劇団『聖域』 前編




なんでこうなるの。




「・・・・という訳で、が監督を務める事に依存はないな。」

サガの採決に異を唱える者は誰もおらず、は厄介な大役を仰せつかる事と相成った。
それが何かと言うと。




事の起こりは昨日。
多忙でなかなか聖域に来られない女神こと城戸沙織が、久々にやって来た事から始まった。
再会を喜んで他愛もない話に花を咲かせた。それはいい。
だが、その中でも最も他愛のない部類に入る話が、とてつもなく膨らんだのだ。

それは日本の、しかもTVアニメの話題であった。
日本国民なら誰もがその存在を知っているという、あの『サザエさん』の。

だが沙織はそれを見たことがないらしく、しきりに興味を示したのだ。
は登場人物や物語背景などを軽く説明して聞かせたのだが、それが益々沙織の興味を煽った。
見てみたいと言う沙織に、は至極妥当な方法を勧めた。

日本でTVを見ろ、と。

だが沙織は多忙の身。
ゆっくりとTVを見る暇が取れない。
それはビデオ録画という方法を取るにしても同じらしく、は言葉に詰まった。

そしてとうとう、話は思いもよらない方向へと転がった。
沙織の鶴の一声で。



ホントにやるの!?サザエさんを!!??

そう、沙織の出した案とは、と黄金聖闘士達でそれを演じるというものであった。
ここでの観劇(?)ならば、用事を済ませるついでに立ち寄れるというのが最大のポイントらしく、すっかりその気になった沙織は、まだの了解もないうちから黄金聖闘士達に触れ回ったのだ。

女神の御命令とあらば首を縦に振るしかない。
『サザエさん』が何たるものかも知らないまま、黄金聖闘士達はそれを承諾してしまい、現在に至る。



「やるしかあるまい。女神の御命令に背く訳にはいかんのだ。」
「なんで私が監督なの!?」
「俺らはソレ知らねえんだから仕方ねえだろ。お前しかいねえんだよ。」
「・・・・なんで・・・・」

なんでこうなるの。


またもや同じぼやきを脳内で漏らし、はただ呆然と立ち竦んだ。





「まず、役を決めねばならんな。」

サガがテンポ良く段取りを進めていく。

、キャストはどうすれば良いのだ?」
「え?ごめん、聞いてなかった・・・・。」
「困るぞ、監督がそれでは。」
「スミマセン・・・・。」

取り敢えず謝った後、は何とか我に返ってサガの質問に答えた。

「えっと、まず主役はサザエさん。」
「ふむ、サ・ザ・エ・サ・ン、・・・と。」

書記を務めているアフロディーテが、の回答をメモに取っていく。

「で、サザエさんの旦那さんのマスオさんと、一人息子のタラちゃん。」
「ふむふむ。」
「次にサザエさんの両親で、波平とフネ。」
「どちらが父でどちらが母だ?」
「波平がお父さんで、フネがお母さんよ。」
「ほう。次は?」
「サザエさんの弟のカツオと、妹のワカメ。それに猫のタマ。主役一家はこれで全部よ。」
「ほうほう。」

にとっては今更な話だが、黄金聖闘士達にとっては未知のもの。
皆ふむふむと小さく頷き、覚えようとしているらしい。


「だが、これではキャストが少なすぎるのではないか?」

アフロディーテが書いたメモを読んだカミュが、に質問を投げる。
それに便乗するように、ミロも口を挟んできた。

「そうだ。女神は我ら全員に出演しろと仰られたのだから、これでは全員が出られないぞ。」
「うん、だからサブキャラを出さなきゃ。」
「サブキャラ。どんなのが居るんだ?」
「そうねぇ、沢山居るんだけど、取り敢えずよく出て来るのをピックアップすると・・・。」
「うむ。」

アフロディーテが再びペンを手にしてスタンバイする。

「サザエさんの従兄弟のノリスケさん。それから、その奥さんのタイコさんと一人息子のイクラちゃん。」
「どうでもいいが、こいつら皆変な名前だな。」
「デスマスク、君に言われたら『サザエさん』とやらも終わっているな。」
「・・・・ケンカ売ってんのか、シャカ。」
「貴様ら、この忙しいのにケンカなぞしている暇はないぞ。」

