友あり、西より来る 後編




「ほんで?」

西谷は、並んで座っている真島との両人をしっかり見据えて、真剣な面持ちで話を切り出した。
まず、ここはもう喫茶アルプスではない。
じゃあとりあえずビールでもと入った、喫茶アルプス向かいの『養老乃瀧』である。
まだ日は出ているが、店内には既に何組かの客がいて、寂しくもうるさくもなく、程良い感じに賑わっていた。
そこに入った真島達3人は、落ち着けそうな奥の席に腰を下ろし、とりあえずの生中とツマミを何品か適当に注文した。
そして、それらが次々と運ばれて来ると、とりあえずの乾杯をし、それぞれ1口目を飲んで喉を潤した。
これはそのすぐ後の『ほんで?』である。


「どないやねん?会われへん時は、やっぱアレなんか?お互い電話越しにハアハア言いながら、アレしたりナニしたり?」

開始早々からアクセル全開で繰り出された濃厚な下ネタに、真島は2口目のビールを噴き零した。
変なところにも入って激しく咳込んでしまい、に背中を擦って貰いながら、暫くはそれをやり過ごすので精一杯だったが、何とか治まってくると、お絞りで口元を拭いつつ、大真面目な顔で返事を待っている西谷に対してツッコんだ。


「何でいきなり話がソコから始まんねん!相変わらず下品なやっちゃのう!
普通はまず馴れ初めとか、いつから付き合うてんのかとか、基本的な事から訊くもんやろうが!」
「だって気になるや〜ん?真島君がどんな恋愛してるんか。」
「恋愛っちゅうかおもくそ下ネタやんけソレ!」
「なーに言うとんねんな真島くぅん!シモの問題は恋愛の最重要事項やんけ!いっちゃん大事な事やろが!なぁちゃん!?
男と女なんちゅうのは、アソコとアソコが如何にズッポリとハマり合うかで何もかもが決まるんや!なぁ!?」

西谷は人目も憚らず、大きな声でとんでもない持論を展開しながら、その矛先をあろう事かに向けた。
この大声のせいで、周りの人間が皆こちらを見ている。
をこんな好奇の目に晒したくなくて、真島は即座にアホかとどやしつけようとしたのだが、当のは顔色ひとつ変えずに、ジョッキを傾けつつ笑った。


「ふふふっ、ホンマですねぇ。」
「せやろせやろ。で、どないやねん?えぇ?」
「ん〜・・・、でもねぇ、意外とそうでもないんですよ。」
「そうでもない、とは?どういう意味やねんな?まさか君らのアソコはズッポリハマり合わんっちゅうんか!?」

まさかこんなド低俗な下ネタに本気で答える気なのだろうか?
まさか『はい』と答える気なのだろうか?
これ以上はないという位ハマり合っていると思っていたのだが、まさかそれは独りよがりだったというのだろうか?
色んな意味でハラハラしていると、は平然とした顔で口を開いた。


「意外とねぇ、そんなに会われへんなんて事もないんですよ。
この人ね、関西の方でも色々シノギしてるし、私の店も手伝うてくれてるんです。
そやから大阪離れた言うても、今も定期的に来てるんですよ。何やかんやで月の内1週間から10日位は。」
「ホンマかいな?」
「そこら辺で見かけたりとかしてても良さそうですのにねぇ。西谷さん、普段どの辺にいてはりますの?お住まいは?」

気が付くと、話題はいつの間にか西谷に対する無難な質問へとすり替わっていた。
流石、夜の蝶達が舞い踊る魅惑の花園の女主人。助平な客のあしらいはお手のものというわけである。
真島は西谷に見えないよう、テーブルの下で親指を立てた。
もまた、テーブルの下で同じように親指を立て返した。
やはり、二人の気持ちはひとつなのだ。
との絆を再確認した真島は、同じく平然とした表情を作って、にシレッと同調してみせた。


「ホンマやホンマや、そういや会わへんのう。俺、何やかんやで今でも大阪ウロウロしとんねんで?の店も、手伝うようになって1年は経つしな。
アンタ今どこにおんねん?蒼天堀の事務所はもう無いんやろ?」
「ああ〜、まぁな。事務所はもう無いんやけど、まあ何やかんやで大体はあの辺におるっちゅう感じやのう。
ちょっと歩けるようになってきてからは、リハビリがてら競馬とかボートしにブラッと出掛けたりもしとんねんけどな。」

うまい具合に、西谷はまんまと乗せられてくれた。
自分の差し向けた下ネタが流された事にも気付いていない様子である。
気が付く前に更に遠くへ流してしまえとばかりに、は一層明るい笑顔になって畳みかけた。


