カノンは今、猛烈に己を恥じていた。
こんな事位でこんなに血が上るなんてどうかしている。
そう分かっているのに止められないから、自分で自分が恥ずかしいのだ。
「な・・・・・、何なの、何で急にホテルなんか・・・・・・」
ホテルに強引に連れ込み、部屋に入ってから、カノンはようやくの手を放した。
は明らかに不審がっていて、警戒しているようにさえ見えた。
その少し強張った表情がまた、より一層の羞恥心を掻き立てる。
「・・・・・・・クソッ、最悪だ・・・・・・・・」
カノンはサングラスを毟り取るように外してその辺に無造作に放り出すと、火の出そうな顔を片手で押えた。
「最悪って・・・・、何が?」
「最悪だ、これが最悪でなくて何なんだ!」
カノンはおずおずと問い掛けてきたの方を振り返り、声を張り上げた。
「自分で言いたくはないがなぁ、俺はもう結構イイ歳なんだぞ!」
「そ、それは知ってるけど・・・・・」
「それなりに場数だって踏んできている、それなのに何でこんな・・・・・!これじゃまるで青臭い小僧じゃないか・・・・!」
「あ、あの〜・・・・、何の話だかさっぱり分かんないんだけど・・・・・」
は本当に訳が分かっていなさそうだった。
には時々こういう事がある。
そして、そう、こういうところがいけないのだ。
自覚した上でやっているのではなく、無意識だから。
「お前だお前!お前のその服!」
「えっ!?私!?私の服がどうかした!?何かおかしい!?」
カノンは猛然とのスカートを指差した。
どうも新調したばかりの物らしい、ミニスカートを。
それがおかしい訳ではない、似合わない訳ではない。
むしろよく似合っていると言っても良い位なのだが、問題はそこではなかった。
「さっきからチラチラチラチラ見えてるんだ事ある毎にパンツが!!」
「えぇっ!?」
勢いに任せて一息で言い切ってから、カノンは深々と溜息を吐いた。
「そ・・・そうだったの?」
「ああ。」
「あの、じゃあ、さっきの雑貨屋さんでも?」
「ああ。」
「あの、猫撫でてた時も?」
「ああ。ったく、そんな短いスカートで無防備に腰を屈めたりしたら、見えるに決まっているだろう!?」
「あぁ!だからあんなに後ろにピッタリくっついてたの!?隠してくれてたって事!?」
「そうだ!」
ピッタリと後ろに張り付いていたのは、恋人のあられもない姿を他の男に見られたくなかったからだ。
を男共の下衆な視線から守る為にだ。
だが、それだけかと言われると、実のところそうではなかった。
「じゃあ、カフェでも?」
「・・・・・・・・」
実のところは、恥ずかしげもなく湧き起こってきそうになる己の欲望を抑える為、という理由が一番大きかった。
だから、ミニスカートの奥で白い腿や黒い下着がチラチラと見え隠れする度に、慌てて己の身を壁にしてガードしていたのだ。
通りすがりの男だけではなく、自分自身にも見えぬように。
そうして何とか平常心を保ってきたのだが、しかしそれにも限度というものがあった。
サングラスを拾おうとテーブルの下に屈み込んだ時に、カノンの平常心は欲望の前に完全に屈服したのだ。
「・・・・ああ見たともバッチリしっかりな!悪いか!?」
余りの恥ずかしさに、カノンは思わず逆ギレ気味に返事をした。
「言っておくがな、何もこんな真っ昼間からホテルに連れ込もうなんて最初から考えていた訳じゃないんだぞ!
一応これが初デートに当たる訳だし、ここはひとつお前を喜ばせる為に、順序立ててやっていこうと思っていたんだ!」
「順序立てて?」
「そうだ!ゆっくり町を見物して、夜景でも観ながらゆっくり食事を楽しんで、
それから・・・・と思っていたんだ!それなのにまさかパンチラ如きで抑えが利かなくなるとは・・・・・!
