秘密の犯罪は血の味 前編




ある暑い夏の午後。
空はどこまでも高く青く、雲はふんわりと白く、風は優しくそよいでいる。
そう、今日も聖域は平和だった。

今、この時までは。




教皇の間・執務室では、十二人の黄金聖闘士達がひしめき合っていた。
本日は溜まりに溜まった書類の整理を中心とした、中間大掃除の日である。


「あっちぃな〜!」
「ぼやいてないで手を動かせ、デスマスク。そんな事では全然掃除が進まんだろう?それにその煙草、さっきから何本目だ?」
「そんな事言ったってよ、こう暑いとやる気も起きねえぜ。何もこんな暑い時に大掃除なんてしなくても、年末で良いじゃねえか。なあ、ミロ?お前もそう思うだろう?」
「まあな。だが今、がスイカを用意してくれているからな。もう少しで休憩出来ると思うと、まだ頑張れる。」
「デスマスク、お前も少しはミロを見習え。ほら、雑巾。」
「チッ・・・・・」

サガに投げ渡された雑巾を渋々広げて、デスマスクは咥え煙草のまま、目の前のキャビネットを拭こうとした。
その時。


「・・・・・・・・ん?」

やけに攻撃的な小宇宙が、この執務室に向かって来ているのを感じ、デスマスクは煙草を灰皿に押し付けた。
先程までのだらけきった表情は、危険を察知するや否や、野性の獣のように引き締まる。
そして他の面々も。


「・・・・・感じたか?」
「ああ。何者かがこちらに向かっている。」
「強大な小宇宙だ。まさか、また新たな敵か?」

カミュが、シュラが、アルデバランが、緊迫した声で呟く。
彼らの感じた小宇宙は、それ程までに強く激しく脈打っていた。

だが、彼らも聖闘士最高峰と謳われる黄金聖闘士。
何者であれ、この聖域に害を成そうとする輩は成敗するのみ。
誰もがその実力を十分に兼ね備えては居るのだが、一つ気がかりなのはの事だった。


はどうする?もし今戻って来たら・・・・・」
「大丈夫だ、アイオリア。何者だろうとアイツにゃ手を出させねえよ。たとえ死んでも、な。」
「フッ、デスマスク。随分情熱的な台詞だが、言うなら本人に言ってやれ。」
が聞いたらさぞ恥ずかしがる事だろうがな。・・・・・・お前達、気を抜くなよ。」

カノンが、サガが、薄らと微笑みながらも油断なく敵を迎え撃つ構えを取る。

そうだ。
たとえ何者であろうと、には髪の毛一筋程の傷もつけさせはしない。


皆の表情に、その決意が現れる。
一同はそれぞれに臨戦態勢を整えて、間もなく現れるであろう未知の敵を待ち構えた。




そして、扉は開かれた。









うおおぉぉーーーーッ!!!

敵は怒りに満ちた雄叫びを上げながら踏み込んで来ると、その瞬間不敵にも技を繰り出して来た。


ペガサス流星拳ーーーーッッ!!!!
何ぃ!?

何故だかやたらに聞き覚えのある技の名前に、一同は驚きを隠せなかった。
しかし、流石は黄金聖闘士。
めくらめっぽうに乱れ打たれたペガサスの必殺拳を、誰もが難なくかわした。
だが。

甘いぜ!ダイヤモンドダストォォォーーーッ!!
喰らえ、盧山昇龍覇ぁぁぁーーッ!!
行け、チェーンよ!ネビュラッチェーーッン!!

青銅の、『行動は常に団体で』という習性は、相変わらず健在であった。
キグナス・ドラゴン・アンドロメダの奥義が、間髪を入れず黄金聖闘士達に向かって放たれる。
だが、それも結果は同じ事であった。



「紫龍ではないか!?いきなりどうした!?」
「氷河!いつ聖域へ!?来るなら来ると言えば、このカミュ、空港まで迎えに出てやったものを!」
「アンドロメダ、いきなりこの私に拳を向けるとは、それは日本土産のつもりかな?」

シュラとカミュは驚いたように目を見開き、アフロディーテは放ちかけていた黒薔薇を何処へともなく消して微笑む。
そしてサガは、慈愛に満ちた眼差しで星矢の頭を撫で、にこやかに言った。