「へ〜、そうなんですかぁ!私もこの間お客さんに誘われて、お店の娘らも一緒に競馬場へ連れて行って貰ったんですけど、何かピクニック気分で凄い楽しめましたよ〜!馬券は外れましたけど。ふふふっ!」
「アハハハ。まぁな〜、競馬場は女子供でも楽しめるとこやさかいな。」

これで話は完全に違う方向へ逸れていくだろう。
そう思ったのだが、西谷は煙草に火を点けて一吸いすると、また真面目な顔になった。


「まあそれはそうとして、ほんなら自分らいつから付き合うとんねや?」

全くシモ的要素のない、普通の質問だった。
これは別に隠すような事でもないし、さっき他ならぬ己自身が言った事でもある。
真島も煙草に火を点けながら、至って正直に答えた。


「丁度丸1年経ったとこ位や。」
「ほんならあの一件の後っちゅうこっちゃのう。佐川組の奴らはあない言うとったけど、ほな真島君、ちゃんとはどこで出会うたんや?まさかこっちでか?」

それもさっき真島が自分自身で言った事だった。突拍子もなく繰り出された凄まじい下ネタに焦って、深く考えずに言ってしまっただけの事だったのだが。
二人の馴れ初めを西谷に話せば、多分、佐川が関係していた事も気付かれてしまうだろう。
はどう思っているだろうかと様子を窺ってみると、は真島に穏やかな微笑みを返した。


「・・・・・知り合うたんは、もっと前や・・・・・」

苦い煙を吐き出しながら、真島は話し始めた。


「上の意向に逆らって制裁喰ろて、嶋野の親父に組追い出されて、堅気として佐川に預けられた。
とはその時知り合うたんや。何年前や・・・、4年前か。」

またの方に目を向けると、はうん、と頷いた。


「なるほどのう。そやからキャバレーの支配人なんかやっとったんやな。
・・・あれ?ほなちゃん、もしかして佐川の事知っとった?もしかして『グランド』で働いとったとか?」
「・・・実は、そうなんです。グランドとは違う店なんですけど、その時私も蒼天堀のキャバレーでホステスしてて、そこのお客さんやった佐川さんに、バイトとして雇われたんです。」
「バイト?」
「弱ってる飼い犬の面倒を看て欲しいって頼まれたんです。それが蓋を開けてみたら・・・」
「まさか・・・・?」

西谷はおずおずと真島に向かって指を指した。
そして、それに対してが頷くと、一瞬目を丸くしてから、ワハハハハとまた周りの注目を集める程の大声で笑った。


「いや〜!如何にもあのオッサンの言いそうなこっちゃなぁ!性格わっるぅ!」
「もうビックリしましたよー!こっちは完全に犬やて思い込んでんのに、行ってみたらおったんこの人ですよ!?想定外もええとこですよホンマに!」
「ワハハハハ!そらビックリするわなぁ!」

手を叩きつつひとしきり大笑いしてから、西谷はの方へズイッと上半身を乗り出した。


「ほんで?面倒看たったんかいな?」
「死にかけてましたからねぇ。『犬』っていうのがものの喩えやったっていうだけで、後は佐川さんから聞いてた通りボロボロやったから、何かほっとかれへんで。」
「やさしーーー!!!ちゃんやさしーーー!!!」

また周りの視線が突き刺さった。
酷い下ネタという訳ではなくても、赤の他人に会話を聞かれるのはあまり良い気がしない。
飲みつつ吸いつつ、そろそろ釘を刺してやらねばと、真島はそのタイミングを計った。


「ほんでほんで?そっから付き合うとんのか?」
「そん時はちょっとの間世話になってただけや。さっき言うた通り、ちゃんと付き合い出したんは1年前からや。
ちゅーかアンタ声デカいねんてホンマに。もうちょい静かに喋れや。こっちの会話が丸聞こえになるし、人にも迷惑やろが。」

真島は毅然と、きっぱりと、ビシッと、グサッと、釘を刺した。
それは西谷の耳にもしっかり届いていた筈だった。
・・・・・が。


「ほな何か?こーゆーカンケイになったんも、たった1年前からやっちゅうんか?え?」

西谷は心底驚いたような顔になって、左手の親指と人差し指で輪っかを作り、そこに右手の人差し指をズボッと突っ込んだ。
声は小さくなるどころか、むしろもう一段大きくなっている。
真島が注意した事は、耳には入っていたのだろうが、どうやら脳にまでは浸透していないようだった。


