休憩も終わって、再び練習再開。
「「ただいま!」」
「カツオ、ワカメ!おかえりなさい!おやつがあるわよ。」
ミロとアフロディーテにおやつを出すジェスチャーをする。
二人もまた、それを食べる仕草をする。
「二人とも、おやつを食べたら宿題するのよ。」
がお決まりの台詞を口にする。
ミロはその台詞を素直に聞き入れそうになったが、ふとの話を思い出して演技を練り直した。
― 確か『カツオ』という少年は腕白坊主なのだったな。
「いや、俺はこの後予定があるんだ。」
「予定って何よ?」
「カミュ達と飲みに・・・・」
「「・・・・・」」
とアフロディーテにジト目で睨まれ、ミロは二人の顔色を伺いながら恐る恐る言い直す。
「・・・・や、野球・・・?」
とアフロディーテが小さく頷いたので、ミロは気を取り直して演技を続けた。
「・・・・をするんだ。アフロ、じゃなくてワカメも一緒に行くか?」
「いや、私は遠慮しよう。宿題をやらねばならんからな。それに、か弱い少女が汗臭い少年達に混じって走り回るのも感心しない。」
「・・・・そ、そうか。残念だな。」
「では私は失礼する。姉さん、ご馳走様。姉さんのタルトは絶品だね。」
「そ、それはどうも・・・・。」
アフロディーテが優雅な微笑みと共に退場した。
そこでこのシーンは終了となる。
悪くはないが、それでもどこか間違っているように感じるのは気のせいだろうか?
しかし、それがどこかは分からない。
取り敢えず、おやつは貰い物の饅頭のつもりだったのだが。
だがその突っ込みはズレている気がするし、深くは追及しないでおこう。
という事で次へ。
男連中の帰宅シーンだ。
「義父上。今お帰りか。」
「マスオ君か。奇遇だな。どうだ、久しぶりに一杯付き合わんか?」
「勿論。ではいつものバーにでも。」
いやに渋い雰囲気を醸し出しながら、サガとカミュが演技を繰り広げる。
そこへシュラが登場した。
「ノリスケではないか。」
「君も今帰りか?」
「ああ。」
「丁度良かった。今一杯引っ掛けに行くところだ。良ければ付き合わんか?」
「ああ、付き合おう。」
こんな具合に淡々と進み、3人は晩酌のシーンを演じ始める。
「ノリスケ、タイコ夫人とは上手くいっているか?」
「いくわけなかろうが。性別が『男』の妻と上手くいく方がどうかしている。」
自分の役どころについて不満を感じているシュラは、つい台詞にそれを織り交ぜてしまった。
だが、聞き役のカミュはそれを綺麗にスルーして、演技に徹しきる。
「何、それはいかんぞ。夫婦の不仲は子供にも良くない。早いうちに関係を修復しておけ。」
「気色の悪い事を言うな!それよりマスオ、お前の所はどうなんだ?」
「この上なく順調だ。妻はれっきとした女性だし、何の不満もない。」
「だろうな。嫌だなどとほざいたら叩き斬っているところだ。だが、臆面もなく惚気られるのも無性に頭に来るな。ぶった斬りたくなる。」
「ストレスが溜まっているのではないか、ノリスケ。まあ飲むが良い。」
「ああ・・・・」
サガがシュラに酌をする振りをする。
そして更に手酌をし、一息に呷るジェスチャーをした。
「お前達二人など、まだ幸せではないか・・・・」
哀愁漂う口調に加えて、ご丁寧にも深い溜息などをついてみせるサガ。
その凄まじい演技力に、シュラとカミュのみならず、周りで見ている全員が思わず少し引き気味になる。
「私など、あの愚か者と連れ添わねばならんのだぞ。全く、何の因果であのような輩と・・・」
「貴方も相当ストレスが溜まっているようだな・・・」
「マスオ君も聞いたであろう。今朝の奴の、あの夫を夫とも思わん言い草を。」
「うむ・・・・」
「残念ながら、あんなクズでも私の妻だ。食わせてやるのが夫の務めだ。嫌々だがな。」
「そ、そうか・・・・」
「会社は会社で、どんなに働いても評価してくれん。同期はどんどん出世していくのに、私はロクにうだつも上がらないまま、気がつけばこの年だ。」
「「・・・・・・」」
くだを巻くのではなく、ただ寂しげな笑みを浮かべて淡々と台詞を呟くサガ。
あまりのリアルさに、とうとう共演者二人が言葉を失う。
困り果てて縋るような眼差しで見つめてくるシュラとカミュに、は慌ててその場に乱入した。
「父さん、マスオさん!やっぱりここに居たのね。あら、ノリスケさんも一緒だったの。」
「ああ。」
「遅いから迎えに来たのよ。帰りましょう。ノリスケさんも、タイコさんとイクラちゃんが待ってるわよ。」
「帰れるのは望むところだが、奴らが待っていると思うと気が重い。というか、待ってなどおらんと思うのだが。」
シュラは、どうにも己の心の叫びを台詞に託してしまうらしい。
だがは敢えてスルーして、強引に演技を続けた。
「まあ、ノリスケさんったらかなり酔ってるわねー!さ、皆帰りましょう!!」
そのままは、そそくさと3人を連れて退場した。
