「ん?」
帰宮した途端、出迎えを受けた。
いや、相手はきっとそんなつもりではなかったのだろうけれども。
「・・・・・・・・・」
吃驚したように丸くらんらんと光る瞳と、そのまま黙って見つめ合う事暫し。
「・・・・・・・・お主、何処から来た?」
やがて童虎はその双眸を緩め、目の前の相手に向かって穏やかに語りかけた。
「ミッ、ミミミャッ!」
「おうおう、元気が良いのう。」
こちらから接近を試みるや否や、その相手、仔猫であるが、それは途端に無邪気に擦り寄って来た。
しゃがみ込んだ童虎の服の腰紐を玩具に見立てて勝手に遊び始めているのを見るにつけても、良く人に慣れているのが分かる。
「ホッホ、これこれ。じぃっとしとれ。よーしよし・・・・・」
童虎は、無邪気なその仔猫を抱き上げてみた。
仔猫ははじめビクリと身体を強張らせたが、やがてすぐに力を抜き、ゴロゴロと喉を震わせ始めた。
「愛い奴じゃのう。お主、野良か?母とはぐれたのか?」
仔猫には通じない言葉と知りつつも話し掛けていると、後ろから人の来る気配がした。
「なかなか見つからんな。」
「ねぇ。何処行っちゃったんだろう?」
無用に撒き散らされている訳ではないが隙のない小宇宙と、隙だらけの小宇宙が、仲良く並んでこちらに向かって来る。
童虎は口元を綻ばせた顔を背後に向けて、その持ち主達に声を掛けた。
「ミロとではないか。」
「あっ、童虎。お帰りなさい。」
「うむ。ところでどうした?何か捜しておるのか?」
童虎は二人に何気なく尋ねた。
事情を知らなかったのだから、無理もない。
「うん。実はね。」
「仔猫を捜しているのですが、これがなかなか難航していまして。老師はお見掛けなさいませんでし・・・・」
「ん?」
「あああーーーーーーッ!?!?」
「居たーーーーーーーッ!!!!」
「なっ、何じゃ!?」
目を見開いたとミロに指を指さされるのを、童虎は一人訳も分からず見つめ返した。
「なるほど、そういう事情だったのか。」
「はい。老師のお陰で助かりました。」
事の次第を説明した後、ミロは童虎から仔猫を抱き取った。
キジトラ模様のその仔猫は、ミロの手の中というごく限られた場所であるにも関わらず、ミロの髪の毛にじゃれついてみたり、興味津々な顔で首を伸ばして下を眺めてみたりと、落ち着きのない行動を取っている。
「これでカミュも安心するでしょう。な、?」
「うん。また一匹、無事で見つかって良かったわ。」
「して、そやつは宝瓶宮に連れて行くのか?」
童虎の質問に、ミロは首を横に振った。
「いや、カミュは今任務中ですからね。あいつが戻るまで、俺が天蠍宮で預かりますよ。」
「左様か。」
「まがりなりにも親友ですから。」
デスマスクが捕獲した仔猫を収容する為の檻を作ってくれた事は、ミロも知っていた。
だがミロには、そこに預ける気など全くなかった。
檻が嫌な訳でも、デスマスクが信用出来ない訳でもなく、カミュへの友情故だ。
友の大切なものは、この手でしっかりと守っておいてやりたい。
そういう純粋な友情と善意故の決断だった。
それにミロ自身、動物は決して嫌いではない。むしろ好きな方だ。
かくしてミロは、当然の如く仔猫を自宮に連れ帰ったのであった。
仔猫の秘めた才能に気付かないまま。
ドタッ、バタバタバタッ!
トトトトトッ!
ミャッ、ミミミャッ!
「う゛〜・・・・・・・」
うるさい。
不愉快な騒音には気付いているが目を開けられる程覚醒している訳でもなく、ミロは顔を顰めたままゴロリと寝返りを打った。
今何時だろう。きっとまだ朝には遠い筈だ。
せめて三時間、いや二時間でも良い。
後にしてくれたら、起きて様子を見てやれるのだが、生憎と今は眠くて仕方がない。
― 放っておこう・・・・・
不快さと眠気を天秤にかけてみたら、眠気の方が圧倒的に勝った。
だからミロは、この際何も聞こえなかった事にして、もう一度眠りに落ちようとしたのだが。
カサカサカサッ。
トコトコトコッ、ボスッ!