クソッ、俺とした事が・・・・・!」
再び羞恥心に苛まれ始めたカノンを見て、は可笑しそうに笑った。
「ふふふっ・・・・・!そうだったんだ、あはははっ!」
「・・・・何がおかしい?」
「ごめん!おかしいとかそういうんじゃないの!」
カノンが恨めしげに睨むと、はどうにかこうにか笑いを引っ込めた。
「そんな事考えてたんだぁってちょっと吃驚したのと、あと・・・・、ちょっと嬉しかったの。」
「・・・・・・・」
「初デートって浮かれてるの私だけかなぁって思ってたから、嬉しかったの。
カノンがそんな風に考えて計画立ててくれてたなんて、ちっとも知らなかったから。」
「・・・・・・別に、わざわざ口に出して言う程の事でもないだろう。
それに、最初から全部言ってしまったら、楽しみが減るだろう?」
「そうよね。だから今、余計に嬉しいんだと思う。」
「・・・・・・」
「それに、服の事だって何にも言わなかったでしょ?だから多分興味ないんだろうなぁと思ってたから、
そんな風に反応してくれてたんだって知って、ちょっと吃驚しちゃって。」
「・・・・・・・」
「それから、人に見られないようにって気遣ってくれたのも嬉しかった。ありがとね。」
はにかみながら喋るを、カノンはじっと見つめていた。
「ふふふっ、でもね、折角気遣ってくれたのに何だけど、このスカートの下は見せパンなのよ。」
「見せパン?」
「そ!見えても大丈夫なように、下着の上に重ね履きするパンツがあるの!それ履いてるから平気・・」
「何が平気なんだ?」
「え?・・・・んっ・・・・・!」
カノンは不意にを抱き寄せ、無邪気に喋るその唇を奪った。
「・・・・はぁっ・・・・!な、何を・・・」
「何だそれは。全く理屈になっていないだろうが。理解不能だ。」
「な、何で・・・・・?」
「見せパンだか何パンだか知らんが、スカートの裾からチラチラチラチラ見えてる時点でこっちは否応なしに刺激される。
で、こうなる訳だ。よく覚えておけ。」
「きゃあっ・・・・・!」
カノンはを抱きかかえると、ベッドに運んで横たえた。
「ん・・・・・っ・・・・・・、ま、待って・・・・・・」
は大人しくキスに応じながらも、微かな抵抗を見せた。
「デートの続きは・・・・・・?」
「これだってれっきとしたデートだろう?」
「そうかもしれないけど・・・・・・、でも、折角来たんだからもっとあちこち見たいし、
レストランの時間だって・・・・・・」
などと言いつつも、の身体からは既に力が抜け始めている。
本気の抵抗でない事は、一目瞭然だった。
カノンは構わずの服を脱がせながら、平然と答えた。
「心配するな。時間ならまだまだある。」
「でも・・・、まだこんな明るいのに・・・・」
「真っ昼間からセックスしちゃいかんという決まりはないだろう。」
「でも・・・」
「よく喋る口だな。少し黙ってろ。」
「んぅっ・・・・・!」
カノンはの唇を口付けで塞ぎながら、露になった胸を弄り始めた。
先端は少し触れただけですぐに固く尖り始め、カノンの手に確かな感触を与えてその存在を主張するようになった。
「あっ・・・・ん、ゃっ・・・・・・・」
カノンは真珠の粒のようなそれを、指先で擽った。
やんわりと優しく、しかし執拗に。
緩やかな刺激で、をじわじわと追い立てていく。
「あっ、あっ、んっ・・・・・!」
はもうすっかり無駄口を叩く余裕も無くしているようだった。
小刻みに震えながらしきりと身を捩り、その声も明らかに官能の色を帯びている。
その反応に満足して一旦手を止めてから、カノンは問題の不埒なミニスカートを脱がせた。
「・・・・・・・・・・これがその『見せパン』とやらか。」
カノンが冷ややかに呟くと、は決まりが悪そうに頷いた。
