仔猫十二宮編

〜 僕のお父さん 〜




「全く・・・・・・・・・」

鍋がコトコトと噴く軽快な音に、サガの疲れた溜息が混じる。

「たかが仔猫捜しにこれ程苦労するとは・・・・・。ムウとアルデバランが一匹見つけたらしいが、残り四匹は未だ行方知れず・・・・・・。たかが仔猫と少し侮りすぎたか。」

カルパッチョにする魚を捌きながら、サガの小言は続く。
しかし、ぼやく間にも夕飯が着々と出来ていく辺りが素晴らしい。
キッチンからふわりと漂う良い匂いは、この双児宮のもう一人の住人を呼び寄せる最も効果的なものであった。


「何でも良いから早いところ見つかっ・・・・・」

ふらりと近付いて来た同居人は、独り言を言いながら鍋を掻き回しているサガには見つからないと思っているのか、来るや否やうんともすんとも言わずに出来たばかりの料理を摘み食っている。

「・・・・・・・おいカノン。直に出来るというのに意地汚く摘み食いはよせ。」

しかし、それは甘い。
目で見ずとも即座に勘付いたサガは、鍋を掻き回す手を止める事なく彼を窘めた。

「カノン。いい歳をして子供じみた真似はやめろ。」

だが、彼は一向にやめる気配を見せなかった。
それどころか、益々遠慮なく皿を荒らしている音がする。
たかが摘み食い、されど摘み食い。
いい加減にカチンと来たサガは、とうとう振り返って彼を睨み付けようとした。
勿論、その瞬間鉄拳制裁を下すつもりで。


ところが。




「・・・・・・・・・・・」
「?」

もしそこに居たのが彼、サガの双子の弟・カノンであれば、猫の額程のスペースしかないキッチンの調理台に上るなどという芸当が出来る筈はない。
つまり、そこへ上がって皿の上に形よく盛られている白身魚を摘み食えるのは彼ではなく・・・・・



「ぬ・・・・・・・」
「ミャ?」
ぬああああああーーーーーッッ!?!?!?!

















サガは仔猫の首根っこを摘み上げて、デスマスクの眼前に突き出した。


「そら、馬鹿猫が一匹見つかったぞ。母猫に返してやる。」
「そりゃ良かった。」
「うちのキッチンで摘み食いしているところを、サガが捕獲したのだ。このアホ猫のお陰で俺は摘み食いの濡れ衣を着せられて不愉快極まりない。」
「そりゃお気の毒様。」

サガ、カノン、そしてデスマスク、いずれも不機嫌そうな仏頂面を浮かべている。
機嫌が良さそうなのはただ一人(匹)、魚を食べてご満悦な、白地に薄茶のブチ模様のある図体のデカい仔猫だけである。
デスマスクはその仔猫を受け取ると、ポイと檻の中に放り込んだ。


「その檻はどうした?」
「俺が作ったんだよ。折角捕まえてもまた逃げられちゃ敵わねぇからな。」

檻を指差したカノンに、デスマスクは面倒臭そうな口調でそう答えた。
しかし、その割に檻の出来は良い。
木で出来た外枠は歪みもなく、目の細かい網張りになっている扉にはノブと蝶番が付いていて、きちんと観音開きになる。おまけにご丁寧にも鍵付きだ。
それを見たカノンは飄々と笑って言った。


「お前なかなか器用じゃないか。」
「うっせ。嬉しくねんだよ。」
「ほう、母猫もそこにいるのか。」

カノンの横から檻を覗き込んだサガは、一足先にそこに入って子供達を待っていた(かどうかは不明だが)ツンドラを見て微笑んだ。

「餌も水もあるし、トイレまであるではないか。なかなか住み良さそうな小屋だな。こいつもすっかり気に入っているようだ。」
「フン。」
「ともかく、これで一安心だな。では後は任せたぞ、デスマスク。」
「頑張れよ。」

サガとカノンは肩の荷が下りたとばかりにしれっと言ってのけ、そそくさと帰って行った。
となれば、押し付けられたデスマスクが腹を立てるのではないかと思う人も少なくない筈だ。


しかし、デスマスクは別段腹を立ててはいなかった。




「・・・・ふっふーん、俺ももう知らねぇんだからな〜。」

ニヤッと笑ったデスマスクは、檻の中の猫の親子を一瞥した。

「餌付き水付きトイレ付きの小屋まで作ってやったんだ。俺の仕事はもう終わりだぜ。後はカミュが迎えに来るまで母ちゃんがしっかりやれよ。」

と放置宣言をして、デスマスクは踵を返した。


これで再び自由が戻る。
時間を拘束される事もないし、何処へ出掛けようが自由だ。
手始めに今夜は久しぶりに町にでも出て飲み明かすか、などと考えながら、デスマスクは振り返りもせずにスタスタと去って行った。



のだが。





カリ、カリカリ。

「フミャ〜〜〜・・・・・・」
「・・・・・・・・・」


カリカリカリ。

「ミャ〜〜〜」
「・・・・・・・;」

カリカリカリカリ。

「ミ゛ャ〜〜〜!!」
だーーーーッッ!!!!