「ウルミャミャミャンッ!!」
カサカサカサッ。
バシッ!!!
「うわっ!!」
細い針のような爪がニュッと伸びた手でビンタまで喰らっては、流石に起きざるを得ない。
ミロはガバッと瞼を開け、身じろぎした拍子に転がったのか、キョトンとした顔で傍らに寝転んでいる仔猫を抱き上げた。
「こら!何て事するんだ!いきなり人の顔を叩きやがって!」
「ミャ」
頬が僅かにチリチリと痛むのは、多分ビンタを喰らった時に伸びていた爪で傷付けられたのだろう。
それ自体は大した事ないのだが、安眠妨害はかなり堪える。
「今何時だと思ってるんだ、もう寝ろ。遊ぶのはまた明日だ。分かったな・・・・ん?」
仔猫に説教を垂れていたその時、ミロは己の髪に何かが絡まっているのをふと目に留めた。
視界の隅にチラッと見えただけだが、何だろう。随分大きな塊だ。
ミロは改めてその部分を凝視し、そして。
「うわああっ!?!?」
と叫んだ。
それはこのまま標本にでも出来る位見事な状態で死んでいる、特大の蜘蛛だった。
状況から考えて、仔猫の猫パンチか何かが原因で死んだと思われる。
無駄な傷や欠けた部位が一つもないという事は、恐らく急所を的確に爪か牙で鋭く刺して葬ったのであろう。
いや、実に見事なものだ。
と、そこまで冷静に考えてから、ミロはふと我に返り、慌てて蜘蛛を払い落とした。
「おい!!何て事するんだ!!!」
虫恐怖症ではなくても、目覚めた途端髪に蜘蛛が絡まっていたら誰だって驚く。
しかもやたらにでかい奴だ。
胸に手を当てて激しい動悸を落ち着かせながら、ミロは蜘蛛を摘み上げてバルコニーの外へ放り出した。
「ミャン」
「ミャン、じゃない!膨れたって駄目だ!」
「ミャア・・・・・」
「探しても無駄だぞ!蜘蛛はもういない!諦めて寝ろ!」
ミロに叱られても、仔猫は不満そうな顔をしたまま、先程まで確かにここに居た筈の蜘蛛を探し求めてウロウロとしていた。
全く、大した根性と執念の持ち主である。
「しかし、でかかったな・・・・。」
全てが済んだ後で、ミロは妙に感心してしまった。
何処から入り込んだのか知らないが、よくあんな大物を仕留められたものである。
ベッドの中にまで持ち込んでくれた事は嬉しくないが、この幼さにしてのあの技量は純粋に称賛に値すると、動物嫌いでも虫恐怖症でもないミロは思った。
猫の生態学を記した本曰く、仔猫の遊びは獲物を狩る練習。
やがては親元を離れて一匹で生きていく為の修行。
単独で狩りを行う動物である以上、狩りの技術がなければ食いはぐれる、即ち死を意味する。
そうか、ならば仕方がない。どんどん遊びなさい。
と、目を細めて見守っていられるのも、昼間の内だけである。
「ミロ、ミーロ。」
「・・・・・・ん?ああ・・・・・・」
呼び声に気付いて、ミロはぼんやりとした顔をの方に向けた。
「どうしたの?最近ぼんやりしてるわね。寝不足?」
「ああ、まぁな・・・・・。いや、大丈夫大丈夫。」
多少は目が覚めるかと思い、両掌でゴシゴシと顔を擦ってみたが、眠気は取れない。
ついでに、目の下のクマも取れない。
「クマが出来とるぞい。相当疲れとるようじゃのう。ホッホ、夜遊びも程々にしておくが良いぞ。」
「違いますよ、老師。そんな事ではありません。」
それを指摘してからかった童虎に、ミロはやや憮然とした顔で反論した。