「そんなズタボロに弱ってる時に、こないなべっぴんさんに優しくされてか!?
そんな奴ぁおらんやろ〜〜〜!?!?
ワシやったらその時点で辛抱堪らんわぁ!ちゅーか男やったら誰でもそやろぉ!?
えぇ!?ホンマの事言うてみ!?いつからや!?いつからこないなったんや!?え!?」

西谷は如何わしいジェスチャーの動きを速めながら、殆ど叫ぶような声で真島とを問い詰めた。
確かに、西谷の言う通りだ。
そのちょっとの間に恋に落ちて、互いに激しく惹かれ合い、夢中で求め合っていた。

が、それをこんな卑猥なジェスチャーで露骨に表現されては堪ったものではない。

下世話な好奇心丸出しの周囲の視線をものともせず、指をズボズボと抜き差ししている西谷を前に、真島は居た堪れなくなり、思わずと顔を見合わせた。
流石にこれにはも明らかに動揺して顔を引き攣らせていたが、すぐに素早く辺りを見回し、壁に貼り出されているメニューを指差して声を張り上げた。


「あっ!ちょっとこれ!これ見て下さいよ西谷さん!納豆サワーですって!」
「えぇぇぇ!?何やソレぇ!?」
「お、おぉ〜!ソレな!何やソレ意外と美味いらしいで!こないだうちの組の奴が言うとったわ!」
「ですって!西谷さん、ちょっとこれ飲んでみません?」
「えーーー!!!ワシ嫌やぁ!!ワシ納豆嫌いやねーん!!」
「何言うとんねん!ガキやあるまいし好き嫌い言うな!納豆は栄養たっぷりで体にええねんぞ!?アンタぎょーさん栄養摂って、ちょっとでも体良うせな!」
「せやかて嫌いなもんは食えへんわー!ましてや飲む!?ないわー!
東京モンは納豆イケるか知らんけど、大阪人は納豆あかんねんて!なぁちゃん!?」
「ん〜、まぁ私も積極的には食べへんけど、でもほら、折角やからちょっと冒険してみません?」
「せやせや、冒険せぇ。これで新しい扉が開くかも知らんやろ。おーい、ちょお!注文頼むわー!納豆サワー1丁!」
「何でやねーん!何で勝手に頼むねんなー真島くぅーん!!ワシ飲むなんて一言も言うとらんがなー!」

出会い方が違えば、良い関係になれたかもしれない。
あの時の心残りがまさか解消される事になるとは、ついさっきまで思いもよらなかった。
但し、これはこれでなかなか一筋縄ではいかない、激しい戦いになりそうではあったが。















「・・・そやけどアレやのう。」

水割りを飲んで一息つくと、西谷は穏やかに細めた目で真島を見つめて、しみじみと呟いた。


「真島君、何やえらいガラッと雰囲気変わったのう。イメチェンっちゅうやつか?」
「おっそ!!!今頃!?!?」
「おい今2軒目やぞ!?!?」

と真島は揃ってずっこけた。
そう、ここはもう養老乃瀧ではない。
周囲の視線に耐えかねて、ちょっと場所を変えようかとやって来た、ピンク通り北にある『カラオケスナック ヒロイン』である。
まだ宵の口という時間帯だからか、今のところ他に客はいなかった。


「アハハ、息ピッタリやなぁお二人さぁん。まぁせやけど、そのカッコの方がええわ。あのキャバレーの黒服も良う似合とったけど、何や窮屈そうやったもんな。」

西谷のその言葉に、真島はふと翳りのある笑みを薄く浮かべた。


「・・・そらそうや。雇われ支配人としてあの店に雁字搦めに縛り付けられて、四六時中見張られとったんやからな。」
「か〜っ、如何にもあのオッサンらしいわ。よう辛抱したのう真島君。そういや、あっこにはどんだけおってん?」
「2年や。」
「ホンマか、凄いなぁ。ワシやったら3日ともたずにあのオッサンぶっ殺してるわ、アハハハ。」
「俺かて何遍そない思たか。」

苦笑いをしながら水割りのグラスを呷る真島を、は横目でそっと盗み見た。
離れていたその2年の間の事を、自分達二人に出逢いと別離をもたらした佐川の事を、また考えずにはいられなかった。


ちゃんは?ちゃんもあのオッサンに雇われとったんやろ?何か嫌な目に遭わされへんかったんか?」
「私?・・・・まぁ、そうですね・・・・・」

佐川は、の心を容赦なく引き裂いて殺した。
けれどもその一方で、がそれまでずっと背負っていた重荷を引き受け、に新しい道を示してもくれた。
あんなにも恨んだ人も、感謝した人も、他にはいない。
あんな人に巡り会ったのは、後にも先にもあれっきりだった。