そうは問屋が卸さないのが、世の常なのである。













「で?結局仔猫は自分の部屋に連れ帰って来ちゃったんだ?」
「違ぇよ。こいつが小屋の戸をカリカリカリカリ引っ掻いて『出せ出せ』って大声で騒ぎやがるから仕方なくだっつーの。」

デスマスクのライターを玩具代わりにして遊んでいる仔猫をうんざりとした目付きで一瞥し、
デスマスクは煙草を咥えた。


「オラ、ライター返せよこの野郎。」
「ミ゛ャ」
「フ〜〜ッ・・・・・・・・」

仔猫からライターを取り上げて火を点け、物足りなさそうな仔猫に再びそれを返してやってから、デスマスクはぐったりとの肩に頭を預けた。


「ちょっと、重い!それから、煙草咥えたまま凭れないでよ!服が焦げたらどうしてくれんの!?」
「大丈夫だって。・・・・・それにしても、お前が来てくれて助かったぜ。」
「何言ってんの、わざわざ家まで呼びに来たくせに。」
「いやだから、家に居てくれて助かったって事だよ。執務とチビ猫の事で飛び回って、お前忙しそうだったしな。疲れてねぇか?」
「何よ、私の事心配してくれてるの?」

そう訊いたに、デスマスクはニタリと笑った。


「っていうか、俺の事も心配して貰いてぇな・・・・みたいな?」















「何が『俺の事も心配して貰いてぇな』よ。これが魂胆だったのね。」
「そうぼやくなよ。だからせめてもの礼に飯食わせて風呂貸して、風呂上りのアイスまで振舞ったじゃねぇか。」

デスマスクのTシャツとスウェットパンツを寝巻き代わりに着たは、デスマスクのベッドの上から彼を睨んだ。


「ここに泊って仔猫の面倒みろだなんて。」
「何だよ、お前だってOKしたじゃねぇか。」
「したわよ、したけどさ・・・・・。別に仔猫の面倒みるのが嫌な訳じゃないし。ただ、デスが飲みに行きたいからって理由なのがちょっとねぇ・・・・・」
「固い事言うなよ!俺だってここ暫くずっと猫共に安眠妨害されてて、色々溜まってんだよ!良いだろ、なぁ?」
「ちょっとその猫撫で声やめてよ。・・・・・・まあ、気持ちは分からなくもないけど。色々大変だったもんね、デスだって。」
「そうだよ!その通りだ!だーいじょうぶ、今晩だけだって!明日からは面倒かけねぇし。な?」
「うん・・・・・・・・」
「よーし決まり、部屋は好きに使ってくれて良いから、ゆっくり寝てくれや!」

仔猫はの枕元で丸まって寝ている。
世話はに頼んだから大丈夫。
ついうっかり仕方なしに仔猫を私室に入れてしまったが、要は結果的に自由になれさえすれば良いのだ。
満面の笑みを浮かべたデスマスクは、スキップでもしそうな勢いで踵を返した。



「ヒニャ〜・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

ところがドアノブを回した瞬間、ぐっすり眠っていた筈の仔猫が目を覚ましたのである。

「ミャ、フミャ〜・・・・・、ウミャ〜・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「ミャ〜、ミャ〜、ミャ〜」
「・・・・・・・・;」
「ミャ〜・・・・、フミ〜、ミャ〜・・・・・」
お父さん、僕を置いて何処に行くの?
「っ・・・・・・!」
お父さん、行っちゃやだよ〜・・・・・・って言ってるみたいね?」
「ミャ〜ミャ〜ミャ〜ミャ〜ミャ〜!」
「ほら。行かないでって。」
だーーーーッ、うっせーー!!!足元に摺り寄ってミャ〜ミャ〜ミャ〜ミャ〜鳴くんじゃねえ馬鹿猫!それからお前もワケ分かんねぇ通訳つけんな、!!」
「ミ゛ャ〜ミ゛ャ〜ミ゛ャ〜ミ゛ャ〜ミ゛ャ〜!!」
「あーあ可哀相。こんなに鳴いて引き止めてるのに。最低なお父さんだねぇ。」
誰がお父さんだーーーーッ!!!あーくそッ、分かったよ!!行かなきゃ良いんだろう行かなきゃ!!」

