「シュラ、何をする気!?何処に行くの!?」
抵抗するを引き摺り、シュラは浴室に踏み込んだ。
「お風呂・・・・・?」
「入れ。」
「え・・・・?」
「良いから入れ。」
「あっ!」
を浴室内に押し込めると、シュラは開け放した扉を塞ぐように立った。
まるで、を閉じ込めるように。
「シュラ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「な、何する気・・・・・?」
の顔が、次第に恐怖で凍りついていくのがはっきりと分かる。
その変貌だけを見つめながら、シュラは一つ、また一つと己の衣服のボタンを外していった。
「や、やめて・・・・・、嫌・・・・・・」
「どうして嫌なんだ。俺を愛しているんじゃなかったのか?」
「それとこれとは・・・・・、話が・・・」
「違わないだろう。」
「やっ・・・・!」
とうとう、シュラの逞しい肩や腿の筋肉が露になった。
そして、天を向き始めている強固な楔さえも。
シュラが何をしようとしているのか、それがすぐに分かる光景だった。
今は誰にも触れられたくない、それがの本音であったのだが、浴室内に侵入して来る剣呑な空気を纏ったシュラを阻む事など、には出来なかった。
「きゃあッ!」
「洗ってやる。奴が触れた痕跡は全て消してやる。」
シャワーの栓を捻り、を頭から湯に打たせたシュラは、シュラ自身と細く鋭い湯の針に追い詰められて壁際で震えているを腕の中に引き込んだ。
「いやっ・・・!」
「何故嫌がる。」
「あっ・・・・ぅ・・・・・!」
抵抗するの両腕を左手一本で纏めて取り押さえ、シュラは右手での身体を擦るように撫で回していった。
「んっ・・・・・・!」
唇にも首筋にも、胸にも腹にも、きっとデスマスクは触れた筈だ。
その痕を一つずつ塗り潰していかねば。
湯気の立ち昇る雨の中、シュラはの唇を強引に奪い、太腿や下腹部から胸までを一息に撫で上げた。
何度も、何度も。
「はっ・・・ぅ・・・・・」
そして、胸の先端を扱くように擦ると、が僅かに身じろぎした。
敏感な部分だけに、当然の反応といえよう。
だがそれは、シュラの情欲と苛立ちに益々火をつけてしまった。
「感じるのか?」
「あっん・・・・・、や・・・・」
「デスマスクにもこうされて感じたのか?」
「違っ・・・!」
シュラの冷たい口調にショックを受けたは、信じて欲しいというようにシュラの腕に縋りついた。
「どうしてそんな言い方するの!?あれは・・・」
「あれは、何だ?合意の上ではなかったとでも言う気か?」
シュラは手を止めないまま薄く笑うと、の耳元に唇を寄せた。
「本当にそうか?」
「え・・・・・」
「お前も心の何処かで、奴に抱かれる事を期待していたのではないか?」
「な・・・に、言って・・・・・」
呆然と目を見開くを、シュラはじっと見据えていた。
その心の奥にある本音を見透かそうとするように。
「どうだ、当たらずとも遠からず、だろう?」
「・・・・違う・・・・・」
「この際だ、正直に言え。お前も心の何処かで、奴を求めていた。だから奴を家に引き込んだ。奴を拒めなかった。違うか?」
「違う!」
しかしは激昂し、涙を零しながら訴え始めただけだった。
「そんなつもりで家に上げたんじゃないわ!引き込んだなんて言い方しないで!」
「・・・・・・・」
「どうして信じてくれないの!?どうしたら信じてくれるの!?」
開き直りにしては、の口調は余りにも堂々としていた。
その瞳も、涙で滲んではいるが、後ろめたさなどは見当たらない。
しかしシュラには、今更手を引く事など出来なかった。
「・・・・・それは俺が聞きたい。どうしたらお前を信じられる?」
「シュラ・・・・?」
