「わ〜い、お姉ちゃん〜!!ねえねえ、なすびは焼けた!?」
「邪魔するぞ〜、!」
次にやって来たのは一番のご近所ムウ・貴鬼師弟と、そのお隣・アルデバランであった。
「お邪魔しますよ・・・・・と。アフロディーテ。あなたの膝で何をしているのですか?」
「見れば分かるだろう?耳掃除だ。」
丁度終わったばかりだったアフロディーテはゆっくりと上体を起こしながら、己も知らなかった事を棚に上げて平然とそう言った。
「有難う。」
「いいえ、どういたしまして。ムウ達もどう?折角だから。」
「耳掃除、ですか?」
「そう。」
「いえ、折角ですが私は・・・」
「わ〜い!!オイラもやってよ!!」
「面白そうだな、俺も頼んで良いか?」
「おっけ〜い♪」
気安く頼む弟子とアルデバラン、それをこれまた気安く引き受けるに溜息をついて、ムウは他の黄金聖闘士達を一瞥した。
「まさかあなた方も全員・・・?」
「おう、経験済みだぜ!」
「・・・・・・・ふう。」
ムウは呆れ果てたように大袈裟な溜息をついて、ぼそりと呟いた。
「揃いも揃ってそんな大きな図体をして、子供じゃあるまいし・・・・・。」
「ムウ!耳掃除に大人も子供も、まして図体も関係無いぞ!お前も一度やって貰えば分かる!」
「ミロ、あなたいやに力説しますね。そんなに良かったのですか?」
「無論だ!一度経験する価値のある事だと思うぞ!」
「ああ、ちょっとしたカルチャーショックだな。」
「カミュ、あなたまで・・・・・。そうですか・・・・、そんなにあの棒の威力は凄まじいのですか・・・・」
ムウは相変わらず呆れつつも、次第に湧いてきた好奇心が混じり始めた目でとその膝に寝転んでいる貴鬼を見つめた。
七番手、貴鬼。
「うひゃっ、あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「こらー!動いちゃ駄目よー!危ないでしょ!?」
「だって擽ったいんだもん!!」
硬い木の感触を耳の中に感じるのはこれが初めてな貴鬼。
それは黄金聖闘士達も同じであったのだが、そこは子供と大人。
擽ったいのをどうしても堪えきれずにケラケラと笑い、ゴソゴソと動いてしまうので、やむなく貴鬼は片耳だけで解放される事になってしまった。
八番手、アルデバラン。
「さ〜、張り切って行くわよ!さっきは消化不良だったから!」
「お、お手柔らかに頼むぞ;」
「大丈夫大丈夫!」
遠慮がちにズシリと置かれた頭の重さをものともせず、は張り切って取り掛かった。
が、その手を誰かが止めた。
「ムウ!危ないじゃない、急に手なんか掴んじゃ!」
「失礼。ですがちょっと私も興味が湧きましてね。」
「それは良いけど・・・・、今アルデバランの番だから、この後って事で・・・」
「ええ。だからそれを私に。」
「え?え??やらせろ、って事?」
「ええ。宜しくご指南願いますよ、。」
にっこりと微笑んだムウは、どうしたものかと戸惑うの手からやんわりと耳掻きを拝借すると、アルデバランに向かって言った。
「さ、どうぞ。遠慮なく。」
「・・・・・・・・;(何で俺だけ・・・・ 涙)」
「邪魔をするぞ。」
「あっ、シャカ!老師も!入ってよ!」
「相変わらず元気そうじゃのう、貴鬼よ。ほれ、五老峰の儂の家で採れた桃じゃ。に剥いて貰うがええ。」
「うわ〜〜い!!」
童虎からの土産を受け取った貴鬼は、嬉しそうにそれを抱えて戻っていく。
そしてシャカと童虎は、その後を追ってリビングに入った、のだが。
一歩部屋に踏み込んだ途端、二人は世にも珍しい光景を目にする事となった。
「・・・・・何を酔狂な真似を。」
シャカはアルデバランを膝枕しているムウを見て呆れたようにそう呟き、
