真夜中近く、まだ洗い髪も少し濡れたまま。
扉の閉まった自室がまるで、他人の部屋のような気がする。
このドアの向こうには、が寝ている。
いや、きっとまだ起きているだろう。
このドアを開ければ、また始まる。
いつもの二人だけの秘密、愚かで自堕落な時間が。
「?」
呼びかけた私の声で、は振り向いた。
夜の闇しか映っていないその窓に、君は何を見ていた?
「カミュ、まだ起きてたの?」
「さっさと寝てしまった方が良かったか?」
「・・・・・意地悪。」
私の言い草に苦笑する。
やはりまだ、私達の関係は終わりそうにない。
「フッ、お互い様だな。」
薄く笑って、の手を引き寄せて。
そうすれば、はいとも簡単に私の胸に飛び込んでくる。
カーテンをしっかりと引いてしまおう。
月にも星にも見られたくない。
ただひたすら卑怯に互いを求める、私達の姿を。
互いに服を脱ぎ捨てて、ベッドに縺れ込めば。
もうそれは始まっている。
「ん・・・・・・」
細い首筋に、痕跡の残らない口付けを落とす。
肩にも、胸にも。
何処にも私の痕は残さない。
「・・・・何故ここに来た?」
「あっん・・・・、なんで・・・・・?」
「返答によっては、私も己の行動を考える必要があるだろう?」
小さく膨らんだ乳房の先端を甘く噛みながら、一応尋ねてみる。
もしが望むなら、この短い期間、嫌という程満たしてやるつもりだから。
「はぁっ・・・!ん・・・、他に・・・、何処に行けって・・・・言うの?」
は小さく喘ぎながら、目を細めて笑っている。
普通に考えれば、誰でも身体の関係が無い男より有る男の所にする、とでも言いたげだ。
「フッ、それもそうだ。」
「迷惑だった?」
「まさか。お陰で当分の間は、人目を気にせずゆっくり愉しめる。」
「そんなにする気なの?」
「君もそのつもりじゃないのか?ほら・・・・」
「あんっ!」
触れた花弁は、もう熱く潤っていた。
何処をどうすればが悦ぶかなど、もう良く知っている。
だがそれは身体だけの話だ。心は悦ばない。
何故なら私達の関係は身体だけ、セックスだけの関係だからだ。
秘裂を指で割れば、は反射的にゆっくりと両脚を開いていく。
私もも、互いの行動を熟知している。
これまでの関係で、お互いすっかり身体に馴染んだサイン。
いや、これだけじゃない。
互いを求める時の、瞳の僅かな揺らめき。
もう何気なく口に出来るようになった誘い文句。
全て私達にしか分からないものだ。
関係を持つ度に、こうして一つまた一つと以心伝心が出来ていく。
けれど、私は君の心へ踏み込まない。
、君もそうだ。
その証拠に。
「は・・・・、ぁ・・・・ん・・・・・」
私の指を飲み込んで蜜を滴らせ、甘い声で喘いでいるのに。
君は私の顔を見ない。
名も呼ばない。
睫毛を伏せて、シーツを掴んで、ただこの一時に身を委ねているだけ。
私もまた何も言わず、指で、唇で、を追い立てていくだけ。
いつから私達はこうなる運命だったのだろう?
君が誰にも知られぬ内に、一つの叶わぬ想いを断ち切った時から?
それとも、私がそれに気付いた時からだろうか?
「あぁん・・・・!」
正直、虚しさを感じた事はない、とは言い切れない。
けれど、身体は君を求めて熱くなる。
耳を蕩かすようなこの声や、指を締め付ける感触、そして。
時折今にも泣き出しそうに揺れる、その瞳のせいで。
思えばそれが始まりだった。
私の言葉に戸惑い揺れる君の瞳に、何かが駆り立てられた。
気が付けば私は君を抱きしめ、その身体を強引に組み敷いていた。
やがて君も、何かを割り切ったように私にその身を任せるようになった。
だが、私達はいつまでこうしているのだろう?