にジト目で睨まれ、起きてきた仔猫に身体を摺り寄せられ、Wの責め苦を受けたデスマスクは、ヤケッパチでそう怒鳴り散らした。







「ヘン、もう起きてたって仕方ねぇや。寝るぞ。」

すっかりふて腐れたデスマスクは、財布や煙草をそこらに放り出すと、乱暴に服を脱いでゴロリとベッドに転がった。
と、機嫌を直した仔猫が寝そべっているベッドに当然の如く。
ギョッとしたは、猛然と抗議した。


「ちょっと、何で同じベッドで寝るのよ!しかもパンツ一丁で!!
「うっせぇ、仕方ねぇだろ!俺が部屋を出て行こうとすると馬鹿猫が鳴くだろうが!」
「何でそんなに怒鳴るの!?」
「お前がガタガタ言うからだろう!!」
「しかも何で私の隣に来るわけ!?」
「仕方ねぇだろ!左側には猫が居るだろうが!!」

デスマスクの言う通り、ベッドの左側は仔猫が陣取っている。
従って、仔猫より遥かに図体の大きな人間二人は、残った右側で窮屈そうに身を縮める破目になっているのだ。
当然それでは各自のスペースが足りず、互いに『あっちに行けこっちに行け』と押し合い圧し合いをしていたところ、不意に左側がガラ空きになった。



「ヒニャ〜」
「あら?」
「何だよ」

そう、左側で悠々と寝ていた仔猫が、二人の間に割って入り、その場でクルンと丸まってしまったのだ。
しかもゴロゴロと喉を鳴らし、幸せそうな顔で。
それを見て口をへの字に曲げたデスマスクに、はニタニタと笑いながら言った。


「やっぱりデスの隣が良いって。」
「冗談じゃねえ。狭ぇんだよ、退けよデブ猫。」
「そんなに言う程デブじゃないでしょ?まだ仔猫だし。」
「仔猫の割にデカいんだよコイツは。」

デスマスクの憎まれ口は、只の腹立ち紛れの悪口という訳ではない。
まだ仔猫故すっぽりと手の中に納まるサイズではあるが、実際この猫は明らかに他の兄弟達より身体が大きいのだ。


「育つピッチが早ぇんだよテメェは。チビの癖にガツガツガツガツ餌食いやがって。どうでも良いけど暑っ苦しいんだよ、退けってば。こらブースケ、聞いてんのか?」

デスマスクの指に額を弾かれても、仔猫は嫌そうな顔をするどころか益々喉を鳴らし、『もっとして』と顔面をデスマスクの方に摺り寄せている。
そんな光景を眺めながら、はふと思い付いて言った。


「私思ったんだけど、デスさえいればこの子満足なんじゃないの?一緒にリビングに連れて行ったら?それか、私があっちに行こうか?」
「冗談じゃねえ。何で俺がコイツと二人で寝なきゃならねぇんだよ。」
「だってこの子デスにベッタリ・・・」
「・・・・・駄目なんだよ。」

一瞬、デスマスクの声がやけに気弱な感じにトーンダウンした。
と思った次の瞬間、その声に突然力が篭り始めた。


「俺ぁどうも駄目なんだ、こういう・・・・・・、何て言うか・・・・・、フニフニフニフニ寄って来る奴が!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよデス!」
「俺をコイツと二人きりにしねぇでくれよ、なあ頼む、!!」
「わ、分かったから!分かったってば!!」

文字通り縋り付かれて困惑したは、ひとまず頷きながら必死になってデスマスクを押し返した。
すると、少し落ち着いたのだろうか。デスマスクは大人しく引き下がり、ぐったりと瞼を閉じた。


「ハァ〜〜・・・・・・・、何で俺に懐くんだよ・・・・・。」
「猫、嫌いなの?」
「・・・・・・っていうか、猫に限らず動物を可愛がる趣味がねぇ。嫌いとか怖いんじゃなくて、有り得ねぇって感じだ。」
「ふぅん・・・・・・、何か良く分からないんだけど。そうなんだ。」
「とにかく、俺は可愛がった覚えなんかこれっぽっちもねぇんだぜ!?なのに何でコイツは・・・」
「・・・・・却ってそれが良いんじゃないかなぁ。」
「あ゛?何が良いんだコラ?俺がこんなに困ってるってのに。」
「そんな睨まなくても・・・・・。猫にとってはの話よ。ベタベタしつこく構わないけど、ちゃんと世話はしてくれる、そういう人に懐く傾向があるみたいよ、猫って。」
「・・・・・何だって?」
「私が知ってる限りのケースだけどね。」

