老人の朝は早い。
そんな時間に起きてどうするんだというような時間に起床した3人は、思い思いに山の朝を過ごした。
しばらくしてが起きてきて朝食の支度を始め、居間が再び騒がしくなる。
「皆今日はどうするダニ?」
「そうじゃのう。今日はここでゆっくりするとするか。」
「そうじゃな。今日一日のんびりして、明日の朝帰ろうと思っとるんだが。」
「もう帰るダニか?もっとゆっくりしていけばええのに。」
「そうもいかん。ワシもなにかと忙しいんでな。」
「ではワシもそうするとするかの。いつまでもジムを放ったらかすわけにいかんしな。ワシの留守に鷹村が何をしでかしとるか分からんからな。」
「それもそうダニな。」
「なんじゃ、猫?貴様いつもなら『寂しいダニ』とかぬかしよるだろうが。」
「源ちゃんと浜ちゃんさとっとと帰ってくれれば、またちゃんと二人っきりになれるダニ〜。老いぼれより若い娘がいいダニ。」
「ぐぬぬ・・・貴様・・・・!」
「朝っぱらからケンカ売りくさりよって・・・!!」
早速ケンカになりそうな勢いの3人を、が笑顔で見事にさばく。
「まあまあ皆さん、その辺で。お味噌汁のお代わりいかがですか?」
「うむ。もらおう。」
「ワシももらおうか。」
「ワシも欲しいダニ!!」
3人分のお椀を手に台所へ向かうの後ろを、カルガモのヒナのようについて歩く3人。
もはや頭のてっぺんまでどっぷりと『孫マジック』に浸かっている。
朝食を済ませて散歩に出たり新聞を読んだり、将棋を指してデスマッチになったり、昼食に舌鼓を打ったりしているうちに、すっかり昼下がりになってしまった。
「お茶をどうぞ。」
「ありがとダニ。そうダニ、ぺっこ肩さ叩いてくれんダニか?」
「いいですよ。」
熱い玄米茶を運んできたに、猫田が肩叩きをせがんだ。
それを快く引き受ける。
「っあ゛〜〜〜、ええ気持ちダニ・・・。ちゃんに肩さ叩いてもらうと幸せな気分になるダニ〜〜。」
「ふふっ、そうですか?これぐらいお安い御用ですよ。」
気持ち良さそうに目を閉じる猫田と、優しい笑顔で肩を叩く。
すっかり出来上がっている。
「うぬぬ・・・、まるで本当のジジイと孫娘のようではないか。」
「鴨川、ヌシはうらやましいのか?」
「ばっかもん!だ、誰が・・・・」
「さん、後でワシにもしてくれんか?」
「はい。ちょっと待ってて下さいね。」
「ぐぬぬ・・・、浜、貴様・・・・」
悔しがる鴨川に、勝ち誇った流し目を送る浜。
程なくして、猫田の肩叩きを終えたが、浜の背後に座り、肩を叩き始める。
「うむ・・・・。ちょうどええ力加減じゃのう。」
「そうですか?あ、結構こってますね。」
「あ゛〜〜〜〜、そこじゃそこ。っかーーーー!」
「ここですか?」
気持ち良さそうに唸り声を上げる浜を、羨ましげな、憎々しげな目で睨む鴨川。
猫田はそんな鴨川をニヤニヤと見つめる。
「ふう、随分楽になった。ありがとうよ。」
「いいえー、どういたしまして。鴨川さんはいかがですか?」
「わ、ワシ!?」
「どうしたダニ源ちゃん?素直になるダニよ。可愛いジジイになるダニ。」
「ほんとに頑固ジジイじゃのう。」
「・・・・・頼む。」
苦々しげに二人を睨みつけながら、真っ赤な顔での申し出を受ける鴨川。
肩に柔らかい手の感触を感じて、更に顔が赤くなる。
「ジジイのくせに何照れてるダニ。」
「分かりやすいジジイじゃのう。」
「やっかましいわ!ジジイジジイ言うな!貴様らも十分ジジイじゃろうが!」
「怖いジジイは嫌われるダニよ。可愛くなるダニ。」
「気色悪いこと言うな!」
「ちゃんは可愛いジジイは好きダニか?」
にこにことに質問する猫田。
は肩を叩く手を止めて、にっこり笑って答えた。
「はい。猫田さんも鴨川さんも浜さんも大好きですよ。まるで本当のお祖父ちゃんみたいで嬉しいです。」
大好き。
本当のお祖父ちゃんみたい。
その言葉に酔いしれた3人は、密かに天高く舞い上がる。
「あれ?みなさんどうしたんですか、急に黙っちゃって?」
の言葉も届かない程浮かれて感動する老人組。
3人はもはやただの孫バカジジイと化していた。
