Bark at the Sun 1




人間の感情というものは、些細な事に左右される。
例えば危険な妄想を実現させてしまう痴漢、あれらは夏の開放的な雰囲気のせいで犯行に及ぶ事が多いとか。
例えばほんの苛々でも、天気が悪いだとか空腹だとか周囲が騒がしいだとか、そんなちょっとした事で烈火の如き怒りに変わったりだとか。




ええいサガ!!俺の給料はまだか!?
「しつこいぞカノン!何度同じ事を言えば気が済むのだ!?」
「何度言ってもお前が一向に動かんからだろう!あれは完全に財団のミスだぞ、こちらが何を遠慮する事がある!?」
「カノンの言う通りだぜ、サガ。労働者に対する賃金の支払は、雇用側の義務だ。どんな事情であれ、不履行なんざあっちゃならねぇ。」
「今デスマスクが良い事を言ったぞ。聞いたかサガ、これは財団の、ひいては女神の義務なのだ!故にこちらから支払の督促をする事は、悪い事でも何でもない!今すぐやれ!!」
「ええい黙れ黙れ!!尤もらしい事をほざくがな、こちらにだって面子というものがあるのだ!」
「フン、貴様の面子など元々無いに等しいわ!今更気にするな!」
黙れ殺すぞ貴様!!女神は次回の支払日には必ず払うと仰っている、それで良いだろう!?」
「いやサガ、それは良くないぞ!俺達の生活はどうなる!?そんなに待てるか!」
「良いぞ〜ッ!もっと言ってやれ、ミロ!!」


ここのところ、何やら聖域が(いつもより)騒がしい。
その原因は聞いての通り、給与の未払いだ。
何しろこの聖域は大っぴらに存在を知られていないので、報酬金の捻出には帳簿の裏工作など、大きな声では言えない事が色々あるらしい。
とにかく、どこかのプロセスで何かの手違いが発生し、黄金聖闘士達との給与は現在、次回の支払日まで据え置きになっている。

彼らの名誉の為に言っておくが、最初はもう少しソフトで遠慮がちだった。
流石の彼らといえども、金銭の事で女神とやり合うのは少々気後れしたらしい。
主従という関係である事も一因であったし、いい年した男共が十代半ばの少女に格好の悪い所など見せられない、というのも一因だった。

だが、冒頭で述べたように、人の感情は些細な事で変化を見せる。
毎日うだるような暑さの中、来る日も来る日も不毛な争いを続けるにつれて、彼らの心は次第に黒くすすけていったのだ。


結局、何が言いたかったかというと。

ほんの些細な事で苛々が怒りに変わるのなら、
怒りは次第に狂気へと変わる。

そういう事なのである。








しかし毎日暑い。腹が立つ程暑い。
目覚めるなり身体がじっとりと汗ばんでいる季節、それはサガの風呂が最も多く長くなる季節である。
今朝も日課の朝風呂をたっぷり一時間かけて堪能し、サガはやれやれとダイニングに腰を下ろした。
これでもかと汗を流した直後なのにまだ不快感が残っているのは、暑さのせいではない。


「今日もまた連中にどやされるかと思うと食欲が湧かん・・・・・」

しかし小さなバターロール一つとサラダ位は食べねば、これからの今日一日がもたない。
一人の食卓で、サガはそれを気乗りしなさそうに突付き始めた。

「またカノンは寝坊か。全く、あの馬鹿だけは手に負えんな・・・・・」

いつもなら呼びに行ってやるが、最近は流石に弟といえどもうんざりしている。
起こすなりまた同じ事で喧嘩になるのも見えていて、サガは敢えて知らぬ振りを決め込んで食事を続けた。
サラダを突付きながら、テーブルの上に投げ出してあった今朝の朝刊を手に取る。
多少行儀は悪いが、新聞はサガの朝食の友だった。
毎朝雑兵がふもとの村から取り寄せて運んでくれる新聞、それを宮の通路まで拾いに行き、朝風呂に入り、新聞を読みつつ朝食を食べるのがサガの朝の日課である。



「ふむ・・・・、まだあの議会はモメているのか、愚かな・・・・、ん?」

ギリシャ政界のゴタゴタを取り沙汰した本日の一面の横にあった記事に、サガはふと目を奪われた。
大体一面を飾るのは深刻かつ物騒な事件だ。これも例に洩れずそうであったのだが。