「星矢よ、暫く見ない内に腕を上げたな。だが、何も来るなり見せつけてくれずとも良かろう。まあ良い、皆よく来た。歓迎するぞ。」
ふざけんじゃねーーッ!気安く頭なんか撫でるんじゃねえよ!」

星矢はいつになく刺々しい眼差しをサガに向け、その大きな手を乱雑に払いのけた。

「どうした、星矢?何をそんなに怒っている?」
「サガよ。恐らく反抗期であろう。思春期真っ只中のこやつ等なら十分に考えられる事だ。」
「黙れシャカ!俺達を子供扱いするな!!」
「子供扱いも何も、お前らはまだ子供だろう。はははは!外は暑かっただろう、ジュースでも飲むか?」
「ふざけるな!」

ミロが息巻く氷河の肩をバシバシと叩いたが、氷河もまた星矢と同じく燃え滾るような瞳をしてその手を払いのけた。
そして紫龍も、瞬も。

「ま、まあ何はともあれ、よく来たな紫龍。元気そうで何よりだ。」
「うむ。時に紫龍よ、春麗はどうした?あまり放っておいて、寂しい思いをさせるでないぞ。」
「老師、シュラ。俺は貴方達とそんな世間話をする為に来たのではありません!」
「アンドロメダ、貴方までそんな顔をしてどうしたのです?」
「ムウ、貴方までしらばっくれる気なの?」
「何の事です?」

ムウをはじめ、誰もが首を傾げる中、青銅聖闘士達だけが鬼のような形相をしている。


「おい、一体何事だ?来た早々、何をそんなに息巻いている?」
「カノン、お前もしらを切り通す気か?まあ良いさ、とにかく俺達は、お前達を倒す!!
「そうだよ!僕達一人一人では敵わなくても、全員一丸となれば不可能な事なんて何もないんだ!」
「そうさ、俺達はいつもそうやって死線を潜り抜けてきた!
「たとえ死ぬ事になろうとも、熱き血を分かち合った兄弟達となら、地獄の底にだって行ける!覚悟しろ!」
ちょっと待て小僧共。

目に涙さえ溜めて激昂する少年達を、デスマスクが一言の下に制した。


「只でさえ暑いのに、何を暑苦しい事言ってやがんだ。」
「そうですよ。しかも何ですか、その『赤信号 皆で渡れば 怖くない』のような危険思想は。
「ムウの言う通りだ。大体俺達は、訳も分からずお前達と闘う気はない。何があってこうなったのか、一から説明しろ。」

アイオリアに言われた星矢は、固めていた拳を忌々しそうに引っ込め、懐から一枚の写真を取り出して彼に差し出した。
それを受け取ったアイオリアは、首を傾げながら写真を見て・・・・・・・・

鼻血を噴いて卒倒した。




「おっ、おいアイオリア!大丈夫か!?」
「あ、アルデバラン・・・・・・!これを・・・・・・!」
「何だこれは・・・・・・・・、うぉっ!!」

アイオリアを抱き起こしたアルデバランも、受け取った写真を見て仰天する。
その様子に何事かと駆け寄ってきた残りの黄金聖闘士は、アルデバランの手から写真をひったくって。

そして。


なっ、何ぃぃ!?!?


と、叫んだ。








「おい星矢、これは一体何だ!?」
「何だ、だと・・・・・・?サガ、まさか覚えがないなんて言わせないぜ?」
「言わせないも何も、私には心当たりが・・・・」
黙れ!善人面した悪の化身め!俺達の目は誤魔化せんぞ!」

何もそこまで酷い事を言わなくても、という程の暴言をサガに向かって吐いた氷河は、そのままカミュに向き直った。

「それにつけても信じられないのは、わが師カミュ、貴方だ。」
「なっ、わ、私が何をしたと!?」
「俺は貴方を尊敬していた。貴方の全てを信じていた。それなのに、それなのにこんな・・・・・!俺は貴方を軽蔑します!今日限り、俺と貴方は師弟ではない、敵同士だ!!
ひ、氷河・・・・・・・・
「おい氷河!何もそこまで言わなくても!見ろ、カミュが泣いただろう!カミュ!お前もちょっと弟子に反抗された位でベソベソ泣くな!!

