HOTEL SANCTUARY 前編




このところ立て続けにあった任務と女神の護衛で世界各地を飛び回り、ずっと留守がちだった。
ようやく聖域に帰って来たら来たで、愛すべき馬鹿共が人の恋人にちょっかいをかけて遊んでいやがる。
ちょっかいと言っても、本当に際どい事は何も無かったのだが、疲れて苛立っていた俺と、俺の帰りを寂しく待っていたは、そこでちょっとした喧嘩になった。

そしてそれが今ようやく、落ち着いたところだ。


「暫く何処にも連れて行ってやらなかったからな。今度の週末は旅行にでも行くか?」
「本当?」
「ああ。まあ、たったの一〜二泊程度だから、近場になるがな。」
「ううん良いの、嬉しい。」

さっき機嫌を直したばかりのは、幾分決まりが悪そうに、だが嬉しそうに微笑む。
ようやく見れたの笑顔に安堵して、俺はほっと溜息をついた。

最近、少し疲れ気味だ。
鉛のように重い頭と身体が、『ここらで羽を伸ばせ』と訴えている。
騒がしい大都会からも埃っぽい聖域からも、二人して離れよう。









木立に囲まれた、静かな海辺のプチホテル。
遠くで波の音が優しく響き、小鳥の囀りが俺達を迎えてくれる。
嬉しそうにはしゃぐの腰を抱き、素朴な音のするベルが付いたドアをくぐれば、俺達のバカンスは始まる。

ほんの短いものでも構わない。
と二人、誰にも邪魔される事なく過ごせる日があるのなら。
海に森にと遊び歩かなくても良い。
朝の爽やかな風の中でコーヒーを飲み、昼下がりの眩しい陽光を遠目にシエスタ、そしてサンセットディナーを楽しんだ後は、月の光に包まれて寄り添いながら眠る。

そして、その合間にキスをして、抱き合って。
それだけで十分だ。
まずはチェックインを済ませて、それからと二人でゆったり過ごそう。



「ようこそ、ホテルサンクチュアリへ。ご予約下さったシュラ様ですね。お待ちしておりました。」

フロント係の銀髪の男が、カウンターの前に立った俺達をにこやかに出迎える。
その男を見て、俺は目の玉が飛び出る程驚いた。


デデデデデスマスク!?お前なんでこんな所に!?」
「は?」
「どうしたのシュラ?」
「どうしたのってお前・・・・・、こいつはデスマスクじゃないか!?」
「やだ、何言ってんの!全然別人じゃない!それよりほら、記帳しないと。」

目の前の男は、どう見てもデスマスク以外の何者にも見えない。
変装している訳でなし、声音を変えている訳でなし、 丸のままの蟹だ。
なのにはころころと笑うだけで、全く気付いていない。
ともかく奴が差し出してきたボールペンを受け取って記帳を済ませると、奴は不気味な程の愛想笑いと丁寧な口調で言った。


「只今お部屋の準備を致しますので、あちらのラウンジで少々お待ち下さいませ。」
「何の真似だデスマスク!その気味の悪い言葉遣いはやめろ!」
「失礼ですが、どなたかとお間違えでは?私は当ホテルの支配人、キャンサーニと申します。」
何がキャンサーニだ、この蟹め!貴様のそのツラ、この俺が見忘れたとでも・・・・」
「ちょっとシュラ!やめなさいよ!人違いだってば!それよりほら、ラウンジに行こうよ!お庭が凄く綺麗よ!」
「有難うございます。さ、どうぞあちらへ。」
「チッ・・・・・・」

折角旅行に来てまで、とまた喧嘩をする気はない。
俺は渋々折れて、と共にラウンジへ赴いた。






「静かねぇ・・・・・。私達の他に誰もお客さん居ないのかな?」
「みたいだな。良いじゃないか、静かなのは願ったり叶ったりだ。」
「ふふっ、そうね。」

グラスの氷が、時折カランと涼しげな音を立てる。
の好きなアイスアールグレイの爽やかな香りが鼻腔を擽り、清々しい気分にしてくれる。

「もうそろそろ部屋の支度整ったかな?」
「そうだな。もう少しだろう。部屋に着いたらまずはシャワーを浴びよう。汗をかいた。」
「そうね。私も汗だく。」
「一緒に浴びるか?」
「ふふっ・・・・・・、馬鹿。」