人も様々なように、猫も十人(匹)十色である。
しかしの知る限り、猫は過度に構う人間よりも少々素っ気無い人間に懐き易い動物だった。
少なくともこの仔猫は、デスマスクを慕っている。
その証拠に、母猫よりもデスマスクを恋しがって後を追って来たではないか。

嬉しそうにゴロゴロスリスリとデスマスクに纏わり付いて眠る仔猫を見て、は微笑んだ。


「ふふっ、ほら。『お父さん大好き』って言ってるみたいじゃない?この子大好きなんだよ、デスの事。」
「誰がお父さんだよ誰が・・・・・・」

いつものようににちょっかいをかける気力もなく、デスマスクは顔を顰めて眠りに就いた。
















翌朝、隣の双児宮からサガとカノンが様子を見に来た。
後は任せたと言いはしたが、仔猫がまた脱走してやしないか多少気になったかららしい。
しかし、彼らの目の前で展開されていた光景は、彼らの想像とは余りにも違っていた。


『・・・・・・・・・デスマスク、一体何のつもりだ?』

二人が声を揃えて呆然と呟いた理由は、勿論驚いたからに他ならない。
だが、と一つベッドで眠っているところを目撃した訳でも、あまつさえ濡れ場を目撃してしまった訳でもない。
状況はそんなエロティックなものではなく、現場も明るい陽の差すリビングであったのだが。



「・・・・・・・・・お前、肩に仔猫が乗ってるぞ?
「だから何だよ?」

恐る恐る指摘したカノンを、デスマスクはジロリと睨んだ。
その肩の上にはカノンの言う通り、昨日見つけた仔猫が得意げに座っている。
それだけでは飽き足らず、仔猫はデスマスクの髪にじゃれついて遊んでいるではないか。
それに何よりおかしいのは、仔猫を肩に乗せたデスマスク自身である。


「いや、何という事はないのだが・・・・・・・」
「コーヒーを飲むのに肩に猫が乗っていては邪魔じゃないか?」
「邪魔に決まってんだろ。」

サガの指摘通り、デスマスクはその状態のままコーヒーを啜っているのだ。

呆気に取られている同じ顔をした男が二人、仔猫を肩に乗せたままコーヒーを啜る男が一人、
そして、痛い程の沈黙が満ちた場の空気にも気付かず遊ぶ仔猫が一匹と、それをニコニコと見守る女が一人。
スリルもサスペンスもエロティシズムの欠片もないが、これはこれで一種異様な光景である。


「仕方ねぇんだよ、放っとけ。」
「そうそう。この子デスの側から離れないのよね。」
「なるほど・・・・・・」
「すっかり懐かれたって訳か・・・・・・」

と呟いて、サガとカノンはブッと吹き出した。


「ククク・・・・・・、お前が猫を肩に乗せて可愛がるような男だったとはな・・・・・」
「笑うんじゃねぇよカノン、仕方なくっつってんだろが。冷やかしに来たんならとっとと帰りやがれ。」
「まあそう怒るな、デスマスク。動物に好かれるのは一つの徳ではないか。」
「サガ、それは慰めか、気休めか?どっちにしたって嬉しくねぇんだよ。」
「いいや、私は別にどちらのつもりもないぞ。ただそう思っただけだ。、お前もそう思わないか?」
「ふふっ、そうね。」

サガは微笑を浮かべたまま、デスマスクの肩に乗っている仔猫をじっと見つめて問いかけた。


「母猫よりこのデスマスクの側が良いか?」
「・・・・・・・・・ミャ」

すると、どうだろう。
仔猫はまるで、サガの言葉が分かったかのように返事をしたではないか。



「・・・・だそうだ。この仔猫にとってお前は母親以上の存在らしいな、デスマスク。」
「この子にとってデスは『お父さん』なのよ、きっと。」
「なるほど。種族を超えた親子愛か。」
「ミャア」
「・・・・・・・・・・冗談じゃねぇよ。」


サガととカノン、そして仔猫。
彼ら全員から不本意にも『お父さん』と認められてしまったデスマスクは、ゴロゴロと喉を鳴らす『息子』を肩に乗せたまま、への字に曲げた口でもう一口コーヒーを啜った。




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後書き

猫はギスギスに痩せているより、少々おデブな方が可愛いと思うのは私だけでしょうか?
ま、あんまり太っててもね、健康上良くありませんけども。
ちなみに今回は(も、と言うべきか)、デスマスクが主役でしたので、
サガ&カノンは登場少なかったですね(汗)。
ま、誕生日ドリームも兼ねた作品という事で。(←当日になって初めて気付いたくせに)