「・・・・・でも、随分とお世話にもなりましたから、悪口言うたら祟られそうで。」

冗談めかしてそう答えると、西谷は手を叩いて笑った。


「アハハハ!んなモン塩撒いたったらええねん、塩!」
「西谷さんは?この人とはどないして知り合いはったんですか?さっき喫茶店で、何か物騒な事言うてはりましたけど。」

今度はが質問をする番だった。
事細かく答えて貰えるとは期待していない、適当に嘘を吐かれて誤魔化される事さえ有り得ると思っているが、それでも、佐川が死ぬ事になった一件に何やら関わりのありそうな話、気に留めるなという方が無理だった。


「ん〜?・・・・フフフ・・・・」

水割りのお代わりを作ってあげながら返答を待っていると、西谷は紫煙を吹かしながら意味深な含み笑いを零した。


「・・・・真島君と知り合うたんは、一昨年の冬やった。
そん時、真島君とこの東城会が、神室町のある土地を巡って、内輪揉めでゴッタゴタに揉めとったんや。
まぁそこでな、ワシら一応、敵として出遭うた訳やねんけれども。」
「敵・・・・」

水割りを差し出しながら、はその剣呑な単語を思わず反芻してしまった。
すると西谷は、それを『おおきに』と受け取って幾らか飲んでから、また続きを話し始めた。


「せや。真島君は佐川のオッサンと自分の親父の命令で動いとって、ワシは東城会の真島君とことは違う組に雇われとったんや。
せやけどワシなぁ、金よりも、アソコが堅なるかどうかで人を判断するタチなんや。」
「・・・・は?」

言われた事がよく分からなかった。
受け取り方を間違えたのだろうか?それとも聞き違いだろうか?
だが、どういう意味なのか訊こうと思った時にはもう遅かった。


「真島君はもう最っ高やったわぁ!ワシのアソコ、もうビッキビキのガッチガチやでぇ!
真島君とやった時の事が、1年以上経った今もまだ忘れられへんのや!あの感覚がまだこの身体に残っとるんやぁ!あかん、思い出しただけでもアソコ堅なるわ!」

西谷は目をらんらんと輝かせて、大きな声で堂々とそう言い放った。
静かな声でシリアスに語られていた話の前半から考えてみると、この『やった』というのは多分戦うという意味合いでの『戦った』なのだと分かるのだが、お店の人達及びたった今入って来たお客さん達の耳にはアブない意味での『ヤッた』に聞こえたようで、また奇異の目が一斉に達、いや、西谷と真島に突き刺さった。
奇抜なファッションと片目を覆う眼帯のせいで、人から不躾に見られる事には慣れている真島だが、流石にこれには耐えかねたのだろう、助けを求めるような顔をに向けてきた。
これはマズい。非常にマズい。
は慌てて席を立ち、カラオケを頼みに店のママの元へと駆け寄った。


「あぁ〜!思い出したらまたヤリたなってきたわぁ〜!どないしよ真島くぅ〜ん!?」
「おまっ・・・・!言い方おかしいねん!誤解されるやろが!」
「何がおかしいねんなー!ワシは事実をそのまま言うとるだけやでー!真島君のごっついのんブチ込まれたあん時の気持ち良さを思い出したらもうアソコがギンギンになってもて・・」
「ああああもう黙れやお前!!静かにせぇって!!」
「えぇ〜?急にどないしたん真島君?何そんな怒ってるん?」
「アホか!!変な事ばっかデカい声で言いよってからにホンマ!!」
「はいっ!西谷さん歌始まりますよ歌!はいほらマイクッ!」
「えぇ?ワシこんなん歌うて言うたかぁ?」
「まぁまぁ、ほらほら!早よ早よ、始まりますよ!はいっ!」
「えぇぇぇ?しゃーないのう・・・・・ばかみたいぃぃ〜子供なのね〜〜♪」

何とか機嫌良く歌い出した西谷を見届けてから、と真島は顔を見合わせて重い溜息を吐いた。
ここで暫くゆっくり出来たらと思っていたのだが、どうやらここにも長くはいられないようだった。

















「分かるわぁ〜〜〜!!!」

と、野太い叫び声が上がった。
ここはもう、カラオケスナックではない。
チャンピオン街にある知る人ぞ知る名(迷?)店、『亜天使』である。
青々とした髭の剃り跡を入念なメイクで隠し(きれていないが)、なかなかの筋肉質なガタイにちょっとレトロなテイストの乙女チックなワンピースを絶妙に着こなしたママが経営しているディープなこの店ならば、西谷がとんでもない発言をブチかましても変な目で見られずに済むかと思ってここにやって来たのだが、これが誤算だった。


