりも怖い。
まだ幼い貴鬼には、『恋』という言葉の意味までは分からないようであった。
「さあ、遊びはもう終わりです。、風呂を沸かしておきましたから、先に入って下さい。」
「いいの?」
「ええ。」
「じゃあ貴鬼も一緒に入る?」
「うん!」
の申し出にすぐさま機嫌を直した貴鬼は、手早くカードを片付けるとの後についてリビングを出て行った。
風呂から出たは、貴鬼を寝かしつけた後、リビングに戻った。
貴鬼の隣のベッドは今風呂に入っているムウのもので、そこを占領するのは気が引けたからである。
リビングのソファで寝るに適しているのは、体格の大きなムウよりも自分の方だろう。
そう考えたのであった。
ソファで寝床を整えていると、ムウが風呂から上がってきた。
風呂上り直後だというのに、既にきっちりと寝着を着て乱れ一つない。
「おや、。どうしました、眠れませんか?」
「ううん、違うの。寝る準備だけ済ませておこうと思って。」
「ここでですか?私のベッドを使って下さって結構ですのに。」
「良いのよ。ここで十分!」
にこにこと笑うに、ムウは苦笑した。
「少し話しませんか?寝るにはまだ早いでしょう。」
「うん!」
笑顔で頷くをその場に残すと、ムウはキッチンへと立った。
しばらくして、ムウはハーブティーを手に戻ってきた。
風呂上り直後の自分用には冷たいものを、用には温かいものを用意したようだ。
湯気の立つカップをに手渡すと、ムウは隣に腰を下ろした。
「ありがとう。いい香り・・・・。」
「これを飲むとぐっすり眠れますよ。」
「本当?ん・・・・、おいしい。」
の喉がこくりと鳴るのを見届けた後、ムウは話を切り出した。
「一つ伺っても宜しいですか?」
「何?」
「どうしてこの白羊宮を選んだのです?」
「どうしてって・・・・。あ、もしかして迷惑だった!?」
ムウの質問にしばし頭を捻った後、は済まなそうな顔をした。
「いや、そういう事ではなく。ただ少し聞いてみたかっただけですから。」
「あ、なんだ〜、良かった〜!」
安堵したように笑うに、ムウはふわりと微笑んだ。
迷惑だと思うのなら、最初から申し出たりはしない。
がこの白羊宮を選んでくれた時は、内心かなり浮ついてしまった位だ。
ただ今になってみて、その理由が気になり始めた。
もし、もしあわよくば。
も自分と同じ気持ちでいて欲しいのだが。
「うーん、そうねぇ・・・・。ムウが一番・・・・」
「何です?」
「安全そう、だったから。」
の返答に、ムウは危うくあからさまに肩を落としかけた。
「安全・・・・ですか。」
「だってほら、デスとかだと何されるか分かんないでしょ?その点ムウは紳士だから信用出来るし!」
「紳士・・・・ですか。」
信用してくれるのは嬉しいし光栄だ。
だが、この場合においては哀しむべきなのかもしれないと、ムウは密かに思った。
何のかんの言っても自分はやはり男なのだ。
密かに愛する女に対しては、それ相応に邪な欲望も感じたりする。
だが、こうまではっきり言い切られると、もうひたすら堪えるしかないではないか。
この信用を崩す訳にはいかないのだから。
「・・・・まあ、そうまで信用して頂けるのは光栄ですよ。」
「あ、でもそんな事ばっかり考えて選んだんじゃないのよ。」
「・・・・と言うと?」
「ムウと一緒に居るの、好きよ。楽しいし、何か落ち着くし。」
ムウの心に新たな刺激を与えるとも知らず、は屈託なく笑ってそう言った。
その直後に『あ、勿論貴鬼もだけど!』という言葉も繋がったのだが、その辺はムウの耳には届いていなかった。
それから暫く取りとめのない話をしていたのだが。
「?・・・・・眠ったか。」
ハーブティーの効果が絶大だったのか、はいつの間にか夢の世界に旅立っていた。
器用に座った姿勢のまま、左右に小さく揺れていた頭は、一瞬大きく傾いだ後にムウの肩へと倒れ込んできた。
小さな寝息がすぐ近くで聞こえる。
ムウはその柔らかそうな唇に己の唇を近付けると、一瞬躊躇ってから顔を離した。
「全く、貴女という人は・・・・」
何も知らずに眠るに苦笑を零して、ムウはそっとその身体を抱き上げた。
そしてそのまま、寝室へと歩いて行った。
いっそ全く脈がなければ、これ程耐える必要もないのに。
なまじ解釈に困るような事など言ってくれるから。
「私は貴女が思っている程、紳士ではないのですがね・・・・」
腕の中のに呟き、ゆっくりとその身体をベッドに横たえてやる。
布団を掛けてからついでにと横を見れば、貴鬼が布団を蹴飛ばして寝こけていたので、それも直してやった。
「やれやれ・・・・」
溜息を一つ零してから、ムウは寝室を出た。
嬉しいやら辛いやら。
とにかく今夜は眠れそうにない。
・・・・・色んな意味で。