丁度二人の間に居たミロが、号泣する男二人に挟まれて自棄のように怒鳴り散らすが、その声を紫龍の怒声がかき消した。


「老師、シュラ!貴方達もだ!俺は貴方達のその強さを尊敬していた!拳ではなく、心のだ!気高く崇高な貴方達の精神を尊敬していたのに、なのにまさか・・・・」
おい、ちょっと待て!お前達は何か勘違いしているぞ!」
黙れ!この期に及んで言い訳とは、男らしくないぞ!」
「紫龍よ、少し落ち着かぬか!」
「老師、この紫龍、今の老師のお言葉に耳を傾ける事は出来ません!」
「そうだよ、紫龍の言う通りだ!・・・・・アフロディーテ、僕は元々貴方を軽蔑していた。
私だけ随分な言われようだな。納得がいかん。」
「話の腰を折らないで!とにかく、僕は只の一度だって、貴方を正しいと思った事はない。だけど、だけど・・・・・・・、貴方は貴方の正義を持っていた。命をかけてまで貫く信念が!そんな人が、何故こんな・・・・・・・」

瞬の言葉に紫龍が熱い涙を零す。
当の瞬も、氷河も、星矢も、それに同調するように涙を流した。

それはそれは悲しそうに。
悔しそうに。




「お、おい、お前達・・・・・・」

手近に居た瞬の肩に、カノンは恐る恐る触れようとした。
流石のカノンも、この状況は引くらしい。
おいおいと咽び泣く少年達を、なにはともあれまず宥めようとしたのである。

だがその時、彼のよく知る灼熱の小宇宙がそれを阻んだ。




「むっ・・・・・、こ、これは・・・・・・!」
『汚い手で弟に触るな。』
「まっ、まさかこの声は・・・・・・・!」
『仮にも正義の名をかざす聖闘士が、揃いも揃って乱痴気騒ぎ・・・・・・』
「こ、このやけに古い言い回しは・・・・・・・!
『挙句の果てにはよってたかって一人の女を手篭めにし、辱めるとは何たる醜態。』
「何の事か分からねぇが、手篭めって時代劇かよ;間違いねえ、この口調は・・・・・・」
『もはや貴様らに黄金聖衣を纏う資格など有りはしない。この鳳凰の拳で地獄に送り、閻魔の沙汰を喰らわせてやる!』
「ああっ、あれは・・・・・!」

突如空中から、灼熱の渦が現れる。
その中から炎と共に現れたのはあの男、不死鳥の一輝だった。


やっぱり!!!
何が『やっぱり』だ!今すぐ引導を渡してやる、観念して地獄に落ちろ!」
「兄さん!来てくれたんだね!」
「待たせたな、瞬。」
「一輝!心強いぜ!さあ皆、いくぜ!」
『おう!』
「いや、『おう!』じゃねえよ。待てっつってんだ。」

懐に飛び込んできた星矢の顔面を掌で押さえつけて、デスマスクは深々と溜息をついた。



「お前らなぁ・・・・・、いい加減にしとけよ!いくら俺達でも、終いにゃマジでキレるぞ!」
「キレてんのはこっちだ、デスマスク!よくも、よくも姉ちゃんに・・・・・・!」

星矢は大粒の涙をボロボロと零すと、足元に落ちていた写真を拾い上げた。


「・・・・・お前達になら、安心して姉ちゃんを預けておけると思ったのに・・・・・。よくもこんな目に遭わせやがったな、よくも・・・・・・!」
「お、おい小僧・・・・・・」
「よくも俺の姉貴を!!!」