「こうする事でしかお前の本心を量れないのなら、こうするしかないだろう・・・・!」
「あぁッ・・・・!」
シュラは今までより腕の拘束を強めると、再びの身体を弄り始めた。
手を滑り込ませた秘部に滑りを感じて、シュラは苦々しそうに顔を顰めた。
思い出したくもない、考えたくもない光景が、じわじわと頭の中に広がっていく。
「あっ・・・・ん・・・・・!」
「・・・・もう濡れているじゃないか。そんなにデスマスクは良かったか?」
「ちっが・・・・、あぁん・・・!」
「ならば何故こんなになっている?俺よりも良かったか?」
「やめてぇ!そんな風に・・・・言わないで・・・・!」
の瞳から、大粒の涙が一粒ころりと落ちた。
それを見たシュラは、の背を浴室の壁に預けると、その片脚を抱え上げて秘部を大きく開いた。
「やっ・・・・!」
「こんなに濡れているのだから、慣らしてやる必要はないな。」
「や・・・・だ・・・・・・、シュラ・・・・・」
「何故だ。もう俺の事など飽きたか?奴の方が良くなったのか?」
「だからそうじゃなくて・・・・!」
「なら良いだろう。」
「あっ・・・・、だ・・・め・・・・ぁ、あぁぁッッ・・・・・!」
怯えて震えているを、シュラは猛り狂った己の楔で躊躇わずに貫いた。
「あっ、あっ、んっ・・・・・!」
「っ・・・・・、熱いな、お前の中は・・・」
「んぅッ・・・・!」
の中で溶けながら、の涙に濡れた顔を見つめながら、シュラは今、己自身と向き合っていた。
身体の快楽だけなら、他の女でも間に合わせる事が出来る。
しかし、こんな気持ちにさせてくれるのはだけだった。
身体の繋がりなど持たなくても、側に居てくれるだけで心が安らげるのはだけだった。
だからこそ許せず、口惜しく思う。
ようやく手にする事が出来た、たった一つの光を失ってしまったようで。
「はっ、あっ・・・・あんッ・・・・!」
「デスマスクにも・・・・・、そうやって感じたのか?」
「違う・・・・・、シュラ・・・・・!」
「正直に言え・・・・、俺と奴と、どちらが良い?どちらが感じる?」
「やめ・・・てぇ・・・・!」
「答えろ・・・・・!」
シュラは喉の奥から搾り出すように、掠れた声を上げた。
追い詰められ、怯えて震えているを更に脅すような問いかけなど、本意でやった事ではない。
今己のしている事は、傍目から見ればただ単に嫉妬に狂った愚かな男の狂態に過ぎない事も承知している。
しかしシュラは、それでも訊かずにはいられなかった。
自身の口から、その本心を。
「・・・・・ラ・・・・・」
やがての口から、喘ぎ声ではない言葉が、今にも消え入りそうな小ささで洩れてきた。
「・・・・何だ?はっきり言え。」
「シュラが・・・・・・好き・・・・・・!」
は今にも消え入りそうな頼りなげな声で、しかしはっきりと、そう告白した。
言い終わった後にぎゅっと瞑った両目から、また涙が溢れて来ている。
何も言わないまでも、その涙が『信じて』と訴えているようで、シュラは唇を固く噛み締めた。
「私が愛してるのは・・・・・、シュラ・・・・・・だけなの・・・・・・」
信じても良いのだろうか。まだ光は消えていないと。
この光そのものも、幻などではないと。
「お前は・・・・・、俺で良いのか?」
はコクリと頷いた。
「・・・・訂正するなら今の内だぞ。もう二度と訊かん。本当に俺で良いんだな?」
「シュラが・・・・、良い・・・・・!」
自ら念を押したというのに、それでもまだ疑心暗鬼になっている自分は消えない。
最早シュラを苛む者は、デスマスクに抱かれたでもなく、を奪おうとしたデスマスクでもなく、心の奥底に住む脆弱な己自身だった。
「・・・・・・分かった・・・・」
「あ、あぁぁッ・・・・!!」
だからシュラは、を抱いた。強く深く交わり続けた。