「ほっほ。仲のええ事は良い事じゃ。まるで猿の親子のようじゃのう。」
童虎はムウの膝で何やらされているアルデバランを見て、蚤取り中の猿の親子を連想し、目を細めてそう言った。
「違うのよ二人共。あれはね、耳掃除。」
「耳掃除?」
「あ、さてはシャカも綿棒のクチでしょ?」
「さてはも何も、それ以外の道具があるのかね?」
「ふっふ、それがあるのよ〜、ほら!」
そう言って、は引き出しからもう一本耳掻きを取り出して見せびらかした。
「まだ持ってたのか;」
「当然よ!こっちに来る時、海外じゃなかなか手に入らないらしいから、沢山持ってけって友達に言われたからね。」
「ほ、ほう・・・・・・、ちなみに何本位?」
「あとねぇ・・・あ、5本あった!これなら1本や2本無くしても平気でしょ?」
「そ、そうだな。」
がずらりと取り出してみせた耳掻きに、少々引きながらアイオリアが薄笑いを浮かべていると、ムウがようやくアルデバランの耳掃除を終えた。
「終わりましたよ・・・・、おや、そんなにあったのですね。」
「あ、どうだったムウ?楽しかった?」
「ええ。これがなかなかどうして・・・・、奥深いものですね。不思議な事に、嫌悪感というものがまるで湧きません。むしろ楽しささえ・・・・。」
「そう!そうなのよ!!」
とムウは満足げに耳掻きを握り締めると、シャカと童虎を振り返った。
「ね〜え二人共・・・・・・、耳、痒くない?」
「遠慮は要りませんよ。さあ。」
『・・・・・・・・』
九番手、シャカ。
「私は別に耳など痒くはない。」
「まあまあそう仰らずに。折角ですから、ね?」
「・・・・まあ良い。但しムウよ、私の耳に傷一つ付ける事は許さんからな。」
「案ずるには及びませんよ。アルデバランで練習しましたから。」
「俺は練習台だったのか;」
十番手、童虎。
「ほほう、これが日本の耳掻きか。」
「童虎も初めて?」
「いや、儂も似たようなものを使っておる。」
「へ〜。」
「何せ五老峰はあの僻地じゃからのう。人里に物を仕入れに行くのも一仕事じゃ。代わりに自然の恵みはたんとある。じゃからの、その辺の木の枝を折って、刀で適当に削って作るのじゃ。」
「へ〜!ハンドメイドかぁ!それも楽しそうね!」
「じゃから、このように細く滑らかな棒にはならんのじゃがな、ハッハハハ!」
「ちょっと、動いちゃ危ないわよ、童虎!」
ムウとがそれぞれ膝にシャカと童虎を乗せて耳掃除に没頭していたその頃、最後の客がようやく現れた。
「やれやれ、やっと来れた。お前のせいで遅刻だぞ、サガ。」
「やかましい。元は貴様のせいだ。」
「何故そうなる!?原因は明らかにお前の長風呂だろうが!」
「お前が私の前に風呂に入っていたから遅くなったのだろうが!」
「だったら早く上がれば良いだろう!?」
「それはこちらの台詞だ!後がつかえているのだから、さっさと上がるのが礼儀というものだ!」
最後の客二人はまだリビングに現れていないものの、存在感だけは誰よりも大きい。
いくら玄関先とはいえ、こんな大声で喧嘩していれば嫌でもそうなるのだろうが。
そんな二人、サガとカノンの声を聞いた一同は、げんなりと顔を顰めた。
「来たぜ、一等うるさい馬鹿共が。」
「何だと、デスマスク?馬鹿とは誰の事だ?」
「うおっ、いつの間に入ってきやがった!?」
いきなり背後から声を掛けられて驚きながらも、デスマスクは苦い顔をしたまま答えた。
「てめぇだよ、カノン。それとてめぇの兄貴とな。来た早々ガーガー騒いでんじゃねえよ。」
「それを言うならお前達もそうだっただろう。人の事は言えんぞ。」
「カミュ、良く言ってくれた。それはともかく・・・・・、は何をしているのだ?」
