愛を乞う人
〜 Lover’s Side DEATHMASK 後編 〜




昨夜から明け方にかけて起こった事などまるで夢の中の出来事だったかのように、その日の朝は清々しかった。
何も知らない沙織はともかく、己の含めた残り三人もいつもと何も変わらなかった。
一夜のうちに、何かが決定的に変わったというのに。

すぐに日本へ戻るという沙織を空港で見送って、その足で聖域に戻る途中も、三人は何も変わらなかった。核心に触れる話も一切しなかった。

ただ、に向けた己の笑顔は、きちんと形になっていただろうか。
それだけがいつまでも気に掛かった。







それから暫く何事もなく過ぎた。
いや、何事もないといえば嘘になる。
あのパーティーの日以来、デスマスクはに触れようとしなかった。

が他の男に抱かれたから?
違う。
己の腹を括りかねていたのだ。
シュラの言葉にまんまと翻弄されている己を、情けなく思わないでもない。
だが、シュラの言葉は余りにも的確すぎて。

今から思えば、シュラの言った事は、いつも己の心の片隅にあった事だったかも知れない。
知らず知らずのうちに、いつの間にか心に深く根付いていた懸念。

は、己の腕の中に居ても幸福にはなれない。


「・・・・・・もう、済んだ事だよな・・・・・。」


デスマスクは穏やかと言っていい程の笑みを薄く浮かべると、の家のドアを叩いた。








「デス・・・・・・・・」
「よう。邪魔して良いか?」
「う、うん・・・・・。」

ドアの隙間から顔を出したは、驚いたようにデスマスクを迎え入れた。
僅かに瞳が揺れている。まるで、後ろめたい事でもあるかのように。
だがデスマスクはそれに気付かない振りをして、の後ろからついて部屋に上がった。


「何だか・・・・・、久しぶりだね。こうして二人で会うの。」
「ああ、そうだな。」
「ふふっ、変ね。こんなに近くに居るのに。」

小さく笑ったは、デスマスクが大した反応を返さないのを見て一瞬沈黙した。
そしてすぐに取り繕ったような笑顔を浮かべ、『何か飲む?』と問いかけた。

別れの杯、それを交わすのも悪くはない。
デスマスクはああ、と返事をすると、自らキッチンへ立って冷蔵庫を開けた。





「乾杯。」
「乾杯。」

申し訳程度のアルコールの入った缶飲料をグラスに移し替えて、二人はささやかに杯を酌み交わした。

「ごめんね、こんなのしかなくて。」
「構わねえよ。結構美味い。」
「そう?良かった。」

薄らと微笑みあって、グラスを傾けて。
そこで言葉は途切れる。
以前ならば、こんな風に言葉に詰まるような事はなかった。

デスマスクはグラスの中身を一息に飲み干してしまうと、じっとの顔を見つめた。


「な、何・・・・・?」
「いや、別に。」
「じゃあそんなに・・・・・、じっと見ないで・・・・・・。」
「見たいんだ。お前の顔を。」

明日からは、世界で一番遠い人になる。
だからその前に、しっかりとこの目に焼き付けておきたかった。

初めて心から愛した女の顔を。



。」
「・・・・何・・・・?」
「・・・・・・抱きたい。」
「な・・・・・・」

戸惑うように硬直するの身体を、デスマスクは腕の中に抱き入れた。
暫し宙を彷徨っていた細い腕は、やがておずおずと己の背中に回される。
それを合図と見なして、デスマスクは腕の中のに口付けた。







抱き上げて寝室に運んで、縺れ合うようにベッドに倒れ込めば、最後の夜が始まる。
今日を境にもう二度と触れる事はないこの身体、余すところなく触れたい。
互いに全裸で向き合って、デスマスクはいつになくゆっくりとしたペースでを愛し始めた。


「あ・・・ん・・・・・・」

首筋に幾つかキスを落とすと、ゆっくりと下に下がって立てられている膝を持ち上げる。
ペディキュアなど塗られていない桜色の爪先にそっと口付け、舌を這わせた。

「はっ・・・・、や・・・だ・・・・・・」
「擽ったいか?」
「あ・・・・・・やん・・・・・・!」

違う。擽ったいのではない。
痛いのだ、心が。
こんな風に優しく愛されるのが、痛くて痛くて堪らない。

あの夜、シュラは『これは夢だ』と言った。
何事も無かったと、デスマスクには黙っておけと。
けれど、もう限界だった。
これ以上己の罪を偽って、シュラを傷つけ、デスマスクを欺いて、愛される事は出来ない。