サガがデスマスクとシャカを窘め、に続きを促す。

「あとはね、お隣に住む伊佐坂先生と、奥さんのお軽さん。」
「あと一人足りないぞ。」
「一人ってのが難しいのよ・・・・。カツオやワカメの学校関係とかだと人数多くなっちゃうし・・・。」

は頭を抱えるが、黄金聖闘士達には何の事だかさっぱり分からない。
取り敢えず、が回答するのをただじっと待っている。
はしばらく悩んでいたが、急にひらめいたように顔を上げて答えた。

「三河屋のサブちゃん!!これならピンで使えるわ!!」
「そうか、何の事だか皆目見当がつかないが、ともかく良かった。これで人数分決まったな。」
「決まったところで、それを誰がやるんだ?」

カノンの何気ない発言が、次のステップへの幕を開けた。




リストアップしたキャラに関する簡単な説明を終えた後、配役を決める事となったのだが。

「主役のサザエさんはでいいだろう。」
何でーーー!!??

シュラの意見に、は激しく抗議した。
だがシュラは、さも当然のように涼しく切り返す。

「サザエさんは女だろう?それにこの話を知っているのはお前一人だ。お前以外に誰が演れる?」
「うっ・・・」
「では、サザエさんは、と。」
「ああっ、アフロ!何勝手に私の名前書いてるの!?」
「次。誰が何を演る?」

猛然と抗議するをやんわりとかわして、アフロディーテは皆に問いかけた。
だが、ここからが大変だった。

最も人気を集めたのは、当然だが夫である『マスオさん』役。
これには殆ど全員が立候補し、発生した小競り合いはあわや千日戦争というところにまで発展した。
逆に人気がなかったのは子供役とタマの役。
プライドが許さないらしい。

監督&主役はあっさり決まったのに対して、脇がなかなか固まらない様子に苛立ったサガは、とうとうブチ切れてメモ用紙を切り裂き始めた。
突然の奇怪な振る舞いに全員がおののく。

なっ、何をしているサガ!?
何もそんなに怒らなくてもいいだろう!
しかもやり方が薄気味悪いぞ!!必殺技の方がまだマシだ!!」
黙っていろ!!貴様らが思っているような事ではない!!」

サガは細かく裂いた紙にアフロディーテからひったくったペンで何かを書き記すと、それを片手に握って皆の目の前に繰り出した。

「引け。」

どうやら『クジ』だったらしい。
至極合理的で公平な手段に納得させられ、黄金聖闘士達はしぶしぶ大人しくクジを引いた。
そして引いたクジは本人に見せる事無くの手元に集められ、サガとによって纏められた。




「では配役を発表す・・・、いや、ここは監督のにやって貰おうか。」

ついいつもの癖で場を取り仕切りそうになったサガは、咳払いを一つするとにその役を委ねた。
『監督』と呼ばれたは嫌そうにメモを受け取ると、しぶしぶそれを読み上げ始める。

「まず、主役のサザエさんは・・・、私。」
「イェーーー!!期待してるぜ、主演女優!!」
「蟹、騒ぐな。」

茶々を入れるデスマスクに拳骨を落とすサガ。
再び静かになったのを見計らって、は次々と読み上げていく。

「マスオさんはカミュ。波平がサガで、フネはカノン。」

カミュは少し照れて俯き、サガは無表情、カノンは嫌そうに顔を顰める。
ちなみに、その他の者の針のような視線は全てカミュに突き刺さっている。

「カツオがミロ、ワカメがアフロ、タラちゃんはアイオリア。」

そこで大爆笑が起きる。
サガですら、堪えきれない笑いを漏らしている。
当のアイオリアは真っ赤に顔を染めてそっぽを向いてしまった。
はどうにか笑いを引っ込めると、次を読み始めた。