「昨夜未明、スイス銀行パリ支店にて現金およそ100万ユーロが盗まれた。警備員四人が殺害されていた事から、警察は強盗殺人事件と見なして捜査を進めている、か。物騒な・・・・」

とかく俗世は物騒だ。
それを何とか平和に導こうと日々努力しているのだが、人の世の悪はこの通り際限がない。
憂えてやれやれと首を振ったサガは、再び新聞に目を落とした。

「なお検死の結果、殺害された四人の警備員の死因にはそれぞれ不審な点があると分かった。一人は外傷もなく原因不明の突然死と診断され、一人は体中にある無数の針のような外傷からの失血死・・・・・・、一人は全身を強く打って内臓破裂・・・・・・・・、一人は何らかの毒物による中毒死・・・・・・・、遺体の周辺に・・・・・・・、赤い薔薇の花びら・・・・・・・


プチトマトにフォークを刺したまま、サガは蒼白になった顔を強張らせた。

何処かで聞いたと言えば聞いた事のあるような死因だ。
サガは新聞を強く握り締めると、フォークに刺さったプチトマトもそのままに、椅子を蹴倒す勢いでリビングを出て行った。









それから数十分後。
教皇の間・会議室にて、緊急会議が行われていた。


「・・・・・いずれも凶器の特定は出来ず、現場の状況から考えて余りに不審な死因もある事から、警察は強盗事件と殺人事件を別と考えて捜査する方針も見せている・・・・・、か。」

問題の新聞記事を再度朗読して、シュラは大きく息をついた。


「信じたくはないが・・・・・・・、怪しい香りがぷんぷんするな。
「やはりお前もそう思うか、シュラ?」
「ああ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ二人共!じゃあ、デス達が犯人だって言うの!?」
「しかしな、。デスマスク、ミロ、アフロディーテ、そしてうちの馬鹿は現にこの聖域から姿を消しているのだぞ。」
「それはっ・・・・・・」

不本意そうに黙り込むを切なげな瞳で見つめて、サガは辛そうに眉を顰めた。


「私とて信じたくはない。だが、奴等が居ないのは紛れも無い事実だぞ。」
「俺は一番先にサガに声を掛けられて方々捜してみたが、この聖域の何処にも居なかった。」
「小宇宙も感じられんのだ・・・・・・」
「テレパシーにも応じませんね。」

サガの話に、アイオリアとアルデバラン、ムウも同調する。
どうやら彼ら四人が何処かへ消えてしまった事は間違いないようだ。
そして何故かついでに。


「しかし、シャカまで居なくなっているとはな。奴も事件に関与しているのだろうか?」
「それは分からん。」

カミュの言葉に、サガはもう一つ悩みが増えたという顔をした。

「少なくとも新聞には、シャカの事を匂わすような事は何も書かれていないからな。」
「そっ、そうよ!シャカは全然別の事で出掛けてるだけかも知れないじゃない!きっとデス達だって・・・・」
「・・・・そうだな。そうかも知れん。何処ぞの道端で酔い潰れて寝ているのかもな、はっはっは!・・・・・・は・・・・・・」

アルデバランはそう言って豪快に笑い飛ばしたが、誰も表情を緩めないのに気付いて気まずそうに黙り込んだ。


「アルデバラン、俺もそうであって欲しいと思うが、この新聞がな・・・・・」
「でもシュラ!そんなの違うかも知れないじゃない!? 愉快犯の仕業かも知れないし、集団自殺かも知れないし!
、それは本気でそう思って言っているのか?
「そうよ、本気で・・・・!そうだったら良いなっていう・・・・、希望的推測というか・・・・

モゴモゴと黙ってしまったに、シュラは小さく苦笑した。

、お前の気持ちは俺にも良く分かる。だから取り敢えず落ち着け。」
「う・・・・ん・・・・・・」
「とにかく調べてみん事にはな。」

シュラの言葉に、サガはぐっと胸を張って姿勢を正した。



「シュラの言う通りだ。諸君、私の話を聞いて欲しい。」

しんと静まり返った一同に向かって、サガは宣言するように語り掛けた。

「私はやはりこの事件、連中が深く関わっていると見ている。犯人グループの一人がたった一人の血を分けた兄弟であろうとも、容疑者であれば疑わざるを得ない。まして本当にやったのなら、罪は償わせなければならない。それが正しい情というものだ。違うか?」