「デス・・・・・、聞いて・・・・・・。」
「ん?」
「あっん・・・・、ねえ、止めて私の話を、聞いて・・・・・・!」

愛撫に身を震わせながらも、はデスマスクに切々と訴えかけた。
だがデスマスクは、愛撫を止めようとはしなかった。
脹脛に、太腿に、何度もキスを繰り返し、手を伸ばして二つの胸の膨らみを柔らかく揉み解す。

「やっん・・・・!お願・・・・、聞いて・・・・・・!」

― 聞かねえよ、悪いな・・・・・・。

デスマスクは心の中で詫びて、の声を無視し続けた。

決してに懺悔をさせないと決めてきたのだ。
の口からシュラの名を聞けば、変に生々しくなる。
友を、恋人を、恨んでしまうかもしれない。憎んでしまうかもしれない。


「黙って抱かれてろ。最中にベラベラ喋る奴があるか。」
「デス・・・・・。違うの!私、デスに謝らなきゃいけない・・・・・!」
「チッ・・・・・・・」

は、余程良心の呵責に耐えかねていたようだ。
とうとう強引に話を始めようとしている。
デスマスクはそれに僅かな苛立ちと焦りを感じた。

決してに懺悔はさせない。
他の男に抱かれたというの罪よりも、真っ直ぐなの愛を裏切る己の罪の方が重い気がしていたから。
はきっとまだ、何も知らないだろう。
この心の中にある考えを。

― 悪役は俺の専売特許だからな・・・・・。

の見えない所で寂しげな笑みを浮かべると、デスマスクはの上に覆い被さった。






「きゃっ・・・・・!」
「奇遇だな。お前も何かあるのか?実は俺もなんだよ。」
「え・・・・・・?」

が驚いたように見上げてくる。
この瞳がこの後どんな悲しげな光を放つのか、それを考えると心苦しかった。
だから何も言わずにおこうと思ったのだが、考え方を変えれば言ってしまう方が良いのかもしれない。

憎んでくれた方が、の傷は浅く済むだろうから。



「俺、近々ここを離れるわ。」
「え・・・・・、なん・・・・で・・・・・・!?」
「任務があってな。中南米の小さな国なんだけどよ。暫くかかりそうなんで、当分ここには戻らねぇ。」
「当分って・・・・・、どの位・・・・・?」
「さあな。二年か三年か・・・・・、それ以上かもな。気に入ったら住み着いちまうかも知らねぇし。元々聖域には絶対に居なきゃいけない訳でもねぇんだ。」
「そんな・・・・・・、嘘でしょ・・・・・・」

嘘ではなかった。本当にそういう任務があった。
それを今朝、サガに『引き受ける』と言ってきたところだった。


「出発は明日か明後日か・・・・、まあその辺りだ。」
「そんなに急に・・・・・!?」

案の定、は己の話などすっかり忘れてショックを受けている。
仮に自分から別れを言い出すつもりだったとしても、突然降って沸いたようにこちらから別れ話を切り出されれば、戸惑いを隠せない筈だ。

― そろそろ仕上げ、だな。

デスマスクはわざと冷たい笑みを浮かべると、不意にの秘所に手を這わせた。


「はぁッ・・・・・!やっ、やめてデス・・・・!まだ話が・・・・!」
「もう良いだろ?話はこれで粗方済んだ。おら、こっちに集中しろよ?」
「あっ、あぁん・・・・!」

余程ショックだったのだろうか。
其処は完全に乾ききって、花弁がぴったりと閉ざされている。
それをどうにか男を受け入れる体勢にもっていくべく、デスマスクは茂みに隠れた花芽を執拗に擦り始めた。


「いっや・・・ぁ・・・・・!デス、どうして・・・・・!?」
「どうしてもこうしても、任務なんだから仕方ねえだろう?もう良いじゃねえか。それより最後の夜だ。愉しませてくれよ?」
「え・・・・・?最後って・・・・・・」
「最後は最後だよ。お前とは今夜限りだ。」