血を吐くような悲痛な叫びを上げた星矢は、写真を放り出して再びデスマスクに立ち向かっていった。


ひらひらと宙を舞う写真。
そこに写っていたのは、彼ら黄金聖闘士と

艶かしい裸体を荒縄で縛られたを取り囲む、楽しそうな黄金聖闘士達全員の姿だったのである。






「死ね、デスマスク!」
「チッ、小僧が!言っても分からねえか!」

星矢の拳が、今正にデスマスクに襲い掛かろうとしたその時。



「お待たせ〜♪スイカ切ってきたよ〜!」

この一触即発のムードに水を差すような呑気な声で、噂の渦中の人・が大皿にてんこ盛りのスイカを持って現れた。

「ってあれ!?星矢!?紫龍君達まで!やだ〜、いつ来てたの!?久しぶりねえ、元気だった!?」
姉ちゃん!?」
さん!?無事だったのか!?」

余りに元気そうなの明るい表情を見て、星矢達の闘気が引っ込む。
少年達は黄金聖闘士達の事など綺麗に忘れて、我先にとの元へ駆け寄った。


「姉ちゃん、姉ちゃん・・・・・!」
「ちょっとどうしたのよ!?何泣いてんの!それより、外暑かったでしょ?ほら、泣き止んでスイカ食べなさいよ、ね?ほら、皆も!」

にこにこと皿を見せるに、また少年達の涙が溢れ始めた。

「サガ達も食べてよ!よく冷やしておいたから、美味しいわよ〜!」
「あ、ああ・・・・・・・」
さん・・・・・、可哀相・・・・・・!」
「可哀相?何言ってるの、瞬君?」
「この人達にあんな目に遭わされたのに、そんなに健気に・・・・・!どうしてなのさ!?」
「どうしてって・・・・・、瞬君こそどうしたの?
「・・・・・・そうか、読めたぞ!」
「氷河君まで・・・・・、何が読めたのよ?」
さん、こいつらに脅されているんだろう!?言う事を聞かないと酷い目に遭わされるから、黙って従っているんだろう!?」
は!?

は大きく目を見開いた。


「ちょっと待って!皆何言ってるの!?」
「何という事だ・・・・・、か弱い女性を力で脅して言う事を聞かせるとは・・・・!恥を知れ!!」
「いや、紫龍よ、そんな覚えは俺達さらさら無いんだが・・・・・
「言い訳は聞きたくないぞ、アルデバラン!」
「そうだよ!貴方ともあろう人が情け無い!いや、貴方だけじゃない、皆そうだ!仮にも聖闘士最強の黄金聖闘士が女の人を脅して屈服させるなんて、あんまりだよ!」
「そうだ!さんはお前達の性奴隷になる為に、この聖域に来たのではないぞ!!」
せっ、性奴隷!?

氷河のぶっ飛んだ言葉に驚いたは、手近に居たシュラに詰め寄った。


「ちょっとシュラ!この子達どうしたのよ!?」
「俺に訊かないでくれ!俺達にも覚えのない事なんだ!」
「誰か変な事吹き込んだんじゃないでしょうね!?もしかしてデスの仕業!?」
「知らねえよ!!」
「氷河・・・・・、性奴隷なんて単語、一体何処で覚えたのだ!?まさか修行を怠って、如何わしいビデオばかり観ているのではなかろうな!?」
カミュ、問題はそこじゃないぞ。

一人違う問題で悩むカミュに突っ込んで、ミロはの肩をごく自然に抱いた。


「ああミロ。ねえ、何があったの?」
「俺達にも何が何だかさっぱり分からんのだ。全く身に覚えがないというのに。」
「ミロ、その手を離せ。さん、あんたもこっちへ来るんだ。」

一輝が少年らしからぬ低い声でを呼ぶ。

「俺達が来たからには、もうその獣共に従う必要はない。俺達はあんたを助けに来たんだ。」
「助けるって、え?え??ちょっと待って一輝君!何を・・・・」
「当然だろう!?姉ちゃんが酷い目に遭ってるってのに、俺、じっとなんかしてられないぜ!」
「そうだ!星矢にとって姉も同然の人なら、この氷河にとっても同じ!助けるのは当然だ!」
「さあ、さん!早く!」
さん!」
「ちょっと皆・・・・・・!」

青銅の少年達は、涙ながらに手を差し伸べてくる。
黄金聖闘士達は困惑顔で、気まずそうにもぐもぐと口籠っている。
何も事情を知らないが、この状況でどうやって冷静な対処をとれるというのか。

従って。


いいからちょっと落ち着きなさーーーいっ!!!

と怒鳴るしかなかったのも、仕方のない事だったのである。




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後書き

一年と半年足らず夢を書いてきて、今更ですが一つ分かった事があります。

アホ話を作るには、下ネタが一番楽!

や、別に、また下品な作品になった言い訳とかではなく。え、エヘヘヘ・・・・・。
さ、さようなら〜〜(逃亡)!!!