猜疑心という名の悪夢から解放される為に、臆病な自分を消してしまう為に。
己が手にした愛を決して失わないように、もう二度と疑わないように。
「おう。何しに来た?」
「話がある。入るぞ。」
それから数日して、シュラはデスマスクの宮を訪ねた。
ここに来るまでには随分と決断が要ったが、一方でデスマスクは、何事も無かったかのように普段通りに振舞っている。
余りにも変わらないから、あの夜の事は自分だけが見た悪夢だったのではと思える程だった。
「何だ、話って。」
「結論から言う。俺はとは別れない。もそれを望んだ。」
ここに至るまでの葛藤をデスマスクに語って聞かせたところで、それは何の意味も成さない。
だからシュラは、出した結論だけを端的に述べた。
デスマスクも暫く沈黙した後、『そうか』と言っただけだった。
「あの夜の事は、もう忘れてやる。報復なら、あの時散々殴ってやったしな。」
「ああ全くだ。力加減もしねぇでな。」
「それはお互い様だ。」
苦笑混じりの減らず口を聞いて、シュラも一瞬苦笑を浮かべたが、互いのそれはすぐに掻き消えた。
「・・・・・だから、お前も忘れろ。仮にも俺達は数多の闘いを共に潜り抜けてきた同胞だし、これからも恐らく死ぬまで運命を共にする事になる。」
「ああ、多分な。」
「だからもう忘れろ。あの時の事も、への気持ちも・・・・・・・、忘れてくれ。」
デスマスクが頷くかどうかは、一か八かの賭けのようなものだった。
だがデスマスクは、返事をしない代わりに薄く笑ってみせた。
まるでシュラの願いなど、何でもない事のように。
「何かと思えば、そんな事言いにわざわざ来たのかよ。だったら帰れ帰れ。」
「おい、デスマスク・・・・!」
「俺は忙しいんだよ。これからデートなんだ。遅刻したらお前のせいだぞ。」
「お前・・・・・」
外に押し出されながら、シュラはそれがデスマスクの答えだと悟った。
「・・・・・・分かった。出掛けに邪魔をして済まなかったな。」
「ああ、全くだ。ほら、帰った帰った!」
「背中を押すな。そんな事されなくても帰る。」
背中を押すデスマスクの手に、悪意は篭っていない。
デスマスクはデスマスクなりに、とうに決着を着けていたのだろう。
だから、後は己自身の問題だ。
の事も、デスマスクの事も、全て水に流して元通りの関係を築き直すには、己自身が負の感情に負けない強い心を持たねばならない。問題はそれだけだ。
「・・・・・邪魔したな。」
「待てよ。」
だが、帰りかけたシュラの背に、デスマスクの声が掛かった。
「お前は・・・・・、本当にそれで良いんだな?」
「・・・・・何の事だ?」
「を許してやれるんだな?」
デスマスクの問いかけは、実はまだシュラ自身も自問自答を繰り返しているものだった。
まだ己の本当の気持ちに折り合いがついていなかったのだ。
だが、許すと決めた。忘れてもう一度とやり直すと、そう決めた。
だから。
「・・・・・ああ。もう許している。」
シュラは振り返らずに、そう答えた。
「・・・・・そうか。」
「ああ。」
「は・・・・・、アイツは・・・・・、心底お前に惚れてるみたいだからよ、大事にしてやれよ。」
「分かっている。お前に言われるまでもない。」
薄く笑いながら、シュラは巨蟹宮を出て行った。
ここを出たら、の待つ自宮に帰る。
これからは、二人で出来る限り多くの時間を過ごそう。
醜い疑念に凝り固まっていた己を葬り、と二人でこれから創めよう。
二人の本当の歴史を紡ぐ為に、この手の中にあるたった一つの光を永遠のものにする為に。
そう決めたのだ。必ず成し遂げてみせる。
固く唇を引き結んだシュラの頭上に、次の朝を約束しながら暮れてゆく陽の光が一筋、静かに投げ掛けられた。