遂に言ってしまった。
この一言を搾り出すまで、喉が破裂しそうに苦しかった。
だが皮肉なものだ。
言ってしまえばスッと楽になった。幾らでも言葉が出てくる。


「考えてもみろよ、何年も離れ離れじゃどうしようもねえだろ?俺はそんなに堪え性のある方じゃねぇんだ。」
「なんで・・・・・、ど・・・・して・・・・・・」
「俺はな、抱けもしねえ女をいつまでも愛せる程誠実な男じゃねえんだよ。」
「そんな・・・・・・」
「すっぱり別れて自由にしてやるって言ってんだ。これは俺なりの誠意だよ。有り難ぇだろ?」

口の端を吊り上げたデスマスクは、の唇をわざと乱暴に吸った。
その直後、の喉の奥で声が詰まる。
呼吸が苦しいのかと思ったが、それは違っていた。

は泣いていた。


「っ・・・・・・・!」
「・・・・・・何で泣いてるんだよ?」
「本当は・・・・・、っく・・・・・、気付いてるんでしょ・・・・?」
「・・・・・・・何がだ?」
「任務のせいじゃ・・・・・ない・・・・・・。本当は私が・・・」
「何の事だか分からねぇな。おら、そんな辛気臭い面して泣くんじゃねえよ。萎えちまう。」
「デス・・・・・・」
「・・・・・・・もう黙れ。」

苛立ったようにそう言い捨てると、デスマスクはの両脚を高く抱え上げた。







「あ・・・・、ふっ・・・・・・・」

ぴくり、ぴくり、との身体が震える。
花芽を舐め上げ、泉に舌先を捻じ込み、激しく攻め立てていると、やっとどうにか熱い湿りを感じるようになった。
本当ならもう少し蜜の分泌があった方が良いのだが、これ以上は待てそうもない。

またいつが泣き出すかと思うと。
いつ押し潰されるような胸の痛みに負けて、決心が揺らぐかと思うと。
そう悠長にはしていられなかった。

最後に花弁に唾液を多く塗り込むと、デスマスクはの両脚の間に腰を沈めた。


「・・・・・そろそろ良いか。いくぞ。」
「ぁ・・・・・・」

少し赤くなった瞼を軽く伏せているを尻目に、持参した避妊具を手早く装着すると、デスマスクは一息での奥深くを貫いた。



「あっ!んんっ・・・・・!」
「くっ・・・・・・・・」

ぎゅっと己を包み込むの中が、蕩けそうに熱い。
こんな風に感じさせてくれる女に、いつかまた巡り会える日が来るのだろうか。
狭い其処を押し広げるように律動を繰り返しながら、デスマスクはふとそんな事を考えた。


「ひっ・・・・・、く・・・・・、う、あ・・・・・・ッ!」
「・・・・・・もっと啼けよ。」
「はぁんッ・・・・!」

快楽に酔いしれているにしては、の顔は悲しげに曇っている。
だがデスマスクは、それを見過ごした振りをして激しくを攻め立てた。

こんな風に感じさせてくれる女に、いつかまた巡り会える日。
そんな日は多分来ない。
ほんの少し夢を見ていただけなのだ。
心安らげる誰かに愛され、愛する事を。


「あっぅ・・・・、あっ、あんッ!」
「はッ、はッ・・・・・・!」
「っく・・・・・・、デ・・・・ス・・・・・・!」

― ・・・・・・・・

その名を呼んでしまったら、また元の木阿弥になる。
己に合わせてくれるの優しさに胡坐を掻いて、シュラの言葉を借りれば『を飼い殺す』事になる。

に耐える事ばかりを押し付けて、これ以上その心が傷つかないように。
己を愛してくれた心が、万が一にも後悔や憎しみに変わらぬ内に。


「あっふ・・・・、あ、やッ、あぁん!!」
「くっ・・・・・・・・・!」




ただほんの少し、夢を見ていただけなのだ。
その夢はもう終わり。
夢が醒めれば現実に戻る。
ただそれだけの話なのだ・・・・・・・・。









短くなった煙草を揉み消して、デスマスクは背を向けたままのをちらりと一瞥した。
眠ってしまったのか起きているのか、それは分からない。
だが、何も話さないでいてくれる事が有り難かった。
ベッドサイドの時計をみれば、真夜中を少し過ぎている。
『明日』になったのだ。
出発の時が来た。