誰からも反論がないのを確認して、サガは続けた。

「警察の捜査など当てにはならない。奴等では連中の足取りを掴む事など出来はしないだろうし、万が一逮捕されたとしたらそれこそ大事だ。このような不祥事で女神にご迷惑はかけられない。その前に我らが何としてでも連中を見つけ出すのだ、良いか!」
「サガ・・・・・」
、お前にも迷惑を掛けるが、協力して欲しい。」
「勿論よ!」
「よし、そうと決まればグズグズしてはおれん!捜査の基本は足だ!すぐにパリへ飛び、捜索を始めるぞ!」

サガの力強い物言いに、は小さく吹き出した。

「ぷぷっ、何だか刑事ドラマの捜査本部みたいね、ここ。」
「フッ、言われてみればその通りだな。」
「じゃあサガがデカ長(刑事長)さんね!
「ははは、何だそれは。可笑しな呼び方は止めてくれ。」
「だって、そんな感じっぽいんだもん。」
ところでデカ長、捜査は具体的にどうする気だ?
お前まで何だカミュ。普通にサガと呼べ、サガと。」

顔を顰めたサガは、しかしカミュの質問を真面目に考え始めた。



「うむ・・・・・、まず現場に行ってみん事にはな。スイス銀行のパリ支店、一体どんな状態になっているのやら・・・・・。」
でもさデカ長、今頃きっと警察や報道陣で一杯でしょ?入れるのかなぁ?」
その呼び方は止めてくれと言っているだろうが;ゴホン、とにかく問題はそこだ。まさか関係者と名乗る訳にもいかないしな・・・・・」
デカ長、まずは家の方を探索してみては?」
定着させるなムウ!!
「え?ムウ、家って何なの?」

そう尋ねるに、ムウはふわりと微笑んで答えた。

「我々聖闘士が時々使う家があるのですよ。家と言っても、こじんまりとしたアパートの一室ですがね。任務の折などに仮住まいとして使います。」
「へ〜、それがパリにあるの!?」
「ええ。パリだけではありません。世界中のめぼしい都市には大体あります。でしたね、デカ長?
もう勝手にしてくれ・・・・・・。まあざっと挙げて、パリ、ロンドン、ローマ、東京、NY、LA、北京・・・・、他にも勿論ある。」

ムウの説明を補足するように答えて、サガはカミュの方を見た。


「カミュ、パリに飛んでくれるか?フランスはお前の母国、言葉や土地勘からいってもお前が一番適任だろう。」
「分かった。」
「何せ今回は連中の捜索だ。一人では何かと不都合だろう。人手が欲しいなら、あと一人二人程誰か連れて行っても構わんぞ。」
「うむ・・・・・・・」

相棒を誰にしようか考え込むカミュは、ふとある人物の顔を見て口を開いた。


、一緒に来てくれるか?」
「えっ、私!?」
「連中がまだパリに居るかどうかは分からないが、もし居れば君は説得に役立つ。こちらも黄金聖闘士ばかりで行ってみろ、千日戦争になりかねん。」
「なるほど・・・・、一理あるな。連中、気が立っていて何をしでかすか分からんが、が居れば鎮まるかもしれん。」

もう既に彼らを凶悪犯扱い、いや、猛獣扱いしている気がしないでもないが、アイオリアは真剣そのものにそう言った。
サガもそれに同調して頷いた後、に向き直った。


「どうだ、カミュと共に行ってくれるか?」
「うん、分かった!行くわ!でも執務は・・・・」
「それは心配ない。こちらで何とかしておく。それより連中の事を頼んだぞ。」
「うん!」
「では私は早速支度をして来よう。、君もだ。支度ができ次第出発するぞ。」
「了解!」


カノン、デスマスク、ミロ、アフロディーテの容疑は?
突如消えたシャカとの関係は?

全ての謎を解き明かす為、聖域捜査本部は動き始めた。




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後書き

また出ましたアホ夢。
今度は刑事物ですか。あはは、済みません(笑)。
これは短編夢「クラブ『聖域』」の続編です。
ここに至るまでの経緯が内容となっておりますので、まだの方は先にそちらを
ご覧になる事をお勧め致します。
今回のは「クラブ〜」と違いオールキャラで、ネタ自体も少々長くなりそうなので、
連載という形にしました。
生暖かく見守りつつ、お付き合い下さると嬉しいです(笑)。