てっきり皆食べ始めているとばかり思っていたサガは、リビングの状況がそうでない事に気付き、不思議そうに首を傾げた。
「と老師と、ムウとシャカと・・・・・、一体この有様は・・・・?」
「焼き茄子はどうした、焼き茄子は?」
「焼き茄子はどうだか知らねぇが、今は耳掃除の真っ最中だ。」
『耳掃除??』
サガとカノンがそっくりな顔と声で同じ言葉を発したその時、童虎とシャカの耳掃除が終わった。
「あ、二人共!いらっしゃ〜い!」
「ああ、。邪魔しているぞ。」
「今日は耳掃除大会の日だったか?俺は夕食会だと記憶しているんだが。」
「う〜〜ん・・・・」
小馬鹿にしたように笑みを浮かべたカノンに苦笑しつつも、は事の顛末を話して聞かせた。
即ち、皆が来るのを待っている間にやっていた耳掃除を、第一の客ミロ・カミュ・アイオリアに見つかって、それから芋蔓式に全員分の耳掃除をやっていたのだ、と。
そして、そこまで言えば当然これも言わねばならないだろう。
「二人もどう?ついでだし、やってみない?」
「遠慮など要りませんよ。どうぞ。」
「何故ムウにまで誘われるのか良く分からんが・・・・、まあ、人間何事も経験だしな。」
「ならばサガよ、お前はムウにやって貰え。俺はにしておく。」
「しておく、だと?偉そうに・・・・、カノン、貴様どこから物を言っている?」
「何?」
「女の太腿に顔を摺り寄せたいという邪な欲望を、よくもそこまで高慢な言い方で表現出来るものだ。」
「それはお前だろう?お前の方こそ素直に『の膝枕が良い』と言えば良かろう?」
「私は断じてそのような事はない。ただ貴様の欲望からを護らねば・・・」
「そうですか、二人揃って私を拒否ですか。ふふふ、流石に聖域の教皇様と海界を取り仕切っておられた海将軍殿は肝の据わった御仁ですね。」
温和な笑みに形作られたムウの口元から飛び出す棘に、流石の二人も黙り込んでしまった。
妙に持ち上げてくれてはいるが、要するにこれは嫌味。
言っている事も『やんのかコラァ!?』と同義語であるのだから。
「も〜二人共!!こんな事でいちいち喧嘩しないで!!」
そこへ加えても怒り出したのだから、益々黙るしかない。
かくしてサガはに手を取られ、カノンはムウに引っ張られ、それぞれ耳掃除を受ける破目になってしまった。
十一番手、サガ 及び 十二番手、カノン。
「あ・・・・・・・」
「おや・・・・・・」
「な、なんだ・・・??」
「俺の耳がどうかしたか?」
『つま(ん)らない・・・・・・・』
各々の担当の耳を覗き込んだムウとは、揃って退屈そうに顔を曇らせた。
「つ、つまらないとはどういう事だ、?」
「耳につまるもつまらんもあるのか?」
「それが有るそうだぞ。私も同じ事を言われた。」
「カミュもか?それは一体どういう意味だ?」
「取り敢えず喜んで良い事ではないだろうか。『最高』と言われる方が屈辱な気がする。」
「それは俺が言われた事なのだが・・・・」
決まりが悪そうに顰め面になるアイオリア。
涼しい顔をして『気にするな』と諭すカミュ。
そして何が何だか分からないと言った風なサガとカノン。
そんな彼らに向かって、はチッチッと人差し指を振って見せた。
「違うわカミュ。カミュの耳は綺麗だったからつまらなかったけど、この二人のはまた違うケースよ。」
「何っ?というと?」
「濡れているのですよ、お二人共耳の中がね。」
ムウの言葉に、サガとカノンはあっと小さく口を開けた。
「ここに来る前に風呂へ入って来たのだが・・・・・」
「ああそんなの全然駄目!!どうしてお風呂なんか入って来るのよ〜!?」
「そんな事言われてもな;とにかく、つまらんのならもう良いだろう?俺は早く焼き茄子が・・・」
「いいえそうはいきませんよ、カノン。」