「そうっ!そうなのよね!フィーリングがピッタリな人に出逢うと、アソコがギュンッ!って堅くなっちゃうのよね〜!
胸元にチュッてされただけでも、もう待ちきれなくてアソコがギンギンしてきちゃうの!」
「そうっ!そうやねん!そういう相手やとな、パンチが顔を掠っただけでも腰がゾクゾクして、アソコがビキビキッてなるんや!」

変な目で見られるどころか、グイグイと乗ってこられてあっという間に意気投合し、もうどうにも止まらない状態になってしまったのだ。
そしてそれを、真島とはもはや、なす術もなく見守るしかない状態になっていた。


「何の話をしとんねんコイツらは・・・・」
「何か、噛み合ってるようで噛み合ってないなぁ・・・・」
「ここやったらイケるかなと思ったんやけど、却ってあかんかったかな・・・・・」
「火に油状態やな・・・・・」

真島はと共に、諦めの境地で手に入り難いヴィンテージもののブランデーを味わっていた。
会話は酷いが、扱っている酒のクオリティは確かである。
えげつないイロモノに見えて、ここは意外と本質をしっかり捉えている本格志向のバーなのだ。
それはにもすぐ分かったらしく、西谷とママの会話は聞き流し、出されたブランデーや棚に陳列されている酒の瓶を興味深そうに見ていた。


「なーに言うとんねんなぁお二人さーん!スケベも喧嘩も一緒やがな!」
「そーよぉ〜!」
「スケベも喧嘩も、如何に興奮して盛り上がれるかが最重要事項やろがい!」
「その為には、相手と相性が合うかどうか!コレに尽きるって事よ!」

尤も、幾ら聞き流しても、こうして向こうから無理やりグイグイ聞かせにくるのだが。


「は、はぁ、そうですね。あ、そ、それはそうと、このブランデーよく手に入りましたねぇ!凄いわぁ!うちの店でも是非仕入れたいんですけど、差し支えなければ仕入れ先を教えて頂けませんか?」

はまたも上手く話をすり替えた。
その巧みな話術にまんまと釣られたママは、それまでのハイテンションをコロリと落ち着かせた。


「あらっ?ちゃんもお店やってるのぉ?」
「ええ、大阪でクラブを。」
「あらそうだったのぉ〜!モチロンいいわよぉ〜!ちょっと待ってて♪」

ママはそれまでのおゲレツな会話をひとまず終わらせると、いそいそとバックヤードに引っ込んで行き、少しして折り畳んだメモ用紙を片手に戻って来た。


「はいコレ。仕入れ先の会社の住所と電話番号。うちの店で紹介されたって言ったら、スムーズに話が進むから♪」
「ありがとうございます!助かります!」

嬉しそうなの笑顔は、本物だった。
下ネタの矛先を向けられない為の作戦ではあったが、話した事自体に嘘偽りは無かったのだろう。
大阪に帰ったら、きっとはすぐにでもそこへ連絡して、珍しい美酒を仕入れるに違いない。
貰ったメモを大切そうにバッグにしまうのいきいきした横顔を見ていると、真島も自然と口元が綻んだ。


「ところでちゃん、アナタ達はどうなのぉ?」
「え?どうって?」
「決まってるでしょ、アッチのア・イ・ショ・ウ・よぉ♪ウフフッ★」

ところが、折角過ぎった良い雰囲気も、残念ながらここまでだった。


「あーせやせや!それ聞き忘れとったなぁ!ほんでどやねん!?君らのアソコはズッポリハマり合うとるんかいな!?え!?
あと会われへん時はどないしとるんや!?言うても月の内3週間は会われへんっちゅうこっちゃろ!?まさか3週間禁欲かぁ!?そんな奴ぁおらんやろ〜〜〜!?!?」
「え、どういう事ぉ!?」
「カレら東京と大阪で離れて暮らしとんねんて!」
「やだ遠距離恋愛ってやつ!?」
「せやせやそれそれ!」
「いやぁだそんなの会った途端に大発情の大ハッスルじゃなーい!吾朗ちゃん今相当ムンムンムラムラしてんじゃないの!?こんなとこで飲んでる場合!?何やってんのよまったくもー!」
「アホか!こんな無茶苦茶な状況でムンムンムラムラする訳ないやろが!ちゅーかこんなとこって自分で言うとったら世話ないがな!」
ちゃんも仕事の話なんかしとる場合やないでー!久しぶりに会うたんやから、もっと真島君構ったってぇな!男はなぁ、寂しいと死んでしまう生き物なんやでぇー!会われへん時でもちゃんと電話で声聞かせたってるかぁ!?」
「電話は割とマメにしてますけど・・・」
「ちゃんとスケベなやつか!?」
「ちゃいます!っていうか『ちゃんと』って何ですか!」