その夜の夕食も、昨日に劣らず賑やかなものであった。
「さんは幾つじゃ?」
「19歳です。」
「今が一番楽しい頃じゃのう。なのになんでこんなジジイのところにおるんじゃ?」
「そうじゃ。年頃の娘なのに、ここにおったらボーイフレンドが寂しがるじゃろうに。」
「こんなジジイとは失礼な奴ダニ。」
「私ここがとても好きなんです。だからここで働けてとても幸せですよ。」
「嬉しいこと言ってくれるダニ〜〜!!ワシぺっこ泣きそうダニ!!」
「鼻をふけ、猫田。」
「それにそんな人もいませんし。」
「ほう、別嬪なのにのう。」
「勿体無いのう。」
「そんなもんおらんでいいダニ!どこの馬の骨とも分からん男にちゃんは渡せんダニ!!」
「ううむ、確かにそうじゃな。昨今の若い男はどいつもこいつもなっとらんからな。」
「ワシの眼鏡にかなう男じゃないと許さんダニ!ちゃんの婿さワシが見つけるダニ!!」
「何を勝手なことをほざいとるんじゃ!さんが迷惑じゃろうが!」
「老いぼれのたわごとじゃ、気にせんでええぞ。」
「そんなことないですよ〜。そんな風に心配して下さってありがとうございます♪」
嫌そうな素振りも見せずに、にこにこと礼を言う。
その様子に老人魂を擽られる3人。
「猫田の眼鏡なんぞ大したことない。いずれワシが世界レベルのええ男を見繕ってやる。」
「浜、貴様も人の事言えんじゃろうが。ワシの方が・・・・」
「源ちゃんにそんな心当たりあるダニか?まさか鷹村とか言わんダニな?あんなスケベ大王なんか論外ダニよ?」
「うう・・・・、それもそうじゃ・・・・。」
は3人に時折相槌を打ちながら、にこにこと話を聞いている。
完全に孫娘を溺愛するジジイの心境に陥っている3人。
白熱した議論は、夜遅くまで続いた。
老人の朝は早い。
やたらに早い。
今日も起きた早々、帰り支度やら何やらゴソゴソし始める老人3人。
そうこうしているうちにが朝食の準備を終えて、3人を居間へ呼んだ。
「お二人とも今日お帰りでしたよね、寂しくなりますね。」
「ワシはちゃんさえ居てくれたら寂しくないダニよ。」
「やかましいわ。さん、世話になったの。」
「お陰でいい休暇になったわい。」
「また是非いらしてくださいね。」
「そうさせて貰おう。」
「そうじゃな、また来る。」
別れ際の切なさのせいか、何となく沈んだムードで食事を終え、一服する3人。
は食事が済むと台所に篭り、出てこなくなった。
しばらくしてとうとう別れの時間がやって来た。
「源ちゃんも浜ちゃんも、元気でやるダニよ。」
「貴様もな。」
「せいぜい老いぼれんように気をつけろよ。」
「次に会う時も誰も欠けとらんといいダニな〜。」
「また不吉な事を・・・・」
「そろそろ行くか。達者でな。」
「待って下さいーーー!!」
荷物を持って去ろうとする鴨川と浜を、が呼び止めた。
何かを手に、二人の側まで走り寄って来る。
「どうしたんじゃ?」
「こ・・・、これを渡したくて。お帰りの途中にでも召し上がって下さい。」
が二人に差し出したものは、折り詰めの弁当であった。
その真心と細やかな気配りに感動するおジイ達。
嬉しさと別れの切なさに、思わず目頭が熱くなるのを必死で堪える。
「ありがとうよ。」
「体に気をつけて達者でやるんじゃぞ。」
「はい。お二人もお元気で。またきっといらして下さいね?」
「うむ。また来るよ。」
「ああ、またきっと来る。」
「二人とも、いつまでウダウダしてるダニ。さっさとせんとバスが来るダニよ。」
「「わーーかっとるわ!!」」
今度こそ帰っていく二人の背中に、が大きな声で叫ぶ。
「お気をつけてーー!!きっとまたいらして下さいねーーー!!」
その声に手を挙げて応え、鴨川と浜は到着したバスに乗り込んだ。
二人を乗せたバスが、山道を下っていく。
「楽しかったですね。」
「うるさい連中ダニが、おらんようになるとぺっこ寂しくなるダニ。」
「またいらして下さるといいですね。」
「きっと来るダニよ。さあ、戻ってお茶でも飲むダニ。」
「そうですね!」
いつかきっとまた。
それまでお達者で!
終りじゃ!