なるほど確かに、見えて困る部分は見えない造りになっている。
見た目も黒一色の無愛想なデザインで、およそそそられるような代物ではなかった。
だが、それはあくまで、これ単体で見た場合の話だ。
「やはりお前の理屈は理屈になっていない。」
「な、何で・・・・?」
自分を客観視するというのはなかなかに難しい事だが、それにしてもは分かっていなさすぎる。
この黒いパンツから伸びる白い脚の艶めかしさに、どうして気付かないのか。
見えそうで見えないというギリギリの造りが却って欲望を擽る事に、何故気が付かないのか。
カノンは深々と溜息を吐いてから、おもむろにの両脚を抱え込んだ。
「・・・・・これでも十分そそられる。」
「なっ・・・・!?あっ・・・・・!」
不意を突くようにして柔らかな内腿に吸いつくと、の身体がビクンと跳ねた。
窓一枚、カーテン一枚隔てた向こう側は、陽気な午後の町。
だがその内側は、蜜のように甘ったるい空間になっていた。
「あっ・・・・は・・・・、ぁっ・・・・・・!」
はじめはこんな昼間からと恥ずかしがっていたも、もうすっかり情欲の虜になっていた。
「あぁっ・・・・・!はぁんッ・・・・・!」
組み敷かれて身を捩っているあられもないの媚態を、カノンは目を細めて見つめていた。
申し訳程度の薄闇は、貫かれて喘ぐの姿を覆い隠すどころか、却って艶めかしく際立たせて見せている。
切なげに寄せた眉も、濡れた唇から零れる甘い吐息も、何もかもがカノンを刺激してやまなかった。
「あっ、はぁっ・・・・!んあぁっ・・・・・!」
全く、こんな真っ昼間からフライング同然のセックスなど、予定外もいいところである。
それについてはまだ恥じているし、己で立てた計画を己でぶち壊してしまった事も悔しくて堪らない。
が喜ぶだろうから、初めての夜は思いきりロマンチックに演出してやろうと、
折角らしくもない計画を立てたというのに、そしてその為に、これまで我慢に我慢を重ねてきたというのに、何もかもが水の泡だ。
俺の今までの我慢は何だったんだ、とか、ロマンチックな夜どころかそもそも夜まで待てなかったとは
どういう事だ、とか、あとたったの数時間だっただろうが、とか、自分自身に対して言ってやりたい事は山のようにある。
「は・・っん・・・・・、カ・・・ノン・・・・・・!」
しかし、そんな後悔や自己嫌悪は、時折ふと思い出したように感じるだけで、長続きはしなかった。
潤んだ黒い瞳に見つめられ、名前を呼ばれると、そんな事はどうでも良くなってたちまち忘却の彼方へと吹っ飛ぶのだ。
「気持ち良いか・・・・?」
「あん・・・・・っ・・・・・、ぃっ・・・・・・・・!」
「何処がイイ・・・・?」
「やっ・・・ん・・・・・!そん・・・な・・・・っ、事っ・・・・・」
「答えないなら探ってやろうか・・・・?」
そして、思いきり情欲に押し流されながら、積極的に貪欲に、を求めてしまうのだ。
「これは・・・・・・?」
「あぁんっ!やっ・・・・、駄目・・・ぇ・・・・・・・!」
小刻みな律動を繰り返しながら紅い花芽を指で押し潰すと、の中が一層狭くなり、カノンを甘く苛む。
その悩ましい刺激を、歯を食い縛って耐えながら、カノンは尚も其処を攻め続けた。
「あっ、あぅ、やっ・・・・、あぁっ・・・・・・!」
擦れば擦る程、の中は熱く滑っていく。
結ばれた部分からは蜜がトロトロと溢れて、その音がの嬌声と混じり、薄暗い室内に淫らに響いている。
「じゃあこっちは・・・・・・・?」
「あぁっ・・・・・!やぁっ・・・・・・!」
カノンはに覆い被さると、誘うように揺れている胸の先端に吸いついた。
の中を掻き回すように腰を回しながら、その存在を主張している固いしこりを舌先で転がすと、