「・・・・・いや、実は例の仔猫が、毎晩夜中に騒ぐもんで・・・・・」
天蠍宮に連れ帰って以来、仔猫は毎晩のように遊び狂っていた。
勿論昼間も遊んでいるし、また一日の大半は眠って過ごしている為、一回あたりの遊び時間はそう長くないのだが、夜中にも必ず最低一度は起きて暴れ回っているのである。
ミロを悩ませているのは、正にこの夜中の大運動会であった。
仔猫の遊びは生きていく為に必要な修行であるし、その姿も見ていて微笑ましい。
だが、それが夜の夜中や明け方となると、そうそう微笑んでもいられないのだ。
獲物が見つからないのか、あれ以来虫を相手に遊んでいる事はないが、夜な夜な暴れ狂ってその辺りのものをひっくり返されては、おちおち眠ってもいられない。
仔猫を天蠍宮に引き取ってからというもの、毎夜のように安眠を妨害されているミロは今、重度の睡眠不足に陥っていた。
「・・・・・・・ふぅむ、なるほどのう。」
「眠れないんじゃ大変ね。」
ミロから事情を聞いた童虎とは、同情の目でミロを見た。
「何なら私の所で預かろうか?まともに眠ってないんでしょ?」
「儂がここに居る間ならば、我が天秤宮で預かっても構わんぞ。」
「・・・・・・いや。」
二人の申し出は嬉しい、だがミロは、敢えてそれを断った。
「あれは俺がカミュから預かった猫だからな。俺の手であいつに返してやりたいんだ。」
「左様か。」
「そっか・・・・・・。じゃあ、何か手伝える事はある?」
にそう訊かれて、ミロは暫し考えた。
「ねぇ・・・・・、これって何か意味あるの?」
「勿論。」
自分のベッドに寝そべりながら首を傾げているに、ミロはにっこりと微笑んで頷いた。
ちなみにミロ自身は、にベッドを貸している為、寝室の床にタオルケットを敷いて寝転んでいる。
ついでに言うと、隣には童虎が同じようなスタイルで、既に寝息を立てていた。
「と老師がここに来てくれただけで助かる。正直に言うと、実は少しばかり大変だったんだ。ああも夜な夜な起こされるとな。」
「でも、それなら私が預かっても良かったんだよ?」
「いや、それには及ばんのだ。あくまで多少大変だった、って程度だから。」
「・・・・・・・ふふっ、なるほどね。」
やけに遠回しな言い方だったが、にはミロの言わんとするところが分かったような気がした。
一人で仔猫の夜遊びの相手をするのは大変だから、付き合ってくれる誰かが欲しかった。
だが、仔猫は親友からの預かりものだから、意地でも自宮で保護していたい、と要するにこういう事らしい。
ミロはカミュを水臭いと言ったが、なんのなんの、これではミロも人の事は言えない。
どちらも根本の性格に『意地っ張り』という要素がある辺り、類は友を呼ぶという諺はやはりあながち間違いでもないと、は一人で納得していた。
「じゃまあ、とにかく寝ましょうか。」
ちらりと様子を伺えば、仔猫は今のところぐっすり眠りこけている。
「そうだな。煩くし始めても、放っておいてくれれば構わないから。」
「はーい。お休みなさい。」
かくして人間達も、ひとまず眠りに就く事となった。
が、ひとまずはやはり、あくまでも『ひとまず』であった。
「ミャ、ミャミャ。」
草木も眠る丑三つ時、仔猫は今夜も活動を始めた。
ミャンミャン鳴きながら人間達の周りをうろつき、遊んでくれと強請っている。
それに気付いたと童虎は、寝ぼけ眼を薄らと開きつつ、身体を起こした。