「んっ、あん!はんッ・・・・!も・・・・いや、ぁッ・・・・・!」
一瞬酷く驚いた。
私のもう一つの気持ちを悟られたのかと思った。
もう終わりにしようと。
だが、身を捩り頬を紅潮させて喘ぐ君の姿は、そうは言っていない。
只私を求めているだけのようだ。
正直それに安堵したという事は、私はやはりまだ君との事を終わらせたくないのだろう。
今日で終わりにしようと心に決めても、結局は溺れてしまう。
この身体に走る快感に、君のその眼差しに、負けてしまう。
一瞬感じた虚しさなど、すぐに忘れて。
ああ、そうか。
私は君のその目に惹かれているのだ。
私に抱かれている時にだけ見せる、いっそ壊したくなる程哀しげなその瞳に。
「もう欲しいのか?」
「あ・・・ん・・・・、欲し・・・・、んぁッ!」
熱く蠢く内部を掻き回していた指を引き抜くと、君は名残惜しそうな声を上げる。
私も君が欲しい。
だが心は要らない。
身体だけで良い。
「うつ伏せになるんだ。」
「何で・・・・?」
「そっちの方が感じるんだろう?」
「・・・・・そんな風に言わないでよ・・・・」
恥ずかしがるを促して、うつ伏せにさせた。
含み笑いで誤魔化して、君の好みのせいにしたが、本当は違う。
月にも星にも見られたくない。
心を殺して利己的に身体だけを求め合う、私達の姿を。
けれどそれ以上に見たくない。の顔を。
もしもその顔が、罪悪感や後悔に曇っていたらと、そう思うと。
君の顔を見れない。
「ん・・・・・、あんッッ!」
「っ・・・・・!」
一つに繋がった身体は、束の間の安らぎを与えてくれる。
薄いゴム越しに伝わるの体温が、私を突き動かす。
「あぅッ・・・ん!あんっ、はぁぁんッ!」
こうなると、もう止められない。
丸いカーブを描く腰を掴んで、君を貪るように貫く。
目線を下にやれば、夜目にも君が私を飲み込み吐き出す様がはっきり見える。
何とエロティックな光景だろう。
「ああぁッ!はっ、はっ・・・・、ッあ・・・・!!」
君の切なげな声を聞くと、僅かな心の痛みよりも身体の快感が勝り始める。
身体中の血が熱く滾り、理性が吹き飛ぶようだ。
そんな感覚を覚えるのは、私が所詮只の男だからだろうな。
あの時、君を最初に抱こうとした時、君は言った。
恋の果てには、必ず抜け殻が残るから。
それは己一人でなく、相手にも、時には全く関係ない第三者にも暗い影を落とすから。
だから誰にも知られぬ内に、それを捨てたのだ、と。
二度とここで恋はしないと決めたのだ、と。
そんな君の耳元に、私は囁いた。
恋にするから、抜け殻が残るのだ、と。
最初から恋などでなければ、果てる痛みも落ちる影もない、と。
君の心は求めない。
君も私の心は求めない。
ただ身体が乾けば、夜明けに見る浅い夢のように一時夢中になり。
そして満たされれば、何事もなかったかのように跡形もなく消える。
そんな都合の良い決め事を、君は呑んでくれた。
だから君も、今この一時は只の女になって、エゴイスティックに私を求めて欲しい。
君も私も、卑怯なのはお互い様だと思わせて欲しい。
私が君を抱くのに、躊躇わずに済むように。
私と共に、目も眩むような快楽の海に沈んでくれないか。
「あふっ、あんッ!ひッ・・・あ・・・・!」
何かに追い立てられるような律動は、君を忘我の境地へと引き摺り込んでいく。
そして私もまた、熱く包み込んでくれる君の身体に余計夢中になる。
フーガのような情交は、いつも果てるまで激しさを増しながら続く。
「あぁぁッッ!!!はっ・・・・ぁ・・・・!やぁ、ぁ・・・・!」
「今日は・・・・、随分・・・ッ、早いな・・・・」
「カミュが・・・・、あんッ!強くする・・・から・・・・、あぁんッ!」
「だがまだ・・・・、早い、だろう・・・・?」
「あぅぅッ!い、や・・・・、も・・・・、駄目・・・・!」
本当は私ももう限界だ。
名残惜しいけれど、身体は更なる高みを目指して止まらない。
君が一際高い涙声を上げるまで、狂ったように激しく突き上げて。
「くぅぅっ、っあぁぁぁ・・・・・!!!」
「っ・・・・・・!」
君の中に一切の痕跡を残さぬように果てよう。
果てた後は、また元に戻る。
早々と衣服を整え、乱れた髪を整えて。
まるで何事もなかったかのように。
「おやすみ、。ゆっくり眠ると良い。」
「・・・・・・カミュは?何処で寝るの?」
「ソファで眠る。ベッドは君が使え。」
一緒には眠らない。
私達は愛し合う関係ではないのだから。
悪戯に温もりを与え合ってお互い誤解する事のないように、また新たなルールを作り、
君がすぐに理解するよう、素っ気無い口調で告げた。
「待ってカミュ・・・・!」
なのに、君は私を呼び止めた。
「何だ?」
「・・・・・・・・・・風邪、引かないでね?」
「・・・・・フッ、私を誰だと思っているんだ?」
「ふふっ・・・・・、それもそうね。」
「おやすみ。」
君が本当は何を言いたかったのか、私には分からない。
けれど、それで良いのだと思う。
結局私はまだ、君との関係を終わらせるつもりもなければ、君の心を変えてみせる決意も出来ていないのだから。
だから君の心は覗かない。
君の心は求めない。
それが約束だから。
ルールを破って心まで求めたら、もう引き返せなくなるから。
だから。
今この耳に聞こえた、『ごめんね、カミュ』という小さな君の声も。
『愛している』と呟くこの心の声も。
聞かなかった事にして、ドアを閉める音で消してしまおう。