は声を震わせて身を捩った。
「やっ、あぁっ・・・・・・!駄・・目ぇ・・・・・っ・・・・・・!」
肩を掴んでくるの手に、力が篭っている。
拒絶するかのように、また、しがみ付いて耐えようとするかのように。
与えられる快感に翻弄されているの姿は、とても艶めかしく、愛おしかった。
「あっぁぁッ・・・・・・!カノ・・・ン・・・・・・・!」
ずっとこうしたかったのだ。
フライングだろうが予定外だろうが、これが、今この瞬間が、ずっと望んで夢にまで見た一時だった。
「・・・・・・・」
薄らと涙の浮かんでいるの瞳を見つめて、カノンはそっと触れるだけのキスをした。
そして、それを合図のようにして、の身体を抱え直し、激しく動き始めた。
自己嫌悪する理性も、口を訊く余裕も、最早なくなっていた。
「あっ、やぁんっ!」
「・・・・・・」
「あっ、あんっ、あっ・・・・・・!」
もうの事しか考えられない。
しっかりと腕の中に閉じ込めて、一分の隙もなく深く繋がって。
「・・・・・っ・・・・・」
耳元で名前を呼んで。
「・・・・・・・っ・・・・・・・・!」
「あっ、やぁっ・・・・・!カノ、ン・・・・・ッ・・・・・!あぁぁっ・・・・・!!」
心も身体も、一緒に溶け合う事しか。
崩れるようにして解けた後も、まだ離れたくはなかった。
喉も乾いているし汗まみれだが、シャワーも飲み物もまだ要らない。
それよりこのままもう少し触れ合っていたくて、カノンはに腕枕をし、その身体を抱き寄せた。
柔らかい髪を撫でていると、不思議なくらい満たされた穏やかな気持ちになる。
「・・・・・・・愛してる・・・・・」
ふわふわと宙を漂うような心地良さに浸っていると、思わずこんな言葉が口をついて出た。
するとは、トロンと甘く蕩けた表情のまま、カノンに微笑みかけた。
「・・・・・私も・・・・・・、愛してる・・・・・・」
先程の名残の甘い吐息が微かに混じった甘い声。
薔薇色に染まった頬と、可憐に潤んだ瞳。
何もかも、いつものとはまるで違っていた。
いつもの明るく快活なも良いが、今の蕩けるような甘い色香を漂わせているも魅力的だった。
「ねぇ・・・・、カノン・・・・・・?」
「ん・・・・・?」
の呼びかけに返事をした声が、自分でも驚く位、低く優しく響いた。
だが、悪くはない。
歯の浮くような甘い睦言の囁き合いも、偶には良いだろう。
「私ね・・・・・・・」
「何だ?」
カノンはに優しく微笑みかけた。
するとは、目を閉じて幸せそうに微笑みながら、カノンに身を擦り寄せてきた。
「お腹・・・・ペコペコ・・・・・・・」
そして、うっとりとそう呟くと、スースーと気持ち良さそうな寝息を立て始めた。
「・・・・・・何だそれは;」
ムードも何もあったものではない台詞に、一瞬本気でガックリきたが、
しかし幸せそうに眠りに就いたを見ていると、そう悪い気はしてこなかった。
「ったくこいつは・・・・・・」
頬を引っ張っても、鼻を摘んでも、は起きなかった。
腹も大概空いてはいるが、それよりも眠気が勝ったようだ。
今日は朝からはしゃいでいたし、途中で色々要らぬ心配もして、疲れがどっと出たのだろう。
「・・・・・・仕方ない、暫く寝かせてやるか。」
予定通りの順序は守れなかったが、と二人、この蜜のような一時にゆるゆるとたゆたうのも、
考えようによってはロマンチックな初デートだ。
明るい陽射しも外の賑わいも遮って、ぼんやりと薄暗いこの部屋で、二人で抱き合ってまどろむのも、
まるで映画のワンシーンのようで、これはこれで悪くない。
「・・・・・デートの続きは、また後でな。」
続きは、月が昇ってから。
カノンはの額に唇を押し当てると、瞳を閉じた。