クスクスと笑うの顔は嫌がっていない。
むしろそれを期待していたような、嬉しそうな顔だ。

「折角浴びても、またすぐ汗をかくかもしれんがな。」
「じゃあ、また浴びれば良いじゃない?」
「違いない。」

俺達が真夏の陽気のような熱い視線を絡めあった時だった。


「お客様。」
「ん?あっ・・・・・、お、お前は!?」

俺達の真横に立っていたのは、これまた何処かでよく見知った顔。
俺の頭が暑さで腐っていなければ、こいつは双児宮に住む問題兄弟の弟だった筈だ。

カ、カノン!?お前までどうして!?
「カノン?何言ってんの、シュラ?」
、お前は気付かないのか!こいつはどう見ても明らかに・・・・!」

こいつもまた、まるっきりのカノンだ。
これで気付かない方がどうにかしている。
だがは相変わらず分かっていないし、カノンもまたむかっ腹が立つ程優雅な苦笑を浮かべた。


「失礼ですがお客様、どなたかとお間違えでは?私は当ホテルの従業員、ジェミニアーニと申します。」
貴様もか!!下手な芝居はいい加減にして・・・」
「それはそうとお客様。失礼ですが・・・・・・」
「何だ!?」

腹立ち紛れに怒鳴った俺に、奴は言った。

「お連れ様とはどういうご関係で?」
はぁ!?

俺との声がハモる。

「何故貴様にそんな事を答える必要がある!?というか、知ってるだろうが!!」
「いいえ、存じ上げません。大切な事ですので、恐れ入りますがお答えを。」
「・・・・・見れば分かるだろう。恋人だ。」

渋々答えた俺に、は少し照れたように微笑み、カノン、いやジェミニアーニは意味深な笑みを浮かべて頷いた。


「でしたら、当ホテルの規則に従って頂きます。」
「規則だと!?」
「当ホテルでは、カップルの睦み合いは禁止でございます。何卒ご了承下さいませ。」
は?

またしても、俺との声がハモる。

「あ、あの・・・・、睦み合いっていうと、具体的にはどういう・・・・・?」
「キス・ハグ等の愛情表現行為全般でございます。勿論セックスも。」
「なっ・・・・・」

の質問に、野郎は淡々と答えていやがる。
騒ぐなとか部屋の備品を持ち帰るなというのならまだ分かりもするが、こんな馬鹿な話があるか。


「そ、そうなんですか!?」
納得するな、ふざけるなカノン!!そんな規則があるか!」
「ジェミニアーニでございます。他のお客様のご迷惑になりますから。」
何の迷惑だ!!
「ちょっとシュラ、大声出さないでよ!」
、お前は黙ってろ!おいカノン、何の権利があってそんな事を言うんだ!?」
「ジェミニアーニでございます。申し訳ございませんが、規則は規則ですので。それから、お部屋の準備が整いました。ご案内致しますので、こちらへどうぞ。」

奴は怒り心頭の俺を涼しくかわして、席を立つように促した。
冗談じゃない。
こんな訳の分からんホテルには、一秒たりとも居て堪るか。


「もういい!、帰るぞ。」
えぇぇーーーッ!?そんなぁ!!
「何もわざわざこんな所に居る必要はないだろう?折角の旅行なんだ。他のホテルに行こう。」
「嫌よ!ここ気に入ったんだもの!」
!」
嫌!!

こうなると、てこでも動かないのがだ。
何がどうであれ、折角の旅行に喧嘩する程最悪な事はあるまい。
俺は渋々折れると、を連れてカノ・・・ジェミニアーニについて歩いた。






「こちらでございます。」
「うわぁ、素敵!」

カ・・・、ジェミニアーニが恭しく扉を開けて、を、続いて俺を、部屋の中に通す。
部屋に一番乗りしたは、内装とバルコニーから見える美しい景色に感嘆の声を上げた。

「ほら見てシュラ!水平線が見える!綺麗ねぇ・・・・・」
「ああ、そうだな。景色は悪くない。」
「有難うございます。ここから見るサンセットはとてもロマンチックだと、お泊りになったお客様は皆様そう仰います。当ホテルオリジナルのカクテルなどお飲みになりながら、お楽しみ下さいませ。」
「オリジナルカクテル?そんなのがあるんですか?」
「はい、ウェルカムドリンクという事で、勿論サービスさせて頂きます。」
「だって、シュラ!」

はますます嬉しそうな笑顔になる。
まあ何はともあれ、お前が気に入ったのなら良い。
釣られて笑った俺に、ジェミニアーニの野郎はこう言った。

「但し、いちゃつき合いは禁止でございますよ。
やかましい!真顔でそんな事二度も言うな!もう良いから出て行ってくれ!!」

余裕の表情で一礼をし、悠々と出ていく野郎を見送って、俺はぐったりとソファに沈んだ。


「ちょっとシュラ!あんな言い方・・・・・!」
「可笑しいと思わんのか!?何だあの理不尽極まりない規則は!」
「けど、それが規則なら仕方ないじゃない?ね?」
「・・・・・まあ良い。どうせ連中に確かめられやしないんだ。」