ムウはきっぱりと言い放つと、に向き直った。
「、こういう場合はどうすれば?」
「単純よ。耳の中が乾くのを待つだけ。けど、5分や10分じゃ乾かないしね・・・・・。」
「なるほど。かといって1時間も2時間も待ってはいられませんしね。」
すっかり耳掻きの虜になってしまったのか、ムウはいつになく真剣な顔で悩むと、ぽんと手を打った。
「あなた方、ちょっと小宇宙を燃焼させて、耳の中を乾かして下さい。大至急。」
「阿呆か!?大至急ではないわ!!そんな下らん事に何故いちいち小宇宙など燃やさねばならんのだ!?」
「あっ!!じゃあ、ドライヤーで乾かすってのはどう?」
「二人揃ってたわけた事ばかり言うな!」
「ははは、。耳掻きというのはそうまでする価値がある程のものなのか?」
「勿論よ、サガ!!」
「・・・・・・ふうむ・・・・・・」
「おい貴様!!そこで何を感化されたように溜息ついている!?」
一人怒鳴るのに忙しいカノンを尻目に、サガはまじまじと耳掻き棒を見つめた。
「こんなちっぽけな棒がな・・・・、それ程凄いのか?」
「この良さを知らないのは、人として一つ損をしていると思って間違いないわ。」
「全くもってその通り。私も今、それをしみじみ痛感しているところです。」
「む、それ程に・・・・・!?お前達二人がそうまで言う事だ、これは余程の・・・・。私も一度やってみたいものだ。」
「じゃあ、耳が乾いたら自分の耳を掃除してみる?」
「うむ・・・・・・」
頭をつき合わせてしみじみと話し込む三人。
耳掃除も良いけれど、いい加減腹が空かないものなのか?
その輪からこっそり抜け出したカノンとそれを見守っていた他の者達は、空きっ腹を押さえつつ口をへの字に曲げた。
「お前達・・・・・、耳掃除はその辺にしておいてだな、ひとまず・・・・・」
「よ〜・・・・・、焼き茄子はどうなってんだよ?」
「お姉ちゃ〜ん・・・・・、桃剥いてよ〜・・・・・・」
シュラやデスマスクや貴鬼が訴えかけたが、時既に遅し。
「たとえばこれが鼻毛切りだとするでしょ?そうしたら、他人のなんて絶対やりたくないでしょ?」
「ええ。」
「ああ。死んでも御免だ。」
「でも、耳掻きならそんなに気にならないのよね〜。そ・こ・が!!耳掻きの凄いところなの!」
「ほほう、なるほど。」
「確かに。私もアルデバランの耳を掃除した時、自分で自分が不思議でした。しかしこの棒、この先端の角度が今一つ甘いですね。」
「あっ、やっぱり分かったムウ!?そうなのよ、ちょっと気に入らないのよね〜。」
「今度オリハルコンででも作ってみましょうか。」
「あっ、良いな〜!私にも作って!」
「それなら私の分も作ってくれ。」
「構いませんよ。」
三人は既に、耳掻き道を驀進し始めていた。
「駄目だ、聞いちゃいねぇ・・・・・・・」
「おい、今冷蔵庫を見たんだが、焼き茄子なら出来てるぞ〜。多分あれがそうだろう。」
「でかしたミロ!よくぞ見つけた!俺はもう腹が減って死にそうだ!!」
「大声を出すのは止したまえアルデバラン。行儀の悪い。しかしあの様子では、待つだけ無駄なようだ。」
「私も同感だよ、シャカ。先にやらせて貰うとしようじゃないか。」
「そうじゃのう。達もその内来るじゃろうて。」
「ねぇ〜!オイラの桃は〜〜!?」
「騒ぐな貴鬼。俺が剥いてやる。」
「本当、シュラ!?じゃあ早く早く!!」
勝手知ったる他人の家。
躊躇いなく冷蔵庫を開けたミロが見つけてきた焼き茄子やら何やらを持ち出して、一同は一足先にひっそりと食欲を満たし始めた。
怪しげな教祖とその信者のように異様な盛り上がりを見せている達三人。
そんな彼らを止められる者は、ここには誰も居なかったのである。