酔いが回るにつれて、下ネタ爆弾の投下されるスピードも上がり、あっという間に手がつけられなくなっていく。
もう、どうにも止まらない。
あとは野となれ山となれと言うしかないこのカオスな状況に匙を投げて、真島はグラスの中身を一気に飲み干したのだった。


















「あ〜!楽しいなぁ〜!ごっつエエ気分やわ〜!」

ワハハハと上機嫌で笑う西谷の足元は、危なっかしい感じにフラついている。
亜天使を出て、少しの間は一人で杖をついて何とか歩けていたのだが、すぐに危うい感じになっていき、千両通り北を通り抜けて七福通り東に辿り着く頃には、真島とが両側から支えてやらないといけない状態になっていた。


「西谷さん、今夜泊まる所は?ホテルとか取ってはるんですか?」

歩きながら、が心配そうに西谷に尋ねた。
流石にもう夜も遅く、新幹線も飛行機も、最終便はもうとっくに出てしまった後である。
夜行バスなら間に合うのがあるかも知れないが、西谷のこの足とこの出来上がりっぷりでは、長時間のバス移動は過酷、いや、不可能だと思われた。


「ん〜?いんや、特に予約とかはしとらんけど、まあどうとでもなるわな、そんなモンは。アハハ。」
「何がアハハやねん、もう殆ど歩けとらんがなアンタ。」

真島は溜息を吐いて、西谷を横目で睨んだ。


「しゃーない、もう今日はうち来いや。泊めたるわ。」
「えぇ?真島君ちに?」

西谷は酔いどれた目を丸くしてから、ブンブンと手を振った。


「ええてそんなん〜!そんなん悪いや〜ん!」
「ホンマにそない思てんねやったら、もうちょい酒控えろや。アホほど飲んでベロンベロンに酔うてからにホンマ。」
「楽しゅうてついついハメ外してしもたんや〜ん。足がこないなってから、あんま酒も飲んどらんかったしなぁ。久しぶりで思ったよりか回ってしもたわ、テヘヘヘ〜。えらいすんまへ〜ん。」
「あんまり無茶したらあきませんよ。」

も苦笑いをして、西谷を窘めた。


「気ィ遣わんと、今夜はこの人んとこ泊まって下さい。ね?」
「そんなん出来へんわーー!さんざっぱらお二人さんの邪魔しといて、この上更に夜まで邪魔したら、ワシ最低やーん!」
「既に散々最低な下ネタかましまくっといて、今更そんな事気にすんなや。心配せんでももてなしなんか何もせぇへんから、遠慮せんと来いや。」

幾ら誘っても、西谷は頑として首を縦に振らなかった。


「あっかーん!そんなんあかーん!幾らワシでも親友のお二人さんがアンアンヤッてるとこなんか恥ずかしゅうて見てられへんわー!ワシそないデリカシー無い男とちゃうでー!」
「ちょっ・・アホかお前!デカい声出すなっちゅーてるやろが!」

更にはまた通行人達が一斉に振り向く程の大声を出す始末である。
かと言って、足の悪い酔っ払いをその辺に捨てて行く訳にもいかない。
何処か他に泊まれる所を探してやろうかと言い出そうとしたその時、の方が先に口を開いた。


「その辺確かビジネスホテルあったよな?私ちょっと行って、部屋空いてるかどうか聞いて来るわ。西谷さん見といたって。」
「お、おう、ほな頼むわ・・・・!」

ヒールを軽やかに鳴らしながら早足で歩いて行くの後ろ姿に向かって、面倒を掛けている当の本人はヘラヘラと笑いながら『すまんの〜』などと呑気に言っている。
別に腹を立てる程ではないが、なかなか厄介な男だと、真島は大きな溜息を吐いた。


「・・・ったくホンマにアンタっちゅう人は・・・・・!一服したいからちょっと手ェ離すで!?」
「あぁ〜大丈夫や、おおきにおおきに。ほなワシも一服しよ。」

真島が支えていた手を離すと、西谷は建物の壁にもたれかかって煙草を咥えた。
もののついででそれに火を点けてやると、西谷は目を細めておおきにと礼を言い、美味そうに紫煙を燻らせ始めた。