「タマは貴鬼。ノリスケさんがシュラで、タイコさんがムウ。イクラちゃんはシャカ。」

主役の従兄弟一家は、顔を見合わせて嫌そうに眉を顰めた。

「伊佐坂先生が童虎で、お軽さんはアルデバランね。それからサブちゃんがデス・・・、と。以上。」
『以上』じゃねえよ!!何で俺がそんなはぐれキャラなんだよ!?」

デスマスクが猛然と食って掛かったのを皮切りに、それまで言いたい事を堪えていた全員が口々に不満を訴え始めた。

「サブちゃんのどこが気に入らんのだ!!俺など3歳児だぞ!?
「甘いぞアイオリア!!私などそれより更に年下の、赤子に毛が生えた程度の生き物ではないか!!」
その生き物の母親役なんてまっぴらですよ。」
そんな貴様ら二人と家庭を築かねばならん俺はどうなるのだ!!」
「それを言うなら俺など実の兄貴と夫婦役だぞ!?おまけに俺が女役でだ!!
「それなら幼女の役をやらされる私の方がもっと不幸だ!君はまだ大人なだけマシではないか!」

盛大に文句を垂れる面々に、まだ比較的マシな役が当たった者がまあまあと宥める。

「仕方あるまい。公平にクジを引いて決めたのだから。」
「そうだぞ。それにたかが余興だ。そんなにカリカリしなくても。」
「カミュ、貴様にだけは言われたくない!!」
「文句ばかり垂れるな!いい加減にせんとスカーレットニードルを喰らわせるぞ!!」
「やれるもんならやってみろ!!」

演る前からこんな状態で、この先どうやってこれを纏めていけと言うのだ。
は、早くも頭痛がし始めた頭を人知れず抱えた。




「さて、次は脚本だな。」

どうにか己の役柄に納得、というか覚悟が出来た黄金聖闘士達は、更なるステップへと踏み出した。

「監督、頼むぞ。」

当然の如くシナリオ作成を依頼され、が再び抗議の声を上げる。

そんなーー!!私一人で!?脚本なんて書いた事ないのにーー!!」
「仕方あるまい。監督なのだから。」
「シナリオ書きって監督の仕事!?」
「細かい事はさておき、頼むぞ。」

そう言われても困る。

「時間ないのに、主役演って監督して、その上シナリオなんて作れない!!」

はいつになく必死で駄々をこねた。
それもそのはず、発表は3日後に迫っている。
あんまりといえばあんまりな日程だが、それしか沙織の都合がつかなかったのだ。
黄金聖闘士達とて、の負担は重々承知している。
の必死な様を見るに見兼ね、数人が味方についた。

「ふむ、尤もな言い分だな。」
「だが、こればかりは俺達が代わってやる事は出来んぞ。なんせ知らんのだから。」
「だがストーリーがなければ演劇にならん。」
「というか、今更だがその『サザエさん』のストーリーはどんな内容なのだ?」

アルデバランが最も初歩的な質問を投げかけた。

「ストーリーって言うか・・・、要するに、家族の何気ない日常なのよ。」
「そうか。つまり、どんなつまらん事でもネタになるという訳だな。」
「うん。」

の回答を逆の観点から理解したカノンは、大胆な事を言い出した。

「それならどうにかなるかもしれん。」
「どういう事?」
「シナリオだ。ちゃんとしたものが無くても平気じゃないか?」
「えー?でも・・・・、大丈夫かな?」
「カノンの言う事も一理ありますね。取り敢えずアドリブで演れるのでは?」
「シナリオがあろうがなかろうが、どうせ即席の素人芝居だ。大した差はあるまい。」

ムウとシャカも請け負う。
冷静沈着な二人に後押しされるように、は頼りなく最終決定を下した。

「じゃあ、シナリオはなし、の方向で・・・、宜しいでしょうか??」
「うむ、異存ない。」
「いいんじゃねえ。」
「各々の持つ演技力を最大限に燃焼させる、それもまた修行だ。
何のだ。俺達は別に俳優志望じゃないぞ。」


必要事項も何とか決め終え、あとは稽古に励むのみ。
一同は果たして無事に『サザエさん』を演じる事が出来るのか!?




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後書き

また何をおっ始めているんだ、私(笑)。
もうホンマ、毎度毎度申し訳ないです(汗)。
こんなアホ話書いてる暇があるんなら、長編をさっさと片付けんかい!!
と言われそうです(笑)。

でも!でも!!

・・・・好奇心には勝てませんでした(爆)。