そしてとうとうラストシーン。
帰宅した・サガ・カミュを、残りの家族が仁王立ちで待ち受ける。
「ただいまー。」
「サザエ、ご苦労だったな。こいつらは何処にいた?」
「いつもの所でノリスケさんと飲んでたわ。」
「許せんな。俺の自由は奪っておいて、自分は好き放題か。」
カノンはサガを冷ややかに一瞥した。
「もう限界だ。俺はこの家を出て行く。」
「なっ!?何言ってるの母さん!?」
「おい、それでも母親か!?」
「子供も無事大人になった今、俺の役目は終わった。そろそろ俺を解放してくれてもいいだろう。」
「大人になったって、カツオとワカメはまだ小学生よ!?」
の尤もな指摘に、カノンは一瞬遠い目をした。
「・・・・・知らん。」
「『知らん』って!!」
「そいつらはどうにでもなるだろう。一人でも逞しく、というか、しぶとく生きていける。」
「おい!黙って聞いていれば勝手な事を!!」
「とにかく、誰が何と言おうと俺の決意は変わらん。さらばだ波平。」
「そうか、そこまで言うなら好きにしろ!!」
「あっ、ちょっと・・・・!!」
が止めるのもきかず、カノンはすたすたと退場してしまった。
そして、これをもって練習は終了となった。
黄金聖闘士達は、自分達の評価が下されるのをそわそわと待っている。
だが、は黙り込んだままである。
駄目だ。
こんな気まずいラストでは非常に具合が悪い。
どこから突っ込もうか苦悩するに、ミロが評価を催促した。
「、俺達の演技はどうだった?」
「え・・・・っと・・・。」
口籠るに、サガが満足そうな笑顔を浮かべて畳み掛ける。
「皆なかなか懸命にやっていたと思わんか?かくいう私も、しがない中年男の悲哀と苦悩をポイントに、渾身の演技をしたつもりなのだが。」
「確かに、サガの演技は迫力があったな。」
「ああ、見ているこっちが切なくなる程な。」
皆は口々に互いの演技を指摘しあって、褒めたりアドバイスを与えたりしている。
「、俺の演技もなかなか真に迫っていただろう。」
「え?」
今度はカノンが満足そうに声を掛けてくる。
「義務を果たし終えた中年女が、愛のない亭主に見切りをつけて第二の人生を歩み始めるのだ。」
「う〜〜ん・・・・」
「勿論お前のアドバイスも念頭に置いたぞ。冷め切っていても亭主は亭主だ。決して貶さず、綺麗に別れた。」
さあどうだ、と言わんがばかりのカノン。
その表情は実に晴れ晴れとしている。
その様子に触発されて、他の連中も己の演技を誇らしげに解説し始めた。
「俺だって、に聞いた話を基に自分なりに練ってみたんだ。鉄砲玉のような元気な坊主で、大人の言うことなど聞かずよく叱られる。けれど根は妹思いの良い奴なんだ。」
「それなら私だって。ちゃんと素直で可憐な少女を演じたぞ。姉の言う事をよく聞く、淑やかな少女だっただろう。」
「私も『人の良い入り婿』を最大のポイントにした。決してでしゃばらず、かつ無口でもない。それに、さりげなく妻への愛を義父にアピールしてみた。」
「俺は少々失敗だったかもしれん。つい舞台裏の事情を持ち込んでしまった。だが、ノリスケは良くタイコと喧嘩をするのだろう?不仲という方向性は間違っていないと思うのだが。」
後半組の解説と反省に混じって、前半組も己の演技を省みてシミュレーションをし始めた。
やる気だけはひしひしと伝わってくる。
そんな皆の様子に、は頭を抱えた。
皆の解説は確かに筋が通っている気もする。
だが、それでもやはりどこか違う気がするのだ。
しかし、シナリオ無しのアドリブ任せで行こうと決めた以上、各々の信念と感性に基づいた演技にケチをつける事は極力避けた方がいいだろう。
でないと、『ではお前がシナリオを用意しろ』と言われるに決まっているのだから。
「はどう思う?何か悪い所があるなら遠慮なく言ってくれ。」
「え、と・・・。うん、あの、取り敢えず、明るいストーリーに持っていってね。ほのぼのと、明るく。」
「ふむ。では熟年離婚は駄目という事か。」
「うん。喧嘩ぐらいなら有りだけどね。決定的にヤバいのはNGで。」
「分かった。」
「あと、18禁表現もNGね。」
「おう、分かった分かった。」
監督として、こんなアバウトな指導ではいけないのかもしれない。
だが、これ以上何を言えというのだ。
は、犯してはならないタブーだけを伝え、後は天運を神に任せることにした。
ぶっちゃけて言えば、匙を投げた。
「よし、ではもう一度最初から演ってみよう!」
「女神もきっとお喜びになるだろう。」
「しゃーねーな、いっちょ本気出すか?俺様が本気モードに入ると凄ぇぜ。」
「さあ!呆けている暇はないぞ!!」
「・・・・は、は〜〜い・・・・」
こうして、練習は日が暮れるまで行われ続けた。
そして発表の際、沙織に手渡されたプログラムの題名は、まるで言い訳のようにこう書かれていた。
『聖域風』サザエさん、と。