「・・・・・ええ女やのう、あの娘。」
「・・・・・何やねん急に。」
「裏街道なんぞ歩いとったら、己含めてどいつもこいつも金と欲とに塗れてしもて、気ィ付いたらだぁーれも信用出来んようになってもうとる。
安心して信じられる人がおるっちゅうのは救いやで。ワシらみたいな、裏の人間にとっては特にな。」

しみじみと呟かれた独り言のような西谷の言葉は、真島の心に微かな痛みを伴ってじんわりと染み入った。
確かに、やるかやられるかの殺伐とした世界に生きていると、思い当たる事が色々とある。
誰かを信じる事が出来る安心感も、それを失った時の絶望も、裏切りの痛みも。


ちゃん、大事にして、絶対離したらあかんで。」
「・・・分かっとるわい。」

煙を吐き出しながらそう答えると、西谷はまた顔をクシャリとさせて笑った。


「いや〜!今日はホンマ楽しかったわ〜!久しぶりに顔見れて嬉しかった〜!折角の逢瀬やったのに、邪魔してゴメンやでぇ〜!」
「いや、こっちも何やかんや楽しかったわ。ああそや、アンタの連絡先教えといてくれや。また近いうち大阪行くし、今度はそっちで会おうや。」
「本気か真島君?ワシ近江連合から絶縁された身ィやで?」

そう言えば、昼間喫茶店でそんな事を聞いた覚えがあった。
だが、そんな事は真島には関係の無い事だった。
関わりを持っている事が知れたら一大事だが、知られないようにすれば良いだけの話であるし、知られて一大事になったとしたら、それはそれで一興というものだ。
それが大好物の『喧嘩』の火種になってくれるのだから。


「だから何や?」

笑ってそう訊き返してやると、西谷も嬉しそうに口の端を吊り上げた。


「・・・流石やなぁ真島くぅん。伊達に『嶋野の狂犬』っちゅう渾名がついた訳やないなぁ。」
「・・・何で知ってんねん?」
「チラッと小耳に挟んだんや。あの後真島君、一人で堂島組ブッ潰しに行ったんやてなぁ。」

『カラの一坪』を巡る抗争が終結し、神室町に戻った真島には、知らぬ間にそんな二つ名が付いていた。
真島の属している嶋野組は、元々は堂島組の傘下組織だが、そこへ単身カチコミをかけた事がその由来のようだった。
それ故に、最初の内は親殺しを企てた外道扱いして真島の処罰を申し立てる奴等もいたのだが、真島の親はあくまで嶋野組組長・嶋野太であるし、当の堂島組組長・堂島宗兵の失脚も大きく影響したようで、真島は特に処罰を受ける事もなく、『嶋野の狂犬』という渾名がまるで刺青のように真島の身に定着しただけで終わっていた。
尤も、自身にまで追及が及ぶ事を恐れた嶋野が、内々に揉み消しを図った可能性も否めなくはあったが。


「親元の組、しかもあの天下の堂島組をたった一人でブッ潰しに行くやなんて、流石はワシの惚れた漢や。
その話聞いた時はホンマ難儀したでぇ、アソコギンギンで治まりつかんくなってしもてなぁ、アハハ。」
「ヘッ、何やまたソレかい。ホンマ絶倫やのう。」
「ワシの連絡先は、真島君知っとるやろ。」

笑い話に笑って応えていると、西谷が唐突に何やら意味深な物言いをした。


「え?」
「聞いとるでぇ、『般若を纏いし隻眼の男』。ある日突然現れて、ちょっと間大いに盛り上げてくれとったが、またある時からパッタリと現れんようになってしもた、謎の大物ルーキーや。そら謎やわな、真島君は罪人とちゃうんやから。」

暫く無沙汰をしているが、忘れた訳ではなかった。


「・・・・お前、それを知っとるっちゅう事は・・・・」
「せや。ワシに残されたんはこの身体一つだけやっちゅうたけど、実はもういっこ、遺されたもんがあってん。」
「三途の川底か・・・・!」

蒼天堀の底深くにある、法で裁けない罪人共の処分場。
西谷と深い繋がりのあった蒼天堀警察署の刑事『ビリケン』が番人をしていた、闇の闘技場。
その存在を忘れた訳ではなかったが、只でさえ無法地帯だったあそこが番人を失ってまだなお残っていた事に、真島は驚きを隠せなかった。


「おっちゃんの後を継いだったんや。ええ後継ぎがおって良かったわて、おっちゃんもさぞかし草葉の陰で喜んでくれとるやろ。ちゃうか?アハハ。」

西谷は一人で喋って笑うと、不意に真島を見た。
その眼は初めて遭った時と同じ、ゾクリとするような極道の眼だった。


「今のワシはあそこの2代目番人や。せやからこれでも結構毎日忙しくしてるんやでぇ?金の勘定に死体の処理、いつ暴動起こすか分からんキチガイ連中の管理に、全国津々浦々巡ってはクソみたいな『新人』のスカウトまでな。」