「これね、ミロが毎晩悩まされている夜鳴きって・・・・・・」
「ミロ、これミロ。猫が騒ぎ始めたぞい。」
ところがミロは、かなり深く眠り込んでいるのか、童虎が声を掛けても起きる気配を見せなかった。
スゥスゥと寝息を立てて、気持ち良さそうに眠ったままである。
「はぁ〜・・・・・・、よっぽど寝不足だったのね。ねぇ、起こすの可哀相じゃない?」
「そうじゃのう・・・・・、今宵は儂らで何とかするとしようか。」
「そうね。少し遊んであげれば、チビちゃんも気が済んでまた寝るだろうしね。」
余りにもミロが不憫で、と童虎は自分達二人で仔猫の相手を務める事に決めた。
「・・・・ってこら、ティッシュを悪戯しちゃ駄目!」
「おうおう、こりゃ大変じゃ。」
だというのに、仔猫は二人を待たずして、ティッシュの箱にじゃれついていた。
ティッシュは細い鉤爪に引っ掛かって、面白いように次々と飛び出して来る。
こうなったらもはや待った無し、二人は早速仔猫のお相手を始めた。
こうしてまた、幾夜かが過ぎた。
「ミャーン、ウミャ、ミャミャ!」
「う〜ん・・・・・・・・」
「うぅむ・・・・・・・・」
その間天蠍宮で寝泊りしていたと童虎は、見事にミロと同じ状態に陥っていた。
昼間目一杯働いて、さあ疲れたさあ寝るぞという頃に満足な睡眠が取れないのだから、当然と言えば当然である。
そして、ミロはと言えば。
「グ〜・・・・・・・・・」
心強い助っ人が二人も居るお陰か、最近はひたすら自身の体力回復に専念している。
言い換えれば、仔猫が鳴こうが暴れようが一向に起きない、という状態だ。
なので、ここのところはずっとと童虎が仔猫の相手をかって出る事を余儀なくされていたのだが。
「も〜〜・・・・・・・・・、お願いだから朝まで待って・・・・・・・」
それもそろそろ限界である。
目を開くのもやっとな状態のに、童虎が目を閉じたまま声を掛けた。
「・・・・・、放っておけ。」
「でも童虎・・・・・・」
「こちらが反応するから、遊んでくれるものと思うのじゃ。人間は夜寝るものと、こやつに覚えて貰わねば、今後飼い主が苦労するぞい・・・・・・」
そう言うと、童虎は溜息のような深呼吸をし、たちまち寝息を立て始めた。
しかし、童虎の言う事にも一理ある。
この調子でやっていくと、仔猫は『夜中に人間と一遊び』という習慣を完全に身につけてしまうだろう。
そうなれば仮宿主のミロはおろか、真の飼い主・カミュも大変な目に遭い続ける事になる。
動物というのは大抵何でも、身に染み付いた習慣に恐ろしく忠実に生きるのだから。
「そ、そうよね・・・・・・・」
童虎の言葉に従う事にしたは、最後の力を振り絞って仔猫の鼻先を突付くと、
「こらぁ、もう騒がないの!遊ぶのはまた明日!おやすみ!」
と言い放ち、布団を被り直した。
ドタッ、バタバタバタッ!
トトトトトッ!
ミャッ、ミミミャッ!
「う゛〜・・・・・・・」
うるさい。
何やら仔猫が一人(一匹)で騒いでいるのが分かる。
が、相手にしないと決めたのだ。
それにそもそも、既に目を開く力すらも残っていない。あるのはただ泥のような眠気だけだ。
は恨めしげな呻き声を上げはしたが、起きる事なくそのまま眠り続けていた。
カサカサカサッ。
トコトコトコッ、ボスッ!
「ウルミャミャミャンッ!!」
カサカサカサッ。
バシッ!!!