そうだ、構う事はない。
どうせ見えやしないし分かりもしないのだ。
宿泊客のプライバシーを侵すホテルなど、聞いた事もないのだからな。


、来い。」
「え?」
「シャワーを浴びる。一緒に来い。」

些か強引な誘い文句だが、それでもは期待するような顔をしてついてきた。

ほらみろ。これが正常なんだ。
恋人同士なら、愛し合うのが当然だろう?
ちょっとした非日常的空間に来たならば、尚更そうなるだろう?
規則だか何だか知らんが、それを阻もうとする方が間違っているのだ。

蟹と愚弟の言葉など聞かなかった事にして、俺はの手を引いてバスルームへ向かった。







しかし、腹立たしい程立派な内装だ。広さも十分ある。
サービスといい部屋の質といい、そこらの一流ホテルにも決してひけはとらないだろう。

問題は、訳の分からん奴らが揃いも揃って、訳の分からん事をほざくという点だが。


だが、それはもうこの際気にしないでおこう。
どうせあってないような規則だ。

目の前にあるのしなやかな背中に吸い寄せられるようにして、その肩を抱こうとした時だった。



コンコン。



突然バスルームのドアがノックされた。
しかもそのノックはどうも返事を待つタイプのものではなかったらしく、俺達が驚いている間にこれまた突然ドアが開けられた。

「失礼する。」
「きゃっ・・・・・!」
「きっ・・・・・・!貴様・・・・・、シャカか!?」

そうだ。入って来たのはまたしても嫌になる程の顔見知り、あのシャカであった。
当たり前のように目を閉じてウロウロする奴は、こいつ位しか心当たりがない。

お前まで何をしてるんだ、シャカ!!というか出て行け!!

は慌てて即座にバスタオルを巻きつけたようだが、それでも見られて堪るか。
俺はを隠すようにシャカの前に立ちはだかると、不機嫌丸出しの声で怒鳴った。

「シャカ?さて、人違いではないでしょうか。私はこのホテルの従業員、ヴァルゴッティと申します。」
戯言はもう沢山だ!!!素直に正体を現さんと斬り殺すぞ!!
「そう仰られましても。」

俺には使った事のない奴の敬語口調は聞き慣れないものの、やはりこいつはシャカだ。
淡々とそう言うだけで、出て行こうとも取り繕おうともしない。
俺達が裸同然の格好をしているというのにだ。

多少の事なら大目にみよう。
こいつのこういう所は、今に始まった訳ではない。
だが、後ろに裸のが居ると思うと、俺は激怒せずにはいられなかった。


「それで?」
「は?」
「貴様はいつまでそこに突っ立っている気だ!?見て分からんかこの状況が!!!」

見えているのかいないのか知らないが、俺と後ろに隠れているを一瞥すると、シャカは事も無げに言った。

「私はお部屋の掃除に伺ったのですが。」
「えっ、もしかしてまだ掃除してなかったんですか!?」
「とんでもございません。当ホテルは清潔第一ですので、掃除は日に何度も行います。お客様には快適にお過ごし頂きたいと考えておりますので。」
「掃除は良い、十分綺麗だ!だから出て行け!」
「有難うございます。それではごゆるりとご入浴下さいませ。」

珍しく俺に頭を下げたシャカは、ようやく出て行く素振りをみせた。

が。


「ああそうそう、お客様。くれぐれも性行為はなさらないように。」
!!!!

もはや返す言葉も無い程怒り狂った俺が奴に向かって投げたランドリーボックスは、奴に掠る事すらなく、閉められたドアにぶつかって転がった。



「あの野郎・・・・・・!言うだけ言って出て行きおって!!」
「は〜・・・・・、よっぽど厳しい規則なんだね。
それでお前はそう取るか、頼むからお前も怒ってくれ・・・・・」
「ん〜・・・・、でも、シュラが前に立っててくれたお陰で、裸も見られなくて済んだしね。もう良いよ。まあまあ、イライラするのはその位にして、取り敢えずシャワー浴びたら?お先にどうぞ。」

は俺を浴室へ押しやると、自分は服を着直して、スタスタと部屋へ戻っていった。




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後書き

折角の夏休みですので、旅行話を書いてみました。
作品自体は夏前に出来上がっていたのですが、夏真っ只中になるまでUPを
待っていたのであります。待つほどのもんじゃないという気がしないでもないですが(笑)。
サガで書こうかシュラで書こうか迷ったのですが、シュラ短編にギャグが無かった事に気付き、
シュラにしました。済みません、汚染区域を広げてしまって(笑)。