仔猫十二宮編

〜 猫が小判? 〜




「なかなか見つからんな・・・・・・・・。」
「もう良いかね。私はそろそろ処女宮へ戻りたいのだが。」
「何だ、今日は忙しいのか?」
「いや、この無駄な時間を瞑想に当てたいと・・・」
昼寝ならいつでも出来る。四の五の言わずに真面目に捜せ。」

捜索というよりは散歩にでも付き合わされているかようなノリのシャカを連れ回し、こうして仔猫を捜し回って、もう三日が過ぎた。
しかし、アイオリアは未だ一匹の仔猫も捕まえてはいなかった。


「昼寝とは何だね。瞑想は酷く精神力を消耗するのだぞ。とてもうたた寝半分で出来るような事ではない。直ちに訂正したまえ。」
「それは悪かった。とにかく、今は暇な時間があるなら仔猫捜しを優先させてくれ。」

シャカに本気で不機嫌になられては、かなり厄介な事になる。
アイオリアは内心うんざりしながらも、上辺だけで適当に謝っておいた。
その時。



「おい、本当か?」
「こんな小汚い仔猫が?」
「ああ、間違いない!」

数人の雑兵達の声が聞こえ、二人は足を止めた。
何となく気配を消して声のする方にそっと忍び寄ってみると、闘技場の入口前で数人の雑兵達が丁度二人に背を向ける格好でしゃがみ込んでいる。


「うちの祖母さんが猫好きで、俺は小さい頃から聞かされてきたんだ。三毛でタマ付き、こいつは間違いないぞ!」
「三毛のオス猫がそんなに珍しいのか?三毛猫なんてそこいら中にウロウロしているのに。」
「ありゃ全部メスだ。オスはまず滅多にいないらしい。だから大層貴重なんだと。」
「貴重?たかが猫がか?」
「ああ。・・・・・・・・ここだけの話、売れば目の玉が飛び出るような額になるらしいぜ。」
「マジかよ・・・・・!?」
「ミャア・・・・・」

雑兵達の声が人に聞かれるのを憚るようにトーンダウンしたお陰で、アイオリアは微かな鳴き声を聞く事が出来た。
そう、彼らに捕まっている仔猫の声が。
その声は何とも心細そうで、アイオリアにはまるで助けを求めて鳴いているかのように聞こえた。
元より正義感の人一倍強いアイオリアの事、そうなれば当然こうなる。



「待て、貴様ら。」
「ア、アイオリア様!?」

厳しい表情で雑兵達を睨み下ろしたアイオリアは、穏やかながらも威厳のある低い声で凄むように言った。

「仮にも女神に仕える者が、こんないたいけな動物で金儲けを企むとは言語道断。浅ましいにも程があるぞ。今すぐその仔猫を離してここから立ち去れ。」
「ひぃっ、す、済みませんでした!」

アイオリアの剣幕に恐れをなした雑兵達は、我先に転がるようにして逃げて行った。
彼らを見送ったアイオリアは、ぽつんと取り残された仔猫を抱き上げ、その小さな饅頭のような頭を指で撫でた。


「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だぞ。」
「フミャア」
「ふむ。これで一匹見つかった訳だ。我々の仕事も一段落ついたな。という事で私は帰る。」
「わっ、待て待て待て!!まだだシャカ!!勝手に帰るな!!」

我関せずといった風に帰りかけたシャカを、アイオリアは仔猫を抱いたまま慌てて追いかけた。






シャカの言う通り、取り敢えずは一匹見つかったのだから、ひとまず仔猫捜しは一区切りついたと考えても良さそうなものだ。
にも関わらずアイオリアがシャカを引き止めたのには、勿論理由がある。
引き続き仔猫捜しをする為ではなく、たった今捕まえたばかりのこの仔猫、これが理由である。





「お待たせ〜!お邪魔しま〜す。」
「ああ、。来てくれたか。待っていたんだ。」

夜になり、執務を終えたは、すぐさまこの獅子宮にすっ飛んで来た。
アイオリアから人目を忍ぶようにして仔猫が一匹見つかったと報告を受けたのは今日の昼の事で、執務が終わったら彼の守護する獅子宮に立ち寄るよう頼まれたのもその時である。
何故コソコソするのか、その理由は良く分からなかったが、ともかくは約束通り獅子宮に現れた。
を待っていたのは宮の主・アイオリアと彼が保護したという三毛の仔猫、そして隣の処女宮の主・シャカであった。


「あれ?シャカもいたんだ〜。珍しいね、シャカが獅子宮に居るなんて。」
「うむ。君が来るまでどうしてもここに居ろとアイオリアが煩くてな。仕方がないので居た。」
「良く言う・・・・・・。仕方なくの割には、人の家の冷蔵庫の中身を散々飲み食いしてくれたじゃないか;
「君が私を『どうしても』と招いたのだ。招いた以上、客をもてなすのは当然であろう。ところで、また喉が乾いたのだがな。何か冷たい物でも。
「分かった分かった。」