慕っていたあの刑事を失い、極道の世界から永久に追放され、喧嘩も出来ない身体になって、よもや厭世感に苛まれていたりはしないかと少し心配していたのだが、どうやら要らぬ心配だったようだ。
西谷の以前と変わらぬ鋭い眼光に安心して、真島は苦笑を洩らした。


「ハッ・・・、ようやるわ。なるほどな、ほんで今日は俺んとこに誘いに来たっちゅう訳か。」
「ソレだけが目的やないでぇ?一番はただ真島君に会いたかっただけやぁ。
そやけど、また気ィ向いたらちょこ〜っと来てくれへんかなぁと思って。真島君のカムバック希望の声がようけ寄せられとるんやぁ。」
「何が『ちょこ〜っと』や。そんな可愛らしいとこかあのえげつないドブ川の底が。ヒヒッ。」
「アハハハ、確かにのう。」

揃いも揃ってクソみたいな連中ばかりが集まっている、酷い処だった。
どうやっても『処分』出来ないクソみたいなクズをどうにか処分する、最終ゴミ処理場みたいな処だった。
けれども、なかなか愉しい処でもあった。


「・・・そやのう、考えとくわ。最近ちょっと退屈続きで、体なまってるしのう。」
「いつでも待っとるで。あそこはあん時のままやから。」
「分かった。」

文字通り命懸けだったあのデスマッチの数々を思い出して、思わず血が騒ぎかけたその時、向こうからヒールをコツコツと鳴らして駆け寄って来るの姿が見えた。


「お待たせー!西谷さーん、すぐそこのホテル、部屋取れたから行きましょー!」
「おお〜!おおきになぁちゃ〜ん!」

手を振りながら駆け寄って来るに手を振り返す西谷は、いつの間にかまた只の酔っ払いのオッサンに戻っていた。
そして、またさっきのように身体を支えようとするの手を丁重に断って、杖を頼りに身を預けていた壁から一人で離れた。


「ああいやいや、大丈夫大丈夫。一人で行けるわ。すぐそこなんやろ?」
「ええ、でも足元危ないから・・・」
「平気平気。ちょっと酔い醒めたらマシなってきたわ。場所どこ?」
「そこの角曲がったとこすぐです。ビジネスイン神室町ってとこ。でもホンマに大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫!ワシの事はもうええから、気にせんとお二人さんは愛の巣でアッツアッツの夜を過ごして。アハハハ。」

西谷はヘラヘラ笑うと、片手を握手の形にしてに差し出した。


「ほなな、ちゃん。今日はえらい世話になったのう。ホンマおおきにな。またお店の方も寄して貰うよって。」
「ええ、是非。楽しみにお待ちしてます。」
「真島君も・・・またな?」
「・・・ああ。」

には友好的な握手、真島には不敵な笑みをそれぞれ残すと、西谷は人混みの中へと紛れて行った。
ベージュのトレンチコートのその背中は、小柄だったあの刑事よりはもっと大きいが、何だかまるで親子のように良く似ていた。


「大丈夫かなぁ?西谷さん・・・・。」
「大丈夫やろ、ガキやないんやから。ほな、俺らもそろそろ帰ろか。」
「うん。」
「あ、そや、再来週俺そっち行く事なっとったやろ?そん時な、店出る日ィ1日減らしてええ?1日だけ。」
「え?そら別にええけど、どないしたん?何か西谷さんと約束でもしたん?」

あそこは、のような真人間には全く無縁の異世界だ。
物見遊山に連れて行ってやろうかとふと思ったが、今回はやめておく事にした。
まずは先にちょっと様子を見に行って、危ないなりに安全を確保してからでないと大事な女は連れて行けないと、考え直したのだ。


「・・・・ちょっとな、『川底のゴミ掃除』を。」
「ええ?何それ?」
「ま、野暮用っちゅうこっちゃ。さ、早よ帰ろや。」

きょとんとしているにニッと笑いかけて、真島はその腰を抱き寄せ、深夜の神室町を悠々と歩き始めた。




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後書き

別に何という訳でもない小ネタでした。
『檻の犬と籠の鳥』のその後の二人の日常と、西谷が生存していたらという妄想を書きたかっただけで。
だからほぼほぼアホ話なのに、最後だけちょっとシリアスにしてしまったら、ワケの分からん話になりました(笑)。