デスマスクは適当に身なりを整えると、に一言の言葉も掛ける事なく部屋を出て行こうとした。


「待ってデス・・・・!」
「・・・・・・起きてたのか。」
「待って、行かないで!!」

はいつになく取り乱した様子でベッドから飛び出すと、デスマスクにしがみ付いた。

「離せよ。」
「いや!私まだ、デスに何も言ってない!」
「何も聞く事なんかねえよ。」
「あるわ!!私の言いたい事、デスは絶対分かってる!そうでしょう!?」

は何故こんなに泣いているのだろうか。
笑った顔が好きだったのに。
出来ればその笑顔を見納めにしたかったのだが、これでは無理そうだ。
どこか冷静にそんな事を考えながら、デスマスクはしゃくり上げているの肩をそっと押しやった。

「・・・・何の事だか分からねぇって言ってるだろう?それに俺は、お前の話を聞いてる程暇じゃねえ。」
「っ・・・・・・・」
「俺はただ、最後に挨拶がてらもう一遍ヤりに来ただけなんだよ。」

目の前で悲しげに歪むの顔を見て、デスマスクは薄らと笑みさえ浮かべた。
傷つけ憎ませるのは、何と簡単な事だろう。
愛し続ける事より余程楽だ。
そう思うあたり、やはり己は愛など手に出来ない人間なのだと、デスマスクは今更ながらに痛感しながらに背を向けた。


「・・・・・・・もう、行くの?」
「・・・・・・・・・・」
「私・・・・・、こんなの納得出来ないよ・・・・・!」
「・・・・・・・・・・」
「だから・・・・・・・、だから待ってる・・・・・・。デスが帰って来るの、待ってる・・・・・」
「・・・・・・・待ってても時間の無駄だ。」
「無駄でも良い!!」

は震える声でそう叫ぶと、デスマスクの背中を強く抱きしめた。


「無駄でも構わない!こんな終わり方嫌なの!私の事嫌いになるならなって良い!愛し続けて欲しいなんて言わない!」
「・・・・・・・・・・」
「その時デスに違う恋人が居ても!居ても・・・・・、私は・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「どうしても駄目なら・・・・駄目で良いから・・・・・、ちゃんと・・・・お・・・別れを・・・・」

の声は嗚咽でくぐもって不明瞭になっている。
そんな声でまだ物分りの良い事を言うに、デスマスクは僅かな苛立ちとどうしようもない痛みを感じた。

の傷をせめて浅く済ませる為に、逃げるように一方的な別れを決めたのに。
はもう既に、これ以上ない程傷を深めていたなんて。
この愛を失う事を覚悟して、受け入れていたなんて。



「私、そうしなきゃ駄目なの・・・・。その日が来るの・・・・・、待ってるから・・・・」

決して振り返ってはいけない気がした。
返事をしたり、まして顔を見たりすれば、捨てた愛が惜しくなる。


「・・・・・・・・あばよ。」

デスマスクは低い声でそれだけを告げると、の家を出た。








自宮の祭壇の上で、物言わぬ蟹座の聖衣がじっと帰りを待っていたかのように光っていた。
それはデスマスクが気を高めると、たちまち飛び来て主の身体を包み込む。

気が変わらない内に。
お前の愛が欲しいと乞い始めない内に。
行ってしまわねば。


「お別れだ、・・・・・・・・」


白いマントを夜風にたなびかせると、デスマスクは一人ひっそりと巨蟹宮から、聖域から、
そしての前から。


姿を消した。



それは月だけが見送ってくれる、静かな真夜中の事だった。




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後書き

まずは宣告通り、失恋の巻でした。
ゴチャゴチャ書きすぎてやかましい仕上がりに(苦笑)。
裏のポイントは、別れのセックスです(笑)。
言うたらこれが書きたくて、この作品を始めたようなものですから。
次はこの話の裏サイド、横恋慕シュラのお話です。
またそちらも宜しくお願い致します♪