何を言っても無駄だと諦めたらしいアイオリアは、素直にキッチンへ行ってアイスコーヒーを人数分作って持って来た。
そして、シャカとに出した後、残りを自分の手元に引き寄せて、話を始めた。



「実はな、今日俺達が捕まえたこの仔猫の事なんだが。」
「うん、何?」
「聞いた話なのだが、この猫はもの凄く価値のある猫らしいのだ。」
「価値?価値ってどういう事?純血種って事?でもさ、ツンドラって純血種だったっけ?それにお父さん猫も正体不明だし・・・」
「いや、つまりその・・・・・・・、高価な猫らしいのだ。売れば破格の値がつくらしい。」
「嘘っ!?何で!?」

アイオリアの予想通り、何も知らなかったらしいは酷く驚いた。


「それが良く分からんのだが、とにかく三毛猫のオスはかなり珍しいらしい。」
「そうなんだ・・・・・・・・。それ本当?」
「その真偽の程をに調べて貰いたいと思ってな。インターネットとやらを使えば、すぐに調べられるのだろう?」
「OK。じゃあ明日にでも執務室のパソコンで・・・・」
「いや、それでは困るんだ。誰かの目に触れては困る。事がはっきりするまでは、この件は俺達三人だけの秘密にしておいて欲しいのだ。」
「どうして?」

きょとんと首を傾げるの前で、アイオリアは黙ったまま気まずそうな顔をした。


「・・・・・・・・・なるほど。アイオリア、君の考えている事の見当が大体ついた。」

その沈黙を最初に破ったのは、シャカであった。
シャカはアイスコーヒーを一口飲んで舌を潤すと、その見当を話し始めた。


「要するに君は、この猫を売って一儲けしたいと考えているのであろう?仔猫の秘密を知る人間が少なければ少ない程、己の取り分は増える。それを狙っている訳だ。」
「なっ・・・・・、俺を愚弄する気かシャカ!?いくら貴様でも人を守銭奴呼ばわりすると只ではおかんぞ!!」
「ちょ、ちょっとアイオリア!落ち着いて!!」

顔を真っ赤にして怒鳴り散らすアイオリアを、は必死で宥めた。
だが、アイオリアをここまで怒らせた張本人であるシャカは、涼しげな微笑を浮かべてこう言った。


「冗談だ。」
「はぁ!?」
「ちょっとからかってみたくなっただけだ。全く、君は面白い位冗談の通じない男だな。」
「ちょっとシャカってば・・・・・!」
ふっ・・・・、ふざけるな!貴様の冗談は笑えんのだ!!癇に障る!!!」

良いようにからかわれた事がまた悔しいのか、アイオリアは更に声をトーンアップさせて怒鳴った。
だが、それで少し落ち着いたらしく、アイオリアは振り上げていた拳を引っ込めると、アイスコーヒーを一息で飲み干して呼吸を整えた。


「ま、まあシャカの言う事は当たらずとも遠からずなのだが。つまりだな、事がはっきりしない内に話だけが広まってしまったら大変だと思ってな。」
「ああ・・・・・、そっか。もしかしたら誰かが捕まえて持って行っちゃうかも、って事よね?」
「そういう事だ。実は俺が聞いた話は、雑兵達が話していた事なのだ。元々こいつは、奴等に捕まっていたのだ。すんでのところで取り上げたから事無きを得たものの、下手をすれば今頃とうに売られていたかもしれん。そうなったらこいつが可哀相だろう?まだこんなに小さいというのに、誰かの欲望の為に飼い主や親兄弟と引き離されて売り買いされるなど。」
「そうね。」

確かに世の中には、純血種の動物を繁殖させ売り買いする商売もある。
だが、ツンドラや仔猫達は、そういう目的で飼われているのではない。
少なくとも、飼い主であるカミュには、そんなつもりはないだろう。


「そうよね。大体、カミュの留守中にそんな事になったら大変だもんね。最初から見つからなかったっていうならまだしも、ちゃんと見つけたのにうっかり誰かに攫われちゃった、なんて事になったら・・・・・・」
「その通り、そうなったらカミュに申し訳が立たん。話が本当かどうかを確かめて、もし本当なら、奴が帰って来るまで何が何でもこいつの身を守り抜かねば・・・・・」

ソファで団子のように丸まって寝こけているこのチビ猫は、見る者によっては札束の山に見えるのだ。
本来、命に高貴も下等もないとはいえ、この仔猫に限っては少しばかり事情が違う。
人間達が定めた自分の価値など全く知らぬ顔でピーヒョロと眠っている仔猫の呑気な寝顔を一瞥して、アイオリアは溜息をついた。