「きゃっ!!」
だが次の瞬間、額に妙な感触を覚えた。
何かがフワリと被さったような軽い感触と、それを押さえ付けるような強い力の二種類が、ほぼ同時に額の上で生じたのである。
これには流石に驚き、はパチッと目を開いた。
「な、何・・・・・・・?」
まず視界に飛び込んで来たのは、キョトンとこちらを見下ろす仔猫の顔であった。
「な、何よ・・・・・、何したのよ・・・・・・」
仔猫はの額に片方の前脚を着いたまま、キョトンとしている。
その様子を見て、ふわりと何かが被さったような感触は仔猫の肉球だったのかと思ったが、
否、違う。
よくよく額に神経を集中させてみると、どうも違うのだ。
「な、何よ・・・・・・・・」
は、恐る恐る額に手をやった。
「ん・・・・・・?」
猫の前脚というのは、幾ら何でもこんなに細かっただろうか。
こんな、小枝ぐらいの細さで、なおかつ何本も枝分かれしたような造りだっただろうか。
「・・・・・・・・・」
その『枝』の一本を掴み、目の前まで引きずり出してみて、は目を剥いた。
「ぎぃやーーーーーーっっ!!!!!」
「なっ、何じゃ!?」
「ど、どうした!?」
突如部屋に響き渡った絹を裂くような女の悲鳴に驚き、童虎とミロは目を覚ました。
「ミロ、灯りを!」
「はっ!」
ミロは童虎に言われて部屋の灯りを点けに行き、童虎は灯りが点く前に、迷わず素早くの寝ているベッドへと駆け寄った。
こんなに近くで聞こえたとあらば、あの悲鳴の主は以外に考えられないからだ。
「、どうしたのじゃ、何があった!?・・・・・・っと・・・・・・・・」
「老師、は!?」
「何とまあ・・・・・!」
「うわっ・・・・・・・!」
は、真っ青な顔で頬を一筋の涙に濡らし、二人の前に横たわっていた。
眠っている訳でも、起きている訳でもない。
だが強いて言えば、眠っている状態に近いであろうか。
何しろ、失神しているのだから。
「うわぁ、原因はこれか・・・・・・・・」
「気の毒にのう・・・・・」
失神の原因は十中八九これ、の枕元に転がっている特大の蜘蛛の死骸であろう。
また見事なことに、このまま標本に出来る位綺麗な状態で死んでいる。
しかしそれはそれとして、蜘蛛がわざわざ人間の寝ているベッドを死地に選ぶであろうか。
否、有り得ない。
仮にあったとしても、今回は絶対に違う。
その証拠に、蜘蛛の死骸の側には、こいつが居たのだ。
「ミャ、ミャミャッ」
楽しそうに機嫌良く蜘蛛の死骸を転がしている仔猫、これが蜘蛛をここへ運んで来た犯人であろう。
そして恐らく、蜘蛛の息の根を止めたのもこいつだ。
そう、いつだったか自分も同じ被害に遭ったのだから分かる。
しかし、よりによってが居る時に、の枕元でやらかすとは。
ミロは大きな溜息をつくと、仔猫の首根っこを摘み上げた。
「お前はまた!どうしてくれるんだ、がのびちまったじゃないか!」
「ミ゛ャ」
「ミ゛ャ、じゃない!俺や老師ならまだしも、相手はまずいぞ!は虫が嫌いなんだからな!老師、それを外に捨てて下さい!」
「う、うむ、分かった。」
ミロが仔猫に説教をしている間、童虎は難なく蜘蛛を摘み上げ、開けた窓から外に放り出した。
「ミャン」
「ミャン、じゃない!膨れたって駄目だ!」
「ミャア・・・・・」
「探しても無駄だぞ!蜘蛛はもういない!諦めて寝ろ!」
獲物さえ見つかればの話だが、まだ生後二ヶ月かそこらという幼さで自分の顔程もある大きな蜘蛛を仕留めるとあらば、この仔猫は間違いなく優秀なハンターになる素質を持っている。
しかもそれに驕る事なく、毎日毎夜修行を怠らないのだ。
本人(猫)にしてみれば、殊勝な心がけというよりは只の本能的行動であっても、結果的には腕を磨いている事になっている。
とにかく、つまりこの仔猫は猫としては優等生、猫界のエリートである。
それはミロにも分かる。
どんな分野であろうとも、才能は無いより有る方が良い。
無能よりは有能な方が好ましい。
これ程の才能を持つ仔猫、訓練次第では実に優秀な番猫に育て上げる事が出来るやも知れないが。
「それから、明日になったらに謝るんだぞ!良いな!?」
「ミャン・・・・・・」
「あーあ、とんでもない事をしでかしてくれやがって・・・・・・。明日の朝、どうやっての機嫌を取ろう!?」
それより何より今は、目を覚ました後のが怖い。
半狂乱になって責め立てるであろうか。
『もうこんな所二度と来ない!』と、逃げるように出て行ってしまうだろうか。
いずれにせよ、責められるのは俺なのだと、ミロは予感していた。
「明日の朝起きたの様子が目に浮かぶようじゃのう・・・・・・。」
「うう・・・・・・・・、老師も是非お力添えを!」
「わ、分かった;」
こうなったら、頼みの綱は童虎のフォローと仔猫の愛嬌だ。
そう、ミロは虫も動物も怖くはないが、機嫌の悪いだけは怖かったのであった。