日が経つにつれて例の何とも言えない落ち着かなさが強まるのを、シャカは感じていた。
またもシャカの新たな一面を知る度に、例の妙な嬉しさや充実感を感じていた。
そしてある日、二人は気付いた。
互いを異性として好いている事に。
それを確認した日から、二人の生活は一変した。
「まだ眠っていなかったのかね?」
「うん。」
夜も更けて、日課である就寝前の瞑想を終えて寝室に戻ってきたシャカを、はベッドの上で出迎えた。
上掛けを肌蹴ると、シャカがそこに身を横たえる。
こうして二人で眠りに就くのは、これで3度目であった。
「毎日先に眠れと言っているのに、君は一度として私の言う事を聞いた試しがないな。」
「だって眠れないものは仕方ないでしょ?」
「明日からは言わぬようにしよう。毎夜同じ事を言うのも飽きた。」
「もう?ふふっ、『三日坊主』だね。」
「人聞きの悪い。君が聞き入れぬからであろう。」
そう言って、二人は微笑を浮かべた。
ほの暗いランプの灯りが、互いの笑顔を更に柔らかく見せる。
「全く、気遣って言っているのに君は・・・・。こういう時、日本では何と言うのだったかな?確か・・・、『仏の顔も三度まで』だったか。」
「じゃあ明日からは怒られるの?」
「さて、どうだかな。」
そう言って、シャカはの髪をさらりと撫でた。
は目を細めてその手を受け入れる。
初めて床を共にした夜は、幸せな中にも僅かな緊張を感じていた。
二日目の夜は随分緊張が解けて、色々と遅くまで話し込んだ。
そして今宵はどうであろうか。
「今宵で三晩目か。不思議な気がするものだな。ずっと昔からこうだったように感じる。」
「そうだね。・・・・・あ。ねぇ、知ってる?」
「何だ?」
「俗な話なんだけど。」
「構わぬ。話したまえ。」
シャカに促され、は話を始めた。
「昔の日本に遊郭って所があったのは知ってる?」
「うむ。書物で読んだ事がある。男が金で女を買う店であろう。」
「そう。でもね、店にも女の人にもグレードがあってさ、色んなしきたりがあったらしいの。」
「それで?」
「格式の高いところとか、店で高い位の女の人になると、お金を出してもすぐに抱けなかったんだって。」
「ほう。」
「最初の夜は『初会』っていってね。ただ一緒に寝るだけなの。それに文句をつけるような男は野暮なんだって。で、二夜目は『裏』っていって、そこで打ち解けてくるらしいのね。」
相槌を打ちながら、シャカはそれがまるで今の自分達のように感じた。
金で売り買いする関係でこそないものの、状況は良く似ているではないか、と。
「三夜目はどうなるのかね?」
「三夜目になると『馴染み』っていって、そこで女は初めて帯を解くんだって。」
「なるほど。実に興味深い話だ。つまるところは只の売春行為だが、そのようになると奥ゆかしくさえ感じるものだな。」
「でしょ。私も詳しくは知らないけどさ、お金で性欲を処理する為だけじゃなくて、なんかもっと深いものを感じるでしょ?」
「うむ。尤も、店の格式を保つ為のエロティックな戦略、という意味も感じるがな。」
「あ〜、なるほどね。言えてる。」
はにこにこと頷いた。
「喩えるのも変だけどさ、その状況だけ考えたら私達もそんな感じがしない?一晩目はまだ見えない垣根があって踏み込めなくて、二晩目で打ち解けてその垣根が消えてさ。」
シャカも先程からと同じ気持ちを抱いていた。
遥か昔に郭の中で恋に溺れた男女の関係が、やけに自分達と重なる。
少し照れくさそうに話すを、シャカは心から欲しいと思った。
への恋慕の情を覚えてから日増しに強くなる本能的な欲求に、静かな火が灯る。
「・・・・そして三夜目に契る。今宵は奇しくも同じ三夜目だが、君は望むかね?」
ゆっくりと開かれていく瞼の奥でシャカの碧い瞳が静かな灯火を湛えているのを見つめながら、は小さく頷いた。
寝衣はするりと軽やかな音を立てて床に落とされた。
「寒いね。」
「我慢したまえ。じきに気にならなくなる。」
「髪、擽ったいよ。」
「それも我慢したまえ。」
シャカの長い金髪を胸や肩で受け止めながら、は頬を淡く色付かせながらくすくすと笑った。
その笑い声は、今までに聞いたどれよりも甘く感じられる。
いつまでも聞いていたいのは山々だったが、シャカにはそれ以上に聞きたい声があった。
「お喋りはもう終わりだ。口を閉じたまえ。」
「あっ・・・・・ん・・・・・」
白い胸元に唇を押し当てれば、予想通りの笑い声は治まり、代わりにくぐもったごく小さな溜息が漏れた。
誓って快楽主義者ではないが、愛する女の甘い媚声を聞きたいと思うぐらいの欲求は持っている。
シャカはの胸元をなぞっていた唇を、膨らみの頂に寄せた。
「ふ・・・・あ・・・・・・」
口内に含んだ途端明らかに固さを増した突起を舌で転がし吸い上げると、その小さな吐息は甘さを増し始めた。
それに刺激され、理性が消えてなくなりそうな気がする。
男女の営みは世の理であり、否定する気は元々ないのだが、それでも自分がこのような行為に心から耽る日が来ようとは。
「は、ぁ・・・・あっ・・・・」
捉えていた頂を口内から開放する際の刺激に、の身体がぴくりと跳ねた。
腕が薄らと粟立っている。
シャカはその部分を掌で擦って鎮めた後、の顔を正面から見据えられるように覆い被さり直した。
「なかなか扇情的な光景だな。」
「馬鹿・・・・、変な事言わないでよ・・・」
は眉を顰めて窘めるが、それは本心を表す言葉であった。
薄明かりが照らす薔薇色の頬と黒く潤んだ瞳は、たとえ本人がそのつもりでなくても十分すぎる程誘惑的だったからだ。
シャカは、物を言った名残で小さく開かれている唇を己のそれでそっと塞いだ。
「ん・・・ぅ・・・ぅ・・・・」
互いの身体を掻き抱き、顔を傾けてより濃厚な接吻を交わして、どちらからともなく舌を絡ませる。
柔らかく蠢く互いの舌の動きに、シャカもも己の情欲が昂るのを感じた。
の四肢が、うっとりとまどろむように力を失う。
まず、シャカの首を抱いていた腕が軽い音を立ててシーツに落ち。
次に両脚を閉じていた力が緩む。
シャカはその両脚の間に自らの下半身を割り込ませ、片膝を広げた。
そして、それに合わせて大きく開かれたの脚の間に、片手を滑り込ませた。
柔らかな茂みをさらりと撫で、シャカの手は更に下方へと伸びていく。
そこには、侵入者を待ち侘びてひっそりと息づく花弁がある。
シャカはその小さく窄まっている花口に、中指の腹を揉み込むようにして食い込ませた。
「あっ・・・・ん!」
小さな水音を立てる程、其処は既に蜜を湛えていた。
まだ中にまで侵入を果たさないシャカの指に吸い付き、物欲しそうに蠢く。
何もしなくても、勝手に引き摺り込まれそうだ。
シャカは敢えてそのまま、花口を揉み解し続けた。
「はぁっん!あ、やぁ・・・・・、あっ・・・・!」
はシャカの肩にしがみつき、そのもどかしくも焦らさせるような快感に震えた。
はしたないと羞恥しても腰は勝手に揺らめき、何とかシャカの指を迎え入れようとくねる。
「あっ、あん!んっ・・・・!」
だが、その羞恥心もかなぐり捨てて体の動くままに任せていると、ある瞬間に望みは果たされた。
シャカの指が泉に潜り込んで来たのだ。
ゆっくりと挿入されるせいで、爪や指の節の感触まではっきりと感じ取れる。
「ぁ・・・・、はッ・・・・、あ、ああン!」
その感触に浸っていたのも束の間、深く飲み込まれたシャカの指が動きを見せ始めた。
柔らかな内壁を隈なく撫で回し、深く浅く突いてくる。
「あふっ、ふぅッ・・・・くっ・・・!んっ、んんッ!」
シャカの肩を掴む指に力が篭る。
しかし、女の細い指が食い込む程度では痛みを覚える筈もなく、シャカは全く気にも留めずに指を動かした。
むしろもっと縋れと言わんばかりに、激しさを増しながら。
「シャ、カ・・・・ぁ・・・・、も、来て・・・・!」
「・・・・・良かろう。」
荒い息をしながら途切れ途切れに誘うを拒否する理由も必要もなく、シャカはまたゆっくりと指を引き抜くと、代わりに煩悩のまま昂った自身を突き立てていった。
しっかりと深く繋がってから、二人は改めて互いを見詰め合った。
寝乱れたの髪に、シャカのまばゆい金髪が絡み合っている。
それに彩られるようにして、は上気させた頬を綻ばせ微笑んだ。
「シャカ・・・・、ずっと目が開いてる・・・・」
「何か問題があるかね?」
「ふふっ・・・・、ない。」
に指摘されて初めて気がついた。
ついいつものように捻くれた物言いをしてしまったが、だからと言って素直に言うのも己の性格上無理な話だった。
目を開けていた事を失念する程に夢中になっていたなどと、どうして言えようか。
それと同様に、甘やかな睦言も囁いてはやれない。
そもそも何事においても感情を露にする事が不得手なのに、それが恋愛となれば余計である。
だがは、それも全て見通しているかのように嬉しそうに微笑んだ。
言葉の代わりに抱いてくれと言うが如く、両手を伸ばして。
「んっ、あんっ、あんっ!」
揺れ跳ねるの身体を強く抱き締めて、シャカは一心不乱にの温もりを味わった。
理由も理屈も関係ない、ただ心の求めるままに。
「はんッ!あっん、シャ・・・カ・・・ぁ!」
名を呼ばれるだけで、身体中がかっと熱くなる。
シャカは名を呼び返すごく僅かな労力さえもエネルギーに替え、へと打ち付けた。
そしてもまた、それを全身で受け止め続けた。
交わす言葉はなくても、シャカの心が伝わってくる気がする。
滅多に見られないその碧い双眸が、激しい感情・生気に満ちているのが分かるからだ。
いつも冷静沈着で心の内を明かさないシャカが、これ程感情を、まして情欲を剥き出しにしている所など初めて見た。
それだけで、言い様もなく幸せな気分になる。
もっと。
もっと。
互いを多く知りたい。
深く通じ合いたい。
遥か昔から現在に至るまで、何も変わる事のない愛の行為に身を浸しながら、二人はただ高みを目指して上り詰めていった。
身体の火照りが引いた後、シャカはを腕に抱いたまま呟いた。
「先程の話の続きだが、三夜目以降の関係はどうなるのだ?」
「さあ・・・・、人によりけりだったと思うな。そこで終わる人達もいれば、死ぬまで愛し合う人達もいれば。」
「・・・・・なるほど。」
再びいつもの冷静沈着な風貌を取り戻しているシャカに、今度はが問いかける。
「じゃあ、今晩以降の私達はどうなると思う?」
「さあ・・・・、今後によりけりだろう。」
「・・・・・なるほど。」
その『今後』に自信はあるのだが。
口に出さずとも、互いにそう思っているのが分かるから。
シャカとは、ただにんまりと微笑を交し合うだけであった。