更に夜が更けた頃、は執務室に忍び込んで早速猫の情報を集めた。
その結果、アイオリアが耳に挟んだ話は事実だと判明した。






「ううむ・・・・・、やはり事実だったか。」
「このような何の変哲もない只の仔猫がな。」
「どうしよう・・・・・・・・」

時折ゴロリと寝返りを打つ仔猫を見つめながら、アイオリアとシャカ、そしては再び顔を突き合わせて話していた。


「とりあえず、この事はカミュが帰って来たら即座に報告するとして・・・・・、問題はそれまでの話だな。この猫をどこでかくまうか・・・・・・」
「処女宮は断るぞ。如何に貴重であろうとも、所詮獣は獣。行儀も何も弁えず、私の大切な沙羅双樹の園を厠代わりに使われては堪らんからな。、君が連れて帰ってはどうかね?」
「私!?ちょっ、そんな・・・・・!こんな貴重な猫、何かあった時に責任持てないわよ!」
「う゛・・・・・、で、では俺の所なのか・・・・・・!?」

目下のところ、カミュが戻って来るまでの間、この仔猫をどこで保護しておくか。
話題はそれである。
だが、話は一向に纏まらなかった。
話が纏まらない主な原因は、やはり仔猫の価値である。
シャカは自宮内の衛生の為、とアイオリアはその小市民体質故に怯んでいた。


「ね、ねぇ、やっぱりここよりもちゃんとケージに入れておいた方が安心じゃない?巨蟹宮にデスが作った檻があるのよ。ツンドラも居るし、そこが一番安全じゃないかしら?」
「・・・・・・いや、駄目だ。」

小市民その1・の提案は、小市民その2・アイオリアによって却下された。

「仮にも同胞を悪く言いたくはないのだが、デスマスクの宮というところがどうにも信用出来ん。万が一奴がこの事を知ってみろ。」
「それは・・・・・・」
奴 は や る。 間違いなく、躊躇いなくやる。」

仮にも友人を悪く言いたくはないのだが、その可能性は否めない。
聞いた瞬間、札束を手に高笑いするデスマスクの悪魔のような顔が脳裏に浮かび、は顔を引き攣らせて黙り込んだ。


「俺としては、ここはサガにだけ事情を内密に打ち明けて、彼の協力を仰ぐ方が得策ではないかと思うのだが。彼はこの聖域の教皇だ。きっと力になってくれるだろう。」
「甘いな、アイオリア。」
「何だと、シャカ?」

そしてアイオリアの提案もまた、シャカによって却下されてしまった。


「何故だ?」
「売れば一財産築けるその猫を、サガがみすみす見逃すと思うかね。彼はいつも予算の不足に頭を抱えているではないか。猫一匹でその問題が解決するのなら、棚からボタ餅とばかりにやりかねんぞ。蟹のように己の懐を温める目的ではなくてもな。」

聞いた瞬間、悪徳業者と固く握手を交わすサガの鬼のような黒い微笑が脳裏に浮かび、アイオリアもまた同様顔を引き攣らせて黙った。




「ウミャ・・・・・・・」
「お、起きたか。」
「ミャ゛〜・・・・・」

その時、それまでぐっすり眠り込んでいた仔猫が起き出し、餌を欲しがるように甘えた声を上げ始めた。

「分かった分かった。腹が減ったんだな。ちょっと待っていろ。」

アイオリアはフッと表情を緩めると、キッチンから缶詰めのツナとチーズの欠片を皿に盛って運んで来た。

「ほら、食え。」
「フミャ」

見るや否や目の色を変えて飛びつき、ムニャムニャと喉の奥で鳴きながら美味しそうに食べ始めた仔猫を見て、は思いきり目尻を下げた。


「ふふっ、可愛い。必死になって食べちゃって。」
「世にも貴重な珍獣の割に、このような粗食で満足するのだな。フッ、何のかのと言っても所詮は猫よ。」
粗食で悪かったな。そろそろ小腹が空くかと思ってツナとチーズのサンドイッチでも拵えようかと思ったが、そんな事を言うなら貴様には出さんぞ。」
「こんな夜更けにそのような腹に重い食い物は不要。私は野菜サンドで良い。
こっの男は・・・・・・!
「あははっ!すっかりシャカに言い負かされちゃったね、アイオリア。」
「猫でももう少し有り難そうな顔をするぞ、全く・・・・・・。」
「ミャン」

ブツブツ言いながらもまたキッチンへ向かうアイオリアの背中に、ようやく餌の皿から顔を上げた仔猫が、実に満ち足りた表情で一声掛けた。



何だかんだと言っても、所詮獣は獣。猫は猫。
人間達が勝手に持った価値観など、本能のままに生きる獣には通じない。
食えもしない金に執着するのは人間だけ、こっちにしてみればそんな物どうだって良いよ。
ツナとチーズの後味を名残惜しそうに舌なめずりして堪能している仔猫の顔には、そう書いてあるように見えた。




back   序章



後書き

昔、うちの猫を飼い始めた時購入した猫の飼育本の中に、
三毛のオスに関する事が載ってありました。
補足説明すると、三毛のオスには繁殖能力がないそうです。
当時はテスト勉強もおざなりに、本を読んではこんな雑学ばかりを熱